第二十九話 変異
めでたく俺たちの仲間に加わってくれた――「壱殿」
成り行きとはいえ、彼とこれから共に出来るのは非常に心強い。
本来なら、大手ギルドが彼の加入させるために惜しみない交渉をするほど「希少な存在」である彼が、俺たちのような個々の集まりに在籍してくれるなど有り得る話ではない。
彼はラテっちと同じ<ディレクション・ポテンシャル>のプレイヤーで、「約1万人に1人」しか存在しない「北」の方位プレイヤーだ。
「北」の特徴はプレイヤーの持つ「特殊能力」にあり、ゲームの世界で攻撃や防御以外の全く奇異な力を備えており。その能力次第ではパーティーの戦闘スタイルが激変するとまで云われている。
即ち、「北」の方位プレイヤーがいるパーティーと、いないパーティーでは「戦闘」の勝率は大幅に変わってしまうこともあるのだ。
その中でも、「勝率」を最も上げるとして有名な能力――「焔慧眼」の持ち主だったからだ。
しかも――両眼とも「焔慧眼」
「焔慧眼眼」の持ち主自体、<ディレクション・ポテンシャル>の世界で0.001以下の確率しか存在しない。
両眼とも開眼するということは、その確率は未知数なものだろう。
通常は片目――それも「左眼」のみ。
左眼は、魔物やプレイヤーの「全て」を見透かすことで、動きそのものを封じると共に「拘束」し、拘束したプレイヤーを自由に操る。
これを俗に――「縛」と呼ばれている。
稀に右眼を開眼するプレイヤーがいると云われているが、存在は確認されていない。ただ、その能力は「空間を見透かし、一定の範囲内の時間を拘束することで数秒だけ『時を停止』させる」と云われている。
――と、ここまでは理解している。
では、両眼の効力とは一体……
「焔慧眼」の両眼開眼の効果とは――
「なぁ、壱殿。単刀直入に聞くけど、どういう能力をもっているんだ? 両眼とも『焔慧眼』なんて初めて見たぞ」
「初めてか……まぁ、それはどうでもいいだろ」
「どうでもよくないよ! すごいレアじゃないか!」
「あまり『レア』とか云われるのは好きじゃないのだが……」
「え……そうなのか? 悪いことを云ってしまったな」
「そう、かしこまらんでいい。仲間となったのだから」
「あ、ありがとう」
一見「口が悪そう」な面も見せるが、こういう「器の大きい」ところも見せてくれる。
そこは俺とは明らかに違う点だ。
少々羨ましい。
「うーん、そうだな。おい、ボンズといったな。今からワシに攻撃してみろ」
「攻撃!? いいのか?」
「かまわんよ。必ず避けるから」
この台詞には少し癪に障った。
「わかった。遠慮はしないぞ」
「いいぞ――来い!」
ボンズは少し間をおき、予告なしに正拳突きを叩きこむ。
補足として、ボンズの正拳突きは「破壊力」よりも「速度」を重視している。
一撃必殺ではなく多段コンボを活用するボンズの拳は、この世界で存在する攻撃の中で、速度だけでいえば上位クラスの速さだ。
「多少手加減した方がいいかも?」とも思ったが、本人の意向に従い、かなり本気で拳を突き出した。
すると壱は、ボンズが拳を「繰り出した瞬間」に横に移動する。
その動きは「拳をかわした」というよりも、まるで「拳の行き先がわかっていた」かのようだった。
「これでわかったか?」
ボンズは呆気にとられている。
拳を繰り出した瞬間に「動きを縛られる」と予想していたのに、まさか突き出した拳が「空振り」するとは思っていなかった。
「……まさか……未来予知?」
今度は壱殿が呆気にとられてしまった。
「…………そんなわけないだろう。貴様、夢でも見ているのか? なんとも呆れた考え持っているヤツだな」
「ボンズは厨2病だからな。勘弁してやってくれ」
「りゅう、それはヒドいよ……」
ボンズの代わりに謝るも、全くフォローになっていない始末。
