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第三十二話 船旅

 

 壱殿加入を祝した食事会も終わり、出発前にりゅうとラテっちの約束を守るために、おやつのホットケーキを焼くボンズ。

 壱殿とパチは遠慮した。流石にもう入らないとのこと。

「2人とも、底なしの胃袋ね。ご飯を食べた後でよくまた食べれられるものだわ」

 パチのいうことももっともだ。なら作るなと云われそうだが、約束したのだから仕方ない。

「おやつはべつばらでちゅ。とってもおいちいでちゅよ」

「そうだぞ。なぁ、ボンズ。おかわりくれ!」

「はいはい」

 子どもたちのやり取りを見ていた壱殿が一言漏らす。

「ボンズ。貴様はこの幼児たちを甘やかしすぎるのではないか?」

「え、そうかな……」

「あぁ、甘い。もっと厳しくすべきだと思うがな」

 ボンズは子どもたちを甘やかしている自覚はない。

 数少ない「己が心を許している存在」として対応していただけだった。

 ただ、子どもゆえにパチとの対応とは異なっているという否めない事実もあった。

「うーん。でも……俺には無理かな。この子たちは特別な存在なんだよ。俺にとって……な」

 ボンズの台詞に少し不満気な態度をとる壱殿。

「まぁよい。それとな、貴様が持っている料理の発想力を戦闘にも活かせないものか」

「はい?」

「以前も云ったが、この世界では発想力も必要になってくる。ワシは貴様にその力が欠落しているものだと思っていたが、持っているではないか」

「いや、料理と戦闘は全く別物だろ」

「何を云う。より効率的に、なおかつ『自己が持っている力を最大限に発揮する』ことにおいて、料理も戦闘もそう違いはない。料理にあれだけの発想力を使って他者を喜ばせるのだからな。戦闘においても『戦い方』にボンズだけの発想を使って戦えるはずだ」

「そういうものですかねぇ。全くピンとこないんだけど」

「『焦るな』とは云わん。いずれわかる時が来るとも思わんほうがいいぞ。己自身で探しだすのだ。何度も云うが、貴様には才能があるからな」

 壱殿は俺を褒めているのか叱っているのかよくわからない。

 現状の俺が、突然変貌でもするとでもいうのか? 

 俺は人間など、現状維持だけで精一杯だと思っている。

 なにより、日々劣化していくのが俺にとっての現実世界だった。

 それがゲームの世界に変わったといえど、急激な成長など望めるわけがない。

 レベルを上げるにも順序がある。少しずつ経験値を貯めることだ。

 確かにこのままでは、「これから」を生き抜くには厳しくなるかもしれない。だが「才能がある」と云われても、今の俺には糸口さえ見つからない。ヒントでもない限り、俺にこの状況を打破する力など、ある訳がないのだから。


 ――この時、壱殿に急かされながらも焦る感情をボンズは持ち合わせていなかった。

 なぜなら、「人間は劣化するには即効性があるが、成長に即効性など存在しない」――このことは現実世界で劣化し続けてきたのボンズの持論であったからだ。

 更には、レベル99のボンズにとってに成長する「余剰」があるのかと、疑惑を持つ節もあったためである。



 会話が途切れると共に出発準備も整い、当初の予定通り「経済都市 ピンズ」へと向かうために船に乗ることになる。

 港までの道のりも、この世界に来て2度目となる。早いものだ。なにより、今こうして消滅せずにいるのですら奇跡的と思わずを得ない。この世界に来た時に比べれば……独りでいた絶望感を味わった時が嘘のように。

 そう――あの時の記憶は今だ鮮明に残っている。

 その記憶により、港へ辿り着くまでボンズに不安を募らせた。

 2つ目のクエスト――ピンズまでの移動の時のように、また大勢のプレイヤーで混雑していたらどうしようかと思っていたからだ。

 初めて港へ来た時に判明してしまった己の知らぬ一面とでもいうのか、「もう1人の自分」が姿を現してしまったことを思い出さずにはいられない。

 なにより、本人に全く自覚はない。人生において未だ知りえなかった拒絶反応を露見してしまったのは耐え難い屈辱である。

 そして、そのことを知っているのはりゅうとラテっちだけ。

 基本、多少の事にも動じないこの子たちが軽く引き気味になるほどの不可解な行動を無意識の内にとってしまう姿を、大人であるパチや壱殿にだけは見られたくない。

 恐らくは、凍てつく視線を送りつけるに違いないだろう。

 そうなると、今後の行動にも支障をきたしてしまう。それだけは回避せねばと心に固く決意していた。

 この姿を子どもたちから初めて指摘された時ほど己の人格形成に不安感を抱いたことはない。

 他人を避け続けてきた人生を後悔せざる負えない数少ない箇所だ。これは拒絶反応というより「癖」とでもいうのか……いや、違うか。この現象はなんと名をつけたらいいのかわからない。

