第八話 遊戯
1週間――つまり7日間で100匹の魔物を討伐するクエストを受け「染められた森」に入り、4日目を迎えた。
討伐数は37匹。
これがゲームの世界であれば、こんなクエストなど、とうに達成している。
厳密にいえば、例え今が現実の世界であろうとも、この討伐数はない。
りゅうの力のみで戦闘を行うだけでも既にクエストを終了してもおかしくないからだ。
だが、現実となった「魔物との戦闘」に早く慣れるためにボンズが進んで戦闘を行い、その都度ムダな時間を浪費していった結果といえる。
ボンズ自身――未だに戦闘に慣れずにいた。
ボンズも魔物を倒していないわけではない。
だが、1回の戦闘に費やす時間があまりにも長すぎる。
そして、倒しきれずにりゅうと交代することもあり、正直足を引っ張っている有り様となっている。
それでも、パーティーとして協力して戦ってはいない。
己がゲームの時のような戦いをできないようでは「先」なんて無いことを、ボンズは理解していたからだ。
しかし――
「ダメだ……感覚が上手くつかめない……」
「あせるなよボンズ。なんとかなる!」
「なんとかなる……って、そんなこと云ってたらいつ【アウトオーバー】になるかわからんぞ」
そう――「消滅」を恐れている。
いや<ディレクション・ポテンシャル>の世界に入り込んでしまったプレイヤーなら誰しも恐れることだと思うのだが、ボンズは初回のクエストから一度として安易に攻略できていない。
その不安・焦りは、初めてこの世界に来た時の希望から奈落に落とされた相乗効果も働き、現実世界にいたとき以上に感じている。
ようするに「すごいネガティブ」になっているのだ。
戦闘こそ生きる道だったのに……今の姿はなんだ? 情けない……
その思いは募るばかり。
しかし、戦闘において身体が思うように動いてくれないのも事実だ。
どうすれば……どうすればいいんだ……
「ぼーんーずー」
ラテっちがトコトコとボンズに歩み寄る。
「……どうした?」
「つぎはねー、カバンからね、なんかだすからげんきだして!」
一生懸命励ましてくれているんだろうな……
「……わかった。頑張るよ」
――と、喋っている内にゾーンが発生した。
魔物と遭遇する合図――戦闘だ!
現れた魔物は「クーガー」と呼ばれる、大型のライオンのような獣だ。
ここらの地域には、初日に出会ったピンクパンサーといった肉食系の獣の魔物が多く生息しており、クーガーもその中の1種である。
「ラテっち。アイテムは危なくなってからでいいからな」
「わかった~」
だが、アッという間に危なくなる。
当然だ。防御力は低いのに、常に魔物の攻撃をまともに喰らうのだから。
HPもみるみる無くなり、あとわずかと云うところで、ラテっちはアイテムを出してくれる。
「あれでもないこれでもない、あれでもないこれでもない……」
ゴソゴソと小さなカバンを漁る。
……まだ? そろそろ本気で危ないんですけど……
「あった~! 【ふわりマント~】」
ラテっちは満面の笑みで桃色の正方形の薄い布を高々と掲げた。
「パクリきたーー!!」
思わず大声で叫んでしまう。だが、それは仕方がない。
「ゆるされないよ! それはもうアウトだぞ!!」
「なにが?」
「不思議そうに『なにが』と聞くんじゃない! どうせ『ふわり』と攻撃をかわすマントなんだろ!! 色違いなだけじゃないか!!」
この台詞にラテっちはムッとした顔をする。
「ばかにしてまちゅね。ちょっとさわってくだちゃい!」
そう云ってマントを差し出してきた。
「……なんだ!? この手触りは!」
ふんわりとしてなめらかな手触り。薄いはずなのに優しく包み込むかのようなボリューム感。
程良い温かさに加え、極上羽毛布団をはるかに凌ぐ柔らかさと軽さ。
これを布団代わりにして寝れば、どんな不眠症の方でもすぐさま睡魔が襲いかかり、極楽を思わせる睡眠を提供してくれるに違いない。
「手に持っているだけで眠たくなってきた」
「そうでちゅ! このマントはうすくてもあったかふんわりでおねむにピッタリなんでちゅ!」
「そうか――パクリと怒ってゴメン」
「わかればいいでちゅ。じゃ、おやしゅみ~」
……………………
「あれ……?」
「スピースピー」
……………………
