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第七十二話 勝負⑤

 


 コロシアムの客席は満席だった。

 他のギルドの試合もあるから当然と云えば当然か。


 階段を登り終え、古代ローマの闘技場を連想させる舞台に立つ。

「これがタイトルマッチの舞台か――流石にゲームとは違って迫力がある」

 中央に向かい歩みよると巨大スクリーンにボンズが表示されると同時にNPCの実況が流れた。

「まず登場したのは『the last one party(余りものの集い)』のギルドマスターにして、コロシアム対戦成績407戦無敗の男――被害総額はミリオンダラーの極悪人! この男の後ろに金目の物は残らない巨大な寄生虫・歩く生き恥。『史上最低の恐喝犯』――ボンズだっ!!」

 入場した途端、ブーイングの嵐に包まれる。

「ブーー! ブーー!!」

「お前は消えろー!!」

「この最低男が!」

「死ね! 頼むから死んでくれー!」

「有罪だ! とっとと処刑されろ!」

「これ以上、生き恥を晒すな!」


 ブーイングの中、観客席に座ってボンズを見守るギルメンたち。

「アイツって、あんな二つ名があったのか?」

 式さんがパチに聞く。

「初めて聞いたけど、ピッタリね」


 一方――


「おーっと、ボンズがその場でへたり込んだ! 今更罪の意識に苛まれたか!? しかし、すでに手遅れだぞ」


「ねえ、みんな……聞いてくれよ。最近さ、カッコイイ名前とか付けるとすぐに『厨二』とか云われるでしょ? 実際、パチやりゅうにも云われたことあるけどさ……それでもいいじゃない! 周りに何て云われても、自分が気に入っている名前があればいいじゃない! 俺だって、『疾風の貴公子』とか『嵐を呼ぶ拳闘士』とか呼ばれてみたいよ! それなのに……俺って、そんな風に云われていたなんて……史上最低はないだろ。恐喝犯はないだろ!! 二つ名でも字名でもなく、只の陰口&悪口じゃないか!! こんなの嫌だよ!!」

 初めて聞いた己の二つ名にショックを受け、ひたすらヘコむボンズ。さっきまで上がっていたテンションはガタ落ちになった。


 周りに『恐喝犯』と罵られていた事実に立ち直れないボンズ

「実況うるさい! はぁぁぁ……」

 ボンズは再び、より深くヘコみ出す。



 反対方向の出入り口から対戦相手が姿を現す。

「そして対戦相手は217戦し僅かに1敗。唯一の敗北は史上最低の恐喝犯に付けられた汚点。その屈辱をはらせるか! 『夜叉やしゃ』代表者――華洛カラクだ!!」


 対戦相手――華洛は両手を突き上げ、「勝つのは己だ!」と云わんばかりにコロシアム中にアピールする。

「いいぞー!! 応援するからなー!」

「ボンズを生きて帰すな!! ブチのめせ!!」

 観客は華洛を応援している。

 その声援に応えるように、今度は拳をボンズに突き立てる。

「ゴメン……憶えていない」


 でも、なんとなく見たことあるような……あっ!

 思い出した。

 この世界に飛ばされ、最初のクエスト――三人パーティーを組むというクエストの時に最初に声をかけて、逆に「近付くんじゃねぇよ!」と云ってきたプレイヤーだ。



 ボンズは<ディレクション・ポテンシャル>ではコロシアムで闘うことを主としていた。

 すでに何百戦とこなしてきたために、いちいち闘ったプレイヤーの名前など憶えていない。

 一方、対戦相手の華洛はボンズと闘い、そして負けている。

 大事なレアアイテムを強奪された唯一の相手を忘れるわけはなかった。



「あれ……ところで壱さんは?」

「あそこ」

 パチが指さす方で、

「はい! まだチケットあるよー! 賭け率はボンズが1でが華洛が9だ! 手堅く華洛でいきますかい?」

「俺は華洛に5口だ!」

「華洛に20口!」


「商売してやがる……しかも大盛況じゃねぇか」

「それに、ボンズの不人気大爆発ね」



「いざ! 尋常に、勝負開始!!」


 レフリーのNPCのかけ声により、ついにタイトルマッチが開始された。



 相手は俺の戦闘スタイルを熟知しているだろう。だけど俺は相手のことを全く憶えてない……これって、かなり不利な状況ではないのか?


