第三十三話 反感
ついに露見してしまった己の恥部。
隠し通せるものではなかったのかもしれない。でも、隠しておきたかった……見られたくなかった。
自覚がない分、余計にタチが悪い。
これから一緒に旅を続けてくれるのだろうか?
今まで通りに接してくれるのだろうか……
意識を取り戻した後、ボンズは仲間たち――特に成人していると思われる2人の対応が気になって仕方なかった。
だが、纏う空気に若干の違和感は感じるものの、みんなが優しく接してくれる。
「ワシたちとは普通に話せるのにな。それにしても、よく今まで4人パーティーを組めていたな。いや、それ以前に仲間と共に行動していたこと自体が奇跡的だ。頑張ったんだな、ボンズ」
「他人はダメみたいね。この子たちのおかげかしら」
「そうだろうな。チビッ子たちと接している姿を見ているときなど、対人恐怖症だと思いもよらなかったぞ」
「私もボンズが対人恐怖症だとは知っていたけど、ここまでの拒絶反応を見せるとはね……今まで苦労したのよ」
壱殿とパチが心配してくれているようだ。
でも、正直この場から逃げ出したい気分だ。2人が俺に対して「頑張った」だの「苦労した」などといった労いの言葉をかけてくれたことなど、これまで1度としてなかった。
いつもとは違う対応に違和感と覚えずにはいられない。
この反応が、より己の行動の異常さを証明しているのだから。
――もう、やだ。
しかし、恥ずかしさで顔から火が出る思いを堪えている中で、2人は尚も語りかけてくる。
「これまで色々な患者さんを見て来たけど……ううん、なんでもないわ。ボンズにはきっと明るい未来が待っているわよ!」
「そうだぞボンズよ! 人生は楽しいことがたくさんあるからな!」
「もうやめてよ! そんなに優しくしないで!」
ボンズは布団から飛び起き、一刻も早くこの場の雰囲気をブチ壊すために、当初の計画通りにソロプレイヤーを探そうと急かす。
そして、みんなを先導し、途方もなく広がる染められた森へと足を踏み入れた。
だが――
「そう……ボンズは『M』……だったんだね」
「何故そうなる! まだ続くの? この会話」
「だって、『優しくしないで!』――だなんて」
「見え透いた優しさが突き刺さって痛いんだよ!」
「それじゃ、素直に罵倒された方が良かったの? そうだったんだ」
「違うってば! なんていうかさ……ほら、もっとこう自然に励ましてくれたりさ、そっとしながらもさりげない慰めをしてくれるという選択肢は存在しないわけなの!?」
「パチよ……ボンズのことを『変態』だなんて、云い過ぎではないか」
「云っちゃったよ! この人、たった今間違いなく本音を云っちゃったよ!!」
『……あ、魔物発見!』
「何事もなかったかのように誤魔化しちゃったよ!!」
ポンポン――
りゅうとラテっちが後ろから優しく叩いてくれる。
そして、一言も発さずに前へ進んで行った。
「……前にもあったよね。こんなこと……幼児は空気を読む必要はないと思うなー!!」
その後、魔物との戦闘を繰り返しながら森を探索を続けていった。
りゅうの攻撃が冴えわたる。
パチの回復符術が暴発する。
壱殿はタバコをふかして寝そべっている。
ラテっちはお茶をすすり、おまんじゅうを食べている。
「うめこぶちゃっ!」
「真面目にやりなさい!」
ゾーンが消滅すると、見覚えのあるプレイヤーたちが並んで拍手をしている。
どうやら、ゾーンの壁越しで俺たちの戦闘を観戦していたようだ。
「いやぁ、強いですね」
「えっ!?」
中央に立っていた深紅の鎧を装備した男性プレイヤーから突然話しかけられ、挙動不審になるボンズ。――だが。
「また見られそうだな。SSの準備はいいか?」
「バッチリ! いつでもOKよ。最高の弱みね」
俺の後ろには2体の悪魔がいる。
「大丈夫だよ! それより、君たちも会話に参加しなさい」
「貴様に『会話に参加しなさい』と云われるとは。よく自分のことを差し置いて云えるものだな」
「自分を知らないって、惨めよねぇ」
「お前らは敵だ!」
拍手をしていた6人のパーティー。
立ち位置を見る限り、話しかけてきたプレイヤーがどうやら中心的存在のようだ。
彼の傍らに南と思われる杖を持った女性プレイヤー、脇には見るからに屈強な男性プレイヤーたちが並んでいる。
「ケガなどしていませんか? 念のために――【青洞門】」
女性プレイヤーがにこやかな表情を浮かべ、俺たちに回復符術を施してくれた。
「す、すいません」
お礼ではなく、反射的に謝ってしまうボンズ。
心の中では優しいなと感心し、そのままお礼の1つでも云いたいところなのだが、それができないからこそのボンズだった。
何にせよ――
強いだろうな。そして、バランスのとれたパーティーだという印象を受けた。
近接攻撃主体に回復役。これで遠距離攻撃型の南が加入すれば理想的なパーティーになるだろう。
「失礼ながら戦闘を拝見させていただきました。西のプレイヤーさんの攻撃は見事としか云いようがありませんね。素晴らしい」
「そうか? ありがと!」
深紅の鎧を装備した男性の褒め言葉に、りゅうは得意気に返事をする。
確かに、りゅうの攻撃をみれば褒めたくもなるだろうな。
「ところで、そちらのお嬢さんはおまんじゅう食べているけど、甘いものが好きなのかな?」
「うん!」
「そうですか。好きですか」
なんでだろう……
なんで、俺が恥ずかしくなって照れているんだ?
