第四話 出発
……………………
「ボンズ!」
「ぼんず~」
ん? 声が聞こえる……なんで目を閉じているんだ……
目を開けると、りゅうとラテっちが不安そうに見ている。
「あれ? いったい……なにがあった?」
「ぼんずがおきた~!」
ラテっちがしがみついて喜ぶ。すりつけていた頭を無意識になでてみた。
「りゅう……どうなっているんだ?」
「ごめんな、ボンズ」
なぜりゅうが謝るのかわからない。
いつの間にか港の端――人混みから離れた場所に移動していた。
「2人でここまで運んでくれたのか」
「うん」
「そうか……ありがとな」
なにがあったのかはよくわからないが、初めて見る謙虚な2人につられるように謙虚になっていた。
「ねぇ、ぼんず」
「ん? どうしたラテっち」
「『ビバビバッ!!』――って、なに?」
「…………………………………………………………………………はいっ??」
「憶えてないのか?」
りゅうが驚きながら聞いてくる。
「……なにがでしょう?」
「港に入って、人混みに紛れた瞬間――ボンズが突然ズボンを脱ぎだして、パンツのまま尻を振りまわして――拍手しながら『ビバビバッ!! ビバビバッ!!』と叫びだしたんだ」
「嘘つけーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」
「うん。そうだよな……嘘だったらいいよな」
「やめて……その和やかな顔で視線そらして憐れむの……」
「人混みの拒絶反応にあんな芸を持っていたなんて……『すっげーつまんねー』とか云って、本当にごめん!」
「ごめんなしゃい!」
2人揃って頭を下げる。
「待て待て待て待て!! 全くもって記憶にございませんけど!!」
人混みをとことん嫌い、避け続けて10年以上を過ごした……そんな人間がウン千人という規模の人混みに紛れたのは初めての経験だった。
その結果、記憶を失った上に摩訶不思議な拒否反応を示すことになろうとは……自分が怖い。
――と、いうよりも。
「お前らのごめんは『つまんねー』と云ったことかよ! 他の心配はないわけ!?」
『……………………』
「……なんで、2人とも黙っているんだよ……」
「ボンズ……他の心配……してほしいか?」
「すみません……結構です」
――それにしても困った……
ピンズまでの移動手段。そして先着順か……
もう一度あの人混みに紛れてしまえば、今度はどんな拒絶反応を見せてしまうかわからない。
他のプレイヤーも、さぞドン引きしていただろう……
それでも傍にいてくれる2人に少しでも感謝しなくてはな。
「泳いでみるか?」
りゅうは突然、一度廃止になった提案をもちかけてきた。
「そうは云っても、2人とも泳げないんだろ?」
「やってみなければわからん! 挑戦だ!」
おお! なんと前向きな発言だ。早速3人で海岸へ向かった。
「だめだと思ったら、すぐに呼ぶんだぞ」
「わかった」
「わかった~」
海に入ると気持ちいい。
冷たすぎず、まるで温水プールに入ったかのようだ――入ったことはないので想像なのだが……
なにより泳げる! スイスイと思う通りに身体が動く。これもゲームのキャラとしてだろうけど、なんと爽快なのだろう。
「気持ちいいな! ラテっ……ち……」
「アプッ……アプッ……アププッ」
「溺れてるーー!!」
顔の上半分だけ残して、ドップリと海に浸かっている。腕をジタバタしているが、まったく泳げていない。
「大丈夫か!?」
すぐにラテっちを担ぎあげる。
「お~だいじょぶ~」
よかった……
――あれ? りゅうは?
辺りを見回すも、姿が見えない。
「りゅう~!」
返事もない。どこへ行ったんだ? もう先へ行ったのか?
