第六十五話 威風
「(何者かさえ分からないなら、せめてこの世界では強者でありたい。もうこれ以上他人に人生を踏みにじられるのは御免だ。)」
――大空襲を連想させる絶え間なく続き、爆撃による爆風で地面はえぐれ、地面を被う白が確実に減っていく。
「(守るもののために己を犠牲にした者が守るものを失った。そうなったら、守るものなんていらねぇ! もう壊すことしか手段はないだろ!)」
――爆音が絶えず響き渡るも、それでも重なる足音が止むことはない。
「(汚れ役が賛美されるのは漫画の世界だけだ。現実ではそんなモン誰も見てくれはしない。見てくれていたとしても、汚れたまま終わりなんだよ。)」
「だから……だから、最期は『人生最後の仲間』の為に命張るのが嫌われ者の終わり方なんだよ!!」
彼は爆破を完全に極めていた。
それを証明するかの如く霧散する白装束の魔物たち。その数はすでに五分の一ほど消滅していったのだ。
しかし、それは等しく彼の消耗を意味する。
持ってきた符力回復剤も底を尽き始めていた。
そんな中、初めて攻撃を喰らってしまう。
巨大なランスが右わき腹をえぐり、式は後方へと吹き飛ばされてしまった。
「チッ、これからだってのに、もう終わりなのかよ。まぁ、それでもいいか。……最後に一暴れして仕舞にするのもな」
なんと式は、その身一つで総馬身の群れに突進していった。
「あと二つ……二つのスキルだけでいい。もってくれよ!!」
式は【迷彩】を使い、身を透明にしながら並み居る総馬身の間を駆け抜ける。
あと、一つ!
駆け抜けた先には白い魔物を統括する総馬身皇。
この皇に、この世界で最期に一撃を繰り出すために、ここまで戦ってきた。
遠距離でしか攻撃できないとでも思っているその余裕に満ちた顔面に叩きこむ最後のスキル。
何もかも壊したい――そのための最終兵器。
己も含めた破壊願望賀生み出した式の正真正銘の切り札――「赤ドラ」を発動する機会をずっと狙っていたのだ。
赤ドラ――外気に具現化する通常のドラ爆弾とは異なり、体内に四つの小型爆弾を生成。その爆弾は常に術者の符力を吸い続けることで威力を高める爆弾。つまり、生成した時間が長ければ長いほど威力の高いスキルであり、【自爆技】でもあった。
そして式は、この世界に来たのと同時に赤ドラを生成していたのである。
「優作……仲間を大切にしたい気持ち、わかってきた。もう遅いけどな。でもな、お前らと一緒にいて変わっていく……いや、昔の自分に戻れる勇気がオレにはなかったのさ。できることといえば、これくらいだ――赤ドラ、発ど……」
発動する寸前、四体の総馬身が式の両手両足を円錐型の巨大ランスで突き刺し、天高く持ち上げた。
【迷彩】のスキルは、既に事切れてたのだ。そして、そのことすら気付かないほど総馬身皇しか見ておらず、また消耗しきっていた。
自爆スキルが未遂に終わることで一命を取り留めたものの、式は両手両足に受けた攻撃で、戦闘不能寸前まで追い込まれる。いや、あと一撃でも喰らえば完全に意識を断ち切られていた。
ランスで神輿のように担がれた式は、上空を眺めながら最期を悟った。
「ようやく終わりか……呆気ないな……親父、もうすぐそっちに行けそうだ。今度こそ、仲良くやろう……な」
式はランスで両手両足を貫かれた状態から地面に叩きつけられ、四体の総馬身はトドメの攻撃を繰り出すためランスを引き抜き振り被った。
その時だった――
「ラテっちビーーーーーーーム!!」
式にトドメを刺そうとランスを振りかざした総馬身たちが、辺りに響き渡る声に注目してしまったのだ。
その視線の先は、この空間の入り口に広がる高い崖のさらに上。
小さい人影が一人立ち尽くしていた。
「ラテっちさんじょー!! あっ! 『スーパー』つけるのわちゅれていまちた! 『スーパーラテっちビーーム!!』ズビビビッビビビビビビビビビビビビビビビ!」
確かに前回より長い。今回のポーズも上にあげた腕を目の前で交差させて、気合いが入っている。だが、相変わらず何も効果はない。
「すーはー。すーはー。ズビビビ……」
一呼吸入れ、もう一回ビームをうつ。
