五十六話 期待
なんていうのかな――「元気が出た」というか「希望」……いや、違う。なんかこう身体の底からこみあげてくる表現しがたい感情に,、俺は身震いをしている。
己が役立たずだと信じて疑わなかった。要らない存在だと思っていた俺が、今みんなの代表――ギルマスとしてギルドを結成しているなんて。
――本当にいいんだな。
こんな俺に付き合ってくれても。
俺なんかに役割を与えて後悔するなよ。
今更気付いたんだが、俺はどうやら頼り過ぎていたらしい。
独りで生きてきた者が他人に頼ることはないと信じていた。
他人に「お願い」さえしなければ、他人と接していなければ頼っていないとこれまでずっと勘違いをし続けていた。
でも、そうではなかった。
己のことを信じていないまま時間だけを経過させる図々しさが甘えだと気付かなかったのだ。
己が先に進むために何が必要かを知らなかった。
独りでは俺は先に進めない。
だが、一人という存在を少しでも輝かせたい。
それは一人でなんでもするというわけではないんだ。
人生で一度くらい、誰かに頼られる存在になりたい。
誰かに……いや、仲間に――
そのかわり、俺の安い魂を……みんなに預けさせてくれ。
この場所に、立たせ続けてくれ。
◎
「手続きは以上です。余りモノの集いのギルド結成の申請を承りました」
マンズ街にあるギルド会館に常勤しているNPCに申請を済ませ、いよいよボンズ達のギルドが始動した。
――と、同日にギルド結成クエスト期間終了の知らせが全プレイヤーに伝えられる。
「只今をもちまして『ギルド結成クエスト』期間を終了します」
ギリギリ間に合った。
本当に危なかった……あと一日、いや数時間遅ければ間に合わなかっただろう。
それもこれも、ここにいる仲間のおかげだ。
みんなの方へと振り向くと、またしても恒例行事が始まっていた。
「ぼくのなっまえはりゅう」
りゅうがトップバッターとなり、身体を揺すって自己紹介をしている。
だが、今回のボンズに動揺は見られない。
「わたちのなっまえっはラテっち」
「私の名前はパーチ」
(大丈夫だ。問題ない)
「ワシの名前は壱」
今回は気合いを入れなかったな。
「それじゃ、オレの名前は式」
意外にも素直に受け入れる式さん。
少し予想の展開とは異なるが焦ることはない。
「自分の名前は優作です。よろしくお願いします」
彼女なら素直に受け入れると思っていた。
そして、ついに俺の番か。
(フフッ、今までの俺だと思うなよ)
「そしてこの俺。ギルマスのボンズだぁ!」
ちゅどーーん!
意気揚々と自己紹介をした瞬間、足元が爆破しボンズは宙を舞った。
プスプスと焦げた音をさせながら地面に叩きつけられる。
「お飾りがリーダー顔するな! 自爆しろ!!」
「……俺に……そんな能力は無いよ。これ、自爆とは云わない」
「調子に乗んなよヒキニートが! 踏むぞ!」
「パチ……既に踏んでる。容赦なく踏んでる」
二人が地面に唾を吐きながらボンズから離れ、りゅうを中心にみんなで円陣を組むように並び始めた。
みんなの輪の中に立ったりゅうが右手を掲げる。
「よーし、みんなあわせて――」
『余りモノの集いだぁ!!』
全員が一致団結し、ギルド結成を讃えあう。
ギルマスを除いて。
「……泣いていい?」
◎
倒れているボンズの上にラテっちがヒョコっと乗っかる。
「よっこいしょ!」
小さな身体でボンズに座り、小さな両手でパンパンと叩く。
「ねぇねぇ、これからどうなるの?」
不安の台詞ではない。
その表情はどこか楽しそうだ。
基本いつも笑顔だけど。
すると今度はりゅうがボンズの上に、ラテっちの前に座る。
「これから新たな戦いが始まるってヤツだな。オラ、わくわくすっぞ」
「そういうことをいっちゃいけません」
ピロリロリン――
チャットの着信音だ。
それも、全員同時に鳴り響いた。
タッチパネルを開くと、クエスト終了時に必ず表記される文字が浮かびだされた。
【アウトオーバー 988】
この世界から消滅したプレイヤーの数だ。
また1、000名近い犠牲者を出したのだな――そう思っていたら続けざまに次なるチャットが送られてくる。
「これより、残った7014名のプレイヤーの皆さまにはマンズ街、コロシアムへと移動して頂きます」
その文字を見た瞬間、気がつけば既にコロシアム闘技場へと瞬間移動していた。
GMからプレイヤーに強制召集がかけられたのだ。
ギルド結成クエスト開始時と同様に。
改めて周りを眺めると、確かにプレイヤーの数が少なくなったと感じた。
この世界に来た時には、コロシアムの闘技場にはプレイヤーたちが溢れんばかりに立ち並んでんいたが、今はプレイヤー同士の隙間を実感してしまう。
