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第五十八話 太陽

 

「己の存在を賭けた……か」


 思わずGM(ゲームマスター)の台詞を口にしてしまうボンズ。

 確かにこんなに緊張感のある「かくれんぼ」は誰も経験したことは無い。

 それ以前に、人間嫌いとしてひきこもりの人生を送ってきた彼にとって生まれて初めてのかくれんぼがこんなに重いものになるとは、人生とは未来を知らない事がいかに幸せかを痛感してしまう。


 社会に出れば「イエスマン」と呼ばれ上司の云う事を絶対に服従しゴマをする者がいると聞き、そのような人種にだけはなりたくないと思っていたのだが、現状での己の状況はまさに「イエスマン」なのだろう。

 上司のご機嫌をとり、服従することは云わば処世術。機嫌を損ねた上に役員に嫌われた挙句に解雇になり路頭に迷うのと、GM(ゲームマスター)の云う事を聞かなければ存在そのものを消されるプレイヤーたちとは、似た者同士なのではないのだろうか。

 ――働いたことがないからわからないけど。


 妄想に耽るボンズのズボンをラテっちがグイグイと引っ張ってきた。

「ぼんずー。なにかのみたい」

「ん? 喉がかわいたのか」

 コクリと小さく頷くラテっち。

「そうか。俺たちの会場はピンズ――これは自動転送してくれるのだから移動する必要はないだろうから、時間まで作戦会議がてら休憩しようか」

「うん!」


 反対する者もなく、ボンズたちは宿屋へと足を運び、宿屋内にあるレストランへと入った。

 店内に入ると意外に広く、丸型の大きなテーブルに七つの椅子がセットになった席が幾つも用意されていた。

 恐らく、ギルド結成クエストが終了した後に仕様変更されたのだろう。かなり多数のギルドが一度に集まっても着席できるほどの広さと見渡せるほどの席が並んでいる。


 店内には数組のギルドがいたが、話し声が聞こえるほどの距離ではなく、かなり離れているため気兼ねなく椅子へ座った。

 全員が座ると同時にNPCノンプレイヤーキャラクターのウェイターが歩み寄る。

「ご注文は」

「ラテっち、何が飲みたい?」

「ココア!」

 椅子に座ると顔すら見えないため、声しか聞こえない。テーブルが喋っているようだ。

「りゅうは?」

「同じのでいいぞ」

 りゅうは椅子の上に立ち上って話すも、ようやく顔だけがテーブルから現れる。

 なぜかラテっちも立ち上り、テーブルには顔だけが並んでいる二人の姿が妙に面白い。

 恐らくみんなも同じだろう。

 みんなの可笑しくて笑いを堪える姿が不思議でしょうがないチビッ子たちは顔だけキョロキョロと横に動かす。

 この姿もまた可笑しい。

「みんなはコーヒーでいい? ――ップ!」

 大人たちはお腹を抱えながら頷く。

「かしこまりました…………ぷぷっ!」

 NPCノンプレイヤーキャラクターのウェイターまで笑っている。

 りゅうとラテっちは「どうしたの?」と云いたげな顔をしながら、椅子へと座った。そして顔が見えなくなった。


 数分後、注文の品がテーブルに運ばれる。

「コーヒーとココアも届いたことだし、飲みながら作戦会議を始めようか」

 ボンズはテーブルにGM(ゲームマスター)から送られた【隠者の印】が三つ。それと【無人街の鍵】を置いた。


「これが説明にあったアイテムですね」

 優作が鍵を触りながら、ボンズと同様に鍵に【ピンズ――37】と書かれているのを見つける。

「この『37』と同じ番号の鍵を所有しているギルドが対戦相手ということですか……」

「そのようだな。対戦相手の情報がないのは皆が同じなのだろう。どう作戦を立てる?」

 壱殿の問いに即答できずに悩むボンズ。まずは思いつくことを述べてみんなの反応を見よう。

「うーん……取り合えず隠者を決めよう。隠れる者は、攻撃で近付けさせないためにりゅう・分裂できる優作・あとはラテっちか」


「違う違う。そうじゃない。ボンズ、お前は今の時点で大きな勘違いをしているぞ」

「えっ?? なにが??」


 ボンズの提案を否定してきたのは意外にも式さんからだった。

 真っ先に自分の意見を否定されたことでボンズは憤慨したりはしない。

 むしろ、普段やる気のない式さんからどんな意見が出てくるのか興味すらあったからだ。


「説明してもらっていいかな?」

「――例えばお前さ、速度重視の装備をしているだろ。装備も速度に特化したレザージャケットを、しかも上下セット効果まで付属させているところを見ると速度にはかなり自信がありそうだよな」

