第六十九話 勝負②
初日十戦目――
会場がどよめく。
ついに、知る人ぞ知るPK集団――絶々が登場した。今コロシアムに立っているのは――サブチーム名『雅』の代表者。
式がこの世界に来てから集めた情報によると、絶々は複数のギルドの塊であり、他にも花・鳥・風・月とチーム分けされている大所帯のギルドらしい。
その代表格がこの『雅』なのだ。
ちなみに、こういった回想は本来ボンズの役目なのだが、ボンズは只今絶賛気絶中で、座席の隅で白目をむいて無造作に座らされている。
『雅』の代表者はお世辞でも強そうには見えない小柄な女性だった。
方位は西南。レベルは99だ。
ベージュのカウボーイレザーハットにシルバーの装飾が施されている。
同じ色の小さなマントにジャケットを装備、中に赤のタンクトップに短めのパンツとロングブーツと、いかにもミリタリー系の装備をしていた。
プレイヤー名は「操」と表記されている。
残念ながら対戦相手は名も聞いたこともない無名なギルド。
会場にいるプレイヤーは絶々の真の強さを見ることのみに集中していた。
しかし、対戦相手も東南のレベル97。決して弱くはない。
コルト・ガバメント
「ほう、あの口径のコルト社の銃を、しかも左手で撃つとは、漫画の世界でも銭○警部だけだと思っていたぞ」
「そうなんですか壱さん」
「銃ってのはな優作、その威力によって弾丸を発射する側にも反動でダメージを負うものなのだ。あれだけ大きい口径のコルト・ガバメントを打てば、打ったほうの手首を砕くか、肩が脱臼するかだ。あの小さな身体でよく撃てるものだ」
「そうなんですか。……銃……銃創」
「しっかり見ておけよ優作」
「式」
「たぶん、お前の予想通りだよ」
「…………」
だが、対戦は意外な方向へ進んだ。
操が撃つ弾丸を対戦相手がスピードを活かし、上手くかわしている。
「これなんだよな。云い方が悪くなるが、これがあるからこのクエストは式を選ぶことができなかった」
「あぁ、弾丸を避けるほどのスピードを持っているヤツに俺の爆弾を当てられるかわからん。接近戦になれば不利だしな」
「そういう……ことだな」
壱はチラっと今だ気絶しているボンズの方を見た。
「…………頼むぞ」
弾丸をかわされ続け、式の云っていた接近戦に持ち込もうとする対戦相手。
すると、操は大きくバック宙をし、距離をとった。
そして、今まで使うことのなかった右腕を真横へ伸ばし、下を向く。
――笑みを浮かべながら。
突如、右手の先に黒い球体が現れた。しかも五つ。
黒い球体は徐々に具現化し、なんとM16自動小銃に変化した。この銃は通称「ブラックライフル」とも呼ばれるアサルトライフルだ。
五つのM16は空中に浮かび、銃口は対戦相手に向けられる。
触っていないのにだ。そして、引き金を引くことなく五つの自動小銃はその無数の
弾丸を対戦相手に浴びせ続けた。
弾丸の雨だった。流石にこれはどんなにスピードがあってもかわせるものではない。
身体中に弾丸を浴びたプレイヤーはその場に倒れる。しかし、まだかろうじてHPが残っているにもかかわらず操はM16を消し去った。
倒れているプレイヤーにゆっくり近づき、無理やり口を開かせコルト・ガバメントを押し込んだ。
「さーん」
こともあろうに、トドメをさすために今までかわされ続けていた銃を選んだのだ。
「にー」
命乞いをする対戦相手。だが、無情にもカウントは止まらない。
「いーち」
「や……やめ」
「ゼーロ。バイバイ」
銃声がコロシアム中に響き渡り、対戦相手は消滅した。
「勝者――絶々――『雅』。操」
歓声は上がらない。
ただただ、今起こった惨劇を受け止めていた。
一部を除いて――
「放銃使い……これで優作の仲間を【アウトオーバー】させた連中の正体が分かったな」
「えぇ、彼らが――自分の倒すべき相手です!」
今日の対戦、いやこれからの対戦において彼女の戦闘を観戦していたプレイヤー達の脳裏に深く刻み込まれた。絶々は強いと――そうなるはずだった。
次の戦いがなければ。
初日最終戦
「絶々――花組」対「盃」
これまた絶々の対戦相手は聞いたことないギルド、そしてプレイヤーだ。
だれもが花組の圧勝を期待していた。
そしていかに攻略するかを見る。
しかも、コロシアムに設置された巨大スクリーンには盃の代表者は西のレベル22。
転生もしていなければレベルが低すぎる。
会場で観戦しているプレイヤーが笑いだす。
もちろん対戦者もだ。ラッキーだと云いながら。
盃の代表者は白髪に短髪の老人……いや、老人と呼ぶほどヨボヨボではない。五十代ほどと思われる見た目のプレイヤーだ。