「寝るんかい! もっとマシなアイテムはないのかよ!」
全く役にたたないアイテムにツッコミを入れている場合ではなかった。
魔物は既にボンズの真後ろに。
「…………ヤバ……」
――と、思う間もなく、クーガーにトドメの一撃を喰らい、戦闘不能となってしまった。
<ディレクション・ポテンシャル>の世界に入って初めて体験する戦闘不能。
これだけは避けておきたかった。
しかし――もう遅い。
「本当に、身体が動かなくなるんだな……力が全く入らない……少しボーっとする……」
戦闘不能になると、魔物はこちらを見向きもしなくなった。
これはゲーム通りなんだな。
逆に、ゲームとの変更点である蘇生アイテムの所有数が1個となった今、こんなところで祝儀を使うのはもったいなさすぎる……でも、放っておいたら1時間後にアウトオーバーの仲間入りか……それだけはゴメンだ。
とりあえず音声チャットは可能なのだろうか。
ゲームでは可能だったはずだが、はたして会話できるのだろうか。
「りゅう、聞こえるか?」
「きこえるぞ」
よかった。これも仕様変更されていないらしい。
「……倒せるか?」
「もちろんだ!」
聞いてみたものの、正直心配はしていない。
りゅうを倒せる魔物など、このフィールドにはまず存在しないからだ。
予想通り、一瞬にして戦闘終了。圧勝だ。
この姿を目の当たりにし、再びヘコむ。役立たずの己自身に対して。
ゾーンが消え去り、りゅうがラテっちの所へ歩み寄る。
「ラテっち、おきて。お昼寝おわり」
「ん~3じのおやつまで……ムニャ」
「ボンズが消えちゃうぞ」
「それはアプっよ!!」
そういうとラテっちがガバッと起き上がった。
「ありゃりゃ、ボンズ。だいじょぶ?」
あなたのせいだよ――とは敢えて云うまい。
それよりも蘇生をお願いすることが先決だ。
……祝儀を使う前に1つだけ聞いてみるか――
「ラテっち、蘇生できるアイテムとかないかな?」
「まかせるでちゅ!」
さっきはまかせてやられたがな。
「あれでもない、これでもない。あれでもない、これでもない……」
カバンをゴソゴソと漁る所を見ると、なにかありそうだ。
でも、先程のようにまた役に立たないアイテムだったりして……
「あった~! 【まほうのステキなパラソル~】」
ふ~ん。魔法……ね。
「おい! 以前『魔法のジュータン』のことバカにしてなかったか?」
「ぶぅー!」
ボンズの台詞に頬を大きく膨らませ、ふてくさるラテっち。
そっぽを向いて離れていき、チョコンと座って砂遊びを始めやがりました。
「まて、悪かった。おねがいします!」
「……ごめんなちゃいは?」
「ごめんなさい!」
「すなおでよろちい!」
クルりと振り向き、機嫌が直る。子どもでよかった。
「ところで、それってどんなアイテムなんだ? 蘇生できるものなのか?」
「んーとね」
あ、この顔はわかってなさそう。軽く首を傾げながら楕円形の口が小さいまん丸に変わる仕草は「わかっていない時」に出る癖みたいなものだ。
「説明しよう」
りゅうが語る――
「これはパラソルを開いて回すと、パラソルの下の時間が進めたり戻したりできるのだ」
「うんうん」
ラテっち……それは君の持ちものだろう。
それはともかく……「時間」か……
「そうか! 蘇生する道具ではなく、戦闘不能になる前まで時間を戻してくれる道具なんだな!」
「そのとおり!」
あいかわらずのチートっぷりだが、今はふせておこう。下手なことを云えばまた機嫌を損ねかねん。
「さっそく頼む!」
「それじゃ、準備するぞ」
りゅうはラテっちが出したパラソルを倒れているボンズの横に立てた。
「準備完了! いくぞラテっち!」
「お~!」
『ふにゃっ!』
2人はジャンプして同時にパラソルの上に乗る。
そして、両サイドに分かれた2人が時計と反対回り走り、パラソルを廻しだした。
昔、傘の上でいろんな物を回す芸人いたような……
●のすけ。●たろう。だっけか??
そんなイメージが浮かぶ。
そういえば、りゅうが協力してアイテムを使うの初めて見たな。
どうやらこのアイテムは2人で使うものらしい。
『くるりんくるりんふにゅにゅにゅにゅ~』
なに? そのかけ声。
お! どんどんHPが回復してきたぞ! おおお!!
