第六十二話 後姿
式さんが独り部屋に戻る後ろ姿を皆が眺める。
「明日、また改めて説得しよう」
「ボンズの云う通りだ。この戦い、式の存在次第で難易度が格段に変わる」
「壱殿の云うこともわかるけど、素直に応じてくれるかしら……かくれんぼの時とは別人みたい」
「パチよ、貴様また何かしでかしたのではないのか?」
「失礼ね! この私が今まで人を怒らすことを一度でもしたことある!??」
「――無いわけが無いだろうが!!」
大人たちが論争中に。
「みんなは夜でも元気だな~」
「もう、おねむでちゅ。ふぁぁぁ」
りゅうとラテっちが眠そうに大きいあくびをしながら瞳をシパシパしている。
「ごめん、ごめん。それじゃ、もう寝るか」
「うん」
りゅうはなんとか返事をするも、ラテっちはもはや返事をする余裕すらなさそうだ。
その後みんながそれぞれの部屋に向かい、静かに眠りにつき始めた。
深夜――
「千対七ね……。七か、笑わせてくれる。いや、笑わせてくれたよ。随分と久々にな」
独りのプレイヤーが装備変更をしていた。
髪の毛をヘアバンドでオールバックに変え、右腕は『鬼畜人生』。背中には『龍神参上』と書かれた移動速度、攻撃速度、回避、25%アップ、キャスティングタイム25%短縮の効果を持つ 白い生地の特攻服。これらをを装備した式さんが、独りで宿屋から外へと静かに歩いて行く。
そして、玄関を通り外へと出た時だった。
「また、随分とお似合いの格好ですね」
「優作……起きていたのか」
宿屋の出入り口、外壁に背もたれた優作がまるで待ち合わせでもしているかのように立っていた。
「何故ここにいる? 涼みに来たって雰囲気ではなさそうだな」
「以前――、貴方と同じように夜中に独りで出ていった方とチャットをした経験がありましてね、なんとなくこうなると予感してました」
「ほう……」
「自ら犠牲になりに行くなんてさせません。そんなことをしてなんになるのですか! そんなことまでして、あなたは何のために戦っているのですか!?」
「……」無言の式。
「どうします? 貴方のスキルでは、発動した瞬間『爆音』で皆さんが起きてしまいますよ」
「オレは、そんな殊勝なことは考えてねぇよ。それに、やはりお前は甘い」
「え……?」
式さんは右上を上げると指先から消えていくかの如く背景に溶け込んでいく。そして、それは足元まえ続き、ついには全身が優作の視界から消え去った。
「な、そんな……どうやって姿を消し……ッグ!?」
次の瞬間、優作は訳のわからないままで薬品のような匂いをした何か布のようなものを口元に押さえつけられ、直後に意識が徐々に遠くなっていった。
「そんな……」
「憶えておけ。『切り札』は最後までとっておくものだぞ」
再び姿を現した式さん。
「これは【迷彩】という武器遣い特有のハイディングスキルだ。それにな、お前のダチが最初にやられた攻撃の正体――見えない狙撃も恐らくはこのスキルだ。見えないほど遠距離ではなく姿を消して近距離で撃ったと考えた方が自然だ。ダチの仇をとりたかったら覚えておけよ」
背を向け歩き出す式。
「……待って下さい」
絞り出すように声を出す優作に対し、式さんは振り向きこそしないが足を止めた。
「貴方は、なんとも思わなかったのですか?」
「……なにをだ?」
「たった数日ですけど……仲間と共に過ごしても、なんとも思わなかったのですか!」
「なぁ優作。『普通』って何か知っているか?」
「――え?」
「オレは知りたくない。知れば、自分自身を否定される。今までもこれからもずっとな。それを後ろめたいとは少しも思わないのがオレなんだ。一度でも後ろをむいてしまったら、オレはもう前に進めないからな」
「一体、何を云っているのですか……?」
「どうせ、普通ではないってことさ。オレなんてな……オレはずっと前にイカレちまったんだよ。それから痛くて痛くて、耐えきれなくなってよ。おかしくなっちまったんだ」
「式……」
「そんなオレでもな、お前らと一緒に居ると楽しかったんだよ。笑ったことすら、ここ数年記憶にない。それが可笑しくて思わず笑ってしまった」
「それなら、なおさら独りでなんて行く必要はないでしょう」
「オレはな……己の意思とは関係なく、オレの傍にあるモノ全てをブチ壊してしまう疫病神なんだよ。このまま今の居場所に留まり続ければ、いつかこのギルドも崩壊してしまう。必ずな」
「何故……何故そう云い切れるんですかっ!?」
「オレの人生は、それを証明するためのクソみたいな人生だった……わかってくれとはいわないけれど、オレにはこういう生き方しかできなくなったんだ。ここは、このパーティーはオレには温かく、そして明る過ぎる。居心地が良かった……だから、これっきりにしてくれや。悪いが新しい仲間が欲しければまた探してくれ。――あばよ…………元気でな」
それから式さんは一度も振り返らず、手を一度だけ振り闇夜に消えていった。
異空間への鍵を握りしめながら。