しかし、やっぱり何も出ていない。
総馬身たちは、その珍妙な姿と意味不明な台詞に数秒意識を奪われるも、「あっ、あれは無害だな」と判断し、再び式に対し刃を向けた。
だが――
突然、式の目の前に広がる総馬身たちの身体に一筋の線が走る。
それを「斬撃」だと認識できたのは、襲いかかっていたはずの総馬身が身体に走る線から徐々に消滅していったからだった。
消滅していく総馬身の影から、斬撃を繰り出した者の姿が現れた。
式の眼前に躍り出た小さき少年は逆立つ金色の髪をなびかせ、身丈よりも長い刀を握り締め立ち尽くしていた。
その後ろ姿、無数の敵を目の前にしようとも臆する事のない、堂々とした立ち振る舞いを見せて。
驚く式。
「な……何をしに来やがった! 邪魔するな!!」
「――そこで見ていろ」
「ガキがなにを……」
「パチ、式さんに回復はしなくてもいいから、そこで休ませるんだ
「もちろん。そのつもりよ」
「何をいってやがる! 俺はまだ戦える! 邪魔をするな!
「いいから休んでろ!!」
背にしたまま後ろを振りかえらず、激昂するりゅうに一瞬たじろぐ式。
「式さんの『仲間』が、どれほど頼れるか、その眼で見ていろ!」
「まだオレを仲間だというのか……オレは、仲間なんかいらない。死んだっていいんだよ!」
りゅうは振りかえらず、俯く。
「式さんは知らないだろうけど、ボンズが以前同じようなことをしたんだよ。――突然ぼくたちの前から姿を消してさ……その時、ぼくはすっごく驚いて、思わず泣いちゃったんだ。ボンズの気持ちも知らないで……式さんも、ぼくの知らないところですっごく辛かったんだろ。気付いてあげられなくてゴメン。でも、でも――だからさ、あの時ボンズに云えなかったことを、今――式さんに云う」
振りかえるりゅう。
「生き抜くことに戸惑うな! この先どんなに怖くても、勇気は仲間で出し合えば、それだけ大きくなるんだから!」
りゅうは自分の足元――地面を真横一文字に斬り、大きな「線」を作る。
「この線は越えさせない。仲間をこれ以上……傷付けさせない。いくぞ! みんな!」
『おおっ!!』
りゅうが敵陣の中に突入すると同時に、線の上をパチと壱が立ち塞ぐ。
そして優作は傷だらけの式を何も云わず膝枕をして介抱した。
そして、鬼神の如き強さを見せるりゅう。
いつものにこやかな表情とは一変し、相手を威圧する程の眼差しで戦う姿――
「一騎当千」とは、まさにこの少年のことを指すのだろう。
数十体の魔物に取り囲まれようとも、お構いなしに斬撃を浴びせ、なぎ倒していく。
その勢いは、魔物がりゅうに触れるすら叶えさせない。
眼前に並ぶ魔物は決して弱くはないのにもかかわらず。
だが、りゅう一人を相手にし、結果として動く紙人形のように簡単に、そして瞬時に斬り刻まれていく。
なによりも、りゅうは魔物の攻撃に対し致命傷を一切受けない。
身体が小さいから当たり判定が狭い。それだけでなく、体さばきが恐ろしく巧い。
刀を振る際、攻撃に気を取られ過ぎれば防御が疎かになるが、りゅうは敵に攻撃を受けても流水の如く紙一重で受け流し、攻撃で態勢を崩した相手の隙を見逃さない。
だが、これらの「防御」はあくまで囲まれた時のみに起こる「稀」な例である。
りゅうの攻撃はあくまで通常攻撃。
打ち終わりに隙が生じることすらなく、次の攻撃に移るまでのタイムロスは無に等しい。
延々と続く、一撃必殺の威力を持った九本の斬撃。
攻撃を最大の防御をこれほど実践する例があるだろうか。
斬撃が巨大な盾を兼用し、刀を振り続ける限り魔物がりゅうにダメージを与えることはない。
「攻防」――どれをとっても、りゅうに隙は見当たらなかった。
もはや数など、意味すら持たない。
その姿は【九蓮宝燈】の威力というより、りゅう自身が研ぎ澄まされた業物の刀だった。
人……いや魔物ではあるが、生を受けた者がこのように簡単に斬り刻まれるのかと思うほど、総馬身はまるで紙切れのように斬られ、光の粒と化して霧散していく。
その姿――鬼の所業とも思える光景。
りゅうという小さき少年が見せる本気とは、仲間ですら味方でよかったと思わざる負えない強さだった。
