第五十話 突進
今日を過ぎれば、あと二日でクエスト期間が終了してしまう。
このままでは、俺を含めて目の前にいる仲間たちが全員この世界から消滅する。
焦る気持ちを抑えて、晩ご飯の準備をしていた。
だが、諦めるわけにはいかない。
優作から貰ったアドバイスを頼りに、この染められた森を歩きまわってプレイヤーを見つけ、ギルドメンバーになってもらう。
まだ、可能性はあるのだから。
――おかしな話だ。
以前の俺ならすぐに諦め、現実逃避でもしていただろう。
いつからこうなったのかも忘れてしまった。
いや、忘れさせてもらったのだな。
仲間ってやつらに。
ちなみに、晩ご飯は焼き肉にした。
子どもたちが「となりのトントロ」を歌っていたのだから、もしかしたらトントロを食べたいと思い七輪を用意して炭をおこす。
ところが、予想とは反してトントロよりも牛サガリに夢中な二人。
「ウマウマ!」と、たらふく食べ、いっぱい買っておいたトントロは余ってしまう始末。
大人三人も、ホルモンや海鮮物を好んで食べている。
壱殿に至っては、ついでに作ったカクテキと冷麺に夢中だ。
――なんか、腑に落ちない。せっかくトントロが食べたいと思って用意したのに。
まぁ、明日にでもキノコや野菜と一緒に焼きそばを作ることにしてみようかな。
明日か……最後の晩餐にならないことだけを切に願う。
「ふぅ~お腹いっぱい。美味しかった~」
パチが背伸びしながら満足気な声を漏らす。
「いや~、とてもヒキニート&対人恐怖症のボッチ体質+変態ロリコンセクハラ大魔王が用意した晩ご飯とは思えないわね」
「そこまでいわなくてもいいんじゃない!? 思っていること全部云う必要あるの?? せめて一つだけに絞ってよ!」
「――死ねばいいのに」
「それ、絞っていないでしょ! 新たに付け加えないでよ! つーか、ひどくね!!」
「あぁ、うるさい。耳が腐る」
「……もういい」
すると、隣に座って焼きホタテを食べていた式さんが話しかけてきた。
「ボンズ……さっきも女が同じような台詞を云っているのを聞いて思っていたんだが、お前ってニートだけではなく対人恐怖症なのか?」
「ギクッ!」
「その『ギクッ!』ってのさ、何度も云うなよ。もう聞き飽きた」
「まぁ……その……」
云いずらそうに下を向くボンズ。代わりにパチが答え始めた。
「そうよ。ボンズは人混みに放りこまれると特に凄いわよ」
「凄いって……何が?」
「そうねぇ……例えるなら、もし神様ってのが本当にいて、会話する機会があれば一言だけ云いたいわね――『アンタ、こんな生き物作るなんて頭は大丈夫か?』ってね。それくらい凄い拒絶反応するわよ」
『どんだけ!!』
事情を知らず、ボンズの踊り狂った様子を見たことのない式さんと、無意識での出来事の為、自覚が全くないボンズが同時にツッコむ。
それ以前にパチは俺と話したくないと思っていたが、俺の台詞を聞こうとしないだけで、悪口は積極的に云いたいらしい。
なんという性格なのだろう。アンタこそ大丈夫かとツッコんでやりたいところだが、そんなことを云うと彼女の機嫌を損ね、想像もつかない罵詈雑言を浴びせられるかわからない。
いや、命すら取られかねん。
本気で。過去の経験をしっかりと学習しなければ。
などと心の中でぼやいていると、式さんから腑に落ちない表情でたずねられた。
「でもよ、今までそんなヤツには見えなかったけどな。特に変な行動を起こすわけでもなかったし。――オレのことは平気なのか?」
「あぁ、そうなんだ。なんでだろうね。なんとなく似た者同士って感じがしたからかな」
途端に座っていた椅子から崩れ落ち、床に這いつくばる式さん。
「オレが……ボンズと似ている? ボンズと、同じ? 嘘だ……嘘だといってくれ」
「そこまで落ち込むのは失礼にあたると思うな!!」
夜――宿屋の談話室に皆が揃ってまどろんでいた頃だった。
「そろそろ寝ようか」と云おうとしたところに、当然音声チャットの着信音が鳴り響いた。
送り先のプレイヤーは――優作。
どうしたんだろう?