真っ白い死に装束を連想させる着物に黒の半纏を羽織っている。
そして不思議なことに、西なのに武器を所持していない。
プレイヤー名は「半次郎」
――と、レフリーのNPCが開始の号令を発する直前だった。
「ちょいと待ってくれ」
半次郎はアイテムポケットから日本刀を取り出した。
レアでも何でもない、店売りしているほどありふれた刀だ。
「今さらかよ」
対戦相手は鼻で笑う。
一本取り出して終わりかと思えば、もう一本取り出す。
二刀流かと思えば更にもう一本取り出した。
それを幾度か繰り返し、その数実に九本もの刀を取り出した
「数が多ければいいものではないぞ」
花組のプレイヤーが再度鼻で笑い、少しも刀に対し気にも留めていない。
すると、半次郎はその刀を全て鞘から取り出し、己が周辺の地面に九本全てを突き刺した。
「馬鹿か、こいつ等」
「式、どういうことです?」
優作の問いに式が興奮気味に語る。
「これだけレベルの低いヤツがいるギルドが、千の絶望クエストを攻略できるかよ、しかもギルドの代表者だぞ。少し考えれば『何かあるプレイヤー』だと気付くだろ。そう思うよな壱っ! ……壱?」
式の問いかけに耳を貸さない壱。コロシアム会場を凝視して顎に手を当てがえたまま身動き一つ取らなかった。
「半次郎……地面に刺した刀…………まさかな」
戦いの合図をレフリーのNPCが高々と叫ぶと同時に、壱が口を開いた。
「貴様ら。目……そらすなよ」
花組の代表者は高笑いしながら巨大な鎌を大きく振り被り、半次郎に襲い掛かる。
「やれやれ、元気のいいあんちゃんだ。――華……咲かせるぜ。 嶺上開花」
九本の光の筋が走ったように見えた。
対戦相手は、一瞬身体が切り刻まれたかと錯覚するほど――いや、戦闘不能になり、身体が消滅する前には確かに切り刻まれていた。
会場にいるほとんどのプレイヤーが抜刀した瞬間が視認できなかった……光の筋が走ったようにしか見えなかったのだ。
「おい、レフリーさんよ。勝負がついたぜ」
「…………!! あ……勝者盃――半次郎」
余りのことに、再び会場に沈黙が訪れる。
それに、これはもう攻略とかそのようなレベルではなかったことを大多数のプレイヤーが認識してしまったのだ。
「なんちゅう速さだよ……それに地面を鞘代わりにして、九連続で居合抜きしやがった。まさに九種九刀――明らかに【九蓮宝燈】を意識した戦闘スタイルじゃねぇか」
式の意見を壱が否定した。
「――違う! そうではないのだ」
「違うって、何か知っているのか?」
「知っているも何も……有り得ん! こんな男が『ゲーム』をするなど考えられん」
「……?」
「コイツは証明しやがった。以前、現実で拳法を習っていた者がその実力を発揮できずにいたため、ゲームのやり込み度が強さとの関連性を持っていると思っていた。だが、違っていた」
「どういうことだ?」
「この世界では、現実では出すことのできないスキルや符術は勿論のこと、身体能力もレベルによって跳ね上がる。現実では超人的なほどのな。だが、現実世界で既に『達人』の域にまで己を昇華させた者がこの世界に来たらどうなるか……それを証明しやがった」
「壱さん。彼を知っているんですか?」
「あぁ、知っているといっても直接面識がある訳ではないが、とある世界で名の通った男だよ」
「とある――世界?」
「世界というより社会と云った方が正しいだろう。それにしても、まさかゲームの世界で目の当たりにできるとは……アイツはな、良く云えば「現代の剣豪」。悪く云えば「現実世界での人斬り」だ」
「うそ……また、冗談ばかり云って」
と、云ってみたものの、壱の真剣な表情に偽りがないことを悟る。
「裏社会で、彼の名を聞いて震えぬ男などいない。政府要人専門に暗殺を繰り返す。現代において重火器など一切使わず、刀をどこかに刺しておけばいい。壁でも、床でもな――ゲームの二つ名など、アイツからすればまさに遊戯かもしれん。現実の裏社会において二つ名を持つ者にすればな――なぁ、【首天秤の半次郎】」
「く……首天秤??」
「首の重さと札束を秤にかける。これが半次郎の依頼料ということだ」
「マジかよ……」
「しかも、このゲームには存在しない戦闘スタイル。この世界での戦闘は、ゲーム内でのプレイヤーとしての動作は刻み込まれている。だが、それを使いこなせるかどうかは個人差があり、実際ボンズも過去この違和感に苦労した。いや、未だ全ての動作を解放出来ているかどうかは判断しかねない。
「…………」
式と優作は黙って壱の話に耳を傾ける。