そんな夢見がちなボンズを放っておいて、壱殿は話を進めた。
「まぁいい。この効果はワシのみでなく、パーティーにも効果を出せる。よく見ていろよ」
そういって壱殿はポケットからもう1枚金貨を取り出し、再び宙に投げた。
その場にいる全員が金貨の行方を見つめる。
宙に投げられた金貨は重力によって落下し、再び壱殿の手へと戻っていく。
「見てたか?」
「ただ金貨を投げて、落ちてきた金貨を受け取っただけ……よね?」
パチの云う通りだった。特に変わった様子はない。
「……これが能力なのか? 何も変わった様子はないけど……」
「慌てるな。今のは能力を見せる『前座』だ。今のを良く覚えておけよ」
そういって壱殿はもう一度金貨を宙に投げた。
宙に浮いている金貨はそのまま重力によって落ちてくる。
――はずだった。
「な……なんだ!?」
「嘘っ!? なにこれ!」
「ほぇぇぇ」
「ゆっくり~」
落下していく金貨のスピードが緩やかになっている。
まるで、風船が落ちてくるように。
落ちてきた金貨を壱殿が掴む。
「わかったか?」
「あぁ、金貨がゆっくり落ちてきた。どういうことなんだ……わかった! 『重力』だ! 万有引力を無視して重力を操ったんだな! そうだろ?」
「…………貴様、本当に夢見がちなヤツだな」
「すみまちぇん。うちのこがごめいわくを」
「ラテっちまで……それじゃ、何なんだよ! 金貨がゆっくり落ちてくる能力って!?」
「つまりだ――空間で流れている『時間』とは発生する出来事の変化、認識するために必要な概念のことを指す。ようするに、『これから起きる出来事の流れ』のことだ。そして、その流れは必ずしも一定ではない。この世には『絶対的に固定された時間は存在しない』のだ。これを『同時刻の相対性』と呼ばれている。それを無理やり思い通りに操作する能力なのだよ」
「そうか――ハッキリ云おう。全然わからない」
壱殿の云っている話が難しくて、困惑するボンズ。
それに、こんな話をされたところで誰も理解できるわけがないだろう。
子どもにもわかりやすく説明しろと云いたくなる。
難しい話のせいで、またチビッ子たちが砂遊びをし始める。――と思われていたが、意外にも座って大人しく聞いていた。
「はい! 先生」
りゅうが突然、元気よく腕を上げる。
「なにかな?」
壱殿もノリ返す。
「浦島太郎なんだな!!」
「か~めっにのって~、りゅ~ぐ~じょ~」――ラテっちも歌いながら答える。
「正解! 2人とも、100点だ!」
『やった~!!』
さらに困惑するボンズ。
「なに? 2人はわかったの? なんで? さっぱりわからない。ねぇ、パチは? わからないよね??」
「私に同意を求めるんじゃないわよ。浦島太郎って云われたら、答えはすでに出たでしょ」
「え? え?」
「浦島太郎は竜宮城にいる間は時間の流れが遅くなっていただろ? それと同じことをできるということだ。簡単に云えば『時間の速度』を意思通りに操ったのだ。 いわゆる『時間操作』というやつだな。ちなみに、ワシはこの能力を『長考』――と呼んでいる」
理解はできた。だが――
「チートだ!! 想像以上のチートだ! 夢以上の能力が出てきやがった!!」
「貴様が先に云っていた『重力』という説も、云われてみれば相対性理論により、『重力が強ければ時間は遅れる』とあるから、重力を操るというのは語弊ではあるが発想は近かったかもしれん。だが、実際は重力など操れん。細かいことは気にするな」
「気にするよ! ありえないよ!」
ボンズは壱殿を指さし、吠えたてる。
ラテっちに続くチートプレイヤーがまた増えた。
これはパーティーにとって、そしてこの世界で生き抜くためにはいい方向に進んでいるのだろうが、どうも釈然としない。
