第六十話 隠者
「なんだこれは……どういう状況なんだ?」
対戦ギルドのメンバー、蛇歩とオーノリーは驚き戸惑った。
いや、これは彼等に限ったことではないのかもしれない。「かくれんぼ」という行為を行う者ならば誰だろうと驚くだろう。
何しろ既に、見知らぬプレイヤーが動けないように拘束されているのだから。
「この人はいったい……なんで既に捕まっているんだ?」
「それ以前に、この人は対戦相手なのか? 実はNPCの演出じゃないのか」
「それはないだろう。それよりも実は人形だったりしてな」
「まさか。人形が唸るかよ。見ろよ。現に今も、もがいているじゃないか」
「確かにな」
蛇歩とオーノリーは雑談しながらも、実のところ対戦相手か簡単に知る方法があるにもかかわらずなかなか実行に移せないでいた。
そう。触ればいいだけなのだから。
だが、それが簡単にできない理由は彼女の衣服に隠者のバッチが付けられていたからである。
今回のクエストの生命線ともいえる「隠者」がさるぐつわされた上に縛りあげているなど予想出来なかった事態。いや、今こうして目の前に晒されていても信じがたい光景だった。
だが、行動に移さなければ何も変わらない。
もしかしたら、仲間の誰かが……などと淡い期待をするしかない。
逆を云えば、今捕えておけばこちらにとって優位になるのは変わらないし、なにより敵のギルドが彼女を助けに来て逮捕に失敗すれば、目の前に転がっている千載一遇のチャンスを投げ捨てる事と同じことなのだから。
意を決し恐る恐る拘束された女性に触れると、同時に全体チャットが流れた。
『ラスト・オブ・ザ・パーティー パチ 逮捕』
やはりプレイヤーだった。
予期せぬ事態で対戦相手より一歩先に進む。一人、しかも隠者のプレイヤーを逮捕できたのだから。
だが、このことにより、二人の心に疑心暗鬼を生みだすこととなった。
それを拭うために急いで味方にギルドチャットで確認した。
だが、チャットで仲間に報告するも、返ってくる答えは「やったな!」などといった喜びと賛辞しか出てこない。
他の仲間も皆、パチの傍らにいる二人のプレイヤーが確保したと思い込んでいるのだった。
そう、この二人以外の狩人ですら、まだこの場所に辿り着いていない。取り合えずこのまま急いでこちらに来てもらうようにお願いする。
誰かに来てもらいたかった。
今現場にいる二人だけでは正常な思考ができなくなっていたのかもしれないと不安になってきていた。
なにしろ、ここには我々ギルドと対戦ギルド以外いないはず。
それなのに、すでにこのプレイヤーは捕まっていた……一体だれが?? ――と。
疑心暗鬼とは、二つのギルド以外に第三者が居るとでもいうのか――という「ありえない考え」だった。
この考えと同時に生まれたもの。いや、失ったものがある。
パチを逮捕した二人は平常心を失ったのだ。
平常心を失うこと。それは云い知れない重圧が遅い徐々に耐えきれなくなることでもある。
それを回避するために、何でもいいから現実逃避したかったのだろうか……蛇歩とオーノリーは辺りの人形を見渡した。
何気ない、単なる気分転換だった。
「それにしても、見事に人形だらけの部屋だな」
「ヌイグルミのコーナーだからな。――お、銀河園児、コキャ・コーリャーのフル装備人形だ。すごい完成度の高さだな」
「本当だ。マジですげーな! しかも最終形バージョンだぞ」
コキャ・ベルトに腕時計 ブーツにコキャ・ウイングまで付いている金髪の園児のヌイグルミ。
「……なんかこの人形、笑っているように見えないか」
「人形はみんな笑顔だろう。怒っている人形なんか無いだろ」
「そうだけどよ。なんか他と違うような……」
その瞬間、窓に人影が見えた。
「敵だ!」
「何人だ!?」
「チョット待て! やっぱりおかしいぞ。七人以上いる!!」
「そんなわけないだろ!! 目の前に捕まえたプレイヤーが一人いるんだぞ。数が合わないだろ」
「やっぱり他に誰かいるんだよ!!」
店の外に影。
そして、無数の足音。
影の数は七人。
有り得ない状況が揃ったことで、追い詰めたはずが完全に追い詰められる側に立たされた蛇歩とオーノリー。
「取り合えず逃げよう」
待て! 七人ということは数が合わなくても隠者が含まれているという事。玉砕覚悟で逮捕できれば俺たちの勝ちなんだぞ!!
