第四十一話 中身
ネガティブモード全開だったボンズは、半ば強制的にパチと壱殿にフィールドへと引きずられながら連れて行かれる。
その後――
「なんだよっ、秘密にすることないだろ! もうやだー!」
次々に魔物を倒す……いや、八つ当たりをするボンズ。
その表情は、怒りか悲しみか。
いや、そんな恰好のいいものではない。デパートでおもちゃを買ってもらえない幼児のように、半べそかきながら駄々をこね、思うがまま暴れていたのだった。
「テメェらのせいだぞ! どうしてくれる! みんな死ねばいいのにー!!」
魔物に己の怒りをぶつけるといえば聞こえはいいが、台詞を聞く限り全てが台無しだ。
「かまってよ! えっちじゃないやい!! あー!! もー!!」
その様子を、遠く、そして生温かい眼差しで見つめる壱殿とパチ。
「……きょうびの小学生ですら、あんな癇癪を起さんぞ」
「見苦しいこと、この上ないわね」
そのまま夕暮れまでボンズは1人で戦い続けた。
壱殿とパチは魔物と対峙した際に発生するゾーン内には一緒にいたが、戦いに一切参加してはいない。
ボンズが倒した魔物の経験値を分配してもらっていただけで、特に何もせず過ごしていた。
これは別にボンズ1人に負担をかけるつもりでもなければ、他に何か意図があったわけではない。
ただ、ボンズの戦う姿があまりにも情けなく、見るに堪えないほどみっともない姿だったために一線を引いてしまっただけだった。
「――パチ、レベルの上がり具合はどうだ」
「95まであがったから、もう充分に【人和】は習得可能よ」
パチはボンズたちと出会った当初のレベルは89だった。その後、壱殿と出会うまで少なからず戦闘をこなし、レベルは91になっていた。
そこからいくら転生前の方位といえど、半日でレベルを95まで上げることはなかなか至難の業であり、それができたのは、ひとえにボンズの癇癪のおかげだろう。
「よし、上出来だな。――おい、ボンズ。そろそろ帰るぞ」
「死ねばいいのにー!!」
『いい加減にしろっていってんだよ!!』
街に戻る最中もボンズの表情は暗く、ブツブツと独り言を繰り返しながら歩いている。
両手をぶら下げ、俯きながら前に歩く姿は不審者そのものだった。
「なんでだよ、今まであんなに仲がよかったのに、もう俺ではだめなんですか、俺はもういらないんですか、えっちじゃないやい、もうだめ、もうだめしねる、確実に死ねる、死ねばいい、俺が死ねばい、生まれてきて悪かったね、もう心配しないで、すぐそっちにいくから……ブツブツ」
ボンズの前を歩くパチと壱殿は振り向きすらしない。
完全に放置状態だった。
「それにしても、よく地面と会話しながらどこにもぶつからず歩けるものね。器用なんだか、不器用なんだか……」
「……そうだな」
ピンズの街に戻った時には、すでに陽も暮れかかっていた。
街門をくぐり、夕食の買い出しの話をボンズに持ちかけるも上の空で全く会話にならない。
パチは呆れながら街道を歩いていると、そこで奇妙な「物体」を目にする。
「なに……あれ?」
パチが指さした方向には、文字が書かれた「板」がひとりでに動いていた。
いや、板の上に丸い物体が。
近付き、改めて見ると、2枚の板に全身を挟んだ小さい物体がうろついている。
丸い物体とは頭であり、板から頭だけを出して動いているなんともシュールな姿をした「プレイヤー」のようだ。
更に近付いてみると、その物体は通りゆくプレイヤーやNPCに声をかけていた。
「いらっちゃーい。よってってくだちゃーい」
「この声は……」
いち早く気付いたボンズは板に挟まれた物体へ駆け寄る。
すると――物体の正体は胴の前面と背中の両方に「やすい! どうぐや!」と書かれている看板を取り付け「サンドイッチマン」と化したラテっちだった。
「道具屋……?」
ボンズはラテっちに何をしているのか問いただそうと声をかけようとしたが。
「わっちゃーー!」
ボンズに気付いたラテっちは慌ててその場から逃げだした。