「全く……北の方位プレイヤーはみんなこうなのか? チートもいいとこじゃないか。なんか不公平だよ」
「その分、攻撃能力は皆無だぞ? それに防御力も低い。これしか能がないのだから多目に見ろ」
「それにしたって『時間操作』だなんて……詐欺だろ」
「まぁ、あくまで『発生した時間の速度の操作』をする能力だと思ってくれ。時を止めることも、戻すこともできぬ。ただ時間が流れる速度をある程度まで緩める能力なだけだ。それに、通常の能力――右眼のみの焔慧眼が発動させる全体の動きを封じる『縛』も、使えなくはないが制限がある。縛る時間が短いうえに、対象は1体のみだ」
「凄いことをサラリという人だな……」
などと会話していながら壱殿の能力を改めて認識すると同時に、あることに気付いた。
「あ! ――それじゃ、さっきの賭けは途中で金貨を取らなければ……」
「無論、ワシの勝ちだったな。裏か表か手の甲の上に乗るまで全て見える。そしてワシの周りの時間のみを操作すれば、金貨が裏側を向いた瞬間に掌で押さえればいいだけのことだ。」
「なんだよ! イカサマをするつもりだったのか!」
「さっきもいったが『イカサマ』ってのはバレなければ、それは『イカサマ』ではない。見抜けない方が間抜けなだけだ。敗者の弁など聞く耳もたんよ」
「そういうものなのかね……なんにせよ凄い能力だ。戦闘中に発動すれば敵の攻撃など回避し放題だな」
イカサマについては釈然としないものの、こんな能力を持った北のプレイヤーを仲間に出来たのは大きい。
「これから」俺たちにとって大きな存在となってくるのは間違いないだろう。
しかし――
「フッ――確かに、こんな能力は他にはいないだろうな」
偉そうに鼻を鳴らす壱殿。
その姿は「ワシに頼りすぎるなよ」と云いたげだった。――これはあくまでボンズの勝手な想像なのだが。
――カチンときた。
「りゅう! ラテっち!」
ボンズはパチンと指を鳴らす。
『ラジャ!』
「あれでもないこれでもない、あれでもないこれでもない……あった~! 【まほうのすてきなぱらそる~】」
「…………なんだ、それは?」
不可解なアイテムを目の当たりにした壱殿は、その効力を見て更に驚愕する。
2人はタンポポの上にパラソルを置き、パラソルの上を回すように走りだす。そしてタンポポを「芽」の状態にまで戻してみせた。
「なぜだーー!!??」
「フッ、ウチの子たちを舐めんなよ」
「おい……これって」
勝ち誇るボンズに、壱殿は数瞬驚きを見せた後、真剣な眼差しでラテっちを見つめる。
そして、視線をボンズに移した途端に後ろへと振り向かされ、子どもたちに聞こえないように肩を抱き寄せ、耳打ちのように語りかけきた。
「コイツは何者だ? いや……貴様は今までなんとも思わなかったのか?」
「なんのことだ?」
「ラテっちとやら――あれは完全に『突然変異』の類だぞ! あまりに異常過ぎる……」
「人のこと云えないだろ」
「確かにそうかもしれん……だが、ゲームでこんな能力が存在するとは思えん……いや、存在などしていない能力だ。だが、【九蓮宝燈】のような『神具』ではない」
壱殿はラテっちを横目でもう1度見つめながら――
「代償……かもしれん」
「代償?」――聞き返すボンズ。
「『等価交換』というやつだ。能力を使うために代償として何かを支払おうとしているのか……すでに支払っているか……だ」
「なにをバカなことを。これはゲームだろう?」
「だが、今は現実だ。何があっても不思議ではない」
そういわれると何も云えない。
この世界では「異常」なことが多すぎるのは身を持って味わっているからだ。
「代償は何かわからない。只――金……ではないな。何かを背負いこんでいる人間には、どんなくだらないことでもそれなりの『対価』が支払われると聞くが……その類なのかもしれない」