ブクブクブクブク――
海面に泡が……嫌な予感しかしないが、底を見ることにした。
「沈んじゃってるよーーーー!!!」
浮くどころではない。海底に立っている。
「ラテっち! ちょっとだけ頑張れ!」
ラテっちを離し、潜ってりゅうを引き上げる。その後すぐに2人を抱えて海岸まで戻った。
「ごめん!」
「挑戦は失敗しましたなー」
「しっぱいしっぱい」
2人はあまり気にしていないようだ。とりあえず無事でなにより。
さてと……本気でどうしよう……
ラテっちのカバンから様々なアイテム……もしかして。
「ラテっち。魔法のジュータンとかないのか?」
『……………………』
再びの沈黙。そして、2人は残念そうな目で見つめてくる。
「あるわけないでちゅ ボンズのあたまのなかはゆめいっぱいでちゅね」
「中2病だ」
「うるせー! 言ってみただけだろ!」
うわー!! 恥ずかしーーー!!
困ったぞ。他に手段が浮かばない……
「それじゃ、どうやってこの海を渡るかだ……船は人がごった返しているし、これからあの人混みに突入して順番を待っていたら、いつ辿り着けるかわからない」
「ボンズがまた踊るな」
「りゅう! それはもう触れないで!」
――その時。
「もー、ぼんずはせわがやけまちゅ。どれどれ……」
そういってラテっちはカバンに両手を突っ込みはじめる。
「あれでもないこれでもない、あれでもないこれでもない……」
モゾモゾとアイテムも探し出した。
「あった~! 【ぷかぷかたたみ~】」
ラテっちは満面の笑みでアイテムを高々と掲げた。
「うんしょっと」
ラテっちとりゅうはふわふわ浮かぶタタミに乗って手招きする。
「おいで~」
「あるじゃねぇかっ!!!」
さっきの残念空気を返せ!
「ほれ。乗れ、ボンズ」
「聞いちゃいねぇ……」
しかし――ボンズが飛び乗るとタタミは三人の重みに耐えきれず地に落ちてしまった。
「あ~あ、おちちった」
「ボンズが重い」
すでにボンズのせいにする2人。
「もういいよ……」
思いっきりイジけてみせた。
「しょーがないなー。うんしょっと」
そういってラテっちはタタミをカバンにしまった。
「それで、どうやってこの海を渡るんだ」
少しキレ気味に云ってしまった。
そんなことを気にも留めず、ラテっちはもう一度カバンを探りだした。
「あれでもないこれでもない、あれでもないこれでもない……」
アイテムを出すたびにこうやって探すのだろうか?
これはスキル使用時間「キャスティングタイム」なのか? それともカバンの中を片付けていないだけなのか?
「あった~! 【ぷかぷかたたみ~しかもにじょう】」
「タタミを2枚出すなら、さっきのカバンにしまう必要なかったじゃねーか!」
ボンズのツッコミにりゅうが冷静に答える。
「ラテっちは一度アイテムを出したら使ってカバンにしまうか、消耗品として使って消えるまで他のアイテムを出すことはできない」
――なるほど。
つまり――同時に複数のアイテムを出すことも使用することもできない――ということか。
それなりにリスクはあるんだな。能力自体チートでパクリだけど。
「それじゃ、乗ってみるか」
今度は3人乗っても大丈夫だった。
「いくじぇ~!」
ラテっちの掛け声でタタミは飛び出した。
「うわっ! 空飛んじゃってるよ! 本当にファンタジーの世界にいるんだな」
『ドッライブ・ドッライブ~』
2人とも楽しそうだ。小さな身体を揃ったリズムで左右に揺らしながら歌っている。
「ところでラテっち。このタタミはどうやって操縦しているんだ?」
何の気なしに、当たり前の会話を振った――はずだったのだが……
「ほえ?」
ラテっちは不思議そうに首をかしげる。
「いやいや、このタタミはどうやって動かしているんだ?」
「わかんなーい」
すげー適当に言いやがった。
「それじゃ、どうやって目的地のピンズに行くんだよ! ちゃんと辿り着けるのか!?」
「ボンズ、ポジティブになれ」
「りゅう! 前向きすぎだろそれ! あー! もう、どうにでもなれ!!」
「そうだぞボンズ」
不安だらけだ……このコンビ。
でも――
2人のお陰で会話をしている自分に改めて気付く。
初めて会った時も、「よろしく」だけで他に何も話すことは浮かばなかったのに、このコンビの独特の雰囲気に、思わず色々な言葉を発している。
色々な「初めて」を、この2人は与えてくれる。