第五十四話 襟首
少しずつだが、みんなが落ち着きを取り戻してきた。
ボンズ自身も含めて。
大きく深呼吸を一つだけ入れる。
仲間に加わってくれることを了承してくれたものの、いざとなると声に出しにくい。
でも、優作が気持ちを振り絞ってギルド加入のお願いをしてくれたのだ。
こちらも、それに応えないといけない。
「それじゃ、一緒にギルドを結成しよう!」
「はい!」
優作とのやり取りを終えるのと同時に雰囲気が和み、みんなの表情も硬さはあるものの少しにこやかになった。
「優作、久々にステータスを見てもいいか?」
「勿論です。どうぞ」
ボンズの呼びかけに、優作はタッチパネルを開き、宙に浮いた文字を閲覧する。
「南東の、レベル88か。強くなったな」
ボンズが感心する中、申し訳なさそうに話に加わる者が一人。
「――差し支えなければ、少しよいだろうか」
「はい、なんでしょうか」
「ワシの名は壱という。よければ君の実力というものが見たいのだ。こんな時に非常識だとは思うが――」
これは、壱殿が今まで全員に対して行ってきた行為。
つまり「戦闘における強さ」を確かめることだ。
これまで、ギルド結成クエスト以前の4人――ボンズ、パチ、りゅう、ラテっちの戦闘を見定め、後に加入した式さんの戦闘も目に焼き付けてきた。
彼にとって仲間の強さを知ることを己の義務と感じている。
なにしろ、焔慧眼の両眼開眼による時間軸操作という犯罪的な特殊能力を持つ彼にしてみれば、仲間の戦闘力並びに戦闘スタイルを知ることこそが己の能力を最大限に発揮するための儀式のようなもの。
仲間のことを理解するのとしないとでは生存確率が大幅に変わることを誰よりも本人が自覚していたからだ。
すると、優作は嫌な顔一つ見せることなく笑顔で要望に応える。
「気を遣って頂きありがとうございます。勿論いいですよ。では――」
優作は瞳を閉じ、両手をバスケットボールを持つような形にし、胸元へと構える。
両手の間から光を発生させた瞬間、優作の身体がまるでカメラがピンボケしたかのように二重にブレ始めた。
「目の錯覚か?」と思った時には、優作の姿は完全に分離に、二人の優作と化していた。
「これ……【鏡同和】か!?」
【鏡同和】
簡単に云えば影分身の術に酷似した符術である。
実体を持つ分身によってそれぞれの肉体が攻撃符術を発動する南東の符術だ。
ここで、今一度「方位」について説明したい。
ボンズのような東南のプレイヤーは、ベースとなっている体術系の東の方位から南の方位属性を付け加える。
つまり、体術に符力を付け加えることにより攻撃力や攻撃範囲など様々な「幅」を広げる。
これに対し、優作のような攻撃型符術系の南から、体術系東に転生した南東は、体術系の東の方位を兼ね備えても、あくまで符術を主とした戦闘スタイルが基本となる。
一見東と南と同じ方位を持つので攻撃スタイルは似ていると思われるかもしれないが、転生前のベースとなる方位によって攻撃スタイルはかなり異なる。
基本は<ディレクション・ポテンシャル>を開始する際のキャラ設定の時点で選択する方位が戦闘スタイルの主であり、転生した方位の能力は云い方を悪くすればオマケのようなものだ。
ただ、よく云えばそのプレイヤーが転生後に習得することのできる幅広いスキルや符術をいかに 身に付け、どのように育てていけばより効率的に、かつ強くなれるかを楽しむ上でも転生後の方向性の決定は慎重かつ己に合った道を選ばねばならない。
話しを戻して、南をベースとしたプレイヤーの戦闘スタイルはあくまで「符術」にある。
そこで東に転生することで体術系のスキルを組み合わせるのだが、優作は「体術」ではなく「肉体」そのものを付加する鏡同和という符術を得ることを選択したのだ。
ちなみに、東をベースとし、南に転生した東南も鏡同和を使えなくはないが、南東ほどの精度はなく、使えないといってもよい。
なにしろ、東をベースとしたプレイヤーには放出系のスキルも符術も存在しないからである。
話は少しずれるが、無論パチのような回復・支援系の南の方位でも、東に転生し鏡同和を習得することは可能である。
その際の戦闘スタイルを例に出すと、二人に分身し、一方が仲間プレイヤーの攻撃力増加符術を発動しつつ、もう一方のプレイヤーが回復符術をかけることも実現可能なのだ。
更にこの鏡同和の目玉とも云えるのが【鏡打ち】と称される符術だ。