壱殿は子どもたちを見つめながら淡々と語る。
「ワシはおチビちゃんの能力を把握しているわけではないが、もしも『これから支払う予定の能力』だと仮定すれば、大変なことになるぞ……それほどのリスクを貴様らは背負えるのか?」
問われたボンズは、表情一つ変えずに即答した。
「そりゃ、初めて見た時は驚いたよ。もしかしたら壱殿の云う通り、これから何があるかわからないし、過去に何かあったかもしれない。でもな……俺と一緒にいてくれる大事な仲間というだけで充分なんだよ」
「そうか……そこまで云うなら、ワシから云うことなどない。――『ボンズ』も本当に面白い男だな」
「そんなこといってくれるの、壱殿くらいだよ。――この場合は『ありがとう』でいいのかな?」
「フッ、好きにすればいい。まぁなんだ。ボンズのような変人と一緒にいるだけでも充分異常だったな。ワシもそうなるのだけどな」
「一言余計だ」
後で気付いたことだが、この時が「貴様」から「ボンズ」と呼ばれるようになったキッカケだった。
だが、「貴様」と呼ばれなくなったわけではない。
いや、今後も「貴様」と呼ばれる方が多かった。
どうやら壱殿は他者を「貴様」と呼ぶ癖があるらしい。
壱殿の能力説明はこれにて終了。
「さて――これからどうすしようか? ところで、ゲーム時代にギルドに入っていたり、フレンド登録しているプレイヤーとかいる?」
「いないな。さっき別れた奴らも、この世界に来てから知り合った仲だったからな」
「そうか……残念だ」
「貴様たちは?」
「あいにく……」
「大体ワシはこのゲームをしばらくの間遊んではいなかったからな。久しぶりにログインしてみたら、この有り様というわけだ」
「それはなんとも厳しいタイミングだったな……まさか、こんな世界に巻き込まれることになるとは思わなかっただろうに」
「いや、別に構わないぞ。巻き込まれたと悲観などしていない」
「え? なんで?」
「この世に未練がどうとか――そんなくだらないことを云うつもりはないが、ここにいれば『退屈』しないで済む。それだけのことだ」
やはり壱殿の価値観は少し変わっている。
「面白い」か「退屈」かで、物事を決定しているかのようだ。
「そうだ。せっかくだから貴様らの『強さ』を見せてくれないか?」
「あぁ、そうだな。俺はレベル99の……」
壱殿はボンズの話の腰を折る。
「いや、説明はいい。実際に『戦闘』を見せて欲しいのだ」
「戦闘? 別にかまわないけど……」
仲間のステータスとかをチェックしなくてもいいのか?
いや、なにか思惑があるのかもしれない。
そう思い、取り合えず壱殿に従い魔物を探し始めた。
「戦闘」――新たな仲間が加わったことで一つだけ疑問が生まれる。
「そういえば、『仲間』になってもらった後の『戦闘』はどうなるんだ? 戦闘は4人1組の『パーティー』が基本だろ? 5人で戦闘などできるのか?」
「その点は大丈夫だ」
ボンズの疑問を壱殿が解消する。
「ワシはこのクエストが開始されてから、それまで一緒にいた仲間たちと、もう1組のパーティーと出会う前に、とある2人のプレイヤーを仲間にしたことがあるんだ。その時は6人でも戦えた。逆に、2組のパーティー……つまり『8人』で戦おうとしたこともあったのだが、ゾーンが発生すると共に1人だけゾーン外へと除外されていった」
「除外?」
「言葉の通りだ。恐らくランダムだとは思うが、ゾーンが広がっていくのと同時に1人のプレイヤーが強制的に発生した壁に押されながらゾーンの外へと追い出され、残った7人がゾーンの中に残された状態へとなっていったのだ」
「そうなのか……2組のパーティー。つまり『8人』では戦えず、ギルド定員の『7人以下』なら戦える――ますます『ゲーム』の頃とは変わってきているんだな」