戦いもせずにおまんじゅうを食べていたのは俺ではないのに。
「それでは、我々はこの辺で。お互い頑張りましょう。ボンズさん」
「あ、あぁ。そうだね」
ボンズが社交辞令もまともにできない内に、観戦していたプレイヤーたちは去って行った。
その後ろ姿を見たパチが、あることに気付く。
「そういえば――あのプレイヤーたちって、さっき船で一緒だったパーティーじゃない?」
「あぁ、どうりで見覚えがあると思った。恐らくは俺たちと同じように、クエストを達成するためにここまで来たようだな」
ソロプレイヤー……正確にはギルドを結成していないプレイヤーを探しているのは他のパーティーも一緒なのかもしれない。
もしも単独行動をしているプレイヤーを見つけたら、争奪戦になりそうだな。
彼等も、その中の1集団なのだろう。
単独行動をするプレイヤー探しに、出くわす魔物との戦闘か……もう少し有利にことが進まないものかな。
有利か……さっき出会った南のプレイヤーはまともな回復符術をかけてくれた。
パチも、あれくらいできればな。
「ところでさ、散々俺のことばかり云うけど、パチもどうにかならないのか?」
「私? 何をバカなことを。私はボンズのように現実世界なら職務質問された揚句に現行犯逮捕されるような真似はしないわよ」
「そこまでいう!? そうじゃなくて、符術範囲の無視のことだよ」
「今更? 回復してもらえるだけありがたいと思いなさいよね」
「符術自体届いてすらいない時もあるから! あのさ、壱殿も寝ていないでアドバイスとかないの?」
「まぁ、なんだ。不得手なことに対して拒絶反応を起こしてしまうのは、大なり小なり誰にでもある。気にするな」
「俺のことじゃねぇよ! そのネタはもういいよ! しつこいと云ったら逆に怒られるかもしれないけど、でもそろそろ俺の話題に触れるのは止めようよ!」
「わかった、わかった。パチのことだな」
「そうそう!」
ボンズは半ば逆ギレしながら吠える。
その胸中には、勢いに任せて己の話題を逸らそうという魂胆もあった。
「そうさのう……無理だな」
「諦めるの早過ぎるよ! 考えた? 今、ちゃんと考えた??」
「以前も云ったがな、ワシは南ではない上に鍛えてどうこうなるものかすらわからん。確かに『このままでいいんだな』とワシはパチに云った。だが、どういう原理で敵に回復符術をかけられるのかすら理解できないのだから、どうしようもない。まぁ、常識外れなプレイヤー同士、仲良く己自身で解決していくことだな」
「さりげなく俺のことも『常識外れ』と云ったよね? それ、俺のことも含まれているよね!?」
「まぁ、少しだけパチの強化特訓でもしてみるか? だが、焦りは禁物だぞ」
「……なんだよ。壱殿だって、両眼ともチートの能力を持った常識外れのくせに」
「――何か云ったか? 変態パンツ」
「ごめんなさい!」
森の中、ボンズたちは動きまわることを一時中断し、パチの特訓が開始された。
特訓といっても、時間が限られている現状では貴重な時間を裂く訳にはいかない。
とりあえず「練習」といったところだろう。
「ではパチよ。符術を己の手のように扱うイメージでやってみたらどうだ?」
「そうねぇ……」
壱殿のアドバイスを聞き、己の手を見つめるパチ。
「そうだ。チビッ子、この樹に刀傷を付けてくれないか?」
「ん、なんでだ?」
「今からこの樹にパチの回復符術をかけてみるのさ」
「でも、傷をつけたら樹が可哀想だよ」
「傷は治るから大丈夫だ。流石にこの至近距離で符術が届かないことはないだろう」
「そうか、あまり気が進まないけど、パチのためなら仕方ないか」
りゅうは、目の前の樹に少しだけ刀傷を付ける。
軽くこすった程度の、小さい傷だ。
「それではパチ。この樹に回復符術をかけてくれ」
「わかったわ」
パチは精神を集中する。樹に右手をかざし、回復符術をかける。
青く輝く光の塊となった符術が樹に注ぎ込まれた。
すると、樹は急激に成長し、大木と化す。
そして――瞬時に枯れ果ててしまい、樹は灰へと変わっていった。
その光景に、一同呆れかえる。
「死神だ……」
想定外の現象に、壱殿は思わず恐れ、口走る。
「あれ? おっかしいな~。なんでなの?」
「それはこっちの台詞だ!」
パチの回復符術強化特訓は5分と持たずに終了した。
引き続き、染められた森の探索を開始するボンズ一行。
「こんなに探してもソロプレイヤーがいないなんて。やはり、そう簡単には見つからないか」
