第六十六話 座談
無事に異世界より帰還したボンズたち一行、この時点で千の絶望クエストは達成となり、束の間の休息時間を得た。そして、異世界から出てきた時にはすでに夕方になっていた。
異空間では太陽の動きがなかったため時間の感覚がわからなかったが、式さんが最初に異世界に入って実に十二時間以上経っていたのである。
早速みんなで宿屋に戻るとすぐに借りている部屋のリビングに集まり、パチがみんなの回復を、特に式さんの回復を重点的に行った。
奇跡的にも、今度は上手くできたようだ。貫かれた式さんの手足の傷も元通りに塞がった。
「まだ痛む?」
「いや、大丈夫だ。現実だったら確実に死んでいた。だが、あんなデカイ槍で手足を貫かれてこの程度の痛みで済むこと事態、異常な世界だという証なんだろうな」
「無茶するからよ。ホント、今度同じことをしたら許さないんだからね」
「あぁ、パチ……いや、みんな。約束する」
この瞬間、式さんの表情が以前よりも明らかに変わったのがすぐわかった。
本人自身が爆弾の様な、いつ爆発してもおかしくないような緊張感が無くなったからである。
「それにしても、よくオレが独りで異世界に行ったことに気付いたな。優作を眠らせたからあんなに早くは気付く訳がないと思っていたのに」
すると、ラテっちが式さんの元へトコトコ歩いて行き、「おはようのじかん、はやいんでちゅ」とにこやかに話し、その後ろから壱殿が、「そして、ワシは遅くまで飲み歩いていた」と、その時の状況を説明してくれた。
「おそとでたいそーしようとしたらね、いちどのとあって――」
「それでワシと一緒に外で寝ている優作を発見した」
『――と、いうことだ(でちゅ)』
「な……なるほどね」
妙に自慢げな二人に、取り合えず相槌をうつ式さん。
「さっ、さて! それよりもさ、改めて『ギルド結成』のお祝いをしようじゃないか」
「ボンズ……ギルド結成はもう済んでいるだろう。いつの話を蒸し返すつもりだ」
壱殿が呆れながら問いかける。
「そうじゃなくてさ、こうして式さんも無事に戻って、みんな頑張ってクエストを達成したんだ。なんか一体感が増したんじゃないかな。これで『本当のギルド仲間』になったってことじゃないか」
「珍しく良いことを云うが、貴様が云うか……?」
「お前、本当に何もしていなかっただろ」
壱殿と式さんが一層呆れる。
泣きそうになるボンズ。すると――
「ボンズをいじめるな! お祝しようよ!」
「ぼんずをいじめちゃアプッよ!」
りゅうとラテっちがボンズの足を片方ずつ抱きしめる。なんて良い子なんだろう。
「ボンズがこんなことをいうなんて今まで一度もなかったんだぞ。独りでイジけて終わりだったんだ」
「せいちょーしたんでちゅ」
「それにボンズがイジけたらお祝いできないじゃないか! おなかすいたぞ!」
「ペコペコでちゅ! 」
……前言撤回。
「それもそうだな。よし、宴だ」
『おおぉ~!!』
なんか、虚しい。
と、いうわけで早速壱殿やパチ、ようするに大人たちは酒を飲みはじめ、子どもたちにはジュースを振舞った。
「まるでオフ会みたいだな」
ボンズがそういうと、壱殿はなるほどと云わんばかりに歳をきいたりする。
「そういえば、優作は酒を飲める歳なのか?」
「優作は十代だよ」
「そうなんです。まだ飲酒はできません」
「そうだったのか。その口調からワシとさほど変わらん歳かと思ったぞ」
「それじゃ、壱殿は何歳なんだ?」
「おっと、大人の歳など聞かぬほうがよい」
「最初に聞いてきたのアンタだろうが!!」
そのあとも、ご飯の支度をするまで色々な話をした。
「式さんが蘇生スキルの紅孔雀がなくなったのを知らなかったのは、そういう経緯があったからだったんだな」
「あぁ、昔はかなりのめり込んでいたんだけどな、ゲームにログインする所かシャバにすらいなかったんだからよ」
「それって、笑ってもいい話なのかな?」
「いいんじゃないか? お前らなら」
○
「さて、夕食は何が出てくるのか? 期待しているぞ」
壱殿はもう待ちきれないといった様子だ。
「ほら、ご飯の時間よ。名誉挽回に準備しなさい。役立たず君」
俺はいずれ彼女――パチを刺してしまうかもしれない……
その時、後ろから気配が。
小さな二つの影が並び、目元が光る。
――キュピーン!!