右へ左へとジグザグに走り回り始めるも、コーナーを曲がり切れずに転んでしまった。
そのまま仰向けの状態で寝転んでいる。
「ふにゅっ! ふんにゅっ! ……おきられないでちゅ」
どうやら板のせいで自力で起き上がれないらしい。
まるで亀のようだ。
とりあえず、このままでは可哀想なので起こしてあげる。
そして、看板のことや他諸々を問いただした。
「ラテっち……何をしている?」
「ひみちゅでちゅ」
「がーん!」
再び隠し事をされ、ボンズはその場で固まる。
ちょうどその時――
「あれ? みんな揃って何をしているんだ?」
背後から、身体中泥まみれになったりゅうが現れた。
「……りゅうこそ何をしている??」
「ひみつだ」
「がーーん!」
「同じネタを何度も使うな」
「ネタじゃないやい……」
ボンズはイジけながら再度りゅうの方へ目をやると、手にはバスケットボールほどの大きさをした袋を持っていた。
「手に持っている物はなんだ?」
「あぁ、アイテムポケットに入りきらなかったから、こうして運んで来たんだ」
「中身は?」
「だから秘密だって」
「が……」
咄嗟にボンズの口を手で押さえるパチ。
「もういいってば。3度も同じリアクションしなくていいから」
ボンズとパチがもめている内に、りゅうはその場から何も云わず立ち去った。
「パチのせいでりゅうが行っちゃったじゃないか! ど、どこへ行ったんだ?」
「あのね……心配症もほどほどにしなさいよ」
「でも……」
2人が言い争いをしている最中、壱殿は冷静にりゅうの行き先を見据えていた。
そして、りゅうの持っていた袋から一欠片の「何か」が落ちたことも。
拾ってみると、それは小さな石。だが、道端に落ちている小石とは違い琥珀色をしたスベスベの石だった。
「これは、『それなりに価値のある石材』だな」
「何、それ?」
壱殿が石を拾い上げたことに気付き、聞いたことのない名前の正体を問う。
「あぁ、NPCからの『おつかいクエスト』によく使われるアイテムだ。この地方では大きな岩石の中や土に埋まっていることが多い。どうやらチビッ子はこれを集めていたようだな」
「クエスト……なんのために?」
ボンズの問いに答えずに、壱殿はラテっちの方へ話しかける。
「おい、おチビちゃんもクエストを受けているのだな」
「……ないちょでちゅ」
「そうか……あと、何人で終わる? それくらいは教えてくれてもいいだろう」
「…………3にんでちゅ」
「よし、それでは行こうか」
「え? え? 意味がわからない」
情緒不安定のボンズに壱殿が説明する。いい加減ボンズの挙動に嫌気がさしたのか、妙に丁寧に説明し始めた。
「つまりだ、2人はNPCからクエストを受けて『おつかい』をこなしていたんだ。おチビちゃんのクエストはさしずめ『客引き』だな。店の宣伝をするだけでもポイントになるから、看板を背負っていたのはいいアイデアだ。『道具屋』と声に出さなくても道具屋の広告ができる上に、さらに客を店まで連れていけばポイントは加算されるってわけだ」
「へぇ~。でも、なんでそんなことを?」
「そんなことワシが知るか」
ラテっちに連れられ道具屋へと足を運ぶボンズたち。
店主のNPCに話しかけ回復剤などを購入すると、今度はラテっちにNPCが何かを手渡した。
それとほぼ同時に、りゅうが再び現れる。
「ラテっち。おわった?」
「おわったでちゅ」
「よし、いくか!」
走り出そうとする2人をボンズが引きとめる。
「りゅう~、いい加減教えてくれよ」
「ボンズ。いや、みんな。せっかくだからこのままここでもう少しだけ待っていてくれないか」
「…………わかったよ」
渋々了解するボンズ。
その姿も、また情けない。
いったい、どちらが子どもなのやら。
そして、道具屋の店先で待つこと1時間。
ボンズの我慢(心配)がそろそろ限界に達しようとした時、2人は一緒に帰ってきた。
『おまたせー!』
「おかえり……」
また秘密にされるのではないかと思い、少し不機嫌そうに答えるボンズ。
