第六十七話 休日
しれっと復帰
川のほとりで二人の小さい後ろ姿が並んで座っている。
「わしが若いころは、この辺で魚がそりゃぁ釣れたでのぉ」
「ほんと!?」
「ふぉっふぉっふぉ。本当だともラテっちよ。メダカとかぎょーさんおったでよ」
「それじゃぁ、きんぎょさんもつれるかな~」
「もちろんじゃとも。デメキンもおる」
「すごいね~。はやくつれないかな~」
「つれるぞよ。ふぉっふぉっふぉ」
「――りゅう。ラテっち。なにをしているの? つか、りゅう。なにそのおじいちゃん口調は」
『つりー!』
確かに糸のついた棒切れを持って釣りをしているようだ。
――が。
「ちょっとさ、竿をあげて見せてくれない?」
「ほい」
すると糸の先には針はなく……
「チータラだぁぁ!! 糸にチータラ縛ってある!! せめてスルメにしなさいよ。ザリガニとか釣れるかもしれないからさ!」
すると二人は驚いた表情を見せ、
『つれないの??』
「つれません」
「きんぎょさんは!?」
「デメキンもか!?」
「……釣れません」
『どーゆーことだー!!』
そんな無茶な……
二人は交互にしゃがむとジャンプを繰り返す。
もしかしたらウェーブを意識しているのかもしれないが、どう見てもモグラ叩きのモグラにしか見えない。
「どーゆーことだー!」
「どーゆーことだー!」
ピョンピョン飛び跳ねる二人。顔のお肉がプルンプルン揺れているせいでブーイングを連呼しているのに全く怒っているように見えない。
いや――見えないのではなく、恐らくは今の自分には気持ちにゆとりがあるおかげなのだろう。
実は、今現在この<DIRECTION・POTENTIAL=ディレクション・ポテンシャル> に来て指折りに入るほどゆったりとした状況にいるからだ。
千体もの魔物との対峙からの解放。
クエスト達成から今日を合わせあと二日は何も起こらないという状況が、今まで持ち続けた緊張感から一時的に解放してくれた。
五日間のクエストは既に達成し、次のクエストまで二日もあるのは先ほども述べたが、前のクエストではいつ次のクエストが行われるかわからないため気が緩むことはなかった。今回は最低でもあと二日間は何もしなくていいことがわかっている。
安心して休息が取れる。
それにしても……
『ぶーぶー!』
今度は口をとがらせてぶーぶー言い始めた。
その姿はまるでエサを求めるヒナ鳥だ。
ピヨピヨの間違いでは?
「キャハハハ!!」
突然、パチが笑い出す。隣にいる優作まで口元を手で覆い笑いをこらえているようだ。一体何がおかしいんだろう……ん? パチのひざ元に見覚えのある物体が……って、あれってノートパソコン!?
「『さらばリアル』だって! 人間辞めれるレベルの格好悪さだわ! この中にお医者様はいらっしゃいませんか~? ここに頭怪我した人いまーす」
「パチさん云い過ぎですよ。ボンズさんは真面目なんですから――ププ」
「だって優作、第一話からこんな痛くて情けない主人公いないわよ。存在しててごめんなさいと云って欲しいくらいね」
ボンズは二人のもとに走り寄り、ノートパソコンを思い切り蹴り上げた。
「何するのよボンズ!!」
「やめてよ! これ以上常識破りしないでよ! そんなものどこで手に入れたの? それ以前に一体どっから回線ひいてんの?? 俺、物語の第一話を回想じゃなくて機械で見る人初めて見たわ!!」
「ま、まぁボンズさん落ち着いて。ね」
「優作もだよ! パチに染まっちゃダメだよ!!」
「それ、どういう意味?」
ボンズは壊れたノートパソコンを指さし、
「こういう意味だよ」
するとパチは不敵な笑みを浮かべる。
「私がこの程度で満足すると思ったの? 本当におめでたいわね」
「なんでそういうこと云うかな」
「て、いうかさ、話を戻してボンズって本当にいいところないよねー。チートの世界でも全く頼りになんないし、女の子にもモテないし、だいたい存在意義は何ですか? ってかんじよね~。はぁ……手遅れ手遅れ」
「手遅れ云うな!! まだ未来がある」
「うわっ! ひきニートの社会不適合者が『未来』だって……発言の自由って素晴らしいわ」
「心閉ざしてやる!!」
涙目になりそうなのをグッと堪えるボンズ。
その時――クイクイ
ズボンを引っ張られる。ラテっちだ。
「あのね、わたち、ぼんず大ちゅき! えへへへ」
テレながら微笑む。
「ぼくも! ぼくもボンズ大好きだぞ!」
「りゅう……ラテっち……およよよよ」
ボンズはしゃがみ込み、三人は輪になって肩を組みあった。
「あらあら、可愛いですね、ふふ」
「……なんか、時代劇を見ている気分だわ」
優作とパチはその光景を遠い目で見つめていた。
などとしていると――
「おーい、チビッ子たちよ。お菓子やるから酒のつまみに何か芸をしてくれ」
二人で酒を飲んでいた壱殿と式さんが子どもたちを呼んだ。
『わーい!!』
あ、安らぎが離れていく……
ボンズはお菓子に負けたことでまたイジけそうになった。・
りゅうは走りながら近づき、勢いよく頭から滑り込む。……何をする気だろう?
