第六話 実力
クエスト期日の今日――そしてたった今、コロシアムから出発した9999人のプレイヤーに下されたクエストの終了チャイムが鳴り響いた。
同時に、不確定の数名が確実に「消滅」した鎮魂歌にもなっている。
このメロディがこんな不快な音の羅列になるとは思いもしなかった。
メロディが鳴りやむと同時にチャットが浮かび上がる。
――GMからだ。
【アウトオーバー 222】
なんだ……これ?
続いてGMの音声が街中に広がる。
「現在ピンズにお集まりの9777名のプレイヤー諸君。クエスト達成おめでとうございます」
なにが「おめでとう」だ……え?
……9777名!?
「先程表示させて頂いた【アウトオーバー】とは――『強制ログアウトされたプレイヤー』を指します。つまり……このクエストで222名のプレイヤーが消滅しました」
そんなにいるのか!?
ピンズまで辿り着けないプレイヤーは、てっきり「9人」だけと思っていたのに……予想をはるかに超える人数になっている。
違う視点から考察すれば、クエスト未達成者がここまで増えた理由には「船に乗れなかった」だけではないと証明している。
そうでなければ、この数字は説明できない。
そうか――
あらかじめ「確定ではない」と云っていたのはこのことか……
残り9777人――
この人数になった原因は――もちろん船に乗れなかったパーティーもいるだろう。
――だが、港へ行きつくまでの過程にも原因はあるのではないだろうか。
あまりの人の多さに気絶してしまったから考えなかったが、全てのプレイヤーが港まで辿り着けるとは限らない。
あくまで仮説だが、マップが見れないことに戸惑い、たどり着けなかったパーティーもいただろう。
そして――操作方法がわからず、魔物にやられたパーティーも……
プレイヤーの戦闘不能。及びパーティーが全滅した後のことはわからない。
どうなるのか、試す気にもならないからこその仮説だ。
もし、戦闘不能=【アウトオーバー】であれば、この数字には納得がいく。
ゲームの時は、戦闘不能になれば最後に瞬間移動スキル【ワープホール】で移動した先の街の入り口で自動蘇生される。
だが今は【ワープホール】は現在使用不可能。
戦闘不能になっても自動蘇生する場所が無い。
つまり――蘇生はされない……その可能性は極めて高い。
ただ云えることは最初の犠牲者に続き、222名――計223名のプレイヤーリストが黒く染まっていること。
その人数がすでにこの世界から消滅していることだ。
震えが……止まらない……
――もしかしたら、俺はこの中に入っていた。
なにせ、身をもって実感している。
戦闘の難しさを。
仮想世界が現実世界に変わった違和感を。
いや……確実にこうなっていただろうな。2人が傍にいてくれなければ……
また……助けられたな。
「それではみなさま。次に用意したクエストの説明をさせて頂きます」
街が、緊張と静寂に包まれる。
――もし、先程の仮説が正しいのであれば……次のクエストは予想できる。
「頼む! 外れてくれ……」
思わず両手を合わせ、信じてもいない神に祈る。
先程の仮説には論破できるほどの材料はない。
すがるものは……神しかない。
「今回は討伐クエストです。このピンズを拠点としたこの大陸に広がる『染められた森』に赴き、10日間で100匹の魔物を討伐して頂きます」
討伐クエスト……本格的な「戦闘」の開始。
「当たった……か」
祈りは無駄に終わった。
無情の言語はなおも続く――
「ピンズまでの道中にお気づきになられたプレイヤーもいると思いますが、戦闘でHPが0――戦闘不能状態になった場合、そしてパーティーが全滅してしまった場合には1時間後に強制ログアウトさせて頂きます」
GMから発せられた言語によって、仮説は確定となってしまった。
そう――外れてほしかった予想とは……
戦闘不能は、やはり「消滅」であることだった。
222名の【アウトオーバー】の原因はこれで証明されたことになる。
だが、問題はそれだけではない。
「戦闘区域に、魔物と遭遇したパーティーのみで戦って頂くために侵入及び撤退不可能の『ゾーン』を用意しました。思う存分戦って下さい」
やはり……マンズ近郊でバクチョウと遭遇した際に発生した謎のドームもGMの仕業だったか。
「10日で100匹討伐」
「『ゾーン』の存在」
2つの台詞が意味しているものは……
――この大陸にはレベル50以上の猛獣系魔物が生息している。
ゲームの時はそれほど難易度の高いフィールドではない。
マンズでレベルを上げたプレイヤーが次へと進むステップとも云える場所だ。