「そ、そうか。よし!」
二人はなんとか冷静さを取り戻し、窓と玄関に向かって身構えた瞬間だった。
「ル●ン、逮捕だー!!」
後ろから、コーリャーに扮したりゅうが蛇歩とオーノリーを同時にタッチした。
『人形がしゃべったー!』
意外な展開になすすべなく逮捕される蛇歩とオーノリー。しかも後ろからではどうしようもなかった。
――実はこの店には、パチ・ボンズ・壱と三人の隠者の他、式・ラテっち優作と人形に扮したりゅうも……即ちギルドメンバー全員が隠れていた。
パチだけだと思っていたその実、初めから二対七だったのだ。
「ワシの包囲網からは逃れられん! 犯人確保だ」
「まだ刑事ネタが続いているのか……」
「よくやったぞ! コーリャー!」
りゅうが元気よくポーズをとる。
「銀河をまたにかけ、飛び交う悪を討ち砕く。銀河のヒーロー コキャ・コーリャー!! うん。確かな満足!!」
「うわ、声に出しちゃった。余程嬉しいんだな」
その店にいるのはパチだけと思っていた蛇歩とオーノリーは、逮捕された後にどうしても合点がいかないことを尋ねた。
「なぜ七人以上いたのか?」――と。
「それは自分です」
優作は分身し、四人になった。
「そうか……鏡同和の遣い手がいたのか。ネタがわかれば単純なことだな」
現実で云えば忍者が居るようなものだからな。この発想はなかなか出てこないだろう。
だがここはゲームの世界。現実では有り得ないことが当たり前のように起きる。
まさに、発想次第なのだから。
次の瞬間、全体チャットが流れる。
『成人番長 蛇歩とオーノリー 逮捕』
「あとは追いかけてきたプレイヤーに対し縛を遣い、動きを封じて逮捕するということか」
壱殿の問いに式さんはこう答えた。
「いや、それは隠者を探すだけになってからでいい……今向かっているだろう残りの狩人さえ捕まえれば隠者は時間に焦りだすしかできないのだから。もっと楽に行こうぜ」
「楽に……とは?」
「己が助かりたいがために、己の身を危うくする。そういった矛盾がこの二人を逮捕したことで生じるはずだ――さて、次はおじょうちゃんの出番だ」
「おぉ~どんとこいでちゅ」
全体チャットを見て驚いているのは成人番長たち。
一歩リードしたと思った矢先に、狩人が二人も同時に逮捕されてしまったのだから。
すでに相手ギルドの隠者を捕まえた知らせを受けおもちゃ屋に向かっていた残り二人の狩人、妃と巌鉄が慌てて直行する。
妃はセーラー服の様な装備をしたロングのオレンジ色をした髪の毛。男勝りな口調の女性プレイヤー。
巌鉄は赤い学ランを来た縦も横も大柄なオジサンプレイヤーだ。
そして、おもちゃ屋に到着。
だが、無理はしない。店にはこれ以上近付かない。
成人番長は隠者をすでに一人逮捕している。
狩人は二人。今のところは引き分けだ。
今は状況だけを確認して、引き返すのが得策だろうという考えだった。
二人はおもちゃ屋と目と鼻の先にある茂みに身を隠す。
すると、まるで店先に並ぶ特価品のように、クマのぬいぐるみと一緒にチョコンと女の子が座っていた。
「おい、ヌイグルミが二つ並んでいるぞ」
「いや待って」
ラテっち立ち上る。
「ヨイッチョ!」
ラテっち、立ち上る。
「おい、なんだあの小さいのは。ヌイグルミではないのか」
「わからん。少し様子を見てみよう」
「せーの!」
と、突然ラテっちは両腕を交互に、前後へと大きく振り、ステップを踏みながら身体も左右に振り始めた。
「……踊っているのか?」
「罠……にしても意味がわからん。やはりここは様子を見るべきだ」
「そうだな」
「『どー』は『どーなっちゅーの、どー』。『れー』は『れもんの、れー』」
「……歌い始めたぞ」
「……そのようだな」
「『みー』は『みかんじゅーしゅの、みー』」
『……ん?』
「『ふぁー』は『フ●ンタの、ふぁー』――かんじてちゅとだこりゃー! トロピカル・フルーちゅっ!」
おしりをつきだし、笑顔でウィンク。
『すでに違う歌だし!! あと、その物真似、全然似てないからね!!』
思わず隠れることを忘れ、ラテっちにツッコミを同時に入れる敵さん二人。
当然のことだが、結果的に不覚にもラテっちと目が合ってしまった。
「くっ、気付かれた。――どうする?」
「どうするもなにも、仲間を呼ばれる前に逮捕するか、戦って黙らせるしかないだろう」
しかし、ラテっちは近付く二人のことなど全く気にせず、再び踊り始めた。
「『そー』は『そふとくりーむー』」
『まだ続けるの!!!?』
もう隠れることなく遠慮なくツッコむ敵さん。
「『らー』は『らーゆかけごはんー』」
『語呂悪ッ!!』
「『しー』は『しょーとけーき』と『しゅーくりーむ』」
『どちらか選べよ!!』
「さあ、ぜんぶたべたいでーちゅねー。かってくーだちゃい!」
両手を前に差し出し、おねだりポーズでキメ!
