第六十三話 苦痛
千の敵との戦闘クエストに独り立ち向かう式。
異空間へと続く鍵を握り締め、強く戦闘への意思が鍵へと伝わったのか、突如目の前にかくれんぼの時と同様に巨大な扉が出現した。
相違点は、仲間といないこと。
式は独り、千の絶望クエストを開始した。
鍵で異世界へと繋がる空間へ移動すると、その先は見渡す限り荒野が広がる。
戦の跡地のように、辺りには折れた刀や弓矢が大地に突き刺さっており、まるで戦国時代の合戦直後の様な光景だった。
これまでで間違いなく、最大の広さのゾーンだ。
入り口を通り抜けてまず気がついたことは背後が断崖絶壁の崖だったこっとだった。
ここから後ろへは行けないということ。逃げ場はもうないということだ。
そして――
地平線の彼方を白い線が徐々に近づいてくる。
ケンタウロスのように下半身が馬のような4本脚に上半身は人間と同じ構造。
白装束に全身を包んだ巨大な洋風槍を装備した兵隊――総馬身が 隊列を並び、幾重にも重なって歩いて来ていた。
第一列が視界にはっきりと捉えられる距離まで近付くと隊列が左右に分離し中央部に道を作り始める。
道ができるた先、いや最後尾には他の総馬身に比べると遥かに巨大で、白装束ではなく白い甲冑に上半身を武装した魔物が待ち構えていた。
この空間のボス――総馬身皇だ。
彼の者を中心に総馬身たちが持っていたランスを掲げ、八の字に傾ける。
その瞬間、総馬身皇は巨大なランスを式さんに向けた。
――戦いの合図だ。
一斉に駆け出し、式さんに襲い掛かってくる。
その瞬間、式さんは一つだけため息をついた。
「これで、最後だ」
右手を上にかざすと同時に、上空には二十個もの黒く四角い金属製の爆弾が敵に対抗するかの如く縦二列、横十列と整列するかの如く均等な間隔を保ちながら宙に広がる。その隊列を組みながら総馬身に襲い掛かった。
ドラ爆弾は式の意思通りに飛び交い、魔物に触れると同時に爆破する。
その威力たるや一個の爆弾が固まって動いている総馬身数体を同時に吹き飛ばし、二十個の倍、いや数倍もの敵を一度に吹き飛ばしていった。
その光景に笑みを浮かべる式。
「形あるものが一瞬で粉微塵に変わり果てていく様は見ているだけで爽快になる。それが物であろうとも、者であろうとも変わりはしない。そう、他人であっても――オレ自身であってもな」
地上空から降り注ぐ爆弾を掻い潜り、ようやう式まであと数歩という所まで近付こうものなら、そのタイミングを見計らい式が指を鳴らす。
地雷式爆弾――裏ドラの発動。
上空から通常爆弾。地下から地雷式爆弾と、密着して行動する総馬身の上と下を完全に支配していた。
たった独りで開始わずか数分で、百体以上もの敵を粉砕していく圧倒的実力。
最も有名で、最も名の知られていないPKの実力は本物であった。
問題はある。それは符力がどれだけ続くかということだ。
爆弾を使い続ける以上符力にも限界がある。
しかしそれをみこして、式はアイテムポケットに符力回復剤を持てるだけ詰めこんでいた。
だが、HP回復剤はない。
体力など関係ない。爆破に全てを賭けてこの闘いに挑んだ証でもあった。
そして、「これで、最後だ」――この台詞と共に、彼の覚悟の表れでもあったのだ。
「オレはこのまま死んでもいい。ムカつくまんまで暴れて、その中で死ねるのなら。だが、お前らも道連れだ。集団で賑やかな宴をしようじゃないか」
総馬身の陳列が乱れたのを見逃さない式は、自ら敵の中央へと突進し危険地帯へと身を投じる。
すると式は、両手の指から十本の導火線を両腕を広げながら放ち、周囲の敵の首に巻きつける。
「喰らえ、ドラ吊り!」
両指から放たれた導火線に絡まれた総馬身は次々に爆破されていく。
式の周囲にいた敵は粉砕され、再び式の周囲には敵の姿がなくなった。
だが、前方からはまだまだ数多くの総馬身が何事もなかったかのように前進を止めない。
その隙に符力回復剤を全身に浴びる式。
「楽しくなってきた……はずなのに」
戦いの最中、式は己自身すら意外だった、思いもしなかったことを口走っていた。
「みんな、少しの間だったが、最期に変な奴等と遊べて楽しかったかも……な。りゅう、ラテっち! 壱、パチ、ボンズ! そして、優作――頑張れよ。……頑張れよ――か。オレにもあったんだよ……頑張れば報われる。未来がある。そして、仲間と共に未来を歩けると信じていた頃が……だけどな……社会は、会社は、アイツ等は、オレから全てを奪っていった。尊厳も、社会的地位も、人間として生きていくために必要なものを全て奪いやがった。あまつさえ、オレの親父と、親父とオレとの信頼まで……他人がオレの全てを奪って、オレを笑っている。もうその笑いを奪い返すことはできない。ならば、恨んで、恨みぬいて、ぶっ壊してやるしかないだろ!! 他に何ができるというんだ!!」
なのに――
それなのに――
誰か理由を教えてくれ……何故オレの心はこんなにも鼓動が鳴りやまないのか。
只壊すだけなのに、いつもと違う。
アイツ等と出会ってから、鳴りやまないんだ。