本当に、3、000名ものプレイヤーが消滅してしまったのだと。
そして、残ったプレイヤーたちはこの異常な状況に慣れつつあるということも。
ざわめきが、耳に届かない。
耳に届いたのはGMからのメッセージだった。
「皆さま、クエスト達成おめでとうございます」
相変わらず、音声のみだ。
それに、その「おめでとうございます」という台詞はいつ聞いても腹立たしい。
約1、000人ものプレイヤーがこの世界から消滅して、めでたいわけがないだろう。声だけで賛辞を送っても嫌味にしかならないこともわからんのかコイツは。
そんな中、苛立つボンズとは全く別の反応を示したプレイヤーが妙なことを口走る。
「やはり――影の体積が増えている」
そう口走ったのは壱殿だった。
「増えているって、GMが見えるのか?」
「あぁ、ワシの『眼』なら――な。恐らく北の焔慧眼使いなら見えているだろう」
『――!?』
式さんと優作が驚いた表情で壱殿の方へと顔を向ける。
「オッサン、魔眼使いなのか!?」
魔眼使いとは焔慧眼を持つプレイヤーの総称。
驚くはずだ。こんな希少なプレイヤーは滅多にお目にかかれないのだから。
「サングラスをかけていたから気付かなかったぜ。こいつは心強いな」
「と、いうことは【絶一門】を操ることができるのですよね!」
期待感に溢れた優作の問いに、壱殿は答えを渋る。
「期待を裏切るようで悪いのだが【絶一門】は不得手だ。……そういうことはな。もっとハッキリ云えば『操れない』と思ってくれ。代わりといってはなんだが、パチが【人和】を習得しているから問題ないだろう」
期待はずれな答えに、式さんが舌打ち混じりで吐き捨てる。
「なんだよ、期待させやがって。【人和】と【絶一門】は確かに似ているスキルだが、全く異質のものだろうが。――ったく、レベルはそこそこなのに、せっかくの能力を使いこなせないようじゃ話にならん。宝の持ち腐れとはお前のことだな。足手まといにだけはなるなよ」
式さんが暴言を吐くのも仕方ないことかもしれない。
【人和】はあくまで対象者に対しての行動抑制のみのスキルであり、符術やスキルが使えなくなるわけではない。
だが、術者の実力次第で複数の対象者を地べたに這いつくばらせることも可能なため、攻撃と防御といった物理的な動作を封じることができる――その点だけでも充分に使い勝手の良い符術であるのは確かだ。
それに対し【絶一門】とは、以前壱殿がボンズの動きを完全に封じた際に使用した【縛】の完成型スキルのことで、複数の対象者の符術やスキルのみならず、行動そのものを完全に操作及び停止させることができる。
さらに、その名の通り『門』を作ることにより相手が発動し己に向けられた符術やスキル、他あらゆる攻撃を無効化する。
単純な話、敵に対し発動してしまえば相手は攻撃できないどころか回避も回復もできない上に、こちらは攻撃し放題なのだ。
勿論発動時間にも限りはあるが、時間とはあくまで符力が底を尽くまでということであり、符力がある限り持続することができる。
ただ発動した際、範囲内にいる敵が多いほど符力の消費が激しい。
つまり対象者の人数によって符力の消耗が変化するということだ。
だが、例え数秒でも敵が木偶人形の様に反抗せずにこちらの攻撃を受け続けるというだけで充分「使え過ぎる」能力であることは間違いない。
これこそが、焔慧眼が特殊能力型ともいえる北の方位で『最も使える』と称される所以である。
だが、壱殿はそのスキルを操れないと云う。
そのこと事態はボンズも初めて知ったが、【縛】が苦手なことと、今までさほど戦闘に加わらずに一度として【絶一門】を使用しなかったことから、なんとなく察してはいた。
なによりも彼自身の存在自体が激レアなので、【絶一門】を使えなくともさほど悲観してはいない。
式さんも優作も、壱殿が実は両眼とも焔慧眼だと知れば、間違いなく驚くだろう。
そして、その能力も。
『時間軸操作』という理不尽極まりない能力者だと知れば態度は一変するに違いない。
そう思っていたのだが――
壱殿は釈明もしなければ、サングラスを外して両眼を見せることもしない。
その態度に見かねたボンズはコソッと壱殿に耳打ちする。
「『足手まとい』とまで云われておきながら、なんで反論しないんだ? サングラスを外すだけでいいだろ」
そう聞くと、壱殿はサングラスを指でそっと触れながら「ワシはコイツが気に入っているんだ。今は外す気などない」とだけ言い残し、タバコを口をした。
「それよりも、GMの影だ。クエストを重ねるごとに体積が大きくなっている――何故だ」
話をはぐらされたと云いたいところだが、確かに不思議だ。
いや、それ以前に俺にはその影すら見えない
