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第三十四話 謝罪

 

「『いい加減にしろ』って……どういうことだよ?」


「貴様……以前、甘やかしていないとほざいておきながら、この始末か。たい焼きなど買ってあげるな!」

 壱殿の言葉に疑問を抱くボンズ。

「いったいどうしたんだ? たい焼きを買うくらい、いいだろう」

「少しは子どもに厳しく接しろ! いい加減、甘やかすのをやめろ!」

「なんで、そうムキになるんだよ」

「子どもを甘やかすのは教育に良くない。常識だ」

「でもな……突然そんなこといわれても……」

 戸惑うボンズ。

「貴様が甘やかして、後で困るのは甘やかされた子どもだぞ」

「…………」

 そこまで云われては何も云い返せない。

 だが、壱殿とのやり取りを全く聞いていないラテっちはおねだりを続けていた。

「かってかって~」

「…………だめ」

「え~なんで?」

「なんでって……」

「……わたち、なにかわるいことした?」

「え?」

「わたしのこと、きらいになったの?」

「そっ、そんなことは絶対にない!」

 少しずつ落ち込んでいくラテっちの姿に、ボンズの手は無意識の内にアイテムポケットに入っている金貨まで伸ばしていた。

 だが、壱殿はボンズの腕ごと掴みあげる。

「誘惑に負けるな!」

「うぅ……」

 ――結局、買わないことにした。

 すると、ラテっちは店の前にチョコンと座り込んでしまった。

 無言の抵抗なのだろうか?

