第六十一話 固執
かくれんぼのクエストを無事達成したボンズたちは束の間の休息を宿屋にてとっていた。
ギルド結成時から宿屋のシステムは変更されたのは説明されていたが、いかにもここがゲームの世界で異空間だと認識させられる。
連泊設定をすれば、宿屋は通常の部屋とは異なり、まるで高級マンションの一室を借りている気分になる。
何故なら、広いリビングに寝室が四つ、他にバス・トイレに専用台所まである。
このような部屋を金貨さえ払えば借りられる上に、宿屋の大きさとは関係なく数多くのギルドが利用する事ができるのだ。
情報収集の際は、宿の敷地以上に広がったレストランで食事をとることができるのだ。
味は――云うまでもないが。
ボンズたちは基本的に部屋割というのを決めており、寝室は一番大きいベットがある部屋にボンズとりゅう&ラテっちが一緒に寝ており、ツインの部屋にはパチと優作の女性コンビが使用している。
残り二部屋はシングルで、それぞれ壱殿と式さんが利用しているのだ。
寝る時以外はだいたいみんなリビングのソファーなりに座って今後のことなどを話し合ったり雑談をしている。
ちなみに、何も予定のない日中のリビングは、りゅうとラテっちの勉強教室へと変貌する。
教科は、ボンズが算数。壱殿が国語。優作が道徳となっており、式さんとパチは過去何度も退場させられ、本人たちは「雑学」と云い張っていた。
それにしても、次のクエストはいつ行われるのだろう。
かくれんぼが終わって既に三日目を迎えていた。
式さんのおかげであまりにも呆気なくクエストを達成できたことと、今まで絶え間なくクエスト行われていただけに、休息をとれると考えながらも、なんとなくむず痒い感覚にもなっていた。
りゅうとラテっちのおべんきょうも一段落つき、みんなでレストランで飲み物を飲みに行った時のことだ。
「いっぱいべんきょうできて、たのしかったね。算数もどんどんできるようになったぞ」
「りゅう、算数ができるようになるってなんか変かも。計算ができるようになったが正解かな」
「そうなのか!? まぁいいじゃん」
「そうだな。ラテっちはどうだ?」
「たろうくんがビスケットをにまいもくれてかんどうちまちた。」
「あ、そこに興味がいったのね」
――などと雑談していたら、隣の席に座っていたギルドの会話が耳に入ってきた。
「……おい、聞いたか?」
「なにをだ?」
「かくれんぼの際、扉が出現する前にPKによってギルドを幾つか潰した連中がいたらしいぞ」
「対戦相手をか!?」
「あぁ……対戦相手のギルド名は事前に表記されてはいない。無差別というやつだろう」
「他にも隠者の鍵を盗まれるギルドが少なからずいたそうだぞ」
「そのままクエストを受けられずに、【アウトオーバー】ってことか。恐ろしいな」
同じく聞いていた壱殿がボソッとこぼす。
「恐らくは、式の云っていた絶々の連中だろうな」
「確かに、扉が開く前なら絶好のタイミングだろう」
二人の会話に割って入るパチ」
「でも、一歩間違えれば扉の中に入る五分のタイムリミットを過ぎることになるのよ」
「それだけ他人を狩ることに執着しているということだな」
その間、優作は俯き口を開かなかった。
小腹がすいたのでサンドウィッチを注文。
だが、やはり美味しくない。
みんなが不満そうにしていると、式さんだけ「そうか?」と云いながら食べている。
「貴様の弱点は味覚だな」
「どういう意味だよ!」
「まぁまぁ。落ち着いて」
そんな時、とうとう時が来た。
突然、GMからプレイヤー全員にチャットが送られた。
しかも今回もまたチャットだけではない。
アイテムを同時に配布された。それもまた鍵だった。
「今度はなんの鍵だ?」
只一つ気になることがある。前回と違う点があった
「ぼくにもくれたぞ」
「わたちも~」
ギルドにつき一個ではなく、個人につき一個の鍵が送られたのだ。
「先程送らせて頂いた鍵は、ギルド単位だけではなく、行きたいプレイヤーだけでも達成可能な点が今回のクエストの特徴となっており、現時刻から5日間好きな時間に広大な異空間へと行ける鍵です。一度使うと消滅してしまいますのでご注意ください」
一瞬、個人でも達成できるような簡単なクエストだと思ってしまった。
そんなことあるはずないのに。
「今回のクエストは討伐クエストです。広大な敷地全てが『ゾーン』となっております。では、クエストの内容をご説明します。至って単純なクエストですが」
単純ねぇ、やはり楽なクエストなのか?