更に云えば、壱殿と出会う前は音声チャットだけを聞くだけで、外でご飯を食べていた時もあった。
他のプレイヤーとの接触を避けるように。
理不尽なクエストに対しての不満を聞きたくないがために。
そんな俺がGMの変化になど気付けるわけがなかった。
だが、壱殿のおかげで異変に気付くことができた。
全プレイヤーがマンズのコロシアムへ強制召集されるのは初めてではない。そのこと事態に意味などないと思っていたが、壱殿が気付いた影の変化。
これにより、プレイヤー全員がこの場に召集させられることに何か意味があるのだとでもいうのかという疑問が初めて生まれた。
これは、単に気のせいなのだろうか。
いや、彼に限ってそれはない。
だが、現時点で意味など理解できるわけがなかった。
今云えることは、この『異変』が今後に影響を及ぼさないことを祈るのみだ。
「改めまして、7,140名のプレイヤーのみなさま、ギルド結成おめでとうございます」
7,140名か……前回までは8,002名いた。
これからも一つのクエストをこなす度に千人も消えていくのだろうか。
千人っていわれてもピンとこないが、ようするにたくさん人がいなくなるということに違いは無い。
実感がわかないのは、己がまだ無事だからだろうか。
いや、その中には只人や当夜もいる。
もう、友達がいなくなるのは御免だ。
そう思っているのが己だけでは、ないはずだ。
「それでは、次のクエストの説明に入る前に、ギルド結成達成に際し、三点ほど仕様変更をお伝えいたします」
仕様変更? 今更、何を変えるというのだ。
「まず、これまで宿屋の数は街につき一軒のみ。しかも宿泊人数も制限がありましたが、部屋の数を無制限に変更しました。プレイヤーの皆さまが充実した休息をとれる支度を整えさせて頂きましたので、是非ご利用ください」
これは珍しい。
GMがプレイヤーにとって有利になることをするなんて。
「宿泊に際し、あらかじめ連泊予約をすることも可能です。さらに、宿屋内に食堂の他、レストランも新設しましたので、こちらもご利用ください」
レストラン……美味しいのかな?
でも、コーヒーとか飲みたいからありがたいかもしれない。
「その他宿泊につきましては、各街に点在する住宅をNPCとの不動産契約によって売買取引が可能となりました。現在価格は未定ですが、価格につきましてはNPCと直接交渉を行ってください」
つまり、ギルド固有の「家」を購入できるということか。これは新たなシステムだ。
だが、買えるのはいわゆる中古物件のみというのが引っかかるな。
「続きまして、ギルドメンバーについてです。既に【アウトオーバー】なされたプレイヤーの皆さまには安息の睡眠を提供しています。これからもギルドメンバー内で【アウトオーバー】される方も出てくると思われますが、その際の対応についてご説明させて頂きます」
安眠……だと。ふざけたことを吐きやがって。
この時、誰もがこの台詞に苛立つとボンズは思った。
いや、思い込んだのだ。
「欠員となった仲間の補充について説明する前に、【アウトオーバー】を過半数以上――つまり四人以上出してしまったギルドにのみ、プレイヤーの単独行動をする権利が与えられます。つまり、独りでいようとも【アウトオーバー】になる心配はございません」
これは前回と引き続きだな。
それでは、わざわざギルドを結成した意味はないのではなかろうか。
初期の頃は、メンバー同士の行動を最優先にしていたのに……
「ここからメンバー補充の説明です。一人でも欠けたギルドが単独行動をしているプレイヤーと遭遇し、両者の了承を得られれば、ギルド会館にて申請をし新たなギルドメンバーとして加わることが可能です。ですが、ギルド加入をしているプレイヤーが個人の意思によりギルドを脱退し他のギルドに加入することはできません。――ギルドメンバーの説明につきましてもう一度同じことを申しあげますが、特定のクエスト以外でギルドメンバーが【アウトオーバー】によって欠員を出した際は、以前こなして頂いた『三人及び四人パーティーのクエスト』の時のように補充しなければ残りのメンバーが【アウトオーバー】になる、ということはありませんのでご安心ください。――例え仲間を全て失い独りになったとしても、ね」
「へぇ、独りでもいいのか」
「式さん、なんでそんなに嬉しそうなのさ」
「いや、別に……」
なんか、引っかかる云い方だな。
「それでは最後に符術の変更点をお知らせします。蘇生符術の救済措置として、以前より使用不可になっていた【紅孔雀】を復活いたします」
この瞬間、今日初めてコロシアムの闘技場内がどよめいた。
蘇生符術――【紅孔雀】の復活に。