 お互いが距離を詰める。この時点でボンズは相手が遠距離攻撃型ではないことを察知する。

 巨大スクリーンにも(トン)(ナン)のレベル99と己とほぼ同じ距離で闘うプレイヤーだとは認識していた。

 問題は突きか蹴りか――はたまた投げか。戦闘スタイルの問題であった。


 華洛が拳を再び突き出す。

「(あぁ、対戦開始前に拳を合わせる挨拶ね。ここで無視したら、またブーイングだろうし……従っておくか)」

 ボンズが華洛の拳に、拳を合わせた瞬間――華洛の拳が、合わせた拳の他に更に左右に分裂した。

 そして、左右に分裂した拳がボンズに襲いかかる。


 分裂した拳――いや三本の腕

「な、なにこれっ!? 超人? 超人なんですか!? あの、ナントカバスターかけられるよ、バスター!!」


 間一髪で残り二本の腕、いや拳を避けられたまではよかった――だが。

「お助けー!! 近寄らないでー!!」

 ボンズは完全にパニックを起こし、諸手を挙げて走り出す。

 簡潔に云うと、バンザイしたまま無様に逃げ惑いだしたのだ。

「逃げてんじゃねぇよ腰ぬけが!」

「男らしく闘って死ねー!」

「この最低野郎が!」


 結局、再びコロシアムには観客のブーイングに包まれる。


「おい……いくらなんでも、みっともなさすぎるぞ」

「ボンズさん……」

「いやー、いつも通りすぎてビックリだわ」

 式・優作・パチがそれぞれの思いでボンズを見つめる中、壱だけは全く違うこと考えていた。

「フ……それでいい。ボンズ。己がどうしても守りたいものがあるなら、己自身が強くなるしかない。今の己でどうしようもないなら、変わるしかない。今がその時だぞ。ボンズよ」


 レフリーが一時タイトルマッチを中断する。

「減点! 注意! ボケが!」


 ――当然だ。

 だが、「ボケが」は余計だろ。


 再開されるが、ボンズは相変わらず逃げ腰だ。


 ここで華洛が構えを解き、トラッシュ・トークを放つ。

「逃げ惑っている姿は実に惨めだな。初日のクエストを思い出してしまったよ。あの時も惨めな姿を晒していたものな。全く、よく今まで生き残れたな」

 感情を逆なでし、怒りで平常心を奪った上で、乱打戦に持ち込もうと企む華洛。


 だが――ここで誤算が生まれる。

 この時点で、すでにボンズに平常心など持ち合わせておらず、怒りという感情が引き起こされることはなかったこと。

 そして、現実世界で人付き合いの経験がなかったボンズの対人会話不足。

 さらにこの世界では、基本「口の悪い」仲間たちと過ごしてきたため、華洛のトラッシュトークの意図どころか、嫌味を云われたことすらボンズは気付いていなかった。

 そしてこの時、もう一つの誤算が生まれる。

 いつものボンズであればこの大観衆のど真ん中に立たされれば間違いなく発作を起こすところであったが、己の二つ名を聞いてしまったことと、未知なる技の前に発作どころではなくなったのだ。

 誤算が平常心を奪ったが、逆にボンズの理性は保たれたのだ。


 

 周囲のギルドはその光景にとうとう呆れだしてきた。

「あんな奴が代表者だと、このギルドも終わりだな」

 それをきいたチビッ子たちが怒り出す。

「ボンズを馬鹿にすんな! 見てろよ!」

「ウチのボンズをナめるなでちゅ!」

 ――と、ここで壱殿が仲間の所へ合流。

「儲かったか?」

 式さんが少し呆れながら問う。

「あぁ、これでボンズが勝てばな。何せ、ボンズの賭け率『1』は、全てワシの金だ。負けたら無一文だな。これは」

「マジか? いや、それ以前に負ければ金の使い道なんてないだろそれによ、旗色はそうとう悪いぜ」

「そのようだな。相手は優作の使う鏡同和(きゃんどんほー)を肉体の一部のみ発動させることのできる……いや、この世界に来てから己の発想と才能が生み出した新スキルと云ってよい技を駆使して闘う天才タイプ。そしてボンズはレベルも高く、きれいにまとまった基本的な闘い方をする。だからこそ、それ以上にもそれ以下にもなれない極めて凡庸なプレイヤーだ。それがこれからの戦いでも通用するとは限らん。だからこそ、ボンズは変わらなければならない」