「突発性人混み拒絶無意識舞踏症候群」とでも名付けるか――何を云っているんだ俺は。


「ねぇ、ラテっち。念のために聞くけど、空飛ぶタタミは5人乗れないよね?」

 ――と、ラテっちの方に目をやると、口元にはクリームとホットケーキの食べカスやらでベタベタになっていた。

 しかも、またもやドヤ顔。ラテっちは「ドヤ顔」が好きなようだ。「エッヘン」と云いた気に胸を張って歩んでいく。

「あぁ、もう。こんなに汚して」

 ボンズはアイテムポケットからタオルを取り出し、ラテっちの顔を拭き始める。

「ぜんぶたべまちた。えらい?」

 理由はわからんが、褒められるのを待っていたようだ。

「顔をちゃんと拭いていたらね。りゅうを見習いなさい。なぁ……」

 りゅうはホットケーキを巻いて棒状にし、それを片手に食べ歩いていた。

 ボロボロと食べカスを落としながら。そしてやはり満足気な表情だ。

「コラ! 食べ歩きはダメだぞ!」

「ボンズ、そんなことをいっていいのか?」

「……なんだよ」

「昔の人はこんなことを云っていた」

「ふむ」

「ホットケーキは丸めるとクレープとして食べられるぞ」

「その台詞はりゅうが今作っただろ!」

「あれ? おかしいな?」

「おかしくない! 行儀悪い子にはもう作らないぞ!」

『うわっちゃー!!』

 りゅうは慌てて丸めたホットケーキを丸呑みした。それを見ていたボンズは喉に詰まらせないか心配になり、急いで飲み物を用意する。

「おいおい。そんな食べ方したら危ないだろ。ほら、水を飲んで落ち着きなさい」

「お、ありがとう。さすがボンズ」

「わたちものみまちゅ」

「ラテっちは先に口の周りを綺麗に拭きおわってからね」

「ふちゅふちゅ」

 結局、ボンズがタオルでラテっちの顔に付いた食べカスを全て拭き取ってあげた。

 綺麗に拭き取ってもらい、何気に微笑ましい表情をするラテっち。

 このやり取りを見ていた壱殿は、パチに対し質問する。

「なぁ、ボンズは子どもたちにいつもこうなのか?」

「そうね、大体こんなかしら」

「そうか……わかった」


「そうそう。ラテっち、タタミの話をしてたんだよ。空飛ぶタタミを使ってみんなで移動はできないのか?」

「むりでちゅね。おもいでちゅ!」

「そうか……4人で重量制限もギリギリだったかもしれないもんな。5人は無理か」

 つまり、今後はタタミに乗って移動はできないということになる。

 こればかりは仕方ないか。

「わたちね、おふねのりたいのー」

「船……そうだよな、みんなで乗るか!」

 そうだ。もうこれしか移動手段はない以上覚悟を決めるしかない。大丈夫、プレイヤーがあふれ返っていることなどない――はず!

「初めて船に乗れるぞ! やったー!」

 喜ぶりゅうとラテっち。こんなに喜んでくれるとは、喜ぶ姿にこちらまで嬉しくなる。

 