そんなことなどお構いなしに、りゅうはアイテムポケットに手を突っ込むと紙袋を取り出した。
そのまま紙袋をボンズに手渡す。
「ボンズ。これを受け取ってくれ」
「りゅう、これはなんだ?」
「いいから開けてみてよ」
云われるがまま袋を開けると、その中には新品の革製ナックルが入っていた。
「これは……」
『プレゼント!』
「プレ……え?」
2人からの意外な台詞に動揺を隠せないボンズ。
「りゅう……お金なんて持っていなかっただろ」
「うん。だからね、おつかいをしてお金を稼いだんだよ!」
「あるばいとでちゅ!」
「働いていたのか――なんで、そんなことを?」
「ボンズ……ラテっちを助けてくれてありがとう!」
「ぼんず。いちゅも、おいしいごはんをありがとでちゅ」
『これからも、よろしくね!』
「2人とも……グス」
泣きそうになるボンズ。
「これは大事にしまっておかないと……」
ボンズがアイテムポケットにしまおうとした時。
「えぇ~使ってよ!」
「そうでちゅよ!」
「え、でも、もったいないな」
装備するのを躊躇うボンズに対して、パチや壱殿からも装備するように促される。
「せっかく2人とも頑張ってくれたのよ。使ってあげなさい」
「そうだぞ、ボンズ。それが礼儀というものだ」
4人からそう云われて、アイテムポケットにしまうのを止めるボンズ。
「そう……か。それじゃ、遠慮なく使わせてもらうよ」
贈り物のナックルは指先が露出するタイプのハーフフィンガーグローブ。
装備してみると拳頭(拳ダコができる部位)に厚みがあり、柔らかく、なにより軽い。
それに、はめ心地も以前のナックルより断然良い。
これはアイテムの違いなのか、はたまた2人からの贈り物だからか。
グローブごと拳を握りしめ、思わず見惚れてしまっていた。
「就職、子どもに先を越されてやんの。ププッ」
今までネガティブ全開だった姿を散々見せられた腹いせか、子どもたちが隠し事をしていた訳を知って涙目になって喜ぶボンズをからかうパチ。
「屋台を開いたから先を越されていません!」
ボンズとパチが言い争っていると。
「パチにもあるんだ」
「え? 私も?」
ボンズと同じく動揺するパチ。
『うん、パチもありがと!』
2人がパチに手渡した紙袋の中身は髪を束ねる青い髪飾りだった。
綺麗な藍色の石で装飾されたダッカールタイプのヘアクリップ。
パチは早速後ろ髪を髪飾りでまとめた。
「……似合うかな?」
『うん!』
珍しく照れているパチ。こうして見ると、彼女がとても女性らしく見える。
それに今までロングのストレートからポニーに変わると、雰囲気までまるで別人のように変わる。
女性とは不思議なものだな。
そのやりとりを微笑ましく見つめる壱殿。
「よかったな。2人とも、よく似合っているぞ」
すると――
「いちどのも、どーじょ!」
「…………え?」
「壱殿もありがとな!」
壱殿まで焦りだす。これは珍しい光景だ。
2人が用意したプレゼントはサングラスだった。
『かけてみて~』
「あ、あぁ。わかった」
ボンズに「礼儀」だといった手前、素直に子どもたちのいうことを聞いてサングラスをかけた。
「壱殿。かっこいいぞ!」
「しぶいでちゅ!」
「ま……まぁ、なんだ。せっかくの贈り物だ。ありがたく頂戴するとしよう」
するとパチが手で口を隠しつつも目元は笑いながら話しかける。
「い・ち・ど・の」
「……なんだ?」
パチは己の鼻を指さしながら、
「鼻水。出ているわよ」
慌てふためきながら、コートの袖で鼻をこする壱殿。
「うっそ~。まったく、素直じゃないんだから」
「騙したな!! ……まぁ、なんだ。それよりも先にやらなけねばならないことがあるな」
「そうだな」
「だね」
『りゅう、ラテっち。ありがとう!』
大人3人の感謝の言葉に、小さな2人は満面の笑みで応えた。
読んで頂きましてありがとうございます。
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これからも何卒よろしくお願いします。