他の仲間もまた、その実力を遺憾なく発揮する。
壱殿とパチが背中合わせで式を守る。
「おい、式よ。よーく聞け。こいつらは多分貴様が思っている以上に頼りになると思うぞ」
「随分と他人行儀なことを云うのね。冷めていた男がようやく覚めてきたってのに。壱殿、アナタはもう冷めていないわよね?」
「パチよ。貴様は間が抜けているのか鋭いのか掴めんヤツだ。もう少し人物像を固定することを心掛けろ」
「あら、壱殿の口からキャラ固定を薦められるとは意外ね」
「すっかり貴様らに感化された証拠だ! これでも疑うか?」
「いえ、大丈夫そうねっと!」
「全く、このパーティーは……」
『激アツだ!!』
「さぁ、僕ちゃんたち。跪きなさい」
パチが人差し指でゆっくり下を刺す。
同時に数十体の総馬身たちは横一列に跪いていった。
「いい子たちねぇ。でも従順な男ってつまらなくて嫌いなの。でも、ご褒美に殺してア・ゲ・ル」
その姿は専制君主制の女王にひれ伏す家臣の如き、「絶対の服従」だった。
指一本動けない総馬身たちは次々に【九蓮宝燈】の錆びに、いや光の粒へと変わっていく。
それでも、なんとか隙をついた総馬身が優作と式さんに襲い掛かるもその前に立ちはだかるのは壱殿。
総馬身は己の攻撃がいつまでたっても瀕死の式に、目の前の人間に届かないことに違和感を感じる。
その頃にはもう遅い。
「月並みの台詞だが、背中――すすけてるぞ」
背後からりゅうの攻撃。
「ここは任せろチビッ子。暴れろ!」
式に近付いてきた魔物は、壱殿が魔物の攻撃速度を抑え、パチがその動きを完全に封じる。
これにより、誰もりゅうについていける者は誰一人としていなくなった。
近付いた時には、りゅうの攻撃を待つことしかできない――三人による、完璧なフォーメーションだった。
「今、お前なにをした?」
「ん?」
「確かに今、魔物の動きが遅くなったように感じました」
式と優作の問いに対し――
「そんなことより式。チビッ子の姿、目に焼きつけろよ」
「あのチビ……【九蓮宝燈】の遣い手だけあって強いじゃねぇか。武器に恵まれている奴はいいよな。攻撃だってほとんど喰らっていねぇ」
「……喰らい続けている。攻撃なら、最初からな」
「なっ!? ならば何故戦い続けていられるんだ!?」
「理由は二つある。一つは柔の極みの一種だよ」
「柔……柔道とかのことか?」
「あぁ、集団で襲われた場合、最悪の状況が存在する。それは『地面に倒れる』ことだ」
「倒れたらタコ殴りにされるのは目に見えているからな」
「それを、まるで球体の如く身体の重心を絶えず中心に置くことで常に安定した態勢で戦い続けている」
「そんなことが……だからといって攻撃を喰らい続けていてはいずれ倒れるだろう」
「そう、ここからがチビッ子の恐ろしいところだ。なぁ、式よ。つかぬことを聞くがバレーボールの球とピンポン玉、どちらが釘を打ちやすいかわかるか」
「そんなもん、大きいバレーボールに決まっているだろう」
「そうだ。チビッ子は身体の小ささを利用した上に鎧の丸みを活用することで、巨大なランスの矛先を滑らせているのだ。さらに直撃する刹那に体幹をひねらせ、ランスの先端に直角に触れないよう絶えず動き続けているのだ」
「そんなことができるのか!?」
「現に実行している者が目の前にいるだろう。なにより、この芸当は恐れを抱き身体を引けば実行できない。突進する勇気と、見極める技術の融合がなければ見ることのできない芸当だ。なのに、あの小さい少年は数百もの敵を相手に囲まれながらも臆することなく実行し続けている。技術云々よりも、その精神力に感服する。あの姿には魅せられるよ。今日ほど味方で良かったと思ったことは無い。――それにしても、式がやられたことにそうとう腹を立てていると見えるな」
「それにしても柔の極みだなんて……実年齢は幾つなんだアイツは」
「関係ない。年齢などな。柔道創始者加納治五郎が投げの極みを何年で会得したのか知っているか?」
「……極みという位だから爺さんになってからだろ。50……30年とかか?