『まさかのおねだり!? しかも全部食べるのかよっ!!』
この隙に、彼等の後ろにはすでにボンズと式さんが忍びより、肩にタッチした。
「ツッコミご苦労さん」
『あ…………』
動けなくなった敵二人から「二言」だけいいかと云われる。
『……もし、あの子の保護者がいたら、せめて顔を見せてくれないか』
「あ、はい。俺だけど」
ボンズが手を上げる。
「あのさ……あれはズルいよ。反則だよ」
「女の子なんだから、もうちょっと食い意地を直した方がいいと思うな」
「やっぱりそうですか……」
その頃、何も知らないラテっちは「おなかすいた」と云わんばかりに、お腹をパンパン叩いていた。
狩人を全員逮捕
「よし、相手ギルドの狩人は全員確保した。残るは隠者のみだ――まあ、放っておいても構わんがな」
式さんが、当然のように云うが――
「これって……大勝利ってやつ?」
「そんなとこだろうな。あとは油断しなければいい」
「随分簡単にいったものだ……」
流石は幾人ものプレイヤーを屠ってきたPKだ。
追い詰めた人間の心理状態を完璧に把握していた。
ぶっちゃけ、今回のクエストの作戦は至って単純なものだった。
かくれんぼである以上、街中に散開した方が有利のはず。それを敢えて、全員が一か所に集めた。
そして、パチ……隠者を一人犠牲にすることで異常な状況だと錯覚させる。
ある種のミスディレクションだ。
強烈な存在を見せつけることで、他のメンバーの動きを数瞬でも忘れさせる。
それを今度はラテっちが捕まえて下さいと云わんばかりに登場すること。つまり標的を自ら晒すというかくれんぼでは常識の範囲外な行為を二段重ねで仕込むことで、相手の歯車を完全に狂わせた。
「かくれんぼ=バラけるの法則を思いこんだ時点でコイツらの負けを自ら招いた。始まった瞬間に気付いていなければ勝敗は決まっていたも同然だったんだよ」
ボンズも、他のみんなも感心する。
「よくもまあそこまで考えていたな。凄いよ式さん。あっそれよりもさ、思っていたんだけど、よくラテっちと短時間で踊りながら相手の気を引くように仕込んだもんだよ」
「それな、俺はおじょうちゃんに『大人しく座っていろ』と云っただけだ」
「え……でも現に」
「あのおじょうちゃん五分と大人しく同じ態勢でいるか?」
「そう云われれば……そこまで計算していたのか。でも、なんか複雑」
「大丈夫。いい子だよ。二人とも、な」
「そ、そうだよね。ありがとう」
「これからもしっかりしろよ。保護者」
「あ、うん」
「まぁ、今回は楽だったな。追手は『捕まえる』ことよりも、『追い詰める』こと。追われる者は『捕まらない』ではなく『終わらない』こと。人を「物」だと考えれば、取るに足らない手だ。危機感が優先した方が負けるようにできているんだよ。この手のゲームはな。命が大事なヤツほどこの「発想」は生まれない。頭の良し悪しではないんだよ。ククッ、あとは隠者が破れかぶれで出てくるのを待つか。捕まえる権限を持つ鬼はもういないのだから。一種のキツネ狩りだよ」
流石は式さん。不敵な笑みもまたよく似合う。
「ありがとう式さん。今回は助かったよ」
ボンズがお礼を云うと、式さんは背を向け俯いた。
「オレは役目を果たしたまでだ。……最後のな」
「え? なにか云った??」
「いや、なんでもない」
数十分後、相手の隠者は現れることなくタイムリミットを迎えた。
我々の勝利である。
――と、同時にボンズたちの目の前に、かくれんぼ開始時に登場した扉が姿を現した。
扉には文字が書かれてあった。
「おめでとうございます。勝者のギルドはこの扉を通ってマンズの街へお戻り下さい」
「よし、それじゃみんな帰ろう!」
『おおー!!』
その時、遠くから微かな声が聞こえた。
「モガモガ!! (私……動けないままかよ!!) 」