「変わる?」 

「コロシアムという場で突然人間が変われるわけがない。だが、ボンズはこの闘いで一変することができるはずだ」

「どういうことだ。それに、もし変わったからといってこの状況までもが一変するとでもいうのか? 見る限り変わりそうにも勝てそうもないぜ」

「いや、ボンズは勝つさ。必ずな……さて、そろそろおチビちゃんの出番かな」

 壱殿は突然ラテっち担ぎあげ、そのまま肩車をし始めた。

「うちゅ?」

「さぁ、思いっきり大きな声でボンズを応援してあげな!」

「お~! まかせるでちゅ! す~~~」

 ラテっちは大きく息を吸い込む。そして――


「ぼんずーーー!! ぼんずれーーーー!!」


 ラテっちの応援がコロシアムに響き渡った。

 ボンズは声の聞こえた方向――ラテっちの方を見る。

「フフッ、『がんばれ』と『ボンズ』が一緒になっているぞ」


 余所見をしているボンズに用捨なく殴りかかる華洛。

 再び3本のストレートが襲う。

 右腕から放たれた3本の矢が襲いかかった

 拳が、ボンズの顔面を捉える瞬間――

「――勝った!!」

 勝利を確信した華洛。


 だが――



 ボンズは余所見をしていたはずだった。

 華洛の姿など、目に映っていなかったはずだった。

 襲いかかる拳すら、見ていなかったはずだった。

 ――正直、ボンズの行動自体には特筆すべき点はない。

 ただ、一歩だけ後ろへと下がっただけだ。

 だが、問題はその過程にある。

 ボンズは態勢をかえず、そして華洛の姿を目視することもなく、一歩だけ後ろに下がり、最小限の動きで攻撃を紙一重で避けたのだ。

「なんだと!?」

 驚きを隠せない華洛。

 確実に捉えたと思った拳は空を切り、どうやってかわされたのかも理解できなかった。

 まるで、拳をすり抜けたように――

「それだっ!!」

 思わず壱殿が立ち上がり叫んだ。ラテっちを肩車しているのも忘れて。

「おーーーーーーとっとっとーーーー!!」

 ラテっちは落ちそうになるのを必死に堪えるもコロコロと背中を転がり、りゅうが受け止めた。

 珍しい光景に戸惑いながらも、式さんは言葉の意味を確かめずにはいられない。

「今のはどういう意味だ? それに今ボンズのヤツ、攻撃どころか、相手も見ないでかわしたぞ」


「ボンズは本気で戦うとき、相手のことなんか見てないぞ」


 式の問いに応えたのはラテっちを抱え、いや頭の上に乗せたりゅうだった。

「……は? 言葉の意味がまったくわからないんだけど」

「流石はチビッ子だ。既に気付いていたのだな」

「いや、相手を見ていないって……全然理解できないんだけど」

 りゅうと壱殿の会話を聞いていっそう困惑する式。

「言葉の通りだ。ボンズはな、戦う時に相手を見ていない――まるで景色を眺めているかのように戦っているんだよ」

「景色――だと?」

「散眼――眼球運動により、四方に飛び交う対象を視覚により把握する技法が存在する。それと全く逆の発想だ」

「そんなことができるのか!?」

「あぁ。ゲームをしている時、PC画面に戦うことに慣れ過ぎたのか……それとも元々備わっていたのか。はたまた対人恐怖症による人と目を合わせることを極端に嫌うボッチの特性なのか……正確に云えば、戦う相手の姿すらほとんど見ていない」



「そんなバカな! 相手も見ずに戦っているのか」


「そう――普通なら有り得ない。戦闘中に相手を見ないなど、『死』に直結する行為だ。だが、それを奴は己自身も知らない内に『特性』として磨かれた。絶対的視野としてな。現実でいえば『八方目』と呼ばれる技法に近い技だ。ボンズの才能とは、常人が兼ね備えている物でもはない。努力でどうこうできるものでもない。私生活のみで発掘する物でもない。対人というスキルが常人より格段に劣っていたからこそ開花させることのできた才能なのだ」