「おい、おチビちゃん。そうやっているのは勝手だけど、ワシたちは先に宿屋に行っているからな」

 ――とんでもないことを云いだした。

「壱殿っ! それは厳しすぎる!!」

「なにを云っているのだ。ダダをこねた子どもに対しての基本だ」

「無理っ! 置いて行くなんて俺には絶対に無理だ!!」

「貴様……本当にいい加減にしろよ」

「子どもを置き去りにするなんて、何かあったらどうするんだ!」

「大丈夫だ。どうせすぐに追いかけてくる」

「……いや、ダメだ。俺にはできん!」

「そうか……ならば仕方ない」

 壱殿は帽子のつばを上げ、焔慧眼えんねがんを開眼させる。

 右眼の能力である「プレイヤーの身体拘束――『ばく』」を発動させた。

 その瞳を直視してしまったボンズは硬直し、己の意思で身体を動かすことができなくなってしまった。

「それでは、ワシらは先に帰っているからな」

 ラテっちにそう云い残した壱殿は、硬直したボンズを引っ張りながら宿屋へと帰って行った。


「おかえり~」

 パチの符術の練習相手になっていたりゅうが出迎えに来てくれる。

「およ? ボンズはなんで固まっているんだ?」

 未だ「縛」の効力が切れていないボンズは、返事すらできないまま硬直し続けていた。

「あれ? ねぇ、ラテっちは? 一緒に出かけていたよね?」

 パチの問いに対し――

「あぁ、わがままを云ったから外へ置いてきた」

「…………え?」

 りゅうが、その台詞を聞いて硬直する。

「なんで……どうしてそんなことしたの!?」

 りゅうは壱殿のズボンを掴み、揺さぶりながら問い詰める。

 そんなりゅうを、壱殿は見下しているように見えた。

「――ぼく、探してくる!」

 質問の返事を聞くことすらせず、りゅうは慌てて外へ飛び出して行った。

「すぐ戻ってくるだろうに……」

 壱殿がボソっと口にすると同時に、焔慧眼えんねがんで縛られていた身体の硬直が解けた。

「……この野郎! なにしやがるんだ!」

「ああでもしないと、貴様はすぐに甘やかすだろ!」

 身体の自由がきくようになると同時に壱殿と口論になる。

「ふざけるなよ! 違うやり方はなかったのか!」

「それならば、あのままおチビちゃんを放っておけたのか?」

「バカをいえ! まだ幼い子どもなんだぞ!」

「それだよ、バカ野郎が!」

「なにがだよ!」

「あの2人を現実でも幼児だと思っているところだ!!」

「…………」

 ボンズは閉口してしまう。

 そして――今、何も云えなくなった理由は、先程とは異なっていた。

 何故なら、ボンズ自身も以前思っていたことを「云い当てられた」からだった。

「その様子だと、貴様も考えていたな。そうだよ。同じ子どもでも、見た目通りの『本物の幼児』がこの世界に来れるわけがないだろう!」

「でも……もしかしたら」

 ボンズは云い返すも、先程の勢いはない。

 逆に、話に勢いずくのは壱殿だった。

「いいか! 常識的に考えろよ! もし、あの2人が本物の幼児なら『オンラインゲーム』などするわけないだろ! まず、親が許すわけがない」

「ぐ……」

 口ごもるボンズ。

「だいたい、ゲームをするために必要な『パソコン』はどうするんだ? 幼児に1人ずつパソコンを与えた上に自由に使わせるなど、いったいどんな家庭だ? 余程の金持ちで、貴様と同じく子どもに甘過ぎる両親でもいるとでもいうのか? 有り得ないだろ!」

 完璧な正論だ。

 そう。ボンズもかつて同じことを思っていた。

 だが、2人の純真さ故に、見た目通りの子どもとして今まで接してきたのだ。

 いや――見た目通りの、幼く可愛い子どもなんだという勝手な願望であったのかもしれない。そして今も……

「そうだ! あの子らは『かけ算』もできないくらいなんだぞ」

「それこそ演技かもしれんだろうが」

「うっ…………」

「かつがれているんだよ、貴様は。せいぜい幼児のフリをした学生といったところだろうよ」


「…………黙れ」


「……聞き捨てならんな。その台詞は」

 壱殿はボンズの言葉を聞き、不満の声をあげる。

 それでもボンズは主張する――

「黙れよ……そんなもん、関係ねぇ。俺にとっては、そんなもん関係ねぇんだよ! りゅうはりゅう。ラテっちはラテっちだ! かつがれようが騙されようが、俺はそう信じているんだ。そんな話、聞きたくねぇ!!」


「……本物の『馬鹿』だな」

「うるせぇ」

「まぁ、百歩譲って子どもにパソコンが使えないとは云わん。幼くても、普通に動画を見たり、ゲームで遊ぶ子どもは実際にいるからな――だが、2人のゲームのやり込み度を見て考えれば、ワシは幼い子どもだとは思えん」

「……好きにしろよ。俺だけでも信じる」


 2人の間に険悪な雰囲気が流れる。

「――ちょっといいかな」

 その空気を裂くように、ずっと黙って傍観していたパチが口を開いた。

「壱殿……アナタが何年人生を歩んできたかは私にはわからない。でも、自分の経験のみを頼りに人を判断しないでほしいの。経験による予想や、想像を超える人なんていくらでもいるわ――良い意味でも、悪い意味でもね……」