しかし――これは一般的な話だが、ギルドやパーティーで他のプレイヤーと共闘している場合だ。
<ディレクション・ポテンシャル>では、基本4人のプレイヤーで1パーティーとして戦闘を行う。
そして、戦闘時には1パーティーだけで戦う他に、最大で3組のパーティー……つまり12人のプレイヤーと「連合」を組んで戦うことができる。
更に、戦闘中はこの12人の他に、通称「辻斬り」と呼ばれる、外部からの「支援」と「回復」を受けることも可能なのだ。
――今はそれができない。
3人で構成されたパーティー。
戦闘中『ゾーン』の発生。
これは明らかに「辻斬り防止」の策だろう。
低レベルのプレイヤーでは……さらに3人限定のパーティーではまず勝てない。
それに、「10日間」という期限付きではレベル上げの時間も無いだろう。
つまり――「【アウトオーバー】の増加」を意味している。
ピンズまでの移動だけでさえ【アウトオーバー】は222名――この内何人が全滅したのだろう……そして、このクエストでどれだけ生き残れるのか……
ボンズはソロプレイでも「染められた」の中で充分に戦える。
ゲームではそうだった。
しかし、拭い切れない不安要素がいくつもある。
それがまとわりついて、ネガティブになってしまう。
「俺たちは……生き残れるのか……」――と。
そんな不安を、GMが1つだけ解消してくれる。
初めてかもしれない――救いの言葉だ。
「戦闘不能になった場合、強制ログアウトする前に『蘇生』してもらえれば助かります」
そうか……そうだよな! ここはゲームの世界だ。現実と完全に混同してしまっていたので蘇生術の存在を忘れていた。<ディレクション・ポテンシャル>には蘇生符術も蘇生アイテムもある!
全滅さえ防げば、なんとかなる!
「ただし――パーティー内で1人だけ戦闘不能になった場合、パーティーの中に蘇生符術を持たぬ、または蘇生アイテムを持っていないため蘇生させることができずに1時間が経過すれば、先ほど申した通り戦闘不能となったプレイヤーは強制ログアウトとなります。ですが――1人減り、2人となったパーティーは、最初のクエスト同様に再び3人パーティーにして下さい。もし1人補充できずに2人のままでいた場合……残りの2人も『1人が強制ログアウトとなり、完全に2人となった状態』から1時間後に……HPに関係なく、2人とも強制ログアウトです」
つまり、「最初のクエスト」はいつまでも有効ということか……抜け目のないことで。
「あと、ゲームのプレイ時と同様――戦闘不能になっても会話のみ可能です。どうぞ、好きなだけ助けを呼んで……叫び続けて下さい」
――なんて悪趣味な……最期の断末魔を聞けってのか!
「クエストの説明は終わりました……ですが、もう1つ」
まだあるのかよ。
「今回のアップデートにともない、これまでとの変更点をお知らせいたします」
――今頃? もうこの現状だけで充分だ。変更どころじゃないだろう。
「アイテム欄をご覧ください」
……アイテム? 見てみてもわからない。
「おい! 見てみろよ!」
「マジか! ありえないだろ?」
気付いたプレイヤーもいるみたいだ。
何が変わったのか気になる前に、このGMはプレイヤーを驚かすのが本当に上手いことに感心してしまいそうになる。
「それでは正式に発表します。蘇生アイテム『祝儀』の所有数限度を1人1個までとさせて頂きます」
『なにーーー!??』
ここは山ではないのだが、まるで木霊しているかのように、ピンズの街中で同じセリフが響き渡った。
「さらに、この世界での『祝儀』総数も固定します。
つまり、誰かが戦闘不能になり、蘇生のために使用すれば――それだけこの世界での『祝儀』の数は減っていきます。
勿論、店頭販売は終了させて頂きました。
入手方法は、他人との『取引』――それと『報酬』です。
ここでは敢えて、『祝儀』の総数を公表しないでおきましょう。
ただし、蘇生スキル『小四喜』及び『大四喜』は今のところ残りますのでご安心を……キャスティングタイムと消費符力の増大は当然のことながらございますがね」
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『小四喜』――味方1人を蘇生できる符術
『大四喜』――味方全員を蘇生できる符術
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最初、この世界に飛ばされた時には『祝儀』の残数を確認していた。
それなのに……
「横暴だ!」
「こんな勝手が許されるのか!」
あちらこちらでプレイヤーの罵声が聞こえる。
当然だ。
何故「今」なのだ?
