第四十七話 思想
式さんの戦闘――いわゆる「強さ」を見せてもらった我々は一旦街に戻ることにした。
成果はあった。彼の戦闘能力はかなり高いということを把握できたことだ。
つまり、いちいち宿屋に泊まり回復しなくても長旅が可能だということに繋がる。
それを踏まえた話し合いの結果から、明日から大陸を横断しようということで皆の同意を得て、旅の支度を整えるために一時街へと戻ったのだった。
なにしろ、ここピンズの街は大陸の西の端に位置する。
今回の計画はこの大陸に広がる染められた森を真っ直ぐ歩いて進み、このピンズの街とは間逆の方向に位置するソーズに向かうための船を停留させている港まで横断するため、少なくとも2日間は宿屋にも店にも立ち寄れない状況が続くからだ。
だが、この旅はソーズに行くのが目的ではない。
今日を除けば残り三日となったクエスト期間内に、大陸を横断しながらソロプレイヤーを見つけることが目的だ。
早速、各自明日の出発の準備を整えるために街で買い物をしはじめる。
とはいっても個人がバラバラで行動するわけではなく、六人が並んで歩き、必要なアイテムなどを買う時にみんなで一緒に店に入っていった。
勿論、式さんも含めて。
PKの彼がこれまでのクエストをこなしてきた以上、少なからず団体行動をしてきたのは間違いない。
結果としては、その仲間も自らの手で【アウトオーバー】させた事実を本人の口からは聞いているが、その理由は敢えて聞かなかった。
それは、彼が素直に理由を話してくれなさそうというということもあったが、ボンズには彼が自分で云うほど破壊行動を楽しみ、PKを快楽とする人物には思えなかったからである。
付け加えるならば、いずれは本人の口から聞けるかもしれないという淡い期待もあったのかもしれない。
なにより、クエスト期間が目前にまで迫っているこの状況で彼の機嫌を損ね、口約束だという理由からこのパーティーから離脱されることを恐れている面もあった。
だが、その心配もどうやら必要ないみたいだ。
何がどう変わったわけではないし、破壊行動をいつするかはわからない。
でも、初めて会った時より表情が柔らかくなってきた気がする。
今は、あの表情を信じる。
彼を……新たに加わってくれた仲間を信じる。
あらかた必要なアイテムの買い物を済ませ、旅の支度は整った。
明日から厳しい、そして今回のクエストのラストチャンスとも云える旅になるだろう。
俺たちが、生き残れるかどうかの旅に。
――生き残る……か。
今なら聞いてもいいかもしれない。
これまで、確証のないまま懸念し続けていた、ある疑惑のことを。
単独とはいえ、PKをしていた彼ならば、何か知っているかもしれないと思い続けていた。
せめて、この旅が始まる前に聞いておきたい。
「式さん、失礼にあたる話かもしれないけど、一つだけ聞いてもいいかな?」
「えーと、ボンズといったな。なんだよ? 改まって」
「いや、推測で物を云うのは失礼だとネットで見たことがあるんで……」
「いいから話してみろ」
仲間になったばかりで出会いも散々だったが、やはり少し話しやすくなったかも。
――ありがたいことだ。
「式さん、組織的に動いているPKの集団なんて……知っている?」
「なんだそれ? 組織的なPK?」
りゅうのお得意な「何云ってんだコイツ」を云わんばかりの表情を見せる式さん。
やはり、思い過ごしなのか。
プレイヤーの消滅を目論む集団など存在などしていなかったのか。
――そうだよな。
ゲームの世界に引き込まれたプレイヤー同士で存在を消滅させ合う道理などない。
なにより、この推測はあくまで俺個人の机上の空論でしかない。
不意に感じた違和感その他諸々も、只の思い過ごしであり、考え過ぎだったのだろう。
「あぁ、でもこの世界の中で、オレ以外にもPKはいるぞ」
「……えっ!?」
不意に発した式さんの台詞。
ボンズがその先を聞く間もなく、彼は腕を組み始め、唸りながら悩みだした。
いや、何かを思い出していたのだ。
「うーん、もしかしてアイツ等のことを云っているのか……」
「アイツ等? それって誰のこと? 『等』ってことは集団なんでしょ?」
「そういうことになるな。組織で動いているかどうかは知らんが『消滅がこの世界を救う』だの怪しいことを吹いていた奴らならいたぞ。早い話がプレイヤーに近付いてパーティーを組み、裏切るだかなんとか云っていたな」
「それだよ! なんでそんなことまで知っているんだ!? そいつらは一体何者なんだ!?」
「いっぺんに聞くなよ。少し落ち付け」
興奮するボンズを制止し、式さんは話を続けた。
「『絶々』――ギルドでもパーティーでもない。同じ思想を共有しあっているプレイヤーの集まりだそうだ。なんで知っているかは簡単だ。直接誘われたからな」
「マジですか!? それで、どうしたの?」
