第三十九話 経験
こんばんは。お目を通して頂きありがとうございます。
話の都合上、少し短めになっております。
楽しんで頂けたら嬉しいです。
「なにはともあれ、これで一安心だ。みんなで街に戻ろう」
――などという台詞は誰も発さず、ラテっちの顔の傷を手当てしていた。
手当てといっても布で顔を拭く程度のことだが、何もしないよりは良いという考えからの行動であった。
「よくもまぁ、こんな小さい子どもの顔を殴れたものだわ。現実でも|ドメスティック・バイオレンス《DV》してそうね」
「ラテっち……痛くないか?」
「だいじょぶでちゅ」
「そうか、よかった。本当によかったよ」
ラテっちの無事を心から喜ぶボンズ。だが、1つだけ気がかりなことがあった。
「そういえばさ。縛られていたラテっちを助けるのに夢中で気付くのが遅くれたけど、誘拐犯たちはなんで固まるように動いていなかったんだ?」
ボンズが無意識の中で誘拐を犯したプレイヤーを撲殺していたことをすでに察していた壱殿が言葉を濁す。
「まぁ、いいじゃないか。こうしておチビちゃんも無事に帰ってきたわけだし」
「うーん。それに、記憶があちこち抜けているんだよ。相手のスキルでも喰らったかな……ねぇ、なにがあったか教えてくれないか」
話を逸らすのも難しくなってきた時――
「おぉ~! あたたかいでちゅ」
パチがラテっちの頬に両手をあてがえ、回復符術をかけていた。
光り輝く符術と、光に包まれみるみる傷が癒えていくラテっちを見て、ボンズの意識は壱殿との会話からラテっちの方へと向いていった。
「傷が治った! よかったな、ラテっち」
「うん!」
「これで、よしっと」
符術をかけ終わると同時に壱殿がパチの横に立つ。
そして小声で壱殿がパチに語りかけた。
「……貴様も気付いていたのか」
「そろそろ付き合いも長くなってきたからね」
パチは明確な答えを出さず、視線も合わせないでいた。
そして、壱殿もそれ以上追及はしなかった。
ラテっちの顔の傷も治り、喜ぶボンズ。すでに先程の会話のことなど頭になく、ようやく安心できたことで気が抜けた。
そう、つい気が抜けてしまったのだ。
「それにしても、パチがまともに回復するところを初めて見たよ。ゲームの世界で回復役なのに回復できないなんてクリームがのっていない、コーンだけのソフトクリームのようだったからな。やればできるじゃないか」
「アナタはゲームの世界ではなく、死後の世界へ行きたいみたいね」
「すみません……本当にすみません」
生命の危機を察知し、即座に土下座するボンズ。
一瞬の気の緩みが、一生を終わらせるところだった。
その後、チビッ子2人はボンズに対しいつも通りに接する。何事もなかったかのように。
「(どうやら、誘拐されたときのことはチビッ子もパチも内緒にするようだな。それがいい。――ワシとボンズが似ていると云われてからこれまで一緒にいたが、確かに似ているところは多いかもしれない。決定的なのは己自身の中に『もう1人の己』を飼っていること。ボンズは無意識でも、それをチビッ子やパチはすでに見抜いていたのか)」
そして、壱殿はどうしても確かめたいことがあった。
只、それを今問いただしてもよいものか悩んでいた。だが、基本的に『次はない』という理念を持っていたため、滑るように口を開いてしまった。
「ところでボンズよ、1つ尋ねたいことがあるのだが、よいか?」
「どうしたんだ、急に」
「いや、大したことはないのだ。この世界にやって来てから、ワシの能力と同じような経験をしたことはなかったか?」
「それって、時間がゆっくり進むってこと?」
「うむ。そうだ」
「うーん。ないかなぁ……」
しばし考え込むボンズ。その姿を静かに見つめる壱殿。
「――あっ! あった! ……かも」
「かも?」
「いや、以前戦闘で死にかけた時があって、その時に走馬灯のように敵の動きがゆっくりになったんだよ。でも、あれは壱殿の眼とは違うかもって。だから同じ経験とは云えないんじゃないかなって思ったんだよ」
ボンズの台詞を聞くなり、顎に手をやり考え込む壱殿。
「やはり……すでに蓋は開き始めていたのか……」
「えっ? なにか云った?」
「――ん、いや、別に。気にするな」
「そりゃないよ。気にするなって方が無理じゃないのか」
ボンズが壱殿に問いただした途端。
「さぁ、みんな。街へ戻ろうよ!」
りゅうの一言で会話は途切れ、またもやボンズの意識は別の方向へと進んでいった。