「あぁ、俺のスタイルはソロ狩り用の速度特化型だからな」

「念のためステータスを詳しく見てもいいか?」

「もちろん」


 ボンズはタッチパネルを開き、己の強さを表示する。

 マジマジと見つめた後、式さんはボンズに問いかけた。

「見る限りで云わせてもらえば、お前は他のプレイヤーとスピード勝負をしたら負けると思うか?」

「いや、スピードだけなら誰にも負けない自信がある。転生して(ナン)の符力で速度を特化しているからな」

「そういうことだよ」

「……どういうこと?」

「お前が隠者であれば例え見つかったとしても、どんなプレイヤーを相手にしても逃げ切れる。触られなければいいのだからな。つまり、お前の存在によって隠者三人全員が捕えられることはまず無くなったということだ」

「あっ! なるほど」

「あとオッサン。【絶一門(ぜついちもん)】は使えなくとも、【(ばく)】は使えるよな」

「まぁ、それくらいはな」

「それじゃ、ボンズと同様に、【縛】を使えるオッサンも隠者だ。捕まえるよりも動けない相手から確実に逃げられる方が有利であり、負ける確率が低くなる」

「ふむ。一理あるな」

 壱殿も式さんの意見に納得する。

「逆を云えば、分身女は肉体が数体に分かれられるのだから、狩人としては適任だろ」

 珍しく優作のことを話題に出したな。でも分身女って……優作も微妙な表情をしている。

「それじゃあさ、あと一人の隠者はどうするつもりだい?」

「その一人だけは『ある役割』を担ってもらう。この存在が上手く機能すれば、ボンズが逃げ回ったり、オッサンが縛を使う必要すらなくなるだろうよ」

「――マジ?」

「多分な」

「多分かい!?」

「まぁその『ある役割』を担う者次第だ。――そうだな、暴力お……パチがいいだろう」


 パチは云い直したな。

 いや、優作と差別したとか野暮なことは云わないよ。

 彼女の行動は既に暴力の域ではない。

 本気で()る女なのだから。


「それにしても、先程とは打って変わって積極的だな式さん」


「……お前さ、そのガキンチョたちとこれからも一緒に居たくはないのか?」

 ココアを「おいしいね~」と声だけだしながら飲んでいるりゅうとラテっちの方角を親指で刺す式さん。

 相変わらず二人の姿は見えていないけど。

「え? それはもちろん一緒に居たいさ」

「それなのにお前を見ていると、相手を蹴落としてでも『己たちだけは助かりたい』という気持ちというか気迫が感じられない。どことなく己を中庸の立場においている傾向にあるように感じられるんだ。これからガキンチョたちと一緒に居たければ甘い考えは捨てろ」