 しばらくして、りゅうが帰ってきた。

 その表情から、聞かなくてもラテっちを見つけることが出来なかったと察することが出来る。

 ただ、りゅうがラテっちを探している最中にNPCノンプレイヤーキャラクタープレイヤーから「他のプレイヤーと一緒に行ったぞ」と聞いたことを教えてくれた。


 他のプレイヤーと一緒に――誘拐かも……

 そう考えているのはボンズだけではなかった。

 さらに、いくら時間が経過してもラテっちは帰ってこないことが、胸中をざわつかせた。

「ボンズ……」

 りゅうも流石に心配を隠せない。

 今は既に陽も沈み、夜になっている。

 ボンズの焦りも限界に達した。 

「そうだっ! ラテっち! ラテっちを探すアイテムを出してくれ!」

「落ち着いて! とりあえず落ち着いて!」

 パチが必死にボンズをなだめる。 

「ラテーーーーーーーーーーーっっち!!!!!!」 

 緊張感に耐えきれなくなったのか、ボンズは部屋の中を叫びながら駆けずり回りだした。

「だから! アナタは少し落ち着きなさーい!!」

「ハァ……ハァ……」 

「ボンズさ、娘とかできたら絶対に嫁にやらないタイプよね」

「彼女もいないのに、もう娘の話かよ!」

「あら、彼女いないの?」

「なんだよパチ……いなかったらなんだってんだ」

「1人も?」

「そういうこと聞かないでくれる!?」

「へぇー。いないんだ~」

 ニヤニヤ笑ってやがる。コイツは人をバカにするのに命をかけているような女だ。

 不要な発言は控えよう。

 それに、今はそれどころではないのだから。


 テロテロリン・テロテロリン――


 突如、タッチパネルが浮かび上がり、音声チャットの着信音が鳴り響いた。

 ボンズ宛てに、知らないプレイヤーから音声チャットが届いたのだ。

 タッチパネルには『リキュール』と書かれている。

 ――誰だ?  こんな名前は見たことないぞ。

 タッチパネルに触れ、音声チャットをオンにする。

「あー、もしもし。聞こえるか? ボンズ……だよな」

「……そういう君は誰なんだ? どうして俺の名前を知っている?」

「つれない奴だな。人と会話する時には、視線をそらさずに相手をよく見て話した方がいいぞ。会話と共にチャット機能を使えばプレイヤー名くらいわかるだろ。それに、戦闘を見せてもらった後の別れ際に君の名を呼んだはずなんだけどな。忘れるなんてヒドイねぇ」

「あっ! あの時の……それで、なんの用だ? 悪いけど、今はたてこんでいてな」

「そうだよなー。仲間が……いや、小さい子が突然姿を消してしまったら、知人でもないプレイヤーとチャットしている暇なんてないよな」

「なんでそれを……まさか!」

「ご明察。まわりくどい話は抜きだ。お前の仲間は誘拐した。返して欲しくば、こちらの要求を素直に飲んでもらおうか」

 まさか――本当に誘拐されたのか……?

 置かれている状況が真実だと信じきれない。

 だが、そんな思いは打ち砕かれてしまう。

「こちらの要求は、もう1人の子が持っている神具――【九蓮宝燈チューレンポトウ】を、こちらに渡すことだ」 

 この台詞で、ラテっちが誘拐されたことが確定してしまった。

 それと同時に、どうしても知りたいことがあった。

「……1つだけ聞かせてくれ」

「なんだ?」

「ラテっちはどうしてお前らについて行ったんだ? 無理やり連れ出したのか?」

「ラテっち……あぁ、ガキのことか。人聞きの悪いことを云うなよ。自分の意思で付いて来てくれたぜ」

「……なんて云った。お前らはラテっちに何て云ってさらったんだ?」

「そうだな――たい焼きも買ってもらえずに可哀想だったぜ?」

「まさか……ずっと見ていたのか!?」

「まぁねー。クククッ、たい焼き欲しさに……哀れだねぇ」

「嘘をつくな……」

「ん?」

「嘘をつくな! 確かにラテっちは食い意地は張っているが、それだけでお前らなんかについて行くことなんかしない!」

「確かに、君の云う通りだ。正確には、あのガキに『近くでお兄さんと会ったら、お嬢さんが来なくてとても心配していたよ。お兄さんのいるところまで案内してあげるから一緒に行こう』と云ったら笑顔でついて来やがった。これから自分がどうなるかも知らずにな。傑作だったよ。街に出て、騙されたとわかった瞬間の顔は――『お兄さん』とは勿論君のことだ。君は愛されているねぇ」

「テメェ……本気で殺すぞ」

「そう怒りなさんな。刀を渡すだけで人質の身の安全を保障し、さらには素直に返してやるんだから。それでは、受け渡しの場所と時間の指定はこちらから再度連絡する。それまで大人しく待っているんだな」

