第六十八話 勝負①
昨日8月17日はパイナップルの日なんですってね。今まで知りませんでした。
それにしても暑いですね。
とろけるスライスは~ゆ○じるし~
とろけるラテっちも~ゆき○るし~
とろけたあとは~トロトロよ~
束の間の休日も終わり、とうとうGMからの指令を待つ日今度は一体何をやらされるのだろう。
……なんか、クエストをこなすたびに同じことを云っている気がするけど、命がかかっているのだから仕方ないということにしておこう。
とは云ったものの、昨日で絶望クエストの期間は過ぎたにもかかわらず、いつも配信されるGM からのチャットは一向に来ない。
既にお昼ご飯も済ませ、日課であるりゅうとラテっちのお勉強の時間になっていた。
今日の先生は優作。目の前に小さな机を二つ並べ、そこにチビッ子たちがにこやかに座っている。
「それでは今日は信号機の勉強をしますね。りゅう君、信号機の黄色の意味は分かるかな?」
「パイナッポォ!!」
「…………? うーん、ちがうなぁ。それじゃラテっちちゃん、赤信号の意味はなにかな?」
「アップォ!!」
「…………(なんで果物? それになんでこんなに発音だけはいいのかわからない。)」
しかし、二人は「ほめて!」と云わんばかりのドヤ顔を見せながら優作の対応を待っている。
「そ、それじゃ、青信号は?」
『ブルーハワイ』
「(かき氷にかわっちゃった)」
そこに今度はボンズが登場。
「どうだ二人とも、ちゃんと教えてもらっているか?」
「パイナッポォ!」
「アップォ!」
「お! 英語の勉強をしているのか。えらいぞ!」
『えっへん!!』
ようやく褒めてもらえてご満悦な二人。
だが、二人とは裏腹に沈んだ顔をする優作。
「どうした? 元気ないぞ」
「ボンズさん。自分、保育士さんに憧れていたんですけど、少し自信を無くしました」
「なんで!??」
そこに――
「――――失礼します」
突如、ボンズの後ろに執事の恰好をした初老の男性NPCが立っていた。
「うわっ! ビックリした! …………なんでしょう?」
驚きながらも一呼吸入れて要件を聞くボンズ。
「我が主、GM様よりお届け物があります」
「俺に?」
「はい。正確には『|the last one party《ザ ラスト ワン パーティー》=余りモノの集い』の代表者様にです」
「はぁ……それで、なにを?」
「こちらをお受け取り下さい」
手渡されたものは手紙の封筒だった。
「それでは私はこれで失礼します」
そう言い残し、NPCは去っていった。
「ボンズさん、読みますか?」
優作が心配そうにボンズに問いかける。
「いや、これはみんなで一緒に読もう。ギルドは一蓮托生、仲間全員で見たほうがいい」
「そうですね、わかりました。流石ボンズさんです」
尊敬の眼差しで見つめる優作。
しかし――
「ボンズ、足が震えているぞ」
「さみしがりやさんなんでちゅね」
「りゅう、ラテっち……もう台無し」
そして、ボンズたちの寝室にみんなを集め、封を切った。
その中身は、手紙と数字の書いたカードが添えられていた。
「なにこれ? この『12』と書いたカードは」
「まぁパチよ。手紙を読めばすべてわかるだろう」
壱殿が代表して、手紙を読むことになった。
「ふむ、内容はこうだ――」
千の絶望クエストを達成されたギルドの皆様。おめでとうございます。
今回のクエストでは418組のギルドが残りました。
そこで明日より執り行われるクエストは、1日11戦――計209戦を十日間に分けて「タイトルマッチ」を執り行います。
マンズ――コロシアムにてギルド代表者1名を選出し、1対1のプレイヤー同士による対戦を行っていただきます。
そして、勝利したプレイヤーのギルドのみ、存続を許されます。
敗者のギルドは全員【アウトオーバー】です。
この対戦では、云うまでもなく蘇生する機会が無いので、戦闘不能になった瞬間に身体が消滅します。
つまり、負けたプレイヤーと、所属ギルド全員が光の泡へと変貌していくのです。