そうか、あれから俺たちがどうなったか心配して連絡をくれたのだろう。
相変わらず、気遣ってくれる優しい人だ。
そう、思っていた。
だが、タッチパネル越しから聞こえる優作の声は、数時間前に話した時とは比べ物にならないほど低いトーンであり、暗く、重く、かすむような声だった。
「ボンズさん……」
「優作、どうしたんだ!?」
「突然ごめんなさい。今、どこにいます?」
「ここか? えっと……」
今いる場所は大陸の端――地図でいうなれば、ピンズの街から丁度反対方向の港町。
大陸の右端にピンズがあり、左端に位置する所だ。
そのことを伝えると――
「そうですか……無理、ですね。すみません」
「ちょっと待ってくれ! 無理ってなんだよ?」
優作の意図が理解できない――しかし、それは一瞬のこと。
元々ネガティブ思考のボンズは最悪の予想をした。
「優作……無事なのか?」
「自分は……大丈夫です」
「そうか……よかった」
どうやら思い過ごし……
胸を撫でおろそうとした時、優作がチャット越しで声を荒立てる。
「本当に申し訳ありません! 以前助けて頂きながら、無理を承知で図々しくお願いがあります!」
突然のことに驚くも「お願い」というのが気になった……まさか!
「おい……只人と当夜はどうした?」
「…………私の隣で……また……助けて頂けませんか……」
戦闘不能になっている――云わずとも理解した。
――祝儀はどうした?
そう聞こうとしたが、すぐに取りやめた。
優作がこの期に及んでこの世界で唯一の蘇生アイテム「祝儀」を勿体ぶる真似はしないと信じているからだ。
もし優作が祝儀を持っていたら、二人の内祝儀を持っているどちらか蘇生させて、もう一人を蘇生させればいい。
だが、優作が助けを求めているということは、彼女は持っていない。
それに、祝儀はプレイヤーにそれぞれ一個しか持てない仕様に変更されている。
もしかしたら……三人とも、持っていない可能性だってある。
そう考えると、やはり祝儀について聞いてみたほうがよいのかもしれない。
ボンズ自身祝儀は一個しか持っていない。いや、持てないからだ。
動けない只人と当夜も持っていなければ、最悪どちらかを見捨てる結果になってしまう。
「優作、只人か当夜は祝儀を持っていないのか?」
細々とした声で答える優作。
「只人が持っています。でも、戦闘不能になってしまったら、アイテムの取引ができなくなっていたんです……どうしたら、どうしたらよいのか、わからなくて……」
戦闘不能のプレイヤーとは取引不可だったとは、これもゲームの時とは違っている。
こんな仕様変更を行う必要があるのかと怒鳴り散らしたくなるが、今はそんなことをしている場合ではない。
「なぁ、近くに誰もいないのか??」
「夜のせいもあるでしょうけれども、人影は全く見えません……」
確かに、今の時刻は俺たちも寝ようとしていた夜だ。
大陸のど真ん中に人なんかいるわけない。
まして、俺たちが二日がかりで探し歩いて見つからなかったのだ。都合よくプレイヤーがこんな夜更けに染められた森の中を歩いているわけがなかった。
こうなったら――
「優作……今、どこら辺にいるか教えてくれ!」
「…………」
急に無言になる優作。
「……おい」
「やはり……もう間に合いません……」
「あきらめんな! いいから場所を云え!!」
「ここは――」
ようやく話してくれたが位置的に大陸の中央付近にいるらしい。
ここから普通に歩いて1日はかかる距離だった。
「優作! 只人と当夜が倒れてからどれくらい経った?」
「五……いえ、十分は過ぎたと思いますが、正確には……」
「十分か……」
どの道「一時間がタイムリミットだ――普通なら間に合うわけはない。