「ボンズ、お肉食べたい!!」
「おにく、おにくっ、おにくー!!」
「お肉か。今回は普通の焼き肉ではないほうがいいかもしれない。せっかくのお祝いなのだから少し手を込むか。……本当に名誉挽回したいし」
そこでボンズが用意した鍋。これを見て、一同首を傾げる。
「変な形の鍋ね。模様の様な凹みに、それに山のように盛り上がって周りは窪んで……」
「見たことのない鍋です。焼くのですか? それとも煮るのですか?」
パチと優作が質問していると、その後ろから壱殿が身を乗り出した。
「これは……『ジンギスカン』か」
「なにそれ?」
「羊の肉を特製ダレに漬け込み焼く北国の名物料理だ。これはその料理に使う専用鍋なんだよ」
「おいしいの??」
「パチ、最高にビールに合うぞ」
「ボンズ、早くしなさい!!」
鍋の窪みにたっぷりのモヤシを入れ、真ん中の頭頂部から徐々に肉を焼き始めるボンズ。
この時壱殿は思った――「一体いつの間に肉を特製ダレに漬け込んでいたのだろう。そもそも、特製ダレはいつ作ったのだろう」と。でも早く食べたかったのと、あまり関わらない方がいいだろうという本能から云わないでおいた。
その後、皆が「美味い」と舌包みを打つ。サッと茹でた「うどん」もいれるとさらに美味い!
りゅう、ラテっちも初めての料理に「おかわりー!」と皿を出し、優作も便乗する。味の染みた柔らかい特上のラム肉が米にも、そしてビールにもよく合い、パチもご満悦の様だ。
壱殿に至っては「何故この味が出せる」とブツブツ云いながらも箸は止まらない。
そんな中。
無言でガツガツ食べる式さん。
ボンズが「おいしいか?」と尋ねると、「肉ならなんでも一緒だろう」とアッサリと答えた。
――と、同時に、突如りゅう、壱殿、ラテっちが並んで式さんの前に立つ。
「……なんだよ」
「この味がわからないなんて……」
「なんと憐れな……」
「おこちゃまなんでちゅよ」
三人が同時に口元に手を添え――
『ププーーッ!!』
「打ち合わせしたの!?」
もう一度――『ププーーッ!!』と堪え切れない笑いを式さんの目の前で披露する三人。
「絶対に練習したよね! 息ピッタリだぞ! スゲー腹立つんだけど!!」
笑い終えると、再び食事にありつく三人。
「なんなんだよ……」
「まぁ、三人なりに心を開いている証拠だよ」
ボンズの言葉に「アレが!?」と驚く式さん。
「まぁね。それにさ、もっと式さんに近付きたいんだよ。独りだった俺に近付いてくれたようにさ」
「ボンズ。お前も独りだったのか? そうは見えないけどな」
「ずっと独りさ。友達なんかいない。あの子たちが最初の友達。そして、今目の前にいる仲間で友達全員だ。勿論式さんも含めてね」
「オレと仲良くなったからって、いいことなんかありゃしないのにな。ガキンチョも、みんなも変わった奴らだよ。今回の戦いにしたってなぜあのような子どもがあそこまで強く、そして怒ってくれたのか……オレにはわからん」
「知りたかったんだよ」
「何をだ?」
「式のこと。独りで戦った同じ境遇に立ち、気持ちを共有したかった。痛みを身をもって知りたかった。仲間だからな。我々はその手伝いをしたに過ぎない。だけどね、気持ちを共有したいって思いはみんな同じだったはずだ。それを式さんはもうわかってくれている。そう信じている」
「……そうか、ありがとな」
「いずれでいいからさ、りゅうにも云ってやってくれないか」
「あぁ」
「おーい、二人とも何やっているんだ!!? お肉がなくなっちゃうぞ~」
「だじょ~」
りゅうとラテっちがこちらに向かって手招きする。
「俺が今こうしているのはあの子たちのおかげ。だから、式さんの気持ちはわかるよ」
「そうか、まぁ楽しくやるか!」
「あぁ!!」