「俺が中庸……?」

「あぁ、中立に身を置くことで己が傷つかない立場にいようとしている節がある。無意識の内なんだろうけどよ」

「そうなのか……」

「違います!!」

 話しに割って入ってきたのは優作だった。立ち上り、テーブルを両手で強く叩きつける。

「ボンズさんは優しいんです! 甘くなんてありません」

「そんなことを云っているからお前の仲間はやられたんじゃないのか」

「なっ!」

 式さんからの台詞に優作の手が震え出し、一触即発状態になりかけた。だがその瞬間、壱殿が優作の肩を叩いた。

「式は確かに云い過ぎだ。だが、あながち間違ってはいない。ボンズ、優作。式が云いたいのはこれから生き抜くための『覚悟』の話をしているのだ。わかってやれ」

 優作が納得はできないが我慢しなくてはという雰囲気を壊さないために無言で席に座る。

「あーもー揃いも揃って何を的外れなことを云っているの。ボンズは只のヘタレなだけよ。みんな買い被り過ぎ。以上!」

「ひどくない!?」

 パチのやつ……久々に喋ったかと思えば、どうして俺へのダメだしをするかな。

 すると、丁度ココアを飲み終わったラテっちが席を降り、何かを聞きたそうな顔をしてパチに近付いていく。

「ねぇ、へたれってなーに?」

「それはね……」

「子どもに変なこと教えないでね!!」





「……話を戻していいでしょうか?」

『……OK』 

 真面目な雰囲気を一度ブチ壊されると、戻すのにかなりの気力が必要なのだと思い知らされる。パチめ……

「なんで、ボンズが仕切るのよ」

「お願いだからもう邪魔しないで!」

「はいはい」

 パチは暇そうにコーヒーを飲み出す。


「さて……と。話の続きだけどさ、隠者をバラけて配置したほうがいいかな? どうすれば良いと思う。

 式さん、意見はないか?」

 この時、壱殿も優作も式さんからの意見が出るのを静観している。

 彼の意見が闇雲ではない、勝算のある手法であると理解したからだ。

 子どもたちはわからんが。

 でも、大人しく座って話しを聞いているだけよしとしよう。


「それじゃぁよ、逆に質問してもいいか?」

「……なにが聞きたいの」

「ボンズ。お前はこの世界ではなく、現実世界で命の危機に晒されたことはあるか?」

「いきなりなんだよ、その質問は」

「いいから答えろ」

「そんな物騒な体験なんてしたことないよ」

「ひきこもりだしね」

「パチ、口閉じて」

「極端な話を唐突にした訳はな、今プレイヤーたちは平等の立場にいて、それも皆が危険な状況にいるからだ。ボンズ、もう一度質問するぞ。人が窮地に立たされると、どのような発想に陥るかわかるか?」

「え? 突然そんなこと云われても……よくわからん」

「『己だけは助かりたい』と思うようになるんだよ。そう、先程お前に云ったことだ。オレはそんな人間を幾人も目の当たりにしたからよくわかる。どんなことをしても助かりたい。どんな醜態を晒そうとも、他人がどうなろうと、己だけはなんとかしてもらえるようにな。普通の人間はみんなそうだ。お前が、お前らが少し変わっているだけの話だよ」

(……見てきた?)

「――なるほど。でも、その話と今の状況と関係あるの?」

「大いにあるさ。今、ギルドメンバーは一蓮托生。連帯責任という縛りが個人の身の救済を許さない状況に追いやられている。――すると、どうなるか。答えはどうすれば『己だけ』ではなく、『己は』助かりたいと足掻くようになるのさ。だが、己だけでも助かりたい者が他人をも助けなければならなくなると必ず行動に矛盾が生じる。オレたちの狙う点はまさにそこにあるってわけだ」