「名付けて千の絶望――今回は異空間で千体の魔物と戦って頂きます」
『――――はあ??』
レストランにいたプレイヤーのほとんどが同時に疑問形の言葉を投げつけた。
続いて意味のない罵声が飛び交う。
「千体もの魔物と戦えるか!! 無茶云うな!!」
そんな中――
「魔物などよりも、『絶望』こそが貴方たちプレイヤーにとって最大の敵ではないでしょうか。クエストを受けるも受けないも貴方方次第です。無論、期限が過ぎれば【アウトオーバー】は云うまでもありませんがね」
GMの言葉は相変わらずの重みを発揮し、プレイヤーたちを黙らせる。
それにしても――
「ギルドは七人しかいないんだぞ。千対七って……詐欺だよな」
周囲のプレイヤーはほぼ同じ台詞を口にする。
無論、ボンズもその一人だった。
その後、次々に他のギルドメンバーたちが自室へと移動していき、レストランは数分で閑古鳥が鳴き始めた。
「俺たちも戻るか」
ボンズの呼びかけにみんなも同意し、部屋へと戻る。
そして、リビングにてクエストの対策会議が始まった。
「千体……か」
「口にするのは簡単ですが、いざ目の前に並ばれるとどんな気分なんでしょうね」
ボンズの独りごとに優作が不安がりながら尋ねる。
「そうだな――――想像つかないな」
「そう、ですよね」
不安はあったが、実のところ俺たちには希望があった。
「遠距離範囲型が生命線だな」
壱殿の台詞がまさにそれだった。
かつて、幾人ものプレイヤーを屠ってきた範囲型のスペシャリスト――式さんがいるからだ。
優作も遠距離攻撃型だが、範囲の広さは格段の差がある。
なにしろ、式さんの操るドラ爆弾は地上に二十個、地下にも二十個、計四十個もの大量の爆弾を同時に具現化する事が出来るからだ。
「問題は攻撃判定だな」
「判定……ですか?」
優作は今まであまり気にしていなかったようなので知らなかったみたいだが、ボンズたちはパチの【十三不塔】を幾度となく喰らっているので理解していた。
壱殿が懸念していること、それは――
「ゲームの時は、仲間の発動したスキルや符術は素通りしていただろう? だが、今では仲間の攻撃であろうとも構わず攻撃を喰らってしまう。なにしろ、ここは既にワシらにとっての現実となっているのだからな」
「そうだったんですか、無意識に符術は味方に当てないようおに心がけていましたが……では、今回は爆弾の位置を配慮しながら戦うという事ですね」
「そういうことになるな」
壱殿がそう云い終わった瞬間、突然式さんがテーブルを拳で叩きつけた。
突然のことにみんな目を皿にして驚く。
「人のこと無視して勝手に話を進めるなよ! やってらんねぇ! ふざけんなよ! んなダルイこと出来るか!」
かくれんぼの時とはうってかわって話しに、いやクエストに参加する意思を見せてくれない式さん。
「以前から思っていたことだが、お前らはこの世界に来て戦闘中において『戦い方』を考えたことはあるのか?」
「立ち位置のこと――か」
「そうだ。さっきオッサンが云ったように、ゲームでは素通りしてしまう味方の攻撃も、この世界では関係なく当たってしまう。オレの爆撃も同様だ。こんな状況で千体もの魔物相手にオレのスキルを宛てにしている時点で間抜けなんだよ!」
「そこまで云わなくてもいいじゃないか」
「それだけじゃない。前衛は敵を引きつけ、ターゲットを己自身に向けなければならない。千もの相手に速度重視のボンズとこんな小さいガキに務まると思うか?」
「それこそ、やってみないとわからないだろう!」
ボンズは必死に喰らいつくも。
「後衛の後方支援はどうなる? 回復はパチ一人だぞ」
「ぐ……」
「そこで黙らない!」
「オレが云いたいのは、現実どころかゲームでの常識ですらここでは一切通用しない状況で、お前らと千体もの魔物を相手にするつもりは無いということだ!」
ボンズは何も云えなかった。
ゲームではソロでしか戦ったことのない彼にとって先の戦闘状況を予測するのは不可能だったからだ。
わからないのだ。なにもかもが。
手探りの状況で戦うことの危険性くらいしか、理解できない。
それでもわかっていることが一つある。
式さん――
彼がいなくては、このクエストは厳し過ぎる。
興奮状態の式さんを諌めながら、壱殿がゆっくりと説得し続けてくれる。
「式よ、今は討論しても平行線をたどるだけだ。今夜ゆっくりと考えてくれないか。ゲームのように楽しめばいい。今この状況が現実となったのだから、余計にな。このギルドはそれができる連中だ」
「ゲームか……この世界はゲームのように攻略通りにいく保証は全くない。人生に攻略本がないのと一緒でな」
「あぁ、わかっている」
立ち上がる式さん。
「もう寝るわ。――そうそうオッサン」
「なんだ」
「さっき、このギルドは楽しむことができるっていったよな」
「あぁ、確かにそう云った」
「知っているよ。それくらい……はな」
そう云い残し、自室へと向かった。
いや、もう一言だけ――
散り際に、式さんの口から気になる台詞が零れおちた。
「だけどな、オレはもうこれ以上オレを知りたくない。もうウンザリなんだよ」
爆弾の数、間違えました。。。(直しました)