「……だが、何故今になって……」



「『おあつらえむき』だったんだよ。ボンズの才能を開花させるにはな」


「おあつらえむき?」

「今まで『部屋の中』という極端に狭い空間でしか生活したことのないボンズにとって、『危機』にみまわれることなどなかった。だが、このクエストで初めて『危機』に直面している。それは己自身ではない。仲間たちの危機に。崖っぷちに立たされ、昂った緊張感。今まで経験したことのない状況が、ボンズの内なる扉をこじ開けた。信頼する仲間の声と共に――なボンズはな、今日初めて閉じこもっていた部屋から飛び出して行ったのだ」

 壱殿は煙草に火をつけ、俯きだした。



「よかったよ。ボンズが天才ではなくて」


「え? いやいや逆だろ。どう考えても」

 驚く式さんに壱殿は語り続ける。

「いや、仮に天才だとすれば今のボンズはいない――戦闘において必要な要素が三つある。『野生』、『知性』、『理性』。だが、ボンズはどれも持っていない。それどころか、他の微小な要素すら持ちあわせていなかった」

「――何も持っていない? 控室で『才能がある』って、云っていたじゃないか」


「……実はな、ワシが初めてボンズを見た時、正直云って驚いたよ。『これほど才能というものを持っていない人間など見たことない』――と。才能や素質は少しだけでも持っていてば努力で伸ばすことができる。だが、ボンズは何も持っていなかった。何も持っていない。簡単に云うが、これほど稀有な存在などそうお目にかかれるものではない。そう――ボンズの才能とは、『皆無』。才能を何一つ持っていないことこそ、最大の才能、いや『異能』なのだ」

「――異能……だと」

「才能があるというのは、『才能が全くない』という才能を持っているということだ。これは決して不利益なことだけではない。そして、ボンズはその異能を伸ばし続けてきた。人と接する事だけでなく、努力する事も、挑戦する事も捨て去ってきた。何一つ取り得がなく、ゲームにのみ没頭していた。

 現実から逃れ、好きなことしかしなかった。他者より格段に劣る『超凡人』だからこそ、愚鈍とういう異能の持ち主だったからこそ、誰にも開かせることのなかった蓋が手招きし、中身を差し出したのだ」


 壱殿は吸い終わった煙草をポケット灰皿にしまう。



「かといって中途半端な才の持ち主は己を過信し、生み出された慢心は己の強さを誤認させる。己の手で、自らの先を潰してしまう。だがボンズは己に対する自信が全くと云っていいほどない。己を信用していないと云ってもいい。そのことを身を持って自覚していたからこそ慢心がまるでなかった。純粋なほどにな。それに加え、ニートという時間に縛られない生活を十年以上過ごしてきたボンズには、常人が生活する上で無意識に備わる個人特有の『リズム』が存在しない。つまり、誰でも持っている行動の固定概念が皆無なのだ。故に、攻撃や移動における動作の癖がない。さらに視線すら合わせないのだ。相手にとってこれほど先を読みにくいプレイヤーはいないだろう」


