第七十一話 勝負④
二日目――第一試合
コロシアム地下 タイトルマッチ控室
「そろそろ時間です。出場するプレイヤーは準備をして下さい」
NPCが控室のドアを開け、出番が近いことを告げに来た。
「うわ……緊張して震えが止まらない。逃げてもいいか?」
「アホか。まだいうか」
ボンズは椅子に座り、俯いている。
戦う前から真っ白に燃え尽きているようだ。
すると――
「ボンズさん。憶えていますか?」
「優作?」
「自分は一度ならず二度までも貴方に拾われた身。貴方がいなければ既にこの世界に自分はいません。どのような結果になろうとも――例え三度目の危機に見舞われようとも、恨みはしません。どうぞ、思うがまま戦って下さい.。自分は、貴方が『貴方』だからこそ、一緒にいるのです」
只、これだけは云わせて下さい。貴方は、我々の道しるべなのです。そして、我々は道しるべを信じて共に歩んで行く者たちなのですよ。行き先は、『希望』です」
優作は右拳を突き出してきた。
「そうそう。お前、コイツを助けに行った時のことを覚えているか?」
「式さん――まぁ……な」
「あの時、オレが『絶対に無理だ』と云ったのも聞かずに飛び出して、そして本当に助けちまいやがった」
「フッ、そんな時まで憎まれ口を叩いていたのですか?」
「茶化すなよ優作。あの時オレは絶対に間に合わないと思っていたけど、現に優作はここにいる。消えるはずの優作の運命を変えたほどのお前が他人を殴れないようでは、この世界に喧嘩を売ることはできないぞ! ――また、あの時の姿を見せてくれないか。ボンズが示した進む道ってヤツをな」
そう云うと、式さんも右拳を突き出す。
――ボンズは己の右手を握り、拳を作り出す。
その拳を優作、式さんの拳に合わせた。
「まぁ、ボンズらしくやりなさい。応援してあげるから」
「俺らしくね――後で文句云うなよ」
「それこそ、ボンズ次第じゃない?」
「――それもそうだな」
「ボンズ……アナタの言葉には意味がある。だって、今までも頑張って実行してくれるんだから。これからもね」
「これからか……まだまだこの珍道中は続くぞ。一緒にな」
「うん!」
パチと互いに右拳を合わせる。
「ボンズ、わすれてないよな」
「りゅう、何をだ?」
「ボンズは強いぞ!」
「あぁ、そうだったな。ありがとう!」
「ずっと……ずっとボンズのことを見ているからな!」
「あははっ! それじゃ、俺から目を離すんじゃないぞ!」
「わかった!」
「よし! いい返事だ!」
「頑張れよボンズ! ほい!」
そう云ってりゅうも右拳を出す。
「おう! いってくるぜ!」
ボンズも、拳を合わせた。
「ぼんずー、こわいの? そんなときはおやつたべよー。あれでもないこれでもない……」
ラテっちはカバンを漁りだす。
「あ……もうたべちゃった……おやつちょーだい!」
小さい掌を前に出す。
「この闘いが終わったら、りゅうと、そしてみんなと一緒にチョコパフェを食べに行くぞ」
「ほんと!?」
「あぁ、約束だ。それとなラテっち。手の形はそうじゃないぞ」
「そうでちた。うちゅ」
ラテっちも、上に向けた掌を拳に変え、ボンズに突き出した。
「そうそう。それだ」
その小さな拳に、己の拳を合わせる。
そう――俺は今まで失うものがなかったから、失う怖さを知らなかった。だから、今は怖くて仕方ない。
だが、守りぬくんだ。この子たちを。
「ボンズ、以前貴様に云ったこと……覚えているか」
「壱殿には色々云われ過ぎて、どれのことだかわかんないよ」
「そうだな。色々云ったきた――思い出せ。貴様には『才能がある』ということを」
「――そうだったな」
「それを活かす時がついに来たな。己を信じることができるか?」
「……正直、わからない。もう、こうなったら精一杯やるだけだ」
「そうか……それではワシからも一言、云わせてくれ。この闘いはパーティーで一番強いプレイヤーが出場するのではない。『こいつになら命を預けてもいいと仲間たちから信じてもらった者』が出場するということを――忘れないでくれ」
「俺が……。うん……よしっ、わかった!」
「うむ! それでは、心置きなく殴って来い!」
壱殿と、互いに右拳を合わせた。
――出番です。出場するプレイヤーは闘技場まで進んで下さい
控室を出て、階段を登る。
登りゆく中、ふと過去の己と今の己を重ね合わせていた。
俺の人生は、「人に嫌われる」ことに成功した。そして、そのままの人生だと思っていた。
それなのに……まさか、人に好かれることにも成功するとは思わなかった。
これって、すごい幸せなことなんじゃないのか。
そんなことにすら気付かなかったから、今まで不幸だと思い込んでいたのだな。
でも――今は違う。
俺を必要としてくれる。
俺を信じてくれる。
鼓動が――鳴りやまない。
別に構わない。鳴りやまない理由もわかっている。
この階段を登り終えた時、「初めて」のタイトルマッチを迎えるからだ。
これまで何百戦と繰り返したタイトルマッチとは違う。
俺の――
俺を信じて――俺を必要としてくれる「仲間」のために闘う、初めてのタイトルマッチに――