「ここで盲点が生まれた。いや、実証したプレイヤーが現れた。恐らくあやつ以外誰も実践できないことを。符術の他に体術や器械武術において、この世界ではレベルというものにより超人的な力を発揮する事が出来る。
だが、現実において既に超人的な力を有した達人がこの世界に来ればどうなるか、ということを。以前も云ったが、この世界はゲームの時とは明らかに異なる世界だ。レベルだけで強さは測れない。己の発想でスキルを進化させることもできる。考えてもみれば当然か。この世界に来れば現実世界では到底不可能な動きをすることができるが、『現実世界でも出来ること』ができなくなるわけではない。つまり、現実世界で武芸の達人だった者が、この世界でもその実力を遺憾なく発揮できるのは当然だったということだ」
ここでパチが口を挟んできた。
「ちょっと待って。さっきも云っていたけどさ、以前にも少林寺拳法の遣い手が実力も出せずに嘆いていたと云っていなかった?」
「確かに、だが、云い方が悪くなるが、『強者』を通り越した『達人』クラスになれば、話は別になるということだろう。だから、ワシもこの発想はなかったよ」
「と、いうことは、彼は現実世界でなんらかの流派を修めた現代の剣豪なの?」
「首天秤の半次郎――。一説には室町幕府の第十三代将軍、足利義輝が最期を迎えた時の剣技を伝承したと噂されている」
「足利義輝って将軍だよね。将軍なのに強かったのか?」
「歴史くらい知っておけ。戦国の世に『剣聖』とまで呼ばれた塚原卜伝の直弟子であり、将軍でありながら剣豪であった」
「へぇ、凄いわね。将軍って、個人的には闘わないイメージがあったけど
強かったみたいね」
「その将軍が『永禄の変』と呼ばれる松永久秀等により将軍御所を襲撃された時のことだ。多くの敵兵に囲まれた足利義輝は、己の周囲の床に、数多の足利家秘蔵の名刀、業物を突き刺し、討ち死にするまで刀を居合抜き、敵兵を斬り倒していったという。その戦闘を『鞘を必要としない抜刀術』として昇華させた流派が誕生した。その伝承者こそ、半次郎その人なのだ」
「ほえぇ、つか、これで壱殿って基本なんでも知っているイメージが固定されたわ」
「茶化すなよ。現実ですらあの動き、あの戦闘は可能としている。だからこそ、この世界でも操れるのだろう。現実の達人に、レベルなど必要ないかもしれないな。ところで、どうだ式――勝てそうか?」
「……知らねぇよ。いい勝負になりそうかどうかもな。それよりなんでこんな人間が『ゲーム』なんてやっていたんだ。そっちのほうが意味不明だろ」
式さんは汗をかきながらしどろもどろに答えるも正論だ。
「確かに……一体何故?」
「そんなこと云ったら、自分は壱さんがこのゲームで遊んでいたほうが不思議です。とてもゲームをするタイプの方には見えませんが……」
「まぁ、優作。人それぞれというヤツさ。気にするな」
「そのような云い方をされると余計気になりますがね」
「それにしてもなんという抜刀の速さだ。速度だけなら、チビッ子といい勝負ができそうだな」
「なるほ……ど。――は? そのガ……りゅうって、そんなに強いのか?」
「なんだ式よ。絶望クエストでチビッ子の強さを見ていなかったのか」
「いや、見てはいたけど意識が薄れかけていたから……それに、あの速さについていけるなんて見た目で想像できるかよ」
「見た目で判断するなとは云わん。ワシも似たことを思っていた頃もあった。だが、間違えるな。『ついていける』ではなく、いい勝負――つまり『同等』の速さも兼ね備えているということだ」
「待てよ。武器使いの西で、あんな速度を持っているわけないだろ。オレだって西南だ。そこそこの速度を持っているけど、さっきの攻撃は見ることすらやっとだったんだぞ」
「普通はそうだろうな。いや、見えただけでも充分に強い。だが、このチビッ子は別格だ。――器が違う」
「壱にそこまで云わすのか……りゅう」
シリアスな会話を横目に、りゅうはスナック菓子をポリポリ食べている。
ラテっちに「ちょーだい」とおねだりされ、中身をまるごと口に流し込んであげる。
ラテっち、お口の横を指で引っ張り、上を向いて大きく開く。
口の上に袋を下に向け、中身を流し込む。
「おいしい?」
「いけまちゅ!」
「――とてもそうは見えない」
「どうだチビッ子。あの者と闘ってみたいとは思わんか」
りゅうは首を傾げる。
「なんでだ? きらいじゃないのに、たたかう必要ないだろ」
「フッ、貴様ならそう云うと思っていたよ」
本日の観戦は終了。いよいよあすはボンズの出番だ。
気絶したボンズを壱さんが肩で抱えながら観客席を離れ、コロシアム会場内の廊下を渡っていた。
その時――優作の表情は一変した。