 この時、少しずつ会場がどよめき始めていた。

 華洛が繰り出す攻撃を、ボンズは紙一重で避け続けていたからだ。

 自慢の三本の腕がかすりもしない。

 六本の両腕が空を切る。

 ガードもせず、ステップのみでかわすという高等テクニックで。

 一部の観客に……いや、強者にはこれだけで充分理解できた。

 ――格が違う、と。

 少ない動きだが、それほど圧巻だった。

 同じ方位でこれほどスピードに差がついてしまう。ボンズの動きが。

 だが――今、ボンズはあることのみ考えていた。

 攻撃をかわすことでも、攻撃を繰り出すことでもない。

 全く別のことを考えていた。


「それにしても、想像をはるかに上回った。相手もかなりの遣い手だが、ここまで差が生まれるとはな」

 感嘆する壱殿。驚きを隠せない式さん。 

「とても才能がないヤツとは思えん……」

「いや、相手は正直『天才』に分類されるほどの遣い手だ。鏡同和(きゃんどんほー)を身体全体ではなく、身体の一部だけ発動させるなど、並みの人間ではできん。――凡人は天才を超えることはできない。厳しいようだが、それが世の常というものだ。努力で天才を超える者は、結局は努力し続ける意思と才を持つ天才だ。本物の凡人は、それをも持ち合わせていないのだ。故に凡人はどんなに足掻いても、手を伸ばしても才能にはかなわない。厳しいことだがそれが現実というものだ。実力で負けて、努力でも負ける。努力だけ勝てたとしても多大で無駄な時間を過ごしたとしか表現できない。それが天才を相手にしてしまった者の運命(さだめ)でしかないのだ。凡人が天才に勝てるような綺麗事など、漫画の世界にのみ起こる妄想であって現実でなど起こることはない。少なくとも、ワシは一度として見たことはない。だが、天才とて無敵ではない。そして才能とは星の数ほど種類があり何が役立つのかわからない。そう、才能がまるで存在しないことも立派な才能なのだ。天才を超える方法はそれ以上の才や努力しか方法がないわけではない。凡人をも凌駕する非才、常人には理解されない愚者。突然変異とも云えるかの『奇才』な存在こそがそれだ。天から授かった才を、天から見放された者こそが制する――地中が天を穿つ矛盾を可能とする神の盲点。その者こそがボンズなのだ」


「ボンズさんに、そんな特性があったなんて。やっぱりボンズさんは凄いです」

 目を輝かせ喜ぶ優作。

「この光景を、すでに予想していたのか……壱」

「あぁ、式よ。その結果がアレだ。ただ一点に集中しては同時に飛び込んでくる3本の攻撃はかわせない。だが、ボンズを相手に3本……両手で6本でも足りないんだよ。天才対愚者――本物の天才は己の才能を簡単に開花させる。だが、愚者が己の中に眠っている能力を開花させるのには決意と覚悟が必要不可欠だった。ボンズはその両方を『これ以上ない今のために戦う覚悟』により、たった今揃えた。その両方が備わったヤツに触れることなど――不可能だ」

「ボンズの奴……ここまで強かったのか」

 式さんのセリフに興奮して答えるりゅうとラテっち。

「そうだぞ! ボンズは強いんだ! 突然踊りだしたり、イジけたりするけど、がんばって闘っているボンズはカッコいいんだ!」

「ヒーローなんでちゅ!」


 ――そう。自分のことを本当にヒーローだと信じてくれている者の声援には必ず魂が宿る。

 その力は幾千もの声援にも勝るのだ

 ラテっちの声援が、まさにそれであった。

 そして、ボンズは裏切ることなく応えた始めたのだ。



 りゅうは胸を張る。ボンズを心から信用して。

「でもな……チビッ子。このことには気付いているか? 今のボンズには後ろにも視野を持っている。ずっと独りで戦い続け、遂に出会った初めての仲間――チビッ子たちと一緒に戦いたくて身に付けた(すべ)なのだぞ。その点においては、ワシの焔慧眼(えんねがん)なんぞ遠く及ばないほどの術をな」




「――それは違うわよ」



「パチ……? どういうことだ?」

「……彼はね、自分が小さい存在だと、この世界に来て思い知らされたの。そして己よりもはるかに強い存在を知ってしまった。

 でもね、それでも強くなって、戦いたかったの。

 何故なら、その存在のことを大好きになっていったからだ。

 己より遥か頂きにいる存在のことを。

 だけど、劣等感はある。でも、それは憎しみではない。嫉妬ではない。自分のことを初めて責めて、初めて向上心を生んだの。

 それにね、ボンズはただ強くなりたかったわけではない。

 その存在と一緒に戦いたいんじゃない。

 その存在の隣で戦いたいんじゃないの。

 そんな複雑じゃない。

 ただ、『生まれて初めて出来た友達にいいところをみせたい』だけなのよ。

 ――あの人はね、この子たちの前に立って、己の背中を見せながら戦いたかったのよ」


 そう――己の弱さに咆哮したボンズの姿を唯一目の当たりにしたパチだけが……今、太ももに肘をつき、手をアゴに添えた彼女は……彼女だけは知っていた。

 このパーティーの中で唯一、ボンズが心の底から強くなりたいことを。

 この世界に来て、己が強くないと知ってしまった彼の願望を。

 だけど、今は闘っている。

 そんなボンズを見つめて――


「なによ、夢が叶ったじゃない――ボンズ……アナタは今、子どもたちのことを、子どもたちの目の前でちゃんと守れているのよ」





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