「ボンズ……」
そういって後ろから肩を叩いてきたのは、会話のやり取りを聞いていた式さんだった。
「諦めろ……間に合うわけがない」
この台詞に苛立ちを露わにするボンズ。
「そんなこと、やってみなければわからないだろ! そうだよな、ラテっち!」
話をラテっちに振った――期待を込めて。
「なにかさ、ほら……一瞬で遠くに行けるアイテムとか、そういう便利なアイテムがあるんだろ? あるんだよな!?」
ラテッちの肩を掴み激しく揺さぶる。
しかし、ラテっちはうつむく。
「ごめんなしゃい……ないでちゅ」
「そんな……」
瞬間移動スキル【ワープホール】が使用禁止となっている今、ラテっちだけが頼みの綱だった。だが、現実は甘くない。
「おい、いくらなんでもそれは無茶振り過ぎるだろ」
確かに式さんの云う通りなのかもしれない……でも。
「……走る」
「え?」
「俺の【特急券】を連発して使い続ければ、あるいは間に合うかもしれない」
【特急券】――いかなる場所でも通常の数倍の速度で駆け抜ける高速移動スキル。ボンズが多用する得意なスキルの一つである。
ボンズがタッチパネルに向かって叫んだ。
「いいか優作! 俺が今からそっちへ向かうから、絶対に諦めるな!」
「…………わかりました」
「俺が祝儀を持って只人を蘇生させる。そうすれば当夜も助かる。大丈夫だ! 今度もまた、絶対に助かる! 心配するな!」
か細い声を発する優作を励まし、タッチパネルを閉じた。
だが、そんなボンズに向かって式さんが両肩を掴んで吠えたてた。
「バカかお前は! 間に合うわけないだろ! ここからどれだけの距離があると思っているんだ!? それに符力が持つわけない! 途中で魔物に遭遇可能性だってあるんだぞ!」
「……わかっている」
「わかってねぇよ! 足りない頭の中を絞って考えろ。ミイラ取りがミイラになってどうする! 最悪、お前までやられたらどうするつもりだ!!」
式さんの云うことは尤もな意見だ。
「助けるなんて考えるな。――諦めろ」
「――違う」
ボンズの台詞に「何がだ」と返す式さん。彼にはボンズが発した「違う」という台詞の意図が、理解できなかった。
「助けるだって? 違うんだよ。俺はこの世界に来て俺自身が変わったような気がする。しかも、昔の俺には想像できないほどに、悪くない気分だった。今の気持ちを投げ捨てたら、もう拾えない――そんな気がするんだ。だから俺は行きたい。ミイラでも……例えミイラだろうと関係ない。俺にとっては『友達』なんだよ! 一緒に笑い合ったんだよ!」
「……ボンズ……お前」
「俺はな、あの時の顔をもう一度見たいだけなんだよ。そのためなら、なんだってやってやる! 走り抜けてやる!」
ボンズが叫び、沈黙が流れる。
掴まれていた両肩を振りほどき、背を向ける。
「……時間が惜しい。もう行く」
「待てよ」
式さんが再度制止する。
「止めるな」
「オレの符力回復アイテム……持っていけ」
符力回復剤入りの瓶を数本ボンズに手渡す。
「式さん……助かるよ」
「早く行け! 魔物なんぞにやられんなよ!」
「あぁ!」
そう云ってボンズは飛び出した。
――――
ボンズの背中を見守るも、あっという間に姿は見えなくなっていった。
「なぁ、一つだけ聞いてもいいか」
式さんはこの場にいる全員に問いかけた。
「アイツ……本当にボッチだったのか?」
「そうみたいだな」
壱殿がありのままを答える。
「そうなのか……オレも……あんな友達が欲しかったな」
「バカか貴様」
「バカだと!? なにがだ!」
「貴様とは仲間で、もうみんな『友達』ってやつじゃないのか?」
「そうだぞ! 式さん!」
「うんうん!」