「『仕様変更』というものだろう。クエスト開始時にGMから『単独行動の許可』が出た。あれは『1人』の行動を示しているだけではなく、最終的に『独りが集まった7人』のことを指していたのであろうな」
「なるほど。個々――つまり『ソロプレイヤー』が勝手に集まって戦うことは許される。そしてギルド定員である『7人』までということか」
「ワシの経験した限りでいえば、そういうことになる」
「貴重な情報だった! ありがとう!」
この人が仲間になってくれて本当に助かった。
この人とギルドを組めなかったプレイヤーに申し訳ないと思うほどに。
――ただ、会話の中で1つ気になる点があった。
「ところでさ、別のパーティーと出会う前に仲間がいたんだ。そのプレイヤーはどうしたんだ?」
「別れただけのことだ。そのおかげでギルド結成に至るまで時間をとられてしまったのだがな」
「なんで、そのプレイヤーとは組まなかったんだ? あと1人加えればギルドを結成できただろ?」
一瞬だけ、壱殿が言葉を詰まらせる。
「――PKだったんだよ。その2人は」
「マジかよ!? なんでそんなことをするんだ? どんな狙いがあってそんなことをする!?」
「真相はわからん。こちらはPKと判明した瞬間、排除したからな」
「判明した瞬間……?」
「文字通り、『殺』そうとしたんだよ。ワシたちをな」
驚きの連続だった。
「必死に仲間を探している最中に、そんなプレイヤーがいるなんて……」
「どんな狙いと聞かれたが、PKをする動機は大きく分けて3つ。『快楽』を求める場合と、『強奪』を企てる場合。そして『強奪以外の理由により、プレイヤーの排除』する場合だ。ワシたちの仲間だった奴等は『排除』だろうと思われる」
「なんでそんなことが云える?」
「PKの狙いが『快楽』であればコンビを組む必要はない。独りで好き勝手にやるだろう」
「そうか! 2人組だということが要因となるのか。『強奪』に関しても、前回のクエストのようなメリットがない以上、この可能性は除外してもいい。消去法でいけば『排除』しか残らない」
「ほう。あのクエストを生き残っただけあって頭は回るようだ。話が早い奴は助かる――先程もこれくらい頭が回ればな。幼児以下の知能だと思っていたぞ」
「うるさいよ」
褒めているかどうかはどうでもいいとして、不思議でならないことがある。
「だけど『排除』の理由がわからない。PKをしてまでのメリットがあるとは思えない」
「今後の展開……だろうな」
ボンズは思わず息をのむ。
己の予想をはるかに上回る構図を示されようとしたからだ。
「今までプレイヤーを削除する手段をGMはとってきた。そして、これからプレイヤーは次々に排除されるだろう。今までの過程の中で、プレイヤーが少ない方が己にとって都合がよいと考える輩もいるのかもしれない。それも組織的にな」
「組織……?」
「例えば大所帯のギルドがいるとする。ヤツらはこれまでのクエストを安全かつ安定してこなしてきたはずだ。だが、『安定』を保障されていても今後どうなるか誰にもわからない上に、これまでGMは明らかにプレイヤーを選別による削除を行ってきた。これにより保身を優先して考えるプレイヤーが『他のプレイヤーの数が減れば、GMからのクエストによる消滅を防げるかもしれない。もしくは、クエスト内容が変更されるかもしれない』と、勘違いするプレイヤーが出てきても不思議ではない」
「なぜ、そう云える?」
「削除するプレイヤーがいなければ、削除する必要がなくなるだろ?」
――納得した。
「GMだけではなく、プレイヤーによる『プレイヤーの選別』……ということか」
「ボンズも気付いていたか。『選別』という殺意が常識を覆していく。いや、これがこの世界の常識なのかもしれない。『異常』が『常識』に変わる――それに気付いているかどうかで、この世界に染まっていってしまったかどうかがわかる。どうやら貴様らは大丈夫のようだな」