そして本クエストのみの特別仕様。
独りのみの参加に伴い、HPが減る度に身体における疲労、0に近付く度に強くなる倦怠感が発生します。
タイトルマッチは30分1本勝負。
相手のHPを0にすれば勝利。
装備は自由。
持てるアイテムは5個まで。残りのアイテムは本来はコロシアムの倉庫屋が保管してくれます。
倉庫屋は使用不可になっていましたが、このクエスト期間――いや、タイトルマッチを行っている間だけ、出場プレイヤーのアイテムを預かってくれます。
30分経っても決着がつかない場合、判定で勝敗が決まります。
アイテム残量。攻撃回数。回避回数。他、様々な基準からNPCのレフリーが裁定を下す。
――以上。
「――だ、そうだ」
一同、数秒の沈黙に包まれる。
それにしても、<DIRECTION・POTENTIAL=ディレクション・ポテンシャル> の代表的イベントの一つ、『タイトルマッチ』が遂に行われるのか。
そして、1名のプレイヤーがギルド全員の存在を背負うことになる。
だが――
「もらった!」
ボンズは素直に喜んだ
俺たちには「りゅう」がいる。
<DIRECTION・POTENTIAL=ディレクション・ポテンシャル> において最も有名で、最も希少な二つ名――『天に愛されし者』を持つりゅうがいる以上、負けることは考えられない
「それじゃ、頼んだぞ」
――ボンズがそう発しようとした台詞より先に、予想外な台詞がりゅうの口から飛び出した。
「ここはボンズしかいないな!」
「……………………今、なんとおっしゃいました?」
「ボンズの出番だぞ! 頑張れ!」
「えええええええええええええ!!」
慌てふためくボンズ
「なんで!? なんで俺なの?」
すると、パチが横から不思議そうな表情で会話に割って入ってきた。
「え? 違うの? 私もボンズが出るものだと思っていたけど」
「パチまで何を云っている!」
「オレもボンズだと思っていたけど」
「自分もです」
「ワシもだ。貴様しかいないだろ」
「なんでっ!??」
『なんでって云われても……な!』
みんなが口と揃えて――
「だっておかしいだろ!」
「何がだ?」
「いや……何がだって、よく考えて決めようよ」
「その結果がボンズではないか」
「壱殿~どうしてそうなるの~」
情けない声を上げるボンズ。
「考えてもみろ。まず北であるワシとおチビちゃんは論外だ。攻撃能力はほぼ皆無な上に、あくまでワシらはパーティーの戦闘補助要員だ」
「たしかにそうだ。でも……」
「ついでに南で回復役(?)のパチは問題外」
「チョット……今の『(?)』はなによ。それに、問題外って、もう少し違う云い方はなかったの?」
「あとな……」
「無視かよ!」
「式と優作に至っては対戦相手の方位とその特性によって勝率は大きく変わる。爆弾をかわすほどの速度重視のプレイヤーと対戦すれば式の勝率は下がるし、優作は鏡同和の特徴として、一撃必殺の威力を持つ攻撃系南の符術遣いか、重量武器を装備した西の武器遣いと対戦した場合のリスクが高過ぎる。そんな危ない橋は渡れんよ。――と、なれば、残った者が出場するのが当然の流れだろ」
「それなら、尚のことりゅうが出場すればいいだろ!」
「よく聞けボンズ。ここは貴様の出番なんだ。チビッ子の強さは関係ない。貴様が出ることにこそ意義がある。覚悟を決めろ」
「…………これは、既に決定なのか?」
「当然だ。番号からすればボンズは二日目の第一試合だな」
「……はぁ。胃が痛い」
――すると、座っていたボンズが突然立ち上がった。
「よし!」
「お、やる気出てきたか?」
「――逃げよう!」
ボンズが一目散に走り去った。
あとでとっ掴まって、怒られたのは云うまでもない。
翌日――つまり、タイトルマッチの初日だ。
コロシアムには生き残っている400組……2800人以上の観客であふれかえっている。
皆が先に他のプレイヤーの対戦を見るのは当然の行為だろう。
すると、コロシアムの空中に巨大なパネルが浮かびあがり、映像が映し出された。
「何だあれは」