 そう云い残し、チャットは途絶えた。

「どうしよう……ラテっちが……」

「大丈夫だ! 必ず俺がなんとかする!」

 こんなに不安な表情を見せるりゅうを見たことはない。

 これ以上りゅうを不安にさせないためにも、ボンズは助ける自信も確証も何一つないまま強がって見せた。

 すると――

「まさかゲームの世界で誘拐をするとは……どうする? 要求を呑んで【九蓮宝燈チューレンポトウ】を渡すのか? それとも、不意を突いて倒す方法でも考えるか?」

 壱殿の提案に賛同する者はいない。

 いや、今は賛否を出す以前のことであった。

「気楽でいいよな……関係のないヤツはよ……冷静でいられて」

 そう呟いた瞬間、ボンズは壱殿に飛びつき、2人は勢い余って倒れこんでしまう。

「テメェのせいなのによ! テメェがあの時、余計なことをするから……だから、こんなことになったんだ!」

 壱殿の胸ぐらを掴み、激しく揺さぶるボンズ。

「どうしてくれんだ! もしラテっちに万が一のことでもあれば、俺はテメェを許さねぇ! 絶対に許さねぇからな!!」

 怒り――いや、悲しみの表情を浮かべながら叫び続けた。

「ボンズ、無茶苦茶なこと云わないで! 八つ当たりしてもどうしようもないじゃないのよ! それに、『関係ない』なんて云わないで!」

 パチの云う通り――確かに、ボンズの行動は完全に八つ当たりだった。

 どんなに反対していても、強引に連れてこられようとも、一瞬でも同意した瞬間に当然その者にも責任がある。

 この一件は、壱殿だけでなくボンズにも少なからず責任があり、そのボンズが壱殿1人を攻め立てるのは道理に反していたのかもしれない。

 ――だが。

「いや、いいんだ。全く持ってその通りだ……」

 起き上がり、深く頭を下げる壱殿。りゅうの頭を撫でながら……

「なぁ、チビッ子。学校は楽しいか?」

「突然何を云いだす!」

 ボンズは怒鳴りつけようとしたが、パチが手をかざし制止する。

 単にボンズの行動を止めたわけではない。

 現実を――知りえる機会を逃さない意思表示だった。

 しかし――

「学校? それはぼくの『年齢』を聞いているのか?」

 りゅうは会話の意図を読み取っていた。


「そんなことで……そんなことで、ラテっちを置いてきぼりにしたのか?」


 りゅうは壱殿を見据えたまま動こうとしない。

 今、どんな感情でいるのかさえ理解できない表情をしながら。

 怒っているわけでも、呆れているわけでもない。

「景色を見る」かのような、「眺める」と云った方が正しい表現なのかもしれない。

 そんな瞳で、壱殿を見据えていた。

 その瞳を対峙した壱殿は頭を撫でていた手を離し、そのまま床に付ける。

 そして、膝を――頭までも床に付けた。

 ――土下座したのだ。

「チビッ子……正直に云うとな、貴様らの正体は実は子どもじゃないと思い込んでいた――いや、ボンズやパチにはそう断言していた…………しかし、その思い込みがこのような事態を招いてしまった……あまりに軽率な行動と発言だった。申し訳ない……」

『…………』

 ボンズとパチは黙ってその光景を見つめる。

 いや――「黙って」ではなく、何も云えなかった。この雰囲気に割って入ることなどできなかったのだ。

 己の命すら軽視する豪胆さと、誇り高き振る舞いを見せる壱殿が外聞を捨て去っている。

 皮肉にも誘拐されたという事実が、ラテっちが少なくともそれなりの年齢だと証明されてしまった。

 己の経験から生み出された自惚れによるラテっちへの仕打ちに懺悔しているのだ。

 更に、その姿にすら微動だにしないりゅうに、2人は完全に呑みこまれていた。


 その時だった――

 2度目の音声チャットの着信音が鳴り響く。


「先程はどうも」

 相手は無論、誘拐の犯人――リキュールからだ。

「――待っていたぞ。それで、俺たちはどこへ向かえばいい?」

 普段とは明らかに低いトーンの声で対応するボンズ。

「この街から南東7時の方角を30分ほど歩いた地点に即席で建てた小屋がある。そこで、今晩――深夜0時ジャストに来い。そこで【九蓮宝燈チューレンポトウ】と、このガキを交換してやる」

「待て! ラテっちは無事なんだろうな!!」

「それは、ここまで来てからのお楽しみだ。ベタに『声を聞かせろ』なんていうなよ。耳ざわりだからな――それじゃ、待ってるぜ」

 そう云い残し、リキュールは音声チャットを切った。

 ようやく取引場所と時間を指定してきた。今は23時――魔物と出くわすことも考慮すれば、今すぐにでも行動に移すべきだ。

「早く行こう!」――りゅうの一言で先ほどまでの重苦しい場は収まり、全員がすぐさま行動に移り始めた。

 