まったく同じ放出攻撃符術を分身した二人が同時に発動させ、重なり合わすように放出ことにより、その威力は数倍にも跳ね上がる。
それだけではない。
鏡同和の最大分裂人数は本体を合わせると四人。
同じ符術を四人同時に発動するだけでなく、四人分のまったく異なる攻撃符術を『重ねる』ことができる。
つまり、符力の塊を術として倍加させるだけではなく、さらに全く別の倍加された符術を組み合わせた符術で攻撃できるのだ。
『これでいいでしょうか?』
二人の優作の問いかけに、壱殿が返答しようとした時。
「忍者だ! 分身の術だ! かっくいい!!」
りゅうが優作の姿を見て大喜び。
そうだよな~。子どもだもんな~。
忍者は子ども共通の憧れ的存在。
はしゃぐのも無理はない。
さっきまで泣いて落ち込んでいた分、よい意味で気分転換となってくれた。
「――ということはラテっちも」
と、はしゃぐかと思いきや、二人となった優作を見るなり慌ててカバンを漁りだしている。
「何をしてるのかな?」
「ちょっとまってね。あった~!」
クマさんのヌイグルミを取り出し、隣に置いた。
「もう一回聞くけど、何をしてるのかな?」
「ぶんしんのじゅちゅ!」
「ラテっち……満足気な所悪いんだけど、そのヌイグルミは代わり身の術じゃなかったのか?」
「いいのっ」
「でもな、大きさ以外まったく似てないのだが」
ラテっちは再度ヌイグルミを見ながら、「ぶんしんのじゅちゅ!」と主張。
やっぱり憧れなのね……。
それにしても――
「以前、ピンクダイヤのクエストで『我々が切り抜けた方法は正直お役に立てるかどうかわかりません』という台詞の意味は、分身を身代わりにしたということなのか?」
「はい。遠距離からの解除をするのに苦労しました」
「――だろうな」
そう云ったのは壱殿。そして、話しは先程云おうとしていた台詞へと続いた。
「随分と思いきった賭けに出たな。いや、随分とリスクの高いスキルを身に付けた――と云った方が正しいか」
壱殿の云うことは尤もなのだ。
この鏡同和――習得すれば攻撃系南でも最大級の攻撃力を発揮できる符術でありながら、身につけようとするプレイヤーは極稀であった。
その理由に、壱殿が漏らした「リスクの高さ」にあった。
符術を主に扱う南のプレイヤーは基本的に速度が遅く、更に符術の発動中は全く動けない。
そして、南の方位をベースとしたプレイヤーは例外なくHPが低いのだ。
鏡同和によって分離した際、速度や攻撃力・符力などが一緒に分割されることはないが、HPだけは例外で分離した人数だけ振り分けられる。
例えば、HP4,000のプレイヤーが鏡同和によって二人になった場合、分かれた二人のHPは二分割の2.000ずつになる。
そして、鏡同和の最大分離人数は四人。
一人当たりHP1.000しかなくなるのだ。
先程あげた「影分身」のように、分身した全ての肉体を実体化する性質を持つが、影分身との決定的な違いは影分身は影がいくらやられても本体さえ無事であれば影響はない。
それに対し鏡同和は、分離した者であろうとも本体であろうと関係なく、一人でも戦闘不能になれば、連帯責任の如く分離した全員が戦闘不能となる。
例に挙げたHP4,000のプレイヤーが四人に分離した際にHP1,000になるのを説明したが、詰まる所HP1,000になった誰か一人でも戦闘不能になれば、全員……つまり術者そのものが戦闘不能になってしまうハイリスクを背負う。
つまり、HPを減らした上に人数が増えることにより攻撃の当たり判定を増やし、戦闘不能に陥りやすい状態になることで高い攻撃力を与えられる等価交換を前提にした符術なのである。
壱殿の云った「思いきった賭けに出た」という台詞の意味は、あのプレイヤー同士でPKがひしめく状況で鏡同和を発動させ身代わりを置くなど自殺行為に等しかったからだった。
「一歩間違えれば【アウトオーバー】になっていたぞ。よく躊躇なく実行したな」
壱殿の問いに、優作は少し笑いながら答えた。
「仲間のためですもの。それに、ボンズさんたちを初めて見た時から思っていました。自分も、貴方がたに追い付きたい――と。強く……なりたいと」
「そうか。大した女性だ」
女性……そういえば、忘れられない疑問点があった。
「なぁ、優作。君は女性なんだよな?」
ボンズの発言に成人女性からコンパスの針を数百本投げつけられる様な視線を感じたが、こればかりは譲れない。
改めてこの疑問を思い出した時に身体を凝視しようかと思ったけど、明らかなセクハラなので止めることにした。