完全復活! すごいアイテムだ!
さすがはチートだけのことはある!
「2人ともありがと! それにしてもすごいアイテムだな!これなら祝儀の数なんて気にすることないじゃないか!」
ボンズの歓喜とは裏腹に、パラソルを無言で戻すラテっち。
その後、2人はホケーっとした顔をしながらこちらを見ている。
なんで?
「いまはひといないよ?」
「え? ……ラテっち。なにをいっているの?」
あれ? なにやら肌寒い。
不思議に思い、ボンズは己の身体を見る。
「なんでパンツ1枚なの!?」
「ぱんつー」
「かっこいいぞ! ボンズ」
「なんで? どうして?? 装備の皮製ジャケットセットは??」
なんと、今まで装備していたものは、ボンズが起き上ったのと同時に勝手に脱げてしまっていた。
いや、服が勝手に脱げることはありえない。
正確には、装備が強制的に外されたのだ。
「どうして装備が……って! のああああああああああああああ!!」
突然、ボンズは叫びだした。
「レベルが……レベルが『7』になっているんだけど……」
「またつまらぬものを戻し過ぎたようだな、ラテっち」
「あっちゃ~!」
「『あっちゃ~!』じゃないだろぉぉ! これ戻るよな? 戻るんだよな!!」
だから、装備が外されてしまったのか。
レベル85以上の制限がある装備が外れて当然だった。レベル「7」なのだから。
「お願いだよ!! 元に戻して!!」
泣きそうになって懇願するボンズ。
「おやつちょーだい」
「あげるから! おやつをあげたら戻るんだな! 復活したらまた低レベルからやりなおしなんて、死ぬほど嫌だ!」
「ぼんずのおねがいをかなえましゅ!」
戻したステッキをもう一度出して、再び2人はパラソルの上に乗って走りだした。
今度は時計回りに。
「んばんばぱっぱ~うちゅちゅちゅちゅ~」
「かけ声さっきとちがうぞ……お? おお!?」
レベルはどんどん高くなり、ついに元のレベルまで戻った。
「た……助かった~!!」
安堵した。それはもう心をこめて。
それにしても、己は人混みに紛れてしまうと、こんな恰好をして奇声を発するのか……嘘だよね? ねぇ、本気で嘘だと云って頂きたい。
今なら「嘘だよ~」と云われても笑って済ます!
「はぁ……」
ため息を1つ――すると。
「ねぇねぇ、えらい?」
ラテっちがポソリと尋ねる。
……微妙だが、救われたことにはかわりない。
「あぁ、助かったよ。えらい、えらい」
そう云ってラテっちの頭を撫でながら、約束のおやつを手渡した。
「やった~!」
ここで少し考えてみた。
このアイテム……
これを使えば、戦闘でレベル上げをする必要はないのでは?
「――なんて思っているだろう」
いつのまにかりゅうが肩までよじ登り、耳元で囁く。
「うわっ! ビックリした!」
「フッフッフッ」
不敵な笑み……いや、表情はいつもの緊張感0《ゼロ》の顔だが、なんとなくそう見えた。
「いや……確かに思ったよ。いいアイディアじゃないか?」
「そうかもしれない――だけど、ぼくは手伝っただけで、使えるのはラテっちだ…………どうだボンズ、試しにやってみるか?」
「スミマセン! ごめんなさい! 許して下さい! 2度と云いません! 勘弁して下さい!」
「わかった」
直感した――
今度はレベル7では済まない! ……と。
もう考えるのはよそう……
なにはともあれ、これで討伐数38匹か……完全に間に合わないペースだ。
今は4日目の昼過ぎ――
もう、こうなったら戦闘をりゅうにまかせてサポートに徹するか……
「ボンズ、今日の戦闘は終わりだ」
りゅうが突然、思いもよらないことを云いだした。
「なにいっているんだよ! それじゃ、クエスト達成できないぞ!」
「いいから! まず街に戻るぞ」
休憩したいのだろうか?