 ――港へ到着すると、船を停泊させた場所に水兵服を着た男性キャラクターが立っていた。

「なぁ、あれが乗船受付役のNPCノンプレイヤーキャラクタープレイヤーなのかな?」

「そうよ。ゲームの時とビジュアルが同じでしょ」

 パチは俺たちと違って大陸移動のクエストは正攻法で乗り切ったのだな。初めて船に乗る訳ではないようだ。

「なぁなぁ、あの水兵さんに話しかければ船に乗れるんだな!」

「そうよ。話しかけてみる?」

「うん!」

 りゅうは嬉しそうに走り出し、その後をラテっちが追いかけていく。

 その途中、慌てたせいかラテっちが転んでしまった。よく転ぶお子様だ。

 ラテっちに気付いたりゅうが振り返り、ラテっちの元まで駆け寄る。そして、仲良く手を繋いでNPCに話しかけに行った。

 そして、何故か一緒に戻ってきた。

「……どうした?」

『おかねちょーだい』

「あ、そうか。運賃のことを忘れていたよ」

 金貨を取り出そうとするボンズ。直後、その腕を壱殿が掴み――

「待て。この子らは金貨すら持っていないのか?」

「無一文ではないけど、少ししか持っていないんだよ」

「それで、ボンズが肩代わりしているのか?」

「肩代わりって……そんな大袈裟なものではないよ。出せる範囲しか金貨は使わないし、りゅうもラテっちも金貨をほとんど持っていないんだから仕方ないだろ?」

「…………そうか。もうよい」

 それ以上口にせず、背を向ける壱殿。

「どうしたんだろう? なんかあったのかな」

 壱殿の行動が理解できず、パチに問いかける。

「さぁ、色々思う所でもあるんじゃないの?」

「色々って?」

「知らないわよ」

 ――変なの。 


 ボンズは運賃をNPCノンプレイヤーキャラクタープレイヤーに支払い、みんなで乗船し始めた。

 30人乗りだから比較的小さい漁船のような旅客船だと思っていたが、なかなか贅沢な作りをしたクルーズ船である。

 現実世界で船旅をするようなクルーズ船に比べると規模は小さいものの、密集して乗船すれば100人以上は乗れるのではないかと思えるほどの大きさだ。これで30人乗りとはVIP扱いされていると勘違いしてしまう。

 乗船するにあたり、乗り場から階段を登り船内へと入る。船体中央に位置された構造物――船桜へと進んでいった。

 そこは内装も白い壁紙に嫌みのない豪華な照明が船桜内を照らし、2階には客室の他に食堂が用意され、全て毛の長い黒いジュータンで埋め尽くされている。

 壁の白色に床の黒色。白黒の部屋を温白色の灯りが優しく包み込み、船桜内にノスタルジックな雰囲気を生み出している。

「――まるでレストランだな」

 思わず独り言を云ってしまうほど内装にこだわっていた。

 船体の側面部の甲板に出ると床板などは新品と思えるほど綺麗だ。

 船に見惚れている内に船員のNPCが碇を上げ、ピンズへ向け出港した。

 出港した途端に海風を全身に浴び、えもいわれぬ爽快感に浸る。

「そういえば、俺も船に乗るのは初めてだな。現実でも、この世界でも。――これが船旅か。なんて気持ちいいのだろう」

 それに、周囲を見る限り乗船しているプレイヤーもまばらだ。無人ではないが、これ位の人数なら耐えられる。

 