よく巷で「舐めるように視姦する」と聞くが、それだけはしたくなかった。
いや、「したくない」というよりも、「せめぎたてられる」ことを恐れたのだ。
だって、そういうことを平気でする人がいるのですから。
ガラス細工の心を釘バットで打ち抜く人が。
「はい。ボンズさんにはお話しましたが、現実では女です。でも、ゲームでは男性キャラを選択していました。……ですが」
「ですが?」
「この世界に来た直後のことなのですが、GMからメッセージが届いたのです。内容はこうでした」
【身体構造を仮想世界の状態に留めるか、現実の状態にするかを選択できます。お選びください】
「――と。それからなのですが、徐々に身体的変化が起きました。容姿はゲームの時のキャラとそれほど差はありません。ですが、所々は変わっていました。その……トイレ、とか」
パチが納得する、
「そうよね、いきなり男になっちゃったら、排泄の時とか困るものね」
臆面もなく云ったな。流石は看護師。
「そのシステムは便利でいいわね。この世界にもそれなりの心遣いがあるなんて意外だわ。でも、おかしいわ。私にはそんなメッセージ届いてないわよ」
「そういえば俺もだ。りゅうとラテっちは?」
「なんだそれ?」
「しらなーい」
「優作以外には届いていないのかな?」
「特定のプレイヤー限定とか?」
「――いや、そうではないだろう」
ボンズたちの疑問に答えを出したのは壱殿だった。
「恐らくは、現実世界と仮想世界で性別が異なる者にだけ送られる仕組みなのだろう」
「なんでそんなことがわかるんだ?」
「不正防止のために、アカウントを作る時に最低限の個人情報を入力するだろう。その時に性別の項目もあったから、その情報を元としたのだろう」
「そういえば、そんなのあったな」
「昔は個人情報なんか入力する必要なんかなかったんだけどな」
式さんも話に加わってきた。
「あれ? そうだっけ?」
「あぁ、以前はフリーメールだけの登録でも<ディレクション・ポテンシャル>で遊ぶことができた。だが、『ある事件』がキッカケで変わったんだ。それ以来個人情報の入力が必須となったんだよ」
「式さん、ある事件ってなんだ?」
「このゲームをかなり初期からやり込んでいるヤツなら誰でも知っている事だ。お前も多分知っているはずだ」
――なんだ? 事件と云われても漠然としてどのことを指しているのかわからない。
この<ディレクション・ポテンシャル>は色々と曰くつきのゲームだ。
課金問題のトラブルなどは日常で、RMTによる高額の金銭トラブルやネット犯罪にも使われる。
ネット犯罪では携帯電話、スマートフォン主流のソーシャルゲームで問題化となった出会い系サイト代わりに使われている手法も、このゲームでは以前から同様の出会い系サイト代わりは勿論のこと、「神待ち」と呼ばれる援助交際などの出会いの場を提供する形となっていた。
更にはチャットを暗号化した違法薬物や銃火器他様々な危険物の取引、極めつけには要人暗殺の依頼にまで使われていると囁かれているほど無法地帯と化したゲームだったのだ。
現在は個人情報入力により激減したとプレイヤーたちは噂するが、真偽のほどは定かではない。
一つだけ云えることは、<ディレクション・ポテンシャル>というゲームのプレイヤーは、只のゲーマーやネトゲ廃人だけではないということ。
ボンズもそうだったが、違法とはいえど「金」を稼ぐことができる異質なコミュニティであること。
同じ目的を共有していない時点でコミュニティという言葉を用いるのは選択ミスかもしれないが、他に例えがない。
MMORPGというオンラインゲームで、ゲーム以外のためにログインしているプレイヤーは確実にいるのだから。
あれこれと脱線したことを考えていると、優作が自身に関する話しの続きを語ってくれた。
「それから、徐々にですが肉体に変化が表れています。なんとなく、現実に近付いているような感触です。でも、徐々に身体つきが変化して来たと思います。顔とかは変わらないのですが
「そうか。スタイルのことか……はっ!」
危ない。今度こそ死ぬところだった。
「まぁ、なにはともあれ優作は優作だ。これからよろしくな」
「そうですね。本当にボンズさんは只人や当夜と同じことを云ってくれます」
少しだけ俯く優作に壱殿が声を優しく声をかける。
「それにしても、PKの仕業か。よければでいい。ヤツラの特徴とかを詳しく聞かせてくれないか」