映像には対戦前に、これからコロシアムで闘うプレイヤーの顔、名前、ギルド、方位、レベルが表記された。
これで、闘うプレイヤーのステータスが丸わかりというわけである。
そして、闘いが始まった。
第一戦目から好カードだった。
・ファイヤールーレット
・狂医師
一度は聞いたことのある有名ギルドの代表者が登場し、次々に勝ち残っていく。
やはり、ここまで生き残ってきたギルドはそれなりの強さを誇っているのだろう。
実際、千の絶望でも消えていったギルドは百を切っている。あの軍勢を倒していったギルドに弱いギルドなどいないのだろう。
だが、勝者がいると同時に敗者も生まれる。
負けたギルドは容赦なく消えていった。
隣で人が消えていくさまを『見せつけられている』ようにも感じ取れる。完全に弱肉強食の世界だ。
だが、勝者が全て有名ではなかった。
「ワイルドウルフ」対「雪国戦隊ドサンコレンジャー」
ワイルドウルフはギルド総数50名以上の武闘派ギルドで知られているが、この雪国戦隊とかいうふざけた名前のギルドは聞いたこともない。
だが、レベルは高い。
お互いがレベル99の、それもW西とW南同士の戦いだ。
ワイルドウルフの代表者がW西。
ドサンコレンジャーがW南。
レフリーのNPCが開始の合図を叫ぶと同時にワイルドウルフ側が小車輪を連続で繰り出す。
その瞬間、観客が凍り付く。
いや、正確には凍り付いたのは観客ではなく、飛び放った斬撃ごと一瞬で凍り付かされたワイルドウルフの代表者だった。
勝負は一瞬で決し、ドサンコレンジャーが圧倒的強さを見せつけ勝利した。
「【風花雪月】――だ」
みながざわつく。
当然だ。W南の、しかも攻撃系スキル中心の符術遣いでしか会得できない最強系符術の一つ。
しかも、ゲームの頃より明らかにパワーアップしているように見える。
相手を凍らせ瞬殺させるだけではなく、攻撃すらも凍り付かせることなど、ゲームでは不可能だからだ。
「やはり、強者というものは人とは違うことをやってのける。式も優作もこのタイプに近いからな」
「いや、俺のスキルは確かに発想も含まれるが、あそこまで強力じゃねぇよ。対戦してみたくはあるがな」
「自分は、ちょっと遠慮したいですね」
………………
………………
人混みの中、突如限界が訪れた
前触れもなく、ボンズが席を立ちあがる。
「……ボンズ?」
式さんが不思議そうに声をかけるも、ボンズはまるで反応を示さない
「どうしたんですか、ボンズさん」
優作が声をかけると同時に、発作が訪れた。
「ヒャウィゴー!!」
天高く拳を突き出し、叫び出すボンズ。
勿論、これで終わりではなかった。
柏手を打ちながら踊り狂う。
「はーい、はいはい、ビバノノ・ビバノノ!! アイ・アイ・アイ・アイ、きたこれ・キタコレ、パーリラーッ!! これから始まる大レース~カモンッ!!」
と、首と腰を大きく振り続けながらズボンを両手で掴んだ。
「オラァッ!!」
大衆の中、ズボンを勢いよくズリ降ろそうとしたボンズにパチの腹パンが炸裂。
ボンズはくの字に身体を曲げ、その場に倒れ込んだ。
「ふぅ~、間一髪」
「でかした、パチ!」
ボンズを気絶させたパチを褒める壱殿の姿……いや、それよりも奇怪なボンズの姿を初めて見た式さんと優作は、まるで世にも奇妙な世界に迷い込んだ主人公のような表情を浮かべている。
出てくるはずの言葉も出せず、ボンズが何故あのような行為をしたのか尋ねることすら忘れてしまっていた。
バラエティ番組で、深夜部屋に忍び込み「おはようございます。髪切った?」とリポーターに聞かれた新人女性タレントの如く、起こったことを目の当たりにしながら、何が起こったか理解していない――そんな表情をしていた。
ぶっ倒れたボンズに、りゅうとラテっちが急いで駆け寄った。
「ボンズ! 大レースってなんだ? 気になるだろ!」
「ぼんず、おきなちゃい!」
白目をむいて気絶しているボンズの顔をチビッ子たちが小さなおててでペシペシと叩く。
だが、ボンズが目覚めることは無かった。