第五十九話 形跡
己の存在を賭けるという常識範囲外なかくれんぼが始まるまであと十分に迫った。
ボンズはアイテムポケットから【隠者の印×3】。そして【無人街の鍵】という、ゲーム時代では見たこともないアイテムを取り出し、【隠者の印】を己自身に身に付け、次に壱殿、そして本作戦のキーパーソンとなる人物に手渡した。
「――緊張してきた」
ボンズは思わず独り言をこぼす。
「ダメなときはそれまでだ。諦めろ」
作戦をたてた式さんからとんでもない発言がアッサリと飛び出す。
ツッコミを入れようとした時、壱殿からも「その通りだ」と云われる始末。
チビッ子たちに至っては「ワクワク、ワクワク」と興奮気味だ。
「……おかしいな。俺が変なのかな? なんでこんなに緊張感がないんだ??」
すると優作から「ボンズさんは普通ですよ。自分は怖くてたまりません」と、ようやく「この台詞を待っていた」と云いたくなるような台詞を口にしてくれた。
「優作が怖がるのは仕方ないとしても、ボンズに『普通』っていう言葉は当てはまらないわね。ホント、ないわー」
どうしてパチという女性は人の嫌がる台詞をサラリと云うんだろう。
好きとか嫌いとか関係なく云うのだろうか。一度くらい怒ってもいいのではないかと考えるも、反撃が怖すぎるから我慢するしかない。……ヘコむわー。
かくれんぼ開始五分前。
と、同時に我々の目の前に見たこともない巨大な扉が姿を現した。
「なんだこれは……これが異空間の入り口なのか」
威圧感あふれる扉の出現がより緊張感を高める。
ボンズが意を決し、みんなに突激の合図を発しようとした瞬間――
「おなかすいたー」
緊張感をラテっちの一言が見事にブチ壊した。
「もうそんな時間ないよ……がまんしなさい」
「ぶちゅっ!??」
驚きとチョット怒ったような声を出し、丸い瞳をより丸くするラテっち。
そして何故だか一人で訳の分らぬ方角へスタコラと走り出してしまった。
数秒後にダイナミックに転んでしまうが……
一人で立ち上ると、何も云わないまま服に付いたほこりを小さい手でパンパンとはたき落とし、そのままボンズの頭の上まで無言で登り、しがみついた。
いったい、何がしたかったのだろう……?
そうこうしている内に時間は刻一刻と過ぎていく。
「よし、いくぞボンズ!」
りゅうのかけ声と共に、【無人街の鍵】を扉の中央にある鍵穴に差し込む。
時計回りに回すと同時にガチャッと解錠した音が鳴り響き、押してもいないのに扉が両開きに開いていった。
「みんな、入るぞ!」
みんな同時に扉をくぐると、確かにピンズの街に出た。
だが、ここが異空間だとすぐにわかる
誰もいないだけではない。
太陽がないのに、夕暮れ過ぎのような薄暗い明るさのが空気の重さを実感させてくれたからだ。
自分たちと、対戦相手しかいない街に、聞き慣れてきた声が響き渡る。
「それでは、『成人番長』対『ラスト・オブ・ザ・パーティー』のかくれんぼを行います。この空間ではギルドチャットは勿論可能です。逮捕されたプレイヤーは、全体チャットで全員に知らされます。それでは、開始です」
対戦ギルドは恐らく今俺たちがいる場所とは離れた位置にいるだろう。
早速作戦の準備を整える。――と、いっても仕掛け自体は至ってシンプルなものだった。
ただ、特定の場所まで相手に悟られずに辿り着くだけ。
対戦するギルドたちが何をするかは関係ない。
それだけだった。
誰もいない。風も吹かない。無音のせいか耳が痛くなったかと錯覚をしてしまう。
それは恐らく、この空間にいる十四名のプレイヤーが感じたことだろう。
――いや、静寂をより強く感じていたのは対戦している成人番長のギルメンたちだろう。
こちらの動きがないこと。
こちらの準備が、全て整う時間をくれたのだから。
対戦開始から二十分ほど過ぎた頃だった。
成人番長たちは開始と同時に隠者が三人ともバラバラに隠れ、狩人たちも単独行動で街の四隅まで歩きながらラスト・オブ・ザ・パーティーのギルメンを探しつつ、角まで辿り着くと反転しながら街の中心に向かって歩いていた。
前触れは無かった。
突然の爆音。
何かが爆発したのは誰にでもわかる轟音が鳴り響く。
煙が立ち登り、どこで爆発が起きたかはすぐにわかった。
だが。
なにも壊れいない。爆発した物も破壊された残骸もなかった。
辿り着いた時には煙すら消えかかっている。だが、かろうじて煙が上がった場所だけは特定できた。
そこは――おもちゃ屋だった。
いち速く店に辿り着いたのは成人番長ギルメンの蛇歩とオーノリーという名の二人の男性プレイヤー。
蛇歩は白い学生服の様な装備の大柄な色黒男。オーノリーは蛇歩の装備が青いだけの違いでほぼ同じ装備の小柄でツリ目の男だ。
二人は狩人だ。残りの狩人を待つ選択肢もあったが、固まって動くのは危険と判断し、最も怪しいと思われるおもちゃ屋に入ることとした。
あの爆発は一体何であったのだろう……と思いながら。
店に入ると専門店だけあって数多いおもちゃが並んでいる。
だが、店内は照明に照らされてはおらず、建物の中ということもあり薄暗さが一層強調されている。
すると――
「う……う……」
かすかに声がした。
「う……うぅ~」
「おい、聞こえたか?」
「あぁ、間違いない。誰かいる」
声の聞こえる方へ歩いて行くと、そこはヌイグルミ置き場だった。
部屋の壁には左右、正面と三段ほどの棚が設置されており、所狭しと人形が置かれていた。
だが、部屋に足を踏み入れた二人は人形のことなどどうでもよくなっていた。
なぜなら、目の前に両手両足を縛られた上にさるぐつわをされ拘束された和服の女性が床に転がっていたからだった。