優作は無言で首を縦に振り、一呼吸入れて語り始めてくれた。
「まず四人パーティーの時、我々三人と一緒に行動していたプレイヤーはパチさんたちも面識はあります」
「えぇ、暗い感じの人だったという印象が残っているわ。寡黙で、ほとんど口を利かなかった人のことよね」
「はい。あの人はボンズさんと同じ肉体攻撃系を主にし、符力を得た東南のプレイヤーです。バランスのよい、戦闘に関しては頼れる方でした」
「俺と同じタイプのプレイヤーか」
「その後しばらくしてギルド結成クエストが始まりました。その人が『ゲーム時代に加入していたギルドメンバーが人数調節で三人余るようだから、調節が終わり次第連絡をくれる』と云ってくれて、昨晩落ち合う予定になっていました。でも……」
「そいつらが」
「はい。集まってきたのは五人でした。でも、初めに攻撃された時、その五人以外の『誰か』からだったのです」
「五人以外?」
「姿が見えなかった――としか云いようがありません。でも、確かにまるで銃弾を受けた銃創が只人の肩にハッキリ浮かんでいました」
「銃創ということは――放銃使いか」
放銃使い。
武器戦闘を主体とする方位――西のプレイスタイルの一種であり、固有の武器を支配するプレイヤーを指す。
身近な例としては式さん。
彼は「爆弾」という武器を符力によって具現化し、起爆から遠隔操作、爆風の方向の操作から具現化する爆弾の増量などあらゆる使い方を可能としている。
このプレイスタイルは剣や槍などといった武器使いに比べ、レベルが低いとむしろ足手まといの部類に入るほど使い勝手が悪く、役に立つような攻撃はできない。
だが、ある一定のレベルまで達することによりその攻撃性を発揮できる。
なにより放銃使いは戦闘の状況や用途によってハンドガンからマシンガン、ライフル等あらゆる銃を使い分ける。
範囲攻撃にはマシンガン。遠距離攻撃にはライフルといった具合だ。
更に銃はプレイヤーが自在に具現化するので武器を買う必要がなく、また銃弾も符力が続く限り発砲することが可能なのだ。
「でも、姿が見えなかったというのはどういう事なんだ?」
「恐らくは、姿が見えないほど遠距離で狙撃したのだろう」
答えが見つからないまま、周囲に沈黙が流れた時だった。
「その――なんだったら、ソイツらまとめてオレが吹き飛ばしてやろうか? 蛇の道は蛇ってやつだ」
「……今の台詞、どういう意味でしょう?」
しまった!
式さんと優作とでは相性が最悪だ。
PKと、PKによって仲間を失った者。
相容れることなどあるわけがない。
せめて、式さんがPKであることだけでも隠さないと。
「そ、その話しはまた後で」
ところが、ボンズの話などお構いなしに式さんが右の掌に爆弾を具現化し始めてしまった。
「コイツで粉々にしてやるってことだよ」
爆弾を見た途端に優作の表情は一変する。
「っ! 聞いたことがあります。爆弾を操る姿無き通り魔のことを……まさか、貴方が?」
「あぁ、そうだ。消えた奴らはオレのテリトリーに入ってきたのが悪いってだけの話だ。どうだ? オレならお前の仲間同様に銃撃したプレイヤーを見えない所から消滅させてやることができるぞ。そうすればお前の復讐にもなるだろう」
この時、決して式さんには悪気はなかったと思われる。
ただ、新たに加わったメンバーの敵討を担ってやろうと思っただけだったはずだ。
それは彼がこれまで幾人ものプレイヤーを消滅させてきた経歴を持ち、その者にしか発せれない、重みのない気軽な言葉だった――としか説明できない。
ただ、その軽はずみな言動を、つい今しがたPKによって親友を奪われた優作が許せるわけがなかった。
「PKと仲間になんてなれるわけがありません!! 」
優作から予想通りの台詞が飛び出す。
この発言は当然のことなのだが、吐き捨てるように云い放った言葉が式さんを腹立たせた。
「好きにしろ。この際ハッキリと云っておくがな、オレはお前のように友情だのなんだの綺麗事ばかり並べる奴が近くにいるだけで胸くそが悪くなるんだよ。仲間だのなんだのウザッたくて吐きそうになる」
今度は優作が怒りを露わにし、式さんの眼前で吠えたてた。
「なんでそんなことを云うのですか!」
「本当に苦しくて、ツライ経験ってのはな、他人に話しても信じてもらえず嘘だと罵られるようになってからが本物なんだよ。それくらいでなければ安い感情などいつまでも残ることはない。お前のようにダチを無くしてお涙頂戴と云わんばかりの奴は特にな。オレにしてみればお前等を見ていると笑えるんだよ!」