いや……この変更自体ありえない。
そんなプレイヤーに対し――
「仕様変更が嫌なら、アップデートを度重ねて行われる『MMORPG』など、やるべきではありません。勘違いしないで頂きたい。貴方たちは、自ら望んで『ゲーム』をしているのですよ」
GMからのトドメの台詞に、再び静寂が包みこんだ。
これには何も云えない……
「これにて本当に今回のクエストの説明を終了します。クエスト達成には人数制限はございませんので、皆さまどうぞご壮健で」
もう1つ――そう宣言してから、いくつ云いやがったんだ、このGMは……しかも嫌味タップリで。
でも……確かに云っていることはもっともな部分もある。
ゲームでも「あまりに強いスキルの使用制限・使用不可」など、急な変更は確かにある。
だからといって、それがこの世界でも適用となるとは思いもよらなかった。
ただ、こちらから云えることは……
――これにより、先程予想した「【アウトオーバー】の増加」が「想像以上」になったということだ。
そして、それを回避するために使われる『祝儀』の「希少価値」は確実に上がる。
なにせ蘇生符術は「南」のプレイヤーしか使えないからだ。
しかも「回復・支援専門」であること。
攻撃系符術の「南」は、蘇生符術を持っていることはない。
蘇生符術は、数ある回復系符術をいくつも習得する過程をこなして、初めて習得できるスキルだからだ。
攻撃系にスキルを振りわければ、回復符術までは習得できても「蘇生符術」までスキルポイントは行き届かない。
「蘇生符術」は回復符術の完成型なのだから。
――まてよ……
突如、思考が別のチャンネルに切り替わる。
<ディレクション・ポテンシャル>のアップデートから、今――この瞬間まで……
気になる点がある。
ピンズ移動クエストを受け、コロシアムから走り出したプレイヤーたち。
だが、それ以外に100人ほどその場に残っていたプレイヤーもいたことだ。
予想はできる。
彼等は多分、大手のギルドメンバーだったのだろう。
戦闘中のパーティーに対し「辻斬り」はできない。
それはあくまで「魔物と遭遇し、戦闘が終わるまでの間」だけだ。
ゾーンの発生により、外界から支援を受けることはできなくとも、戦闘が終われば回復などは他のパーティー間でも可能のはず。
集団で協力体制を確立すれば……常にギルド単位で行動すれば、クエストの成功率は格段に上がる。
彼等はこの状況を予期していた「余裕」だったのか?
この世界に飛ばされた直後、他のプレイヤーが戸惑っていた時にはすでに幾度も戦闘を経験し、今の状況をシュミレーションしていたように思えてしかたない。
もしかしたら――彼等もこの世界を望んでいたのか…
それとも、ラテっちのように他の手段をあらかじめ用意して、海を渡ったのだろうか?
いや……それはないな。
泳ぐという選択肢が最も妥当な線だと考えられる。
あのチートスキルは誰もが想定外……いや異質の存在なのだから。
ただ、ギルドによる集団行動は、俺にとって「無縁の話」だということだ。
【アウトオーバー】の連中も、もしかしたら同類だったのかもしれない。
結局のところ、最期の瞬間までこの世界に慣れずにいた「単独」及び「即席」のパーティーか、レベルのまだ低い初心者クラスのプレイヤーが大半を占めていると思われる。
――いや、そうとしか考えられない。
【アウトオーバー】
――まるで、低レベルのプレイヤーを……そして「ソロプレイヤー」を排除した結果のようだ。
「ふー」
思わず一息つく。
――状況は把握した。
把握はしたが、納得したわけではない……
足元にいた2人コンビも無言で話を聞いていた。
どことなく緊張感もうかがえる。
この子たちでも緊張するんだな――
「なにいってんだコイツ」
…………は?
