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第七十五話 勝負⑧ 

 

「――負けた」


 優作と壱殿は瞬時に判断してしまった。

 ボンズの……己たちの敗北を。

 優作は、思わず顔を両手で覆ってしまう。


 背中越しに繰り出す華洛の右肘……雷声がボンズを襲った。

 喰らえば――ボンズの負けは必至。

 優作も、壱殿も、そう思わざる負えなかった。

 だが、二人が抱いてしまった結末を頭の中で描いたのと同時に――いや、1秒の数十分の1にも満たないほど僅かな差で、幼い少年と少女がボンズに向けて大きな声を発した。

 どんなに大きい歓声に包まれようとも、この声だけは聞き逃すことはない。


『なわとびっ!!』


 コロシアム中で聞こえるどの声よりも、りゅうとラテっちが叫んだ声だけがボンズの耳に届いた。

 以前、身体に染みつくほどやらされた縄跳びの動き――両手を円を描くように動かす動作が自然に腕を動かした。

 時計と反対回りに動く左手は空を切り、同じく時計と反対回りに孤円を描いた右手は、ボンズの腹部に直進してきた華洛の右ひじの側部を撫でるように触れ、軌道をずらしていった。

 その動き――流水の如く。

 方向をずらされた雷声はボンズの真横を素通りし、真後ろの壁に直撃する。

 その威力たるや、壁に巨大な穴を開けるほどだった。


 そう、かわすのでもない。受け止めるのでもない。――受け流したのだ。

 華洛の奥の手を横から圧力を加えることにより、雷声の直進方向を変えたのだ。

 りゅうとラテっちの声が、この世界に来た時に出会った子どもたちの遊びがボンズの窮地を救ったのだ。


「ま……まわし……うけ? 廻し受けだと!? ボンズは現実で空手を習得していたのか?」

 驚く壱殿にりゅう後ろへ振り返り、嬉しそうに答える。

「ボンズと一緒に縄跳びして遊んだときに覚えたんだ。すごいだろ」

「遊んだ……それがなんであんな高等技術を習得できたのですか?」

 優作の問いにパチが答えた。

「私も初めて見るけど、どうせこの子たちの遊びにずっと付き合っていたんでしょ。『なわとび』って叫んだときに想像ついたわ。全く……本当にあの人らしいんだから」


「それにしても巧い、見事な廻し受けです。奥の手すらこうもアッサリと防ぐなんて」

 優作はボンズの姿に安堵と驚愕を同時に覚え、再び椅子へと座り込む。

 だが、まだ一人その場に立ちつくしている男がいた。


「遊び――だと」


「(ボンズの廻し受け――それよりも驚くべきは、チビッ子の才覚。偶然か必然か、ボンズの最大の弱点となる『動きを封じられる』対策を事前に練り込んでいたとしか思えぬ。

 ボンズの弱点とは、最大の長所である速度を奪われること。つまり、行動そのものを抑制されたうえでの、密着された状態でのゼロ距離攻撃。しかし、あの廻し受けがあればその弱点を克服する事ができる。それをチビッ子は出会った瞬間から見越していたとでも云うのか。

 どちらにしても、先見の目がなければボンズと華洛の立場は逆転していた。――おもしろい。天に愛されるほどの非凡な「天稟(てんりん)」の才を持ち合わせる者と、神に見放される程の非才な凡を持ち合わせる者が互いに魅かれあっているとはな)」