「交渉に来たプレイヤーをその場で爆破した。その後は知らん」
「あっ……そうですか。もっと詳しく知りたかったのに……」
「そんな残念そうな顔をするなよ。早い話がアイツ等は『この世界のプレイヤー数を削除する』って話だ。だから仲間を募って、そのパーティーもろとも消滅する。その方が被害は大きいってことらしい。オレは集団行動なんて面倒くさいし、なにより独りで狩りたかったから『合わない』と思った。それだけのことだ」
「削除……なんでそんなことを」
「さぁな。世界を救うって云う位だ。何か考えがあってのことだろう?」
「そうだね。いや、本当に貴重な情報だよ。ありがとう式さん!」
「こんな話が貴重なのか??」
「勿論!!」
そう、この話で得た収獲は大きい。
この情報を知っているのと知っていないのでは大きな差が出る。
もし、今回のクエストで必要な仲間――つまり、後1人。このプレイヤーがそのメンバーだったら、知っていれば時間はないものの対応だけは迅速に行うことができる。
なにより、そのような連中を式さんの口から今いる仲間全員に知ってもらえたのが最大の収穫だ。
だが、考え事に夢中だったボンズは、式さんが小声で漏らした独り言を聞き逃してしまう事となってしまった。
「――かつての仲間も、その集団のメンバーだったんだよな……」
思わず発してしまった己の台詞を瞬時に恥じてしまった式さんは、まるで雰囲気そのものを変えるかの如く、ボンズに全く別の話題を振り始めた。
「オレからも質問だ。お前、以前あの女に『ヒキニート』って云われていたよな」
「ギクッ!」
「『ギクッ』て、ベタな反応だなオイ」
ボンズがオタオタし始めたのも気にせず追い打ちをかける。
「やはりか。それにお前さっき『推測で物を云うのは失礼だとネットで見たことがある』といっていたな。そんな常識的なことすらネットで得た知識ってどんだけ人の話を聞かないんだよ。それなのに、よくオレに『寂しくないか』とか、『仲間っていい』とか云えたもんだな。ひきこもりのニートのくせによ」
まくしたてる式さんの台詞に、反論できずに俯くボンズ。
だが――
「まぁ、オレも現実ではもう仕事とかしていないから、気にしないけどな」
「え? そうなの!?」
途端に嬉しそうな反応を示すボンズ。
「仲間だね!」
すると――
「一緒にするなよコラ」
……恐い。さっきまでとは打って変わって目つきが鋭くなってしまった。
「オレはニートじゃねぇよ。仕事も人間関係も嫌いなだけだ!」
「それって結局ニートじゃない」
ボンズと式さんの会話に、パチが横から口出ししてきた。
「違うって云ってんだろ――次同じことを云ったら殺すぞ」
「殺す殺すってよく云うけど、アナタって本当に随分物騒な物云いをするのね。まぁ、そんな強気な台詞を吐いたり、殺す行為をするなんてゲームの世界でないと無理だものね。現実ではそうはいかないわ」
「殺す行為がこの世界だけ? 現実で有り得ないことだとでもいいたげだな」
「ちょっと待って……確かに現実でも殺人事件の報道を見かけるけど、それは社会全体のことであって今はアナタ個人の話をしているのよ」
「――それで?」
「それでって……」
流石のパチも、式さんの異様な圧力に戸惑いを見せ始めた。
「あ……アナタにそんな度胸があるのかしら」
「人を殺すという行為――殺人に度胸が必要だとでも? 本当におめでたいヤツだな」
「それ……どういう意味?」
「説明する気にもならん」
「まさか、現実で人を刺したりしたとか? なんてことは、ないよね??」
「『暴力』が殺人に結びつく時点でおめでたいってことだよ。この話についてそれ以上口を開くのであれば、オレはこのギルドを抜ける。約束など知ったことじゃない」
「そんなっ」
「わかったら、もう触れるな。ウザいんだよ、お前らは」
途端に周りに暗く重い空気が流れてしまった。
出会って間もなく常に不機嫌だった式さんが、せっかく少しだけ表情が柔らかくなってきたかと思っていたところだっただけに、反動は大きい。
これまで見せたこともないほど更に不機嫌な表情を見せ、パチも距離を置いてしまう。
ところが――
「ねぇねぇ、しきにゃん」
「……にゃん? もしかしてオレのことか?」
「うん。あそぼ~」
「…………はぁ!?」
ラテっちにとってその場の空気などお構いなしのようだ。
いつの間にか式さんの足元で、彼のズボンを掴んでいた。
突飛な発言、そして屈託のない笑顔に式さんは毒気を抜かれてしまったかのように表情を変える。
――毒気を抜かれたというより、呆気に取られているといった方が正しいのかもしれない。
「ここにね、ボンってのいれて!」
ラテっちが指さしたのは街路に所々設置してある下水用マンホールの蓋。
「……えーと、な」
「はやく~」
「つーか、にゃんってなんだよ……」
『さん』をうまくいえないらしい。それともわざとなのかな?