「おこめー!」
すると、後からついてきたラテっちが地面にうつ伏せで寝転んでいるりゅうの上に同じくうつ伏せになり、重なり合うように寝転ぶ。
『おすしー!!』
「カーーカッカッカ!!」
壱殿爆笑。
「酔っ払いだ……完全に出来上がった酔っ払いだ」
ボンズが呆れる中、りゅうとラテっちはお団子をもらって壱殿の横に座りむしゃむしゃと食べ始めた。
――と、二人が食べ終わると、式さんがラテっちに近づく
「おじょうちゃん、前に出したナントカ光線銃に入れる電池を買っておいたぞ。忘れずに入れておきな」
「おぉ~ありがとでちゅ!」
ラテっちは早速ビリビリ光線銃をカバンから取り出し、電池を入れた。そして、りゅうを交えた式さんと三人一緒になって説明書を読む。
「ふーん。こういう効果が出るのか。本当に不思議なアイテムだな。てか、これでどう戦うつもりだったんだ?」
「ふっふっふ。ラテっちにふかのうはないでちゅ」
「いや、無理だろ……」
式さんが呆れている。これは気になるな。
「ねぇ、どんなアイテムなの?」
と、聞くと三人揃って「ひみつ」と答えられるボンズ。またまたイジけそうになった。
――そういえば。
「式さん、装備は変えないのか?」
ボンズの問いに笑みだった式さんが少し真面目な顔を見せる。
「決意表明――みたいなものだ」
「決意表明?」
「あの時……ガキんちょがボスに放った殺気を感じてからな」
「総馬身 皇の時?」
「あぁ。あんなに痛い殺気を感じたのは生まれて初めてだった。身体に絡みつき動くことさえままならなかったよ。だが、それが妙に嬉しくて。自分自身のためにこんなに怒ってくれる奴、出会ったことなかったからな――だけどなボンズ」
「ん?」
「あれだけの気迫を出すのはそれそうなりの人生経験を積んでいるってことだよな」
「……そう、かもね」
「それって、悲しくねぇのかな。人生経験は多いに越したことはない。若いうちの苦労は買ってでもしろっていうからな。でも、もしガキんちょが見た目通りの年齢だとしたらよ……」
「それは俺も思っていたよ」
「今、笑っているのが不思議なくらいなんじゃねぇかなと、あの時思った。経験は若ければいいってものじゃない。あくまで年相応の経験が活きてくるのだから。何が云いたいかといえばよ、若すぎる……幼い内に様々な経験をしちまうと悲運でしかない。経験とは、甘いものだけではないのだから」
「クククッあはははは!!」
突然ボンズが笑い出した。
「は? 今、笑う話なんかしたか?
「ごめんごめん。いや……」
「いや、なんだよ」
「式さんもとうとう子どもたちに甘くなったなと思ってさ」
式さんは顔を真っ赤にし、
「まぁ、なんだかんだで命の恩人だしな。可愛くなくはねぇ」
「なんにせよ、これで本当に俺たち仲間になったんだな」
「あぁ、そうだな」