「云っていることはわかるけど、それをどう作戦に組み立ててばいいんだ」

「それはな――」


 作戦会議、終了。

 そして、【隠者の印】が三人に配られた。


「なるほど……な」

 式さんの提案した作戦に、思わず壱殿も唸りながら賛同する。

「奇抜」というよりも、「この状況でその発想が出てくる」彼の提案に、皆も賛同すると同時に内心感心すらした。


 子どもたちは理解できただろうか? 一応確認しておこう。


「りゅう、わかったか?」

「立っている!」

「……ラテっちは?」

「すわるー!」

「…………まぁ、いいか」


「ねぇ、チョットいいかしら」

 パチから提案が上がる。

「私の役割ってさ、まさかさっきの仕返しじゃないわよね??」

 どうやら彼女は今回の作戦、いや己の立場が気に入らないらしい。

 いや、「どうやら」とか「「らしい」は必要ないだろう。

 すでにどこぞの格闘家の如く両の指をゴキャゴキャならしているのだから。


「あのな、そういうことさえしなければこのギルドで一番か弱く見えるのはお前なんだからな」

「――か弱い!?」

 式さんの言葉にパチの動きと殺気が治まる。

「あぁ、そうだ。しかもある程度の演技力がないとこの役割はできないからガキンチョには無理だ。これで納得してくれるか」

 途端にしおらしい頬笑みを浮かべるパチ。

「そうよねぇ~。か弱く、可憐で男を虜にする演技力と美貌を兼ね備えていると云われれば私しかいないわ。仕方ない、やってあげようじゃないの!!」


「……オレ、そこまで云ったか?」

「最近歳のせいか、耳が悪くなってきたようだ」

「流石はパチとしか云い様がない」

 男三人、並んで唖然。


「自分も見習わなくちゃ。早く大人の女にならないと」

『優作、真似しちゃいけません!!』

 男三人、並んで止める。



「……まぁ、なんだ。所詮は勝つか負けるか五分の勝負。勝率は半々――コインの裏表のようなものだ。気軽にギャンブルを楽しめばいい」

「いやいや壱殿。こんな二択のギャンブル、そうはないから。……て、これはギャンブルなのか?」

 このギルドは焦りというものがないのか、本来ギルドメンバーが全員で慌てる状況でさえ半数は余裕の表情を浮かべる。

 これは心強いと捉えるべきか……逆に不安になる。

 式さんに至っては、「さて、時間までのんびりしているか」と云い残し、ウェイターにコーヒーのおかわりをを注文する始末だ。

「楽観的すぎじゃないのか……」

 ボンズが式さんの姿にため息をついていた時だった。突然りゅうが手をあげながらこちらへと早足で歩み寄ってきた。

「待ってくれ! まだ決めなければいけないことがあるぞ!」

「りゅう? 決めなければいけないことってなんだ??」

「逮捕するんだから刑事にならなきゃ!」

「なんでやねん」

「刑事はかっこいいだろ! 刑事やりたい!!」


 ダメだ……スイッチが入っている。

 りゅうはいざという時には子供らしくないというか、子どもとは思えない言動と行動をするが、子どもスイッチが入るとこれ以上なく子どもらしくなる。

 しかも、結構頑固だ。


 駄々をこねはじめたりゅうの頭を、壱殿が撫でながら諭そうとし始めた。

「あのな、チビッ子。そういうのはまた今度にするんだ。わかったな」


「わかったよ……ボス!」



「……………………ボス……」



「ぼすー! わたちね、がんばりまちゅ! なんなりとごめーれーしてね!」

 りゅうとラテっちが壱殿の顔を見上げながらキラキラ目を輝かせ『ボス』と敬い続ける。

 壱殿は数秒間その場に立ち尽くし、天を仰いだ。

 そして――くわえたタバコに火をつける。


「コーリャーにチョコチップ。この事件、作戦通りにいけば犯人は必ず逮捕できる。いくぞ!」

『ラジャッ!!』

 壱殿の指令に、チビッ子二人は揃って元気よく敬礼する。


 その様子を見ていた式さんが、これまた見事に呆れかえって指さしながらボンズに愚痴る。

「このオッサン、甘っちょろ過ぎだろ! それに、なんだあの嬉しそうな顔は!! なんかスッゲームカつくんだけど!!」

「まぁまぁ、落ち着いて。壱殿は恐らく若い年齢層ではないはずだからさ、ここは見逃してあげようよ」

「……まぁ、世代だったら気持ちはわからなくはないけどよ……。恐らく今、あのオッサンの頭の中では例のオープニングテーマが鳴り響いているぞ」

「それにしても、銀河(ギャラクシー)園児コキャ・コーリャー好きのりゅうに『コーリャー』とは、流石わかっているな。気になるのはラテっちがなぜ『チョコチップ』なんだろう」

 ところが、せっかく壱殿をフォローしてあげているのに、彼はこちらの状況などお構いなしに己の世界観をこちらにも押しつけてきた。

「グズグズするな! ヒキロッキー。エビグラタンもだ。刑事課の腕の見せ所だぞ」

「ヒキロッキーって……」

「どうでもいいが、ノリノリだぞ。このオヤジ……」


 この刑事ドラマの存在すら知らない年代の優作が不思議そうな表情を見せ続ける。

「ボンズさん。この状況は自分も加わったほうがよいのですか?」

 耳打ちする優作に、ボンズは黙って首を縦にする。

「壱さ……ボス。自分はどうしたら」

「いいか、ユミー。君の力が必要なのだ。わかるな」

「は、はい!」

 有無を云わさないな……


 残ったパチが己の顔に指さしながら、どんな名が付くのか少し楽しみにしながらボスに問いかける。

「で、私は?」

「現場は任すぞ、ゴリさん」


「どうしてソコをチョイスするのかなっ!!?」 



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