5年だよ。僅か5年足らずで物事を極めてしまった。極めるということに数十年の年月を費やす者もいれば、どれだけの時間を費やしても生涯会得できない者もいる。逆もまた然り、天才と呼ばれる者に時間など必要ではないのだから。チビッ子も、その類なのだろう」
「あのガキ……そこまでの強さとは。天才ってやつはつくづく羨ましいぜ」
「式よ、勘違いするな。倒れられない……一度でも倒れたら負けることを覚悟して戦っている。これはもう天才という言葉だけでは語れない。幼子の純粋さと、明王の如き強さ。相反する二つの要素を兼ね備え、見事に融和している姿はもう簡単に天才という一言では括れない。全く次元の違う天凛の才の持ち主なのだから」
「あとな、もう一つ理由がある。聞いてくれ」
「なんだ」
「ああやって戦うことで、式との気持ちを共有しようとしている。貴様の気持ちを、痛みを、身をもって知りたいんだよ。だから、チビッ子は絶対に倒れない!!」
そういいながら、壱はりゅうの背中を凝視する。
「(信じてもいいのだよな。本当に子どもだと。実は偽りだったと云われても、もう怒ることはない。むしろ、わずか数年しか生きていない者がそこまでの位置に立っていること――その事実は、凡人の天井を見せる所業。その位置までは絶対にいけないことを思い知らしめる存在。仮想世界では讃えられても現実世界では、確実に疎まれる。あらゆる妬みを含んだ嫉妬、その才を伸ばすことは至難だろうから。以前チビッ子のことを年齢を偽っていると考えたのは推測ではなく願望だったのかもしれん。己の数分の一しか生きていない者がここまでの高みに立っている事実を受け入れたくないために。戦わずして己が敗北を認めたくないために。だが、今は信ずる仲間。何者であろうとその思いは変わらぬ。)」
その時だった――
「おあああああああああああっ!!」
りゅうが天に向かって大きく叫んだ。
「あの子が……あのりゅうが吠えるなんて」
パチがあまりにも意外なりゅうの行動に目を皿にする。
「まさに、龍神の咆哮だ――あの顔を見ろ。忘れるな! あんな小さい少年が必死な形相をして戦っている。仲間の……友のためにな」
「あのチビ……」
壱の言葉にこれ以上何も口にできない式。そして……
「とはいったものの――これほど、とはな」
強いことなど承知していた。
だが、牙を剥いたその姿は『強い』という形容詞では語れない。
躊躇いのない太刀はまさに鬼の所業――いや、鬼をもひれ伏す明王か。
仮想世界の中とはいえ、現実に剣を振り回すことに迷いがない。
斬ることに、慣れ過ぎている。
「今、心の底から思う――敵として出会わなくてよかった、と。……ワシの眼ですら、切っ先がほぼ見えないほどの速さと、一撃で両断する力を兼ね備え、絶え間なく、純粋なまでに躊躇いのない斬撃を繰り出し続けるのだから。それにしても「『生き抜くことに戸惑うな』――か。幼児とは思えぬ遠き言ノ葉を持つ者よな。だが、もう疑わん。言葉の重さは人柄を、思いを伝える。チビッ子はそれだけで人を信じさせることができる者なのだから」
他の者はりゅうの腕が振り上がった瞬間しか目視できていない。――そして、それは総馬身が九体同時に消滅することを意味していた。
「――【小車輪】!!」
縦に円形の斬撃を生み出し放出する西の刀使いのスキル。
それをりゅうが使用すれば、9本の円形斬撃が広範囲にわたり斬り回って行く。
しかも、どこまでも続き、消滅する事がない。
「りゅうが倍プッシュの他に、いや攻撃スキルを使っている。本当に仲間思いな子なのね」
かつてりゅうの戦闘をその目で見てきたパチ。りゅうはどちらかと云えば平和主義者なだけに、驚きもあるが誇らしくもあった。なにせ、仲間のためだから。
「式……あんな小さい子にここまで云われて、ここまで戦う姿を見てどんな気分ですか?」
「優作……お前」