 ふと気が付くと、既にみんなバラバラに行動しており、どこにいるかわからない。

 普段は勝手に出歩くことはないのに、よほど船に乗れたのが嬉しいとみえる。

 取り合えず船桜に戻ると、壱殿が1人で散策をしていた。

「乗船客は俺たちを含めても10人ほどだな。一緒に乗船しているプレイヤーたちも、まだギルドを組めていないようだ」

「そうのようだな。さて、ワシは甲板で一服してくるとしよう」

「あ、俺も行くよ」

 船首側の甲板に興味を示したボンズは、壱殿と一緒に船桜から出る。

 扉を開けると大海原が広がり、海風はいっそう爽快感を増す。どこまでも広がる水平線に、数秒の間、心を奪われていた。

<ディレクション・ポテンシャル>の世界に来てから、自然の景色に圧倒されることが多い。

 部屋の片隅でPCの前に座っていた頃には考えられない体験ばかりだ。


 甲板に出ると、そこでは既にパチとラテっちはビーチで使われる日光浴用の長椅子に寝そべっていた。

 椅子の脇には円形のカフェテーブルが用意されており、その上にはブランデーグラスに似たガラスコップにトロピカルフルーツジュースが注がれている。

 ――優雅だ。

 2人揃って足を組んで寝転んでいる。

 ラテっちは短いあんよを頑張って組んだようだ。

「セレブはこうでなくちゃ」

「……あっそ」

「セレブでちゅ!  マンダム!」

「マンダム……? 使い方は合っているのか? まぁいいか。それより、りゅうの姿が見えないんだけど」

「あそこにいるわよ」

 パチの指さした方向は船体の前端部。船体から飛び出した丸太――船首にりゅうはまたがっていた。

「随分と見晴らしがよさそうなところにいるな」

 ボンズはりゅうの小さい後ろ姿に向かって近付いていった。

「海はー広いーなー、大きいなー」

 機嫌良く歌っている。

 ちょっと羨ましいという思いから、りゅうを見つめていた。

 すると、りゅうは突然立ちあがる。さらには【九蓮宝燈チューレンポトウ】を鞘から抜き、刀身を空に向かってかざしだした。

 同時に、大きく息を吸う。 

 そして―― 

「海賊王に――」

「それはダメーーーーーーー!!」

 猛進したボンズは間一髪のところで、りゅうの口を両手で塞ぐことに成功した。そして、そのまま甲板まで抱えながら連れていく。

「モガモガ……うぬぬぬー!」

 りゅうは苦しそうにもがき出し、ボンズの手を振りほどいた。

「なにすんだよ、ボンズ」

「りゅうこそなにを云いだすんだ! 完璧にアウトじゃないか!」

「ケチー!!」

「ケチじゃない! りゅうは金髪のツンツンヘアーの時点ですでにギリギリなんだからな」

「えええーー!!」

「そんなに驚かなくても……」

「いいじゃない。好きにさせてあげなさいよ」

 パチは寝っ転がりながら勝手なこと云い始める。

「あのな、気軽に云うなよ」

「言論の自由じゃない」

「規制という言葉も忘れるな」

 りゅうは白く丸い頬を大きく膨らませながら抜き出した【九蓮宝燈チューレンポトウ】を鞘にしまった。

「それにな、大事な【九蓮宝燈チューレンポトウ】が海風で錆びたらどうするんだ。使い物にならなくなったら大変だぞ」

 ボンズのお説教を偶然聞いていた壱殿が、説教の内容について指摘し始めた。

「なにを馬鹿なことを云っている。【九蓮宝燈チューレンポトウ】が錆びる訳がなかろう」

「どうしてそう云い切れる?」

「貴様……知らないのか?」

「……なにを?」

「どうやら、知識以前に、思い違いをしているようだな。ボンズは【九蓮宝燈チューレンポトウ】の存在をどうやって知った?」

「え、ネットで見た知識だけど……」

「やはりな。それとな、ボンズはMMORPGで遊んでも、テレビゲームのRPGで遊んだことがないだろう」

「なんでわかったの!?」

「RPGで遊んだ経験があれば、そこら辺に置いてあるタルの中身などを調べてみようとする。そういった行為をしたことはないだろ?」

「いや、たしかに壱殿の云う通りRPGで遊んだ経験はないけどさ、それがなんで神具のことを思い違いしていると云えるんだよ。何の関係もないじゃないか」

「関係ならあるさ。なにせ、オープンβ(ベータ)の時、船や賭場の壁紙を調べたら書いてあったのだからな。神具のことを」

「嘘っ!?」

「本当だ。だが、掲示されていた期間はせいぜい1日程度だったはずだ。偶然それを見たごく一部のプレイヤーだけが存在を知り得ることができ、ネットで噂になったのだ」

「し、知らなかった。俺だって結構<ディレクション・ポテンシャル>をやり込んでいたけど、そんな話は初めて聞いたよ」

「書かれていた内容によるとな、『神具』とは、そもそも武器でも防具でも――いや装備やアイテムの類ですらない。簡単に云えば『(ペー)』より強力な唯一無二の特殊能力といったところだ。その中の1つである【九蓮宝燈チューレンポトウ】とは、その能力が具現化された姿にすぎない。『形となった能力』なのだ。能力である以上、錆びることや破損することなど間違ってもない――と、いうことだ」

「この刀が……能力? つまり、『能力を兼ね備えた武器』ではなく『武器そのものが能力』なのか」

「ついでに云えばな……この刀を持っていたとしても、能力を引き出せるかは手に入れた者次第だ」

「それじゃ、1振り9撃の攻撃はりゅうでないと出すことは不可能なのか?」

「いや、9撃を繰り出すことは恐らく誰にでもできるだろう。問題はその『先』だ」

「……先?」

「言葉の通りだ。【九蓮宝燈チューレンポトウ】には、もう1段階『先』がある。それを引き出せるかはプレイヤーの力量――二つ名通りに、天に……神具に『愛されている』かどうかで決まる」

