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第七十四話 勝負⑦

 

「ワン! ツー!」

 レフリーのNPCノンプレイヤーキャラクターのカウントが響き渡る。


「ボンズさん! すごい! すごいですッ!!」

 優作が両手を挙げて喜ぶ。

「随分簡単に喰らい続けたな」

「速度の問題だ式よ。速度には二種類あり、ボンズは見事に使いこなしている」

「二種類? ――と、いうと?」

「数キロメートルを短時間で走り抜く速さと、数十センチメートルを無にする爆発的な瞬発力だ。その両方がボンズには存在しているうえに、後者の速度が速すぎるため、二択に迫られた時点で反応できても対応できないのだ」

「なるほどね。それにしても壱。お前はこうなることをどこまで予測できていたんだ?」

「ある程度は……な。しかし、ここまでとは……」

 カウントが進むも、ボンズは攻撃しない。

「それにしてもボンズのヤツ、なぜ攻撃しない? カウントはあくまでテンカウントの目安であって、ダウン中の攻撃は認められているだろう」

「それでいい。ボンズ」

「どういうことだ?」

「『モハメド・アリVSアントニオ猪木』だよ」

「あの有名な?」

「そう、圧倒的不利だった猪木は苦肉の策として自らマットの上で寝転んだ。そのためアリは攻撃出来ずに結局試合は引き分け――ボクサータイプのボンズも同じなのだ。ボンズの攻撃範囲は限定されている。倒れている相手に攻撃することでそれを悟られるより、心理的に追い詰めるほうが効果的だと判断したんだろう」

 それは予想ではなかった。

 なぜなら、倒れた相手の目の前でボンズはステップを止めることなく、速く、シャッフルする。

 右に旋回したかと思えば、急速転換し左へ移動。それを繰り返す。


「ファイブ! シック……」

 カウントが止まる。

 華洛は立ち上ったからだ。

 だが、追い詰められた状況に変わりはない。

 しかし、華洛には切り札があった。それを使わずして倒れたままではいられない。

 観客たちも、華洛が『何かやる』ことを悟った。

 その証拠として、コロシアムに沈黙が流れる。

 しかし、構うことなく間合いを詰めるボンズ。迷わず右拳を突き進めた。


「ここだ!!」


 華洛はカウンターで三本の腕の三連刻――つまり、九本の拳がほぼ同時に繰り出した。

「拳の壁だ!!」

 広範囲で拳の弾幕がボンズを襲う。

「逃げろ! いや逃げられないのか!」

 そうではなかった。

 ボンズは右拳を固めると極端なまでの前傾姿勢のまま突進し、右ストレートを放った。

 まるで、九つの拳のどれか一つを冷静に品定めしたかの如く、一つの拳に己の拳を叩きつけた。


 ――と、同時に響き渡る華洛の悲鳴。


 ボンズの拳で、華洛の拳を砕いたのだ。


「なんて奴だ! 拳で……拳を砕いただと!?」

 かつては破壊を糧とし快楽に酔いしれていた式が、座席に深く座りこみ両腕を組みながら顔を被いつくす。


「震えが……止まらない」

 式は全身を襲う寒気に耐えきれず、震えていたのだ。

「怪我は回復符術で治る。痛みもだ。だが、身体が砕かれるイメージは確実に残る。ボンズの攻撃――足から流れるように全身の力を連動させ、それを拳に全て集約させた。もし、少しでもタイミングを誤れば、確実に拳は相手の拳によって砕かれていた。いくら2発目だからといっても、それをなんの躊躇いもなく打てるものなのか。常軌を……逸脱してやがる」


「決まったな。切り札を残しておいたまでは良かったが、これで終わりだ」


「おい、すごいな」

「圧倒的だぞ

「やはり……強い」

 観客もボンズの強さに圧倒されている。


 華洛はボンズに倒れ込む ボンズにもたれかかる状態

 ボンズは壁に背が付いている



 だが――!!

 華洛は折れた拳などお構いなしに振り回す。

 しかし、その拳がボンズに届くことはなかった。

「届いて……くれよ……」


 仲間が見ているんだよ。ここまで一緒に戦ってきた仲間が、俺を信じてくれているんだよ。

 どうやっても、俺はこの男に勝てないのか?

 まだ、これほどの差があるのか!? 