膝枕をしながら優しく式の眼を見つめる優作。
「これは『貸し』にします。いいですか、必ず返して下さいね」
「…………ふぅ。高くつきそうだな」
「以前壱さんからこんな話を聞いたことがあります。式は人は他人に話しても信じてもらえないよう人生経験をして初めて本物だと云いましたよね。つまり式は、もう立派な一人の男であると。そして、この仲間たちはどんなことでも、例え作り話でも仲間の云うことなら最後まで信じる。嘘だよと云われるまで信じ抜く――と。後は……貴方次第ですよ、式。――さて、みんなが戦っているのになにもしないわけにはいきません。自分も行きます」
優作は分身して、一体だけ式の元に残し、りゅうの元へ走って行った。
敵陣に乗り込む優作。
「りゅう君。及ばずながら自分も戦います」
「およばずって何だ? 優作も強いぞ!」
「りゅう君にそう云って頂ければ、自信が持てます。――いきますよ!」
「おうっ!!」
今度はりゅうと優作が背中合わせになり、背後を預ける。
互いを信頼して。
優作は更に分裂し、その場で二人になる。
式さんの横で介抱している優作と合わせると三人になった。
二人の優作で符術を発動させ、それを互いで重なり合い、巨大な光と化す。
「鏡討ち――そして、【双竜争珠】」
二人の優作から放たれた符術は二頭の竜をと変化し、総馬身たちを円状に取り囲む。
囲んだ獲物を円を小さくしながら飛び交う竜が喰い散らかしていった。
りゅうが斬撃を繰り出し、優作が符術を持って魔物を倒していく。
物理・符術攻撃の連携、支援の連携、四人が揃った攻防はすでに魔物の「数」などものともしない。
このパーティーが完全に機能した時の強さを互いに実感しつつ、絶対の信頼と共に突き進んだ。
そんな中、丘の上に影が立つ。
満を持しての登場だ。
「ラテっちビームがブィッ! ブィッ! ブイッ!
スーパーラテっちブィッ! ブィッ! ブィッ!
みんながんばれブィッ! ブィッ! ブイー!!
わたちもがんばるブィッ! ブィッ! ブィーッ!
|ふんだばだぁ~!!《ジャンプしながらおおきくりょうてをふりましょー》」
崖の上でラテっちが右に左に踊りながら「声だけビーム」を出しつつ、元気に応援している。
これがまた異様に目立つ。
いかにもラテっちらしい。
――気が付けば、独り除かれていた。
「……オッス。オラ、ボンズ。一応主人公なんだけど、おいしいところを幼児に全て持っていかれて、出ていくタイミングを完全に逃したんだ。ここでポツンと立っているけど、みんなオラのこと忘れているのかな? もしかして、嫌われているのかな? なんていうかさ、よく漫画でザコキャラのことを『ヤ●チャ』って例えるじゃない。でも、今の俺は『ヤ●チャ』どころか、戦おうとしたら天○飯に置いて行かれてしまった『ギョーザ』だよね。みんな……オラにさ、『元気』なんて贅沢は云わないから、せめてさ……『慰め』でもなんでもいいから、ポジティブになれる何かをさ、本気で少しだけわけてくれないかな?」
こんな大事なイベントにもかかわらず、参加するどころか何もしていないボンズ。
「あり得ないよね。数ある漫画やアニメでもさ、目立たない主人公ってのはいるけどさ、こんな大事なイベントにも関わらず、参加するどころか戦ってもいない。さらにこの独り言以外台詞すらないっておかしくない? 有り得ないよね? ねぇ、やっぱり有り得ないよね?? この物語の作者……俺のことが嫌いなんだ……きっとそうなんだ」
仲間が戦っている場所から遠く離れ、ポツンと独りで立っている。
まるで、宿題を忘れて廊下に立たされている学生か、ドッチボールに入れて欲しいけど入れてもらえずにグラウンドの隅で佇む小学生のような姿だ。
思わずこのような者が主人公ではたしてよいものだろうか疑ってしまう。
そう感じているのはボンズだけなのだろうか。