とりあえず、りゅうの意見に従い街に戻る。
でも、休憩といっても宿屋は人であふれているし……お腹が減ったのならラテっちのカバンにまだ食料はある。
何がしたいのかわからない。
などと、あれこれ考えている内にりゅうの目的地に着いたようだ。
「ここって……雑貨屋??」
「おう。買い物してくる」
何を買うつもりなんだろう……
「おやじ! 縄を2本おくれ」
「縄??」
え? 訳がわからん。
なんで縄なんて買うんだ?
そんな疑問も気にしないかの如く、りゅうはある提案を持ちかけてきた。
「縄跳びしようぜ!」
「…………なんで?」
りゅうは手に持った縄を差し出し、縄跳びを誘ってきた。
「いやいや、まてまて。今はそれどころじゃないだろ!」
「それどころではない?」
「そうだよ! クエストはどうするんだ」
「いいから。ボンズの気分転換だよ!」
気分転換……ね。
確かに、戦闘が思うようにいかないせいで焦っているのは事実だ。
とはいえ、縄跳びって……
まぁ、いいか。
場所はピンズの街外れ。使われていない店の裏側に行く。
そこで、2本の縄を間隔の狭い2本の柱に結んだ。
「これでいいのか?」
「オッケー!」
「それじゃ、回すぞ」
縄を回そうとした時――
「ちょっとまってくれ」
「なんだ?」
「2本をグルグルして」
「……意味わからん」
「右手はコッチに回す」
「コッチって…………どっち??」
「コッチっていったらアッチ!」
そう云ってりゅうは右方向を指していた。
「あぁ、『時計回り』ってことか?」
ボンズは時計回りに素振りをしてみせた。
「それそれ! 左手は逆だぞ」
「逆ってことは――『時計と反対回り』だな」
「うんうん」
「なんかよくわからんが、いくぞ」
――とは云ってみたものの、上手く回せない。
縄跳びの経験がないせいか、2本の縄がぶつかってしまう。
「ちがうよボンズ! 一緒に回したらダメ!」
「え……そうなの?」
「も~おばかしゃんでちゅね」
「ラテっち……云い過ぎ」
「てへ! うそでちゅ」
「まったく。えーと、右手の縄は『時計回り』に、左手は『時計と反対回り』で回す。あと、同時に回さないのか」
「うん。じゅんばんに回すんだぞ」
「じゅんばん……『右・左・右・左』と交互に回せってことか」
「そうそう。あっ、ぼくとラテっちが飛ぶから、ちゃんと高さを合わせてくれよな」
「注文の多いことで。それじゃ、いくぞ」
縄を2人の身長に合わせて小さくまわす。
右回転・左回転……と。結構ややこしいかも。
それにしても、嬉しそうに飛び跳ねる幼児たちだ。
――1時間後。
「おーい。まだかー?」
「まだまだー!」
「まだー」
ゲームの世界ではそう簡単には「疲れる」と感じることはそれほどないが、流石に飽きてきた。
さらに時間は経過し――
「もういいだろ?」
「え~まだ~」
ラテっちがダダをこねる。
「それじゃ今度は縄を上下に振ってくれ」
「やっぱりまだやるのね……」
子どもの遊ぶパワーは底なしだ。
云われた通り、上下に振ってみる。
「そうじゃなくて!」
「今度はなに?」
「波のように振る」
「はいはい」
縄を波状になるよう上下に細かく揺さぶり、2人が相変わらずピョンピョン飛び跳ねる。
「波! 波!」
りゅうがそう云う度に縄を揺する。
これまた数時間が経過――
「もう終わり!」
ボンズが縄を投げ捨てる。
「どうした、飽きたのか?」
「飽きた!」
「それじゃ、今度は僕たちが縄を回すから、ボンズが飛べ!」
「なんでだよ!」
ボンズの意見などお構いなしに、縄の中央へ背中を押される。
そして、りゅうとラテっち2人が回す縄の中に入りジャンプする。
ただ、背の小さい2人が回す縄の円は非常に小さく回る速度も速ため、足と頭と両方を気にしなければならない。
細かくジャンプしても、足に引っかかるか、頭をぶつけるかで長く続かない。
「下手だなーボンズ」
「へたっぴ~」
「クソッ! もう1度だ!」
気が付けば夢中になってしまっていた――そして既に夜。
「……あぁ、今日1匹しか倒していないよ……」
後悔しても後の祭り。
子どもの遊びに付き合って1日をムダに過ごすとは。
その場にうなだれてしまうボンズに、りゅうは一言だけ声をかけた。
「明日もやるぞ!」
「やだよ!!」