「嫌でも気付くさ。ダイヤ回収のクエストで地獄を見たからな」
「だが、あくまで想像の話だ。組織的のPK以外にも実際に『快楽』を求める酔狂なPKもいるかもしれない。いや、『快楽』というより、独りという状況を焦った結果による『道連れ』という暴挙に出るプレイヤーもな」
「どちらにしても大手ギルドに加入しているのとソロプレイヤーとの差が出るな。『安定』を保障され、ゆとりをもって先へと進めるメリットがある。そのメリットをより確実にしていくためのPK……壱殿の予想は例え当たっていなくても心に留めておいて損はなさそうだ」
「そう理解してくれて助かる。これから共に歩むヤツと共感できないようでは先が見えているからな」
ボンズも同意見だった。
「そんなわけないだろ!」と、考えもしないで頭ごなしに否定する人と一緒には行動したくない。
ネガティブと云われてもいい。
「消滅」する確率は、1%でも減らせるのなら。
「――自己犠牲を考えるヤツでもいない限り、負の連鎖は止まらないかもしれん。いや、そのことすらGMにはお見通しである可能性だってある。その答えは今後のクエスト次第だがな。なんにせよ、貴様らは生き残るつもりなのだろう?」
「当然だ」
「ならば、この面子で戦う他はあるまい。クエスト達成を目指しつつな」
「だな。クエスト達成……仲間を探すのも慎重にいかないとな。ソロプレイヤーには気をつけた方がよさそうだ」
そういうと、パチが食い付いてくる。
「バカなことを云わないでよ。アナタだってこの前まで独りで戦っていたじゃない」
「あ……」
「独りで戦っていただと?」
壱殿が問いかける。
「いや……その、なんだ。ハハッ……」
ボンズは云いづらそうに笑ってごまかす。
壱殿はそれ以上何も聞かない。
ただ、ボンズの瞳を真っ直ぐ見るだけで――
「そうか――まぁよい。とにかく、先程も云ったが貴様らの強さが知りたい。今は戦闘に参加はしないで、見ることに専念させてくれ」
「それじゃ、一緒にいるけど戦わないということか?」
「そういうことだな」
「でも、ここマンズではレベルの低い魔物しかいない。それでも参考になるのか?」
「かまわん」
「わかった。では、早速始めよう」
壱殿が戦闘中に発揮する能力も知りたいと思っていただけに残念である。
だが、先に申し出てきたのは壱殿だ。ここは従おう。
『やーよ』
突然、りゅうとラテっちが駄々をこね始める。しかも、不機嫌だ。
「どうした? なにを怒っているんだ?」
「むじゅかちいはなちをちて、つまんないでちゅ! フチャー!」
「さっきからなに云ってんだ? ボンズと壱殿は?」
「あ……そういうこと」
「さっきはもっと難しい話を理解していたじゃないか!」――というツッコミは、いつものようにしないボンズ。
とりあえず謝り「今日のおやつを楽しみにしていなさい」といって納得してもらった。
それでは――戦闘開始。
今となっては懐かしくもある「バクチョウ」の大群に囲まれる。
ゾーンが発生し、各々が戦闘態勢に入る。
その様子を、隅で観察する壱殿。
「パチといったな――なんだコイツは。『南』というのはわかるが、いま発動したのは全体回復符術。ワシに全く届いていない上に何故か魔物にまで効力を発揮している。コイツも明らかに異常な類ではないか……どういう原理でこんなことができるのだ? 符術範囲を無視しまくっている上に明らかに瞳が『面倒くさい』と云っている」
「あれでもないこれでもない、あれでもないこれでもない……あった~! 【にゃまむぎにゃまむめチンしたタマゴー】」
「説明しよう――このアイテムは電子レンジでチンした玉子のように、カラが割れると爆発しちゃう玉子なのだ。よい子のみんな、マネしちゃダメだぞ!」