「りゅう……話わかんなかった?」
「さっぱりわっかんねー」
緊張してねぇ!
――まてよ、それどころか……
「……あのさ、今までのクエストはどう思っていた?」
「今まで? クエスト? ボンズまでなにいってんだ??」
「もう2つもこなしてきたじゃないか! 3人パーティー作っただろ!」
「ひとりぼっちのボンズがラテっちにおやつくれた。嬉しくて仲間になりたかったからだ。ボンズはいいヤツだな!」
「あ……ありがと」
――って、まてまて!
今は照れている場合ではないぞ。
「それじゃピンズまでの移動は??」
「ボンズがここまで行きたいといったのに、いきなり踊りだした」
「それにはもう触れるな!」
「ドライブ楽しかったぞ!」
あ……理解してねぇー。
「それじゃ、ボンズはわかっているのか?」
「あぁ、もちろんだ」
「すげーな。なぁ、さっきまでしゃべっていたのってだれなんだ?」
「だれって……GMだろ」
「ゲームマスターってだれだ??」
「……え?」
「ゲームにいたか? コイツ」
「いや、いなかったけど……」
「なんで、コイツのいうことをきくんだ?」
……
りゅうの台詞はまさに正論だ。
今まで、当然考えるべきことを考えていなかった。
そもそも、この世界はなぜ存在している?
作ったのはGMなのか? GMとはだれだ?
なぜ――プレイヤーを排除するクエストを繰り返す?
それに今回のクエスト――
魔物と戦う人間――すなわちプレイヤーが魔物と戦うというよくある設定なだけに何も疑問を持たなかった。
それは、ゲームという現実と関係を持たない世界だからこその安心感からくる油断だったのかもしれない。
それが現実となった今、強さを求めるため、クエストを達成するためだけに魔物と戦うことすら疑問を感じる。
なぜ――己の存在を賭けてまで戦わなければいけないのだ。
確かにこの世界に来た時は歓喜した。
だが、実際はGMの命令をきかねばならない、ゲームの時の自由はない只のあやつり人形だ。
まるで、GMがプレイヤーをおもちゃにして遊んでいるかのように……
「すまん。俺もわかっていなかった」
「それならこれから一緒に探そうぜ!」
「はは。そうだな!」
今はクエストに集中したほうがいいだろう。
でも、これから謎は解けていくのだろうか?
とりあえず「戦闘不能」にならなければいい……戦って勝てばいい。それだけだ。
先に進まないと何もわからないままだ。
そして――
生き残らなければ……全てが終わる。
これから戦闘か……
「りゅう、せっかくピンズに来たことだし、装備とか買わなくてもいいのか」
「これでいい」
「そうか。わかったよ」
まぁ、黒曜の鎧を装備しているから防具の心配はないだろう。
りゅうはラテっちとは対照的に戦闘スタイルは予想しやすい。
まず、前衛攻撃型だろう。
武器も日本刀を装備し、他の方位に転生していない「西」だ。
そこそこの攻撃力は期待できるが、あくまで「そこそこ」の強さ。
もしラテっちが回復系のアイテムを出せるのなら、攻撃型2人に回復1人と、3人パーティーとしては理想形になるだろう。
それに、りゅうは「西」特有のHPの高さもある。
場合によって防御に徹してもらうのも視野に入れれば、戦闘もより安全にこなしていける。
それにしても――
日本刀自体珍しい武器ではないが、変わった鍔をしている。今まで見たことない刀だ。
またチートだったりしてな。
――考え過ぎだな。ラテっちを見ていればそう考えてしまうのも無理はないが、「東」・「南」・「西」の3方位の中でも「西」の方位の特殊能力は地味な能力ばかり。
過度な期待はしない方がいいだろう。
問題は攻撃力がどれほどのものか……だな。
そして――3人は「染められた森」に足を踏み入れた。
どこまでも続いていると思ってしまうほど深い森。
まず目にしたのは街から出てすぐ傍の距離で、すでに他パーティーが戦闘を始めている光景だった。
明らかな「安全策」だ。