「【大四喜】を習得していても、再度どちらかを選択する事が出来ます。ご存知の方もいると思いますが、【大四喜】のキャスティングタイムは二分を超えますので、どうぞお好きな方を選択して下さい。ただし、どちらかしか選択はできないのでご注意を」
【大四喜】――仲間全員を蘇生させる回復符術の最高峰。
仲間一人だけを蘇生させる【小四喜】の四倍以上だったなんて。
戦闘において、二分もの長いキャスティングタイムを持つスキルなど役に立つのか。
だが、効果は絶大であることに変わりは無い。
【大四喜】があれば、時間という壁さえ乗り切れば一人になろうとも戦況を立て直せるのだから。
そして、【紅孔雀】との選択。
もし、これがゲームの世界ならば迷わずこちらを選ぶのだが……
【紅孔雀】――
過去、アップデートで廃止された幻のスキル。
己のHP全てを引き換えに、瞬時に味方全員を完全回復&完全蘇生させることができる、云わば「自己犠牲符術」である。
<ディレクション・ポテンシャル>において、「使え過ぎた」ことが理由で消し去られた数少ないスキルでもあるのだ。
なにしろ、ゲーム時代では紅孔雀を使用したプレイヤーを蘇生すればいい。
さらには、【大四喜】と違い転生前の回復系南でも習得可能であったのだ。
だが――この世界では簡単に選択などできない。
今では「HPと引き換え」は、まさに「命の取引」。
使う奴はいないだろう。
【大四喜】を持っていれば、誰かが壁役に徹していれば問題ない。
一度の戦闘で二回戦闘不能になれば強制ログアウト――【アウトオーバー】になるリスクを負いながら、自ら一度戦闘不能になるのは無謀ともいえる選択だ。
今更ながら、蘇生アイテム「祝儀」を数を制限した理由が浮かび上がる。
ロスタイムほぼ存在しない上に、誰でも扱える。
更には簡単に手に入った。
故に、貴重ではなかったアイテムを「限定アイテム」にまでしたのだろう。
命のやり取りが見たいがために。
臆するボンズ。だが――
「私、これ取るわよ」
そう申し出たのは唯一の回復役、パチだった。
「やめておけ。危険過ぎる」
「そうだよ。無茶することはないって。これからレベルを上げて【大四喜】を習得すればいいだろ」
壱殿やボンズが説得するものの、パチは聞こうとしない。
「レベル上げができるほどの悠長な時間が今までにあった?」
「それは……」
「前から考えてはいたの。自分の役割ってのをね。アナタたちがもし倒れることになった時がきてしまったら、私に何ができるのか……そのチャンスが巡ってきたのに逃す手はないわ」
「だが、貴様のみにリスクを負わすことになるのだぞ」
「その時はみんなが私のことを守ってくれるんでしょ。違う? 壱殿」
「……まぁ、それは、そうだが」
「それにね、何かあってからでは遅いの。何もできない自分が絶対に許せなくなるのよ。仲間を、みんなを見殺しにはできない――これでも看護師だもの」
壱殿と顔を見合わせる。
「わかった。だが、絶対に無茶はしないでくれよ」
「なるべく使わせないよう努めさせてもらおう」
「――ありがとう。頼りにしてるね」
「パチがこんな覚悟を持っていたとはな。正直驚いた」
「――だね」
三人で会話していると、全く別のことに驚いている者がいた。
「おい、【紅孔雀】って無くなっていたのか?」
式さんだった。
「無くなっていたことを知らなかったのかい? もう一年以上前の話だよ」
「そうだったのか……しばらくゲームから離れていて、久々にログインした時にここの来ちまったからな」
「そうなんだ。いわゆる「復帰組」ってやつだね。なんで離れていたの?」
「…………」
「式さん?」
「色々だよ」
「なんだ、それ?」
「どうだっていいだろ!」
「わっ、そんな怒鳴らなくてもいいだろ」
そういうと、式さんはそれ以上何も話すことは無かった。
気にはなるが、今はパチの方が心配だ。
この選択が吉と出るか、凶とでるか……
そうこうしている内に、GMが言葉を発す。
「仕様変更の説明は以上になります。それと皆さまお忘れなく。神も仏も、悪魔も魔王もいない。それがこの世界です」
この台詞が、プレイヤーの心に負を呼び込んだ気がした。
そう、この世界は紛れもなく現実。
想像の世界ではないということに。
「それでは、これよりギルド結成後、初のクエストの説明に移りたいと思います」
1002組のギルドが息を呑む。
「今回のクエストは――『かくれんぼ』です」
今年初の投稿となりました。約一カ月ぶりの投稿となりますが、読んで頂ければ嬉しいです。
いえ、今目にしてくださっている方々に感謝です!!
感想なども頂けるとさらに嬉しいです(図々しい……)
あと、大変遅くなりましたが、今年もよろしくお願いします!
これからも、読んでいただけるよう頑張ります!!