そんなことすらもやはり全くお構いなしに、式さんのズボンをグイグイと引っ張るラテっち。
根負けしたのか、それとも子どものいうことだったためなのか、式さんは意外に素直にマンホールを開ける。
そして、ドラ爆弾を放りこんだ。
トコトコ……ストン。
マンホールの蓋に座るラテっち。
「わくわく」
すでに何をやりたいのかわかってしまった。なんてベタなことをするつもりなんだ……
「コラ! あぶないぞ」
「はっしゃでちゅ!」
ボンズのいう事をきかず、爆破を要求するラテっち。
ラテっちのペースに巻き込まれた式さんは少し戸惑いながらも起爆してしまった。
「うひょ~!!」
爆風より吹き飛ばされたマンホールの蓋に乗って、空高くラテっちは飛んでいった。
「あっ! いいなー。ラテっちいいなー!!」
「りゅう、羨ましがっている場合じゃないってば」
天高く放りだされたものの、結局はいつもの空飛ぶタタミをカバンから出して「確かな満足」の表情を浮かべながら無事に降りて来た。
だが、危険な行為をしたラテっちに対しボンズはちゃんと叱らなければと待ち構える。
「危ないことをしちゃダメだろ。ごめんなさいは?」
「ごめんちゃい」
「(ごめんなさいの『な』がない)……もうしない?」
「それはどうでちょうね(ドヤッ!)」
「(この顔は、またドヤッとか思っている顔だな)…………反省している?」
「うんうん」
「…………」
「うんうん」
「実は『ごめんなさい』しただけで許してくれると思っているだろ」
「うんうん…………んにゅ? ――わちゃっ! うちゅちゅちゅちゅ~!」
首を縦に振り続けていたラテっちは、あわてて横へ振り直した。
「もう遅い~。悪い子は今日のおやつぬきかな~」
「いやぁん。おこっちゃや~! ゆるちて~!」
ラテっちが白くまん丸な顔をボンズにこすりつけていた時には、既に重苦しい空気など吹き飛んでいた。
マンホールの爆発と同時に。
「本当に変わった奴らだ……」
「あのね、式さん。少しだけいいかな?」
「あん?」
「ボンズってね、私が出会った時はそれはもう見ているだけで可哀想になるほどの対人恐怖症のボッチだったの。いえ――今でもまだ他人は怖いと思う」
「そうは見えんけどな。なによりオレにも普通に接しているじゃないか」
「そう……それが今ではあの子たちのおかげで少しずつ変わってきているの。それはアナタのおかげでもあるのよ」
「オレの? なんでだ」
「初めて式さんと出会った場所で、私たちはってどうしようもない場面と対峙していた。それを偶然でもアナタが吹き飛ばしてくれた部分もあるの――そして、今こうして仲間になってくれたおかげで先に進むことができる。――感謝しているのよ」
「パチといったな……お前、真面目な話をしていると雰囲気がまるで別人だな」
「女はその場で変われる生き物なのよ」
「ふっ、高慢な時に比べると余程いい女だ。お前に云われると悪くない気分になる」
和んだ雰囲気が流れる。もう、大丈夫だろう――
だが、突如この空気が一変した。
見知らぬNPCが我々に向かって叫び出したのだ。
「マンホール弁償しろ!!」
久々に更新することができました。
これからも遅い更新となることが多々あると思いますが、どうぞこれからも読んで頂ければ、そして楽しんで頂ければ幸いと存じます。