「ボンズよ。もしかしたら既にギルド登録している者たちの方が多いのかもしれん。これは骨が折れそうだな」
宛てもなく森の奥へと進むと――
「君たち、ここから先には行くな!」
そう叫びながら見知らぬ4人のパーティーが走ってこちらに向かって来た。
正確には逃げ惑っていると表現したほうが正しいだろう。
「――どうした?」
壱殿の問いかけに、逃げてきたプレイヤーが息を切らせながら答える。
「わからないんだ……」
「はぁ? わからないのに先に進むなとは、一体どういうことだ?」
「わからないんだ! 誰もいなかったはずなのに、突然爆発が起きて……仲間が吹き飛ばされてしまった。せっかくクエストを達成できるはずだったのに……」
「爆発?」
「ああ。吹き飛ばされた仲間を救おうとした者も、次々に巻き込まれてしまった……チクショウ!」
「そうだったのか。教えてくれてありがとう」
このパーティーの落胆は手に取るようにわかる。
口ぶりから察するに、恐らくはこの森で仲間を7人揃えることができ、これからギルド結成の申請に向かう最中だったのだろう。
それが、クエスト達成を目前にして振り出しに戻されたのだから。
落ち込む姿が痛々しい。
それにしても――
「爆発か……そんなことのできる魔物がこの地域にいないはず。何が起きたんだろう」
ボンズの疑問に壱殿が答える。
「魔物ではないな。そして、爆発を起こすスキルは幾つかあるが、恐らくは『西南』が使う爆弾だろう」
「爆弾――『ドラ』のことか」
ドラ――最大20個の爆弾を所有し、遠隔式で爆発させるスキルである。
1個のダメージも大きく、並べて設置することで誘爆を引き起こすこともできる。
さらに、最大20個と述べたが、それはあくまで地上に具現化したものであり、地雷式の『裏ドラ』と呼ばれる爆弾も含めて40個の爆弾を同時に扱うプレイヤーも存在する。
「何故、ドラ使いだと?」
「さきほどのプレイヤーたちは『誰もいなかったはずなのに』と云っていた。姿を見せぬまま爆発で攻撃できるのは爆弾しかないからな」
「そうか。――でも、そうなるとこの先にいるのは……」
「『PK』……だな」
「なっ! こんな時にまで……いったい何を考えているんだ!」
「以前も話したが、今後を考えた組織的な犯行か。それとも単独犯か。どちらにしても今は相手にしている場合ではないな」
「全くだ。この非常時に常識外れのことをしている爆弾魔と遭遇などしたくない。今日はもう街へ戻ろう」
「でも、クエスト期間内にずっとそのプレイヤーがいたら、どうするの?」
「そうだな。戦う選択肢も考慮したほうがよさそうだ」
とりあえず、今日はもう街に戻ることにした。
宿屋に宿泊の手配を済ませた途端――
「りゅう、ちょっと付き合ってくれる?」
「なにをだ?」
「さっきの続きよ」
パチはりゅうを誘って、回復符術の練習をすると云いだした。
「どうしたんだ? さっきまでやる気なんてなかったのに、突然練習するなんて」
「別にいいじゃない。まぁ、これから危険なことが増えそうだからよ」
爆弾魔の存在を知ってか、パチも回復役としての自覚が芽生えたようだ。
これは邪魔をしない方がよさそうだ。
「それじゃ、俺たちは買い物に出かけてくるよ」
晩御飯の材料を買いに、壱殿とラテっちの3人で買い物に出かけた。
「ぼんずー」
ラテっちがボンズのズボンを引っ張る。
ボンズはそれ以上聞かなくとも、ラテっち意図をすぐに理解した。
「よいしょっと」
ラテっちを担ぎあげ、肩車をしてあげた。
「わーい!」
その姿を見ていた壱殿から――
「ボンズ……思うのだが、貴様は人間嫌いのくせに、子どもらに対して甘すぎやしないか」
不意な言葉を投げかけてきた。
「そんなことはないぞ」
しかし、ボンズは全く気にしていない。
そのまま街を歩いていると――
「あっ、たいやきやさんだ!」
「本当だ。今まで無かったのに。新規開店でもしたのかな?」
「あんこかって~」
ラテっちはボンズに頭にしがみつきながらおねだりする。
「カスタードの方がラテっちは好きだと思うぞ」
「かすたーど?」
「うーんとな。甘いクリームだよ」
「おおー! それがいいでちゅ!」
2人の会話を聞いていた壱殿が呆れかえる。
「ボンズ……いい加減にしろよ!」
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