ボンズがボサッと突っ立っている内に――
ようやく――だな
瞬く間に総馬身は消滅し、ついに残るは総馬身皇只一人となった。
つまり、ボスとの対峙である
「チビッ子――任せるぞ」
りゅうは声には出さず、振り向くこともしない。
ただ――頷いた。
りゅうの視線には、総馬身皇しか映っていなかった。
一騎打ち――
緊張が走る。
後ろで、みんな見守っている。
「ラテっち。しっかり見届けてね」
パチがラテっちをだっこする。
「まかせてちょーだい。おやつちょーだい!」
この頃、ボンズは体育座りをしながら蟻の巣を発見し、指で遊んでいた。
瞬時の出来事だった。
何の前触れもなく一足で飛び跳ね、距離を詰めるりゅう。
巨大なランスと【九蓮宝燈】が激突する。
その瞬間。衝撃波が辺りを吹き飛ばさんとする勢いで拡散し、総馬身皇も態勢を保つのに必死だった。
「く……こやつ、なんという強さだ。だが、我は負けんぞ」
と、次の瞬間りゅうは刀を鞘に納めた。
「……なに? なにをしている!!」
怒鳴る総馬身皇に皆が安堵の表情を浮かべ語りかける。
「フッ、総大将にしては間抜けなヤツだったな。己がどうなったかも把握できないとは」
壱殿が思わず失笑してしまう。
「アンタさ……身体を見てみなさいよ」
パチの言葉に総馬身皇は己の身体を目視すると――
「……な? ……なあああああああ!!」
総馬身皇が気付いた時には、上半身と下半身が分かれる最中だった。
りゅうが放った渾身の斬撃が残りのボスをいともたやすくなぎ払い、この空間にいる魔物は全て消滅した。
――つまり、クエストを達成したのだった。
結局、「ボンズだけ」何もしないままで。
「よし、終わりっと」
りゅうは、一仕事を終えたかのような軽い云い方でいつもの笑顔に戻っていった。
その後、みんなで式の周りに集まった。
だが、彼は浮かない顔をしている。みなに視線すら合わせずに。
「なんで来たんだ……なんで来たんだ! オレのような犯罪者と一緒になんていたくねぇだろ!!
「PKのことですか?」
「ゲームのことだけじゃねぇ! オレは実際に現実でも実刑を受け刑務所暮らしをした犯罪者だ! お前らとは違うんだよ!」
「――だから、なんだよ」
りゅうが呟く。
「オレにはな、もう何も残っていない……もう放っておいて欲しかった。オレなんか無視していればよかったんだよ!」
「まだ、そんなことを云うんですか? 仕方のない人ですね。ねぇ、りゅう君」
「何も残っていないだって? 式さんには残っているじゃないか」
「勝手なことをほざくんじゃねぇよ! お前にオレの何がわかる! 生き恥を晒させるつもりか!」
「生き恥だかなんだかしらないけど、恥をかくということは『恥をかいていない時』だってあるんだろ? それって、恥すらかけない人生じゃないってことだろ!」
「恥すらかけない人生……だと?」
「そうだよ! 式さんにはまだ人生が残っている。式さん自身が残っているだろ!」
「――オレ……自身?」
「そうそう。贅沢云うんじゃないわよ。私との勝負も負けたままでいいの?」
「全くだ。パチに負けっぱなしでは、後味が悪いとは思わんか?」
「うちゅ、うちゅ.。しきにゃんも、ぼんずも、みんなも、どっかにいっちゃアプッよ!」
「それをいうならおチビちゃんもだぞ」
「うん!」
「なぁ、式さん。勝負もさ――式さんがいて、そして隣に誰かがいないとできないんだ。だからさ、式さんの隣にぼくらも混ぜてくれないかな? 頼りないかもしれないけど、これで『何も残っていない』ってことはないだろ? それに式さんの昔のことはよくわからないけど、ぼくは今の式さんと友達でいたいんだ」
「今……? とも……だち?」
「なぁ、余計なことかも知れんが一言だけ云わせてくれないか」
「壱……」