 急いで出発したボンズたちは、リキュールの指示通りに森を突き進む。

 そして、ついに木製の小屋に到着した。

「ここが奴らのアジトか。みんな、入るぞ」

 全員が無言で首を縦に振る。


 小屋の扉を開けると、余裕の笑みを見せているリキュールと、その仲間が出迎える。

「いらっしゃーい。よくぞ来てくれた」

「ボンズ。こいつら――」

「ああ、やはり間違いない。俺たちの戦闘を見ていた連中だ」

 そう――パチの指摘したプレイヤーは以前出会った深紅の鎧を着たリーダーらしき男に、回復符術をかけてくれた女性プレイヤー。

 そのリーダーがリキュールだった。

 つまり――誘拐の主犯だ。

 そして、後ろには残りのパーティーメンバーが並んでいた。

 その中の1人が何かを掴んでいる。――縄……か?


「――お前ら、なぜこんなことを」

「愚問だな。伝説とまで呼ばれた神具を目の前にすれば、どんな手段を使ってでも手に入れたいだろ?」

「そうか――それで、ラテっちはどこだ?」

 ボンズの問いかけにリキュールは尚も笑みを浮かべながら答える。

「慌てるな。それより【九蓮宝燈チューレンポトウ】は持ってきたか?」

 りゅうは黙って、刀を見せる。

「感心、感心。それでは早速こちらに渡してもらおうか」

「その前に、ラテっちはどこにいる? 無事な姿を見せろ」

 りゅうがラテっちの安否を確認するも、不利な条件下にいる俺たちは「いいなり」になるしかない。

 だが、今はなによりもラテっちの無事な姿が見たかった。 

「そうだな。それが交換条件だったな――ククッ、こうも上手く事が進むとはな。実はお前らを初めて見たのは船の上ではない。以前見かけたときから、ずっとこの機会を狙っていたんだよ」

「なんだと!?」

「そして、遂に成就する時が来た。さぁ、礼代わりに人質をお披露目しろ」

 リキュールの命令により、天井から垂れさがっている縄を握った男が前に躍り出る。

 小屋の天井には滑車が付いていた。

 その男が握っている手を緩めると同時に滑車の回る音が鳴り、握っていた縄は天井に向かう。そして、反対側の縄が垂れ下がって来た。

 垂れ下がった縄の先には――気絶したまま縛られ、宙づりにされているラテっちの姿があった。

 顔を見ると、ハッキリとアザが見える。

 間違いなく、殴られた後だった。

 その瞬間――小屋が爆音と共に空気が膨張し、激しく揺れる。

 りゅうが【倍プッシュ】を発動させた。

 いつもの可愛い表情とは裏腹な、初めて見せる激怒した表情を見せて。


 この時――壱殿は他のプレイヤーと異なる思考を持っていた。

 この状況は決して窮地ではない。いざとなったら焔慧眼えんねがんの力を使い、ラテっちを拘束しているプレイヤーの動きを縛れば問題はない――と。

 それよりも、ついに【九蓮宝燈チューレンポトウ】の遣い手の『本気』が見られることに高揚していた。

 いつでもりゅうの本気を見れるように、魔性の眼を光らせる。

 そう――彼にはラテっちを誘拐されてしまった原因を作ってしまったことを猛省したものの、不謹慎にも、今の状況を「千載一遇の好機」と考えてしまったのだ。

 これは誰にも責められない。少なくとも<ディレクション・ポテンシャル>のプレイヤーにとって、神具を操るプレイヤーを間近で見られるだけでもステータスとなる。

 更に、怒りにより【九蓮宝燈チューレンポトウ】の真の威力を発揮しようとするりゅうを、誰が止めることができよう。

 誰が、壱殿を責めることができよう――


 だが――


「――おっと! 動くなよ。もし動いたら……」

 りゅうの倍プッシュを目の当たりにした誘拐犯たちが怯むも、縄を握った男がラテっちの頬にナイフをあて、りゅうの行動を抑制した。

 ラテッチの危機を察したりゅうは倍プッシュを解除してしまう。


 完全に有利な立場にいると再確認できた男が、安心感とりゅうに驚かされた苛立ちから、ラテっちの白い頬に赤い一筋の線を描いてしまった。


 この直後、この場にいるプレイヤー全員が考えうる「予想」、「思惑」、「計画」は全て覆る。


 ――そう、誰であろうと関係ない。

 誰一人として、望みもしなかった状況に変わってしまうのだった。



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