もしも森の奥深くまで入り込んだ結果、回復符術も回復アイテムもないまま瀕死の状態となった場合、瞬間移動スキルを使えない今では助かる術はない。
魔物と戦う前に、小規模パーティーによる戦闘区域の争奪戦が繰り広げられていた。
それもそのはず。
実際にゲームの世界でなら、100匹の魔物を討伐するのに10日間も必要ない。1日で充分だ。
ソロでも回復アイテムを持って、ひたすら戦闘すれば可能のクエストだ。
アイテムがなくなったら街に戻り補充し、宿屋に泊る。
この「宿屋に泊る」もゲームの中でなら、一晩は一瞬の出来事――タイムロスはほとんどない。
――だが、今は現実。
宿泊すれば実際の時間通り「一晩」かかってしまう。
だからといって、森の中でも座って休めばHPは自然と回復はしていくものの、それは微々たる量にすぎない。
しかも、体力次第でその回復量と回復にかかる時間は異なる。
いや、時間の進み具合も保証できない上に、休んでいる最中に魔物と遭遇してしまい、回復していない状態で戦うリスクは避けたい。
それならば、森の奥地に進んでいない限り、街に戻って宿屋で休んだ方が得策だろう。
少しでも、アウトオーバーの確立を減らすために……
だからこそ、すぐ宿屋に泊まれるように、街の傍で戦闘を行っているのだ。
「この様子では、この辺りでの戦闘は無理だな……奥まで進むとしよう」
そう云いながら狩り場を求め、森の奥深くまで進むパーティーもいる。おそらくは大手ギルドのメンバーだろう。
大勢で行動しているのを目視する。かなりの人数だ。
あきらかに、早期にクエストを終了する算段だと思われる。
奥深くまで足踏み入れれば狩場の取り合いはない。独占状態で戦闘を続けることができる。
なにより、回復・支援系符術師がいれば、長丁場の戦闘も可能だからだ。
助け合いってヤツね――俺には理解不能だ。
我々3人は――
「回復アイテムもそこそこあるし、ここは人が多くて戦えない。少し奥まで行ってみようか?」
「いいぞ」
りゅうの同意をもらい、少しだけ森の奥へと向かう。
小規模パーティーの戦闘区域と大手ギルドの戦闘区域のちょうど中間といったところか。
この辺りには誰もいない。
「ここで戦おう」
――と、云おうとした瞬間、大樹の陰から突如「ピンクパンサー」が現れた。
ピンクパンサー……全身逆立ったピンクの体毛に覆われた巨大な豹
巨大な牙と爪を武器とした高い攻撃力とHPを持ち合わせる。
目が合った瞬間――バクチョウの時と同様に、魔物と一緒に取り囲む『ゾーン』が発生した。
さてと、出番だ。
「まぁ、バクチョウとの戦闘で少しは慣れたと思う。最初は俺だけで戦ってみるよ。その後、交代で戦おうぜ」
「一緒に戦わないのか?」
「ソロプレイなら任せろ!」
りゅうは「一緒に」と云ってくれたが、全滅のリスクを減らすために、まずは慣れ親しんだスタイルで戦ってみることにした。
りゅうの戦闘スタイルは後から確認しても問題ないだろう。
しかし――正直、不安はある。
先ほど述べた不安要素の1つ――バクチョウとの戦闘時はこの世界に来て初めての戦闘だった故に深く考えはしなかったが、己自身がゲームそのままの強さであればものの数秒で倒せる魔物のはずだった。
それが、攻撃を加え続けてもかなり耐えられてしまった。
操作に不慣れなこともあるが、恐らく実際の魔物はゲームの時よりも強くなっている。
「これから出会う魔物も強くなっているのではないだろうか」
これが……最大の不安要素だった。
ところが、最大の不安要素はアッサリと上書きされることとなる。
もう、強さとかそんな問題ではないのかもしれない。
大型の猛獣なのは知っていたのだが……なんという迫力。
ピンクパンサーの見た目だけではない。
唸り声……そして「お前を殺す」と云わんばかりの殺気が伝わる。
そんな魔物の目の前に立っている。
これが「現実」というものなのか。
怖い……
でも大丈夫。
俺は強い!