「そうですよ!」
「やっぱ……お前ら変わっているな」
染められた森を駆け抜けるボンズ。
いくら魔物の出現率が激減したとはいえ、魔物との遭遇はゾーンが発生してしまう。
そうなれば確実に倒さなければならない。
つまり、一度でも遭遇してしまえば間違いなく間に合わない。
それだけは避けなければ、只人と当夜を救うことはできないのだ。
「(このまま直進すれば15秒後に左側から魔物が現れる――迂回して進めばかわせる。右斜め前にも……いや、ゾーンが発生する前に突き進めるはずだ)」
ボンズは走りながら魔物の存在をなんとなく、しかし確信を持って感知し、遭遇を避け続ける。
そして、走った。
走って、走って、走りぬいた。
式さんから手渡された符力回復剤を身体に浴びせ続け、ついに底を尽きかけた頃、ようやく優作の元へと辿り着くことができた。
時間は――間に合ったか!?
優作の姿が見えた。
彼女の座り込んでいる後ろ姿が。
「優作!!」
呼びかけるボンズに優作は全く反応を示さない。
振り向くどころか、微動だにしなかった。
その様子を目の当たりにし、ボンズの足取りは重くなる。
誰に向けるわけでもない、神でも仏でも誰でもいい。願い事を叶えてくれと心の中で呟き続けながら近付いて行く。
頼むから、頼むから間に合ってくれ――と。
優作は何かを抱えていたような態勢をしたまま空を仰いでいた。
掌には、光る小さな粒子が……
それを見たボンズは悟ってしまった。
間に合わなかった――と。
「何故……こんな夜に……」
ボンズの問いに、優作はそのまま動くことなく静かに答えた。
「新しく加入した仲間……自分たち三人以外は、同じギルドに所属していたって云いましたよね」
「あぁ……」
「その人たち……PKだったんですよ」
「なんだとっ!?」
「――突然襲い掛かってきました。訳もわからないまま只人が後ろから斬り倒されて、それでも当夜と二人で自分を逃がすために足止めをしてくれたんです――『お前だけでも生き延びろ』と云って」
何も云えなくなった。
ただ、黙って優作の言葉に耳を傾けるしか出来なかった。
「自分は拒否しました。ずっと二人と一緒にいたかったから。でも、只人が盾で守ってくれている内に、当夜が鎖で自分を縛り、遠くへと放り投げてくれて……自分はその際に樹に衝突してしまい、数分の間気を失ってしまいました。気がついた時には……仲間だって、信じていたのに」
まさか、優作の仲間だったヤツ等は式さんの云っていた『絶々』のメンバーなのか?
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
そんなことより――優作だ。
だけど、なんて声をかけていいかわからない。
俺には何もできない。
ただ、優作を見ていることしかできなかった。
「人って、やっぱり簡単に他人を裏切ることができるんですね。……笑ってしまいますよ。今まで語り合っていたのが嘘のように、人が変わったかのように何も語らずただ攻撃をしてきたんですから。そして、只人と当夜を……」
肩が、背中が震えていた。
「不思議なものですね……人生に執着が無い者が生き残ってしまいました」
唐突な台詞に困惑する。
「人生に……執着が、無い? どういうことだ?」
優作は無表情のまま――いや、涙を瞳に溜めながらこちらへと振り向いた。
「ボンズさん……聞いてくれますか?」
なんだかんだで五十話(番外編除いて)まで書くことができました。
これまで読んで頂いた方も、今たまたま目を通して下さった方も、皆さまに感謝です。
物語はまだまだ続いていきますので、最後まで読んで頂ければと思います。
これからも、よろしくお願いします!