「式よ。貴様のしたことはまるで『泣いた赤(青)鬼』のようだ。大事なものを守りたくて、だが、自分の存在は必要としない。云い話だ……だがな、仲間は救えるかわりに友が消えゆくことが幸せなことだと思うか。チビッ子は貴様の気持ちを受け止めた。だからとは云わんがな……貴様にどのような辛い過去があったのか知る由はない。だがな、いい加減チビッ子の気持ち……わかってやってくれないか」
「……そうか。誰かがオレの傍にいてくれたら心ゆくまで勝負ができるな。なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだろ……以前パチが云ってたな。俺の世界は小さいって。全くその通りだ――フッ、アハハハ!」
笑う式さん。瞳を手で覆いながら。
「ようこそ、ラストオブザパーティーへ!」
りゅうが手を差し出す。
続いて、ラテっちがりゅうの手の上に手をのせた。
パチが、壱殿が、優作が次々に手をのせていく。
式さんも、みんなが集まる手に、そっと手を重ねた。
マズイ……
このままでは非常にマズイ。
このままでは今後に多大な影響を及ぼしてしまうではないか。
ここはギルマスとして、最後だけでも恰好をつけなければ。
冷や汗をかきながら慌ててボンズもみんなに加わり、手を一番上に乗せる。
「どうだ式さん。俺たちの強さ――見ていてくれたか?」
「――あぁ。お前だけ何もしていなかったところとかな」
「うあああああああああああああああああああんんん!」
「ボンズが泣いちゃった!」
「ぼんずがー」
大泣きしながらその場を立ち去り、崩れ落ちるボンズの後をチビッ子二人が追いかけ必死で慰めようとする。
「いいんだ……俺なんて……うあああああん!」
「ぼんずー。げんきだちて!」
「そうだよ! カッコよかったよ!」
「…………ほんと?」
『うん! さいごだけ』
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!」
普段より三オクターブほど高い、悲痛な叫び声が響き渡る。
「やっかましいわ!!」
壱、怒鳴る。
「あんたたち……トドメさしてどうすんの?」
『およよ~?』
二人揃って身体を傾けながらほっぺに指さし「なんで?」のポーズをとった。
式さんを膝枕していた優作は微笑みながら彼に語りかける。
「ねぇ、式。こんなことを云ってくれる人たちと巡り合える人生なんて、そうあるもではないと――自分は思っています。それが一気に、こんなに大勢の人たちに巡り会えるなんて……手放すのはもったいないと思うのですがね」
オレを見た奴はイカれていると云ってきた。存在するものを壊すオレを――破壊行為に理由がいるのか? ウサを晴らせればいい。それだけのことなのに。
それなのに、コイツ等はそれすらも受け止めていたなんて……
「……そうだな。できることなら、もう少し早く……お前らと出会いたかったぜ」
「今からでも遅くはないですよ。人生って、いくつも道があるでしょ? ですが、仲間とこれから通る道は太くて真っ直ぐな一本道なのですから。共に歩んでいく道は」
「仲間……か。吐きたくなるほど嫌いな台詞だが、お前に云われると悪くねェ――強いな、優作」
そうか……仲間とは探しても見つからないものだと思っていた。でも、違うんだな。
以前のオレでは、もうないのか……
以前のオレでは考えられねェ気分だ。コイツ等と出会っちまったから、おかしくなったんだな。オレは……
神様とやらの存在など信じてなどいない。
だけどよ、もし本当にいるなら、こんな殺人鬼のオレでもコイツ等のような仲間と一緒に歩いて行くこと位は勘弁してくれよな。
「おい、お前ら。オレ様はいつ裏切るかわからねぇぞ。そして、仲間に裏切られる覚悟はある。
裏切ろうが裏切られようが構わない――だけど、だけどな、どうせ騙すのなら……少しでも長く騙し続けてくれ」
『素直じゃねぇな――』
ボンズ、心配しないで。大好きですよ。