しかし、戦闘開始すると同時にその自信はもろくも崩れ去り不安要素があらわとなった。
ゲームの時は、レベルや攻撃力、HPの高い魔物を相手にしても繰り出された攻撃を避け続け、ひたすら攻撃コンボを繰り返すのがボンズの戦闘スタイル。
この回避能力こそ、ボンズが今までソロプレイヤーとして戦えた生命線だった。
それなのに、振りかかるピンクパンサーの爪を全く避けられないのだ。
戦闘の際、ゲームでは回避能力が高いと敵の攻撃をくらっても「MISS」と表示されHPは減らない。
いや、自動で攻撃を避けてくれる。
だが、それはゲームでの話。
攻撃がすり抜けることもなければ、勝手に敵が攻撃を外してくれるはけではない。
己の足で、攻撃を避けねばならない。
わかっている。
見えている。
それなのに――頭の中では理解できても、身体はいうことをきいてくれない。
早く動く足をもっていながら、痛みもそれほど感じないことも理解しているのに魔物が攻撃する迫力に押されてすくみ上がってしまう。
正直、怖くて仕方がない。
目の前の魔物が恐ろしい。
なんて悔しいんだ……レベルの高さなど、今は全く役にたたない。
己自身、心のレベルが低いと実感する。
早く慣れろと思えば思う程、あせりを感じ、身体に影響を及ぼす。
ゲームでこんなに情けない想いをするとは思わなかった……
なにがソロプイなら任せろだ。
いかに己が天狗だったか思い知らされる。
魔物が強くなっているのではない。己が弱くなっているのだと。
そんな苦悩などお構いなしにピンクパンサーが大きく口を広げ、長い牙を振りまわす。
「よけろ!」
そう心で念じても身体は硬直して動かない。
ピンクパンサーが迫ってくる――ゆっくりと。
周りがスローに見える。
噛みつかれる瞬間がハッキリと。
「あ……死んだ」
これが走馬灯ってやつか……なんてゆっくりなんだろう。
――まるで時間が止まったかのようだ。
その時、膝が勝手に折れた。
いや――膝の裏を押され、その場に座り込んでしまった。
そのおかげで、攻撃を頭の頂点スレスレで避けれたのだが……なんで?
「硬くなるな。ボンズ」
後ろから話しかけた人物――膝を押してピンクパンサーの攻撃を避けさせてくれたのはりゅうだった。
「え……あ……」
正直、膝が折れたのと同時に腰も抜けてしまった。
「ボンズらしくないな。どうした?」
「いや……だって。攻撃が……怖い……」
「あんなの、ゲームだったら余裕だろ?」
「そうだけど……やっぱり現実だと違うよ……」
「そうかもな。よし、ボンズが慣れるまでぼくが戦う!」
「りゅう――大丈夫なのか?」
「おう!」
以前、アドバイスをもらった時も思った。
やはり、りゅうも大手ギルドメンバーと同様に、この世界でも戦闘を経験しているようだ。
「わかった。すまんが頼む」
「まかせろ! そのかわり……」
「そのかわり?」
「目を……そらすなよ。すぐおわるから」
――なんだと!?
ピンクパンサーは確かHP10000を超す魔物。
このゲームにおいて、武器攻撃――日本刀にいたっては1撃で与える最大攻撃力はせいぜい1000~2000がいいところだ。
それに加え、多段コンボ系攻撃スキルに乏しい西が「すぐおわる」なんて有り得ない。
こんなブラフをいう子なのか?
いや、そうは思えない……あの丸い顔……は関係ないけど、嘘を云う子ではない。
……でも、不可能だ。
りゅうが――静かに日本刀に手をかける。
――俗に「この世に『絶対』は存在しない」と云われている。
しかしボンズはこれまでそう思っていなかった。
就職なんか絶対できるわけはない。
結婚など絶対できるわけがない
幸せになんか……絶対になれるわけない――と。
『絶対』は存在する――
現実でも、ゲームの世界でも。
それがボンズの座右の銘でもあった。
そんなボンズの目の前で――
りゅうは一瞬にして『絶対』の存在を根底から覆した。
熱気と……寒気とを、両脇に抱えながら……