 壱が唸る最中、華洛が信じられないという心境から半ば強引に現実に向き合い、再度【雷声】を打つために符力の回復アイテムに手をかけた瞬間だった。

「クソッ! もう一発」



「スゥゥ、ハァァァァ!!」



 ボンズから、特殊な呼吸音が聞こえる。

 そして、腰をゆっくりと落とし、静かに右拳を華洛の腹部に添えるそうに当てがった。


「――まさか!?」


「俺も同じ方位だと忘れてもらっちゃ困るぜ!! ――雷声!!」

 ボンズ、雷声発動。

 同時に響き渡る華洛の叫び声。

 雷声とは、喰らった者がまるで雷に直撃されたような衝撃を受ける。

 激痛(痛覚)が電流のように全身に走り、内部を完全に破壊する。

 スキル名「雷声」は雷が鳴り響く意味ではない。

 雷を受けた者の叫び声に由来したものなのだ。

 現実世界であれば確実に即死するほどのダメージによって。



 まともに喰らった華洛はその場に倒れ込む。


「まさか、雷声を会得していたとは。考えてみれば、ボンズはレベル99の(トン)(ナン)。扱えたとしても何ら不思議ではない」

「あぁ。これで決まりだ。立てるわけがない」

 壱殿も、式さんも、ボンズの姿を見守る。

 そしてレフリーのカウントが進むのを待ちわびた。

 いや、二人だけではない。「|the last one party《ザ ラスト ワン パーティー》」のみんなが。


「シックス、セブン、エイ……」


「なにっ!?」


 立ち上ろうとする華洛。

「信じらない」――ボンズの仲間たちだけではない。観客たちですらそう思った。

 それほどの一撃だった。

 なのに――

「俺は……まだ倒れるわけにはいかない。どうしても、どうしてもやっておかねばならないことがあるんだ」

「ナイン!」 

 華洛、カウントナインで立ち上る。


「立ち上りやがった……もう闘う力なんて残っていないはずなのに」


 ――そう、華洛にはもう余力など残っていなかった。

 なのに立ち上がったのは――



 ……サヨナラ。

 サヨナラみんな。

 大好きだったゲームの世界の中で、俺は……俺たちは終わりを迎える。

 これは幸せなことなのだろうか。

 大好きだからこそ、悔いは残る。

 消え去ることも、怖くて仕方ない。

 だから、もう一度だけディスプレイ越しで……このゲームがしたかった。

 サヨナラ、<ディレクション・ポテンシャル>。

 できることなら、また仲間たちと出会って、また一緒に旅ができますように。

 ……できますように。

 無理だとわかっていても……無理だと受け入れられない。


 だが、どんなに受け入れられなくとも、この台詞だけは届けなくては。



「オイ、二つだけでいい。云っておきたいことがあるんだ」


 ボンズは無言で頷いた。



 華洛は後ろへ振り返る。

 いや――観客席にいる仲間の方へ向かったのだ。



 そして――

「みんなっ!! ごめん!!」


 華洛が客席に――仲間に向かって叫んだ。

 そして、再びボンズの方へと振り向き、砕かれた拳を突き出す。


「もうテメェとは二度と出会うことはないだろうから、今の内に云っておく。やはり、強いな……なぁ、今度は忘れないでくれよ。俺のことをよ」

「――あぁ、絶対に忘れない。約束する」

 ボンズもそれに応えた。

 そして、2人は拳を合わせた。


 その瞬間――華洛は崩れるように倒れた。

 華洛を抱きかかえようとした時、その姿は光る多量の粒子と化して、そのまま水泡のように消え去った。

「――それまで! 勝者、ボンズ!!」


 ボンズは空を仰ぐ。

 そうか……俺が闘わなければならない理由。


 この闘いは勝者のギルドメンバーを救うだけではない。敗者のギルドメンバー全員の存在を、自らの手で消滅させること。

 これから、重荷を背負わなくてはならない。

 彼等を消滅させてしまったという重荷を……

 これは、りゅうには重すぎる。

 子どもに命のやり取りをさせられない。だから、りゅうではないのだ。

 りゅうには――背負わせたくない。

 俺でないと、ダメだったんだ。


 みんな……ありがとう。気付かせてくれて。

 俺なら大丈夫。

 背負ってみせるさ。



コロシアム編終了。よろしければ、評価・感想を頂ければ嬉しいです。

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