 どんなに手を伸ばしても、やはりこの男に……勝てないのか

 いや、勝つ――今日、俺はコイツを倒して仲間たちと共に前に進む!!

 この闘いは、この世界でのエンディングとは違う、俺の……もう一つのエンディングなのだから。


 折れた拳を振り回し続ける華洛。だが、無情にもボンズに届くことなく勢い余ってスリップしてしまう。この際、ボンズに背中を向けた態勢でもたれこんでしまう。

 ボンズが支えとなっていなければダウンしていただろうと思われるほどボロボロだった。


 もたれかかったのは偶然だと、誰もが思った。いや、それ以外の発想など誰も持ち合わせてはいなかった。

 背を向けた態勢での攻撃はないと、誰もが思った。

 だが――


 会場の観客が息を呑んで闘いの終結を見守る中、たった独りだけがその場で立ち上り、大声で叫んだ。



「ボンズさん! ダメです!!」

 華洛の呼吸音がおかしいことにいち早く気付いたのは「(トン)(ナン)」と「(ナン)(トン)」、攻撃スタイルは違う方位といえど、同じ二方位を持つ優作だった。


 声をあげた優作より数瞬遅れて壱殿が青ざめながら立ち上り届かぬ声を上げる。

「なんて男だ!! 切り札どころか『奥の手』を隠していたとは!!」


 あの呼吸法――『雷声ライセイ』だ!!」

 二人は最後の最後で、ボンズが逆に追い詰められたことを瞬時に悟ってしまったのだ。



 雷声――(トン)の方位をベースとしたプレイヤーは、投げ・極めといった戦闘スタイルを選択しているプレイヤーを別として、打撃主体の攻撃スタイルを選択した場合、基本多段コンボによる連続攻撃が主体で、一撃の威力は低い。実際、(トン)の、そして「打」を操るプレイヤーに一撃必殺のスキルは存在しない。だが、(ナン)に転生したことにより『符力』が備わる。

 そして手に入れた全符力を特殊な呼吸法により一気に消費することで肉体を弾丸の如く、そして爆発的な突進を繰り出す。

 その距離はあまりにも短いが、ワンインチ……いや、ゼロ距離からの攻撃も可能な(トン)の方位を持つプレイヤーの唯一の「一撃必殺技」なのである。



「しかも背を向けた状態界からの回転する『肘』――まともに喰らえば、『詰み』だ」

 声に出すも届かない。もう間に合わない。


 壁を背にし、華洛に身体を密着されているのでかわすことはできない

 正面から受け止めても、防御ごと破壊される


 今まで繰り返した複数の拳による多段攻撃、そして9撃の攻撃すらも伏線だったのだ。

 いや、一連の攻防で勝てる相手だったのなら、それで押し通したのだろう。

 だが、ボンズが最悪の奥の手を引きだした。



 いや、そうではなかった。

 ボンズは強い。仲間はみんなそう思っていた。

 ここまでの強さとは思っていなかったとしてもだ。

 だが、最もボンズの強さを知り、彼との闘いにおいて勝率が低いことを熟知していたのは誰であろう対戦者の華洛だったのだ。

 更にいえば、今回のタイトルマッチでもボンズに勝てないかもしれないと対戦直後からずっと考え続けていたのだ。

 そう、誰よりも彼を恐れていた。

 どんなに彼がみっともない姿をさらけ出そうと侮ることはない。

 かつて、ゲーム内で完膚なきまでに叩きのめされた経験を持つ華洛だからこそボンズの強さを痛感していたのだ。

 故に、このシナリオは最終手段でもなんでもない。彼がボンズに勝利するために練りに練り尽くした今できる最善かつ唯一の苦肉の策だったのである。

 己の主力武器である『拳』すら捨て駒にし、伏線の道具にしなければ、ボンズには到底勝てないことなどわかりきっていたのだ。

 始めから、捨て身の覚悟でこの闘いに挑んでいたのだ。

 華洛にとって、この闘いはこの世界で生き残るためのものでもあるが、心中では違うことを考えていた。

 いや、それこそが彼を支える全てだったと云えるのかもしれない。

 この男に勝ちたい。目の前の男を超えたい。

 華洛は目の前に転がってきた願望の為、この世界に来て何千発以上も拳を振るったその拳を捨て去ったのである。


 そう、全ては――この瞬間の為に。




 雷声――発動。



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