「なっ! 訂正して! 訂正して下さい!!」
「断る。事実を云って何が悪い。お前だってすぐに消えた仲間のことなど忘れてしまうさ」
「――今の台詞だけは許せない」
優作は再び鏡同和を発動させた。
いつもの優しい目つきとは裏腹に、明らかな殺意を秘めて。
「ほう、やるのか!? いいだろう!」
式さんも右手だけでなく左手にも爆弾を生成し始めた。
そして、顔を近付けて口喧嘩をしていた二人が本格的に戦闘を開始せんと距離を置き始める。
マズイ――
ボンズが止めに入ろうとした瞬間、二人の間に影が割り込む。
パチが二人の側面に立ち、両手で二人の頭を叩いたのだ。
右手で優作の頭を軽く叩き、左手で式さんの頭を地面にめり込ませた。
なんと器用な……いや、まるで右腕と左腕が独立しているようだ。
どうでもいいが、人の頭はこんなに簡単に地面にめり込むとは。
「あのさ、『仲良くしなさい』――とはいわないわ。でもね優作、アナタの目標ってそんなに安いものなの?」
「なにがですかっ!?」
「嫌いなタイプのプレイヤーがいるってだけで、頭にくることを云われただけで、なにもかも投げ出すつもり?」
「『だけ』だなんて心外です! パチさんには自分の気持ちはわからないんですよ!」
パチは優作が装備している白い法衣の襟首を掴みあげ、強引に顔面まで引っ張り寄せ睨みつける。
「気持ちがわからないですって……もう一回同じことを云ったら本気で叩くわよ! 優作とボンズがここへ来た時の顔を見てね、何も感じなかったとでも思うの? 私たちが他人事だと考えていたとでも思っているの!!?」
「でも……でも!」
「今は好き嫌いなんて云っている場合ではない! 今ここで立ち止まったら、何もかも終わるの! 何もできないまま終わっちゃうのよ!! それでもいいわけ!!?? 私は終わりたくない! 私自身の為。仲間の為。一時でも共にした友達の為にもね! それがわからないのなら、もう好きにしなさい。優作、アナタが決めなさい。先に進むか、ここで終わるかをね」
喧嘩の仲裁をし損ねたボンズと、隣に壱殿が並んで二人の様子を並んで眺める。
「女性同士の喧嘩は怖いね」
「あぁ。だが、ここは男の出る幕ではない。パチの言葉には重みがある。優作とやらがそれに気付けないようでは、どちらにしてもこの先へは進めぬよ」
「……ごめんなさい。自分は、自分もここで立ちどまりたくないです!」
「それじゃ、これからどうするの? アナタの口からハッキリ云いなさい」
「みなさんと……ギルドを作りたいです。自分も、そのメンバーになりたいです! 先へ、これから皆さんと進んでいきたいです!」
「よく云った! それでこそ優作よ」
パチが優作に寄り添い抱きしめる。
「……キツイ云い方してしまってゴメンなさい」
「いえ、目が覚めました。――大人……なんですね」
「おっと、女性にその言葉は禁句じゃなくて?」
「ふふっ、いい女を目指してますから」
「あら、云うようになったじゃない」
女性二人がほくそ笑む光景。
華があるとはよく云ったものだ。
――さて、っと。
先程から忘れ去られている被害者のことを見てやらねば。
ケンカの原因を作ったとはいえ、このままでは可哀想だ。
なにしろ式さんはまるで土下座をしているかのような態勢で顔面を地面に叩きつけられている状態のまま動こうとしないのだから。
――逝ったかな。
すると、りゅうが式さんにトコトコと歩み寄っていく。
助けるのかな?
すると――
「ツンツン」
式さんの身体を指で突く。
すると、式さんの身体はピクピクと痙攣し、反応を示した。
「おぉー!」
あ……面白がっている顔だ。
ツンツン。
ピクピク。
「おぉーー! ラテっち、みてみて!」
りゅうに呼ばれたラテっちが式さんの傍へと近づき、一緒に式さんを見つめる。
ツンツン。
ピクピク。
『おぉ~!!』
二人揃って喜んでいる……
「わたちもやるの!」
「つんつん」
ピクピク。
「うぷぷぷっ」
口を押さえながら笑うラテっち。
確かな満足を得たチビッ子二人に顔面を地面にめり込ませた男が一言、いや二言だけ呟いた。
「すげぇ男女差別だな、おい。――あと、遊んでないで助けろ……」
復帰しました。これからも更新は遅いですが、読んでいただければ幸いです。
あと、感想・評価・ご指摘などを頂戴できれば嬉しい限りです。
これからも、よろしくお願いします。