「そうだな。みんな揃って帰るか」
「(流石は空気の読める幼児。頼りになる)」
上手く切り抜けたことに安堵する壱殿。
そして、ようやく全員でピンズの街に戻ることができたのである。
街に戻るとすっかり夜も更けていた。
だが、ここはゲームの世界。店に「閉店」というものはない。
もう宿屋に直行して眠りたいところだが――
「おなかちゅきまちた」
ラテっちがお腹を押さえながら空腹を訴える。
「ご飯の用意するにも材料を買わないとな。買い出しをして宿屋に着いたらすぐに作るから待ってくれるか」
ボンズがラテっちを諭すも、恐怖や緊張から解放されて気が緩んだのだろう。
「まちきれまちぇん」
ウルウルと涙目になりながらその場に座り込んでしまった。
当然だ。ご飯も食べさせてもらえずにずっと捕えられていたのだから。
どうしようかと悩んでいたら、壱殿がラテっちを抱きあげた。
「抱きあげた」というより「だっこ」したと表現した方が正しいかもしれない。
それは、互いが仲間になって初めてのことだった。
「どっこいしょっと」
「んちゅ?」
「夜に甘いものは感心せんが、今日くらいはいいだろう」
そういうと、壱殿はラテっちを抱きあげたまま先頭を切って歩きだした。
「おぉ~、いちどのにだっこしてもらっちゃった」
機嫌がよくなるラテっち。そして、微笑ましい表情を薄らと浮かべる壱殿。
2人はそのまま街中へと進んでいく。
後ろにはボンズとパチの間で両手をつないで歩くにこやかなりゅうの姿があった。
着いた先はたい焼きを売っている屋台。
ラテっちとはぐれてしまった場所である。
「さて、やり直しだ」
壱殿がそういうと、ラテっちはあの時と同じようにおねだりをする。
「たいやきかってくだちゃい!」
「うむ。好きなの買ってやるぞ」
「やったー」
――そうか。
壱殿はお詫びにラテっちに「たい焼き」をご馳走するつもりだったんだ。
そして、壱殿はたい焼き屋のNPCに話しかける。
「店主。カスタードなんとかというものをくれないか」
ところが――
「カスタードクリームですか? 残念ながら……」
「うわ……もうないのか」――と思う寸前だった。
NPCが台詞を云い終わる前に壱殿が屋台越しに身を乗り出し、NPCの顔面を鷲掴んだ。
「まさかとは思うが、ゲームの世界で『売り切れ』なんてベタなことをぬかすつもりではなかろうな」
「ふ……ふがっ」
痛みで声にならないNPC。苦痛の表情を浮かべながら声にならない声をあげている。
「よく聞け。今から40秒で支度するか、奈落の底へと落ちるか好きな方を選ばせてやる。どれがいい?」
「つ……作らせて頂きます」
「そうか。では待つとしよう」
ようやく壱殿から解放されたNPCは急いでカスタードクリームの製造にとりかかった。
「あと25秒……」
「もう少し! もう少しだけお待ちを!」
ついには半べそまでかきながら作業を進めるNPC。
「10、9、8……」
「もうすぐです! もうすぐですから!!」
「3、2、1」
「できました!!」
「うむ、御苦労」
無事、制限時間内に完成し安堵するNPC。
だが、「これだけ待ったんだ。割引しろ」と脅迫する壱殿にNPCは泣き寝入りをせざる負えなくなる始末だった。
この人も、大概なんでもアリだな。
「ほら、これが食べたかったんだろ」
すると、ラテっちはたい焼きを持ったまま動こうとしない。
「ほんとうに、たべてもいいの?」
1度「ダメ」と云われたラテっちは、買ってくれることに喜んだものの、いざたい焼きを目の前にして食べるのを躊躇ってしまった。
「子どもが遠慮するな。ほら、早く食べんとせっかくの出来たてが冷めて美味くなくなるぞ」
「いちどの~」
「ん?」
「ありがとでちゅ!」
満面の笑みでお礼をいうラテっちの表情を見て、思わず帽子を深く被る壱殿。
帽子のつばで、視線を隠した。
「それでは、いただきまちゅ」
ラテっちがたい焼きを手に取った時。
「ところでおチビちゃん。頭としっぽ、どちらから食べる派なんだ?」
「ポンポンから!」
「ポンポ……腹からだと! ――フッ」
壱殿とラテっちは固い握手をした。
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次回は番外編「夢オチ、ラテっち王国。第2話、あたふた編」です。
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