「りゅうは……どうなんだ?」

「本人に聞けばいいだろう」

「そうだけどさ。なんか、りゅうはこういう話はあまり好きではないみたいなんだよ」

「なら聞かなければよい。答えなど、他者が知ったところで意味はない。本人が自覚しているのあれば、それでいいだろう」

「そう……そうだよな。ところで、他の神具のことを教えてくれないか。すっごく気になるんだけど……」

「それこそ、知ったところで意味はないだろう。知ることに価値はない」

「そんなっ、プレイヤーとして気にするなという方が無理だよ」

「あーあ。ワシも眠くなってきた。女性陣の隣で飲み物でも飲みながら寝転ぶとするか」

「け……けちー!」

「いい歳してチビッ子と同じことを云うな」


 少しの間の航海も終わり、ピンズ大陸の港へと到着した。

 だが、ここで予想外のことが起こる。

 船から降りると、ピンズ大陸へと続く港にはプレイヤーであふれ返っていたのだ。

「すごい人混みね。なんでこんなに大勢いるのかしら」

 パチが不思議に思うのも無理はない。

 これは別にプレイヤーたちが目的を持って集まっているわけではなかったからだ。

 ピンズへと移動したプレイヤーが、これからどうするか方向性を話し合う場所として港に留まり、その結果プレイヤーが一時的に密集していただけだった。

 だが――

「ぬかった! マンズではプレイヤーがいなかったせいで油断した! 大陸移動するのは俺たちのようにソロプレイヤーを探す人たちだけではない。既にギルド結成し、クエストを達成したプレイヤーたちがどこにいるかなど予想もしていなかった。それにしたって……よりにもよって、この港に集まることないだろう! ……どうしよう……」

 ボンズは港から一目散に逃げ出そうとする。

 だが、ここはプレイヤーが密集している。故に、他人との接触は不可避であった。

 知らないプレイヤーのひじが、ボンズに触れる。

「ヒィッ!」

「なに……? 今の『初めて痴漢にあった女子高生』のような悲鳴は」

 パチの声など既にボンズには届かず、両腕を強く締めながら湧きあがる震えを抑え込むのに必死だった。

「う……息苦しい。他人の体温が伝わってくる……あぁ、やばいよ……意識が……意識が薄れ……」

 目の前が黒く塗りつぶされていく。

「――まずいでちゅ!」

「どうしたの? ラテっち」 

「あちゃー。久々にボンズが変身するぞ」

「……変身?」

 パチがボンズに目をやると、時すでに遅く、ズボンのベルトを外し終わっていた。

「チョット! なにをやっているのよ!?」

「ボンズ! おい、しっかりしろ!」

 壱殿も異変に気付き、声をかける。

 しかし――

 ベルトを外したボンズの下半身から金属が噛み合う音が聞こえてくる。

「え? え? なに、どういうこと?」

「ボンズは大勢の人に囲まれるとな、こうなるんだ」

「ぼんずはひとがいっぱいいるところはきらいなんでちゅよ」

「コミュ障にも限度があるでしょ!! いくら対人恐怖症だからって、拒絶反応の限界値を軽く振りきっているわよ!!」

「なに!? ボンズは対人恐怖症なのか?」


『――うん』


 そして、ボ……いや、「彼」は勢いよく下半身を被う布から自らを解放した。

 かろうじて1枚だけ残して。

 その姿のまま、八百万(やおよろず)の神々に祈りを捧げる古代の巫女の如く、不可解な言語と舞踏を披露し始めた――





「――あれ?」


 気が付くと、見覚えのある部屋のベットで寝ていた。

「ここは……ピンズの宿屋……か?」

 ふと横を向くと4人は並んで立っている。

 何故か、パチと壱殿は視線を合わせてくれない。

「…………もしかして……」

「だ、大丈夫だよボンズ。新しい技だったぞ! 恰好よかったぞ! ね、ラテっち」

「だいじょぶ! ビバノンノン!」

「ダメ!」

 りゅうは慌ててラテっちの口を塞いだ。

 幼児がメッチャ気を遣っている。

 すると、パチがそっと手を握り締めてきた。

「心配しないで。これからは『生』温かい目で見守ってあげるからね」

「生っ!? ちょ、生ってなに??」」

 続いて、壱殿が両肩に手を添えた。

「ボンズ……」

「……なんだよ」

「貴様が――ナンバーワンだ!」

「名言出すなよっ!」




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