「……りゅう。どこを向いて喋っている。カメラ目線はやめなさい。それに君たちも子どもだから。これじゃ、ラテっちが悪い子になっちゃうよ。それにラテっち、アイテムの名前ちゃんと云えていなくてカミカミだからね。誤字と勘違いされちゃうから気を付けなさい」
「説明しよう――か。あの台詞を聞く限り『初めて見せたアイテム』ということになる。つまり、あのカバンから複数のアイテムを出せると考えていいだろう。威力と云い、『西南』のプレイヤーが稀に使う『爆弾』によく似ているが、音と煙だけで威力はほぼ無いようだな。それにしても――やはり異常だ。さらに、なんだあの瞳は。戦闘中にもかかわらず全く緊張感のない……瞳というより『おめめ』と称した方がいい。その奥底で呟いている。『おやつちょーだい』――と」
「りゅう――【九蓮宝燈】の力のみに頼っていない。攻撃に移るまでが恐ろしく速く、強い。それに、身体の小ささ故に気付くのに時間がかかったが、チビッ子の構え――『陽の構え』か」
「陽の構え」――剣術における五つの構え方――「五行の構え」の1つ。
「脇構え」の別称。
通常右足を前に出す構えに対し、左足を前に出した左半身となり、刀を右脇下段に構える攻撃的な構えである。
「巧遅に加えた拙速。破壊力と速さと巧さを兼ね備えている。更に、戦闘能力がズバ抜けている上に闘い慣れているときてる。黒く小さな瞳――底が見えない圧倒的強さだ」
「ボンズ――なんだ? コイツの視線の先は……」
ゾーンが消滅し、戦闘が終了する。
一部始終を観察していた壱殿が、4人のもとへと歩み寄る。
そして、第一声――
「今までよく生き残れたな」
この台詞に喰いかかるパチ。
「云い方というものを、もう少し考えて欲しいわ!」
だが、壱殿は態度を変えず、話を続ける。
「そういう貴様の符術はなんだ!? どうやったら敵に回復符術をかけられるのだ?」
「そんなの知らないわよ! 勝手にそうなるんだから仕方ないでしょ!」
「仕方ない……か。それではこのままでいいんだな」
パチは何も云えなくなってしまう。
「完全にチビッ子に頼り切った戦いだな。負担が大き過ぎる」
「そんなことないぞ!」
りゅうが話に割り込む。
「これはな、みんなのために云っている。仲間が大事なら、大人しく聞いていろ」
そう云われ、りゅうまでも口を閉ざす。
「そしてボンズ。貴様の戦闘は只の作業だな」
「……作業?」
「闘争心――とでもいうのか。そういったものがまるで感じられん。ここが現実だと理解して戦っているのか?」
最後にボンズも何も云えなくなる。
「ハッキリ言って――これから生きていける保証はない」
厳しいが、適切な発言だった。
ボンズも、独りで飛び出した時に一番悩んだのは「これから」だった。
ボンズは<ディレクション・ポテンシャル>の世界に来た当初は「己は強い」と思っていた。
だが、初めて他人と触れたことで、他人を知り、己を知ることで、「実は弱かった」と思うようになった。
そのことから、仲間を集められない事と同様に、りゅうの足元にも及ばない己自身が嫌になっていた。
正直に「ひがみ」ではない。
レベル99である己の限界――仲間を守れないこと。
そのことを、壱殿は一目見ただけで見破ってしまったのであった。
「特にボンズ。貴様に一言云いたいことがある。『貴様はゲームの時以上に強くならなければならない』」
無言だったボンズが飛びついた。
「そんなことが可能なのかっ!?」
「勘違いするなよ。貴様は強い。只――その強さを、才能を、貴様はまだ活かしきれていないだけだ」
「活かしきれていない……? ゲームの世界で才能とはレベルのことではないのか?」
「先程も云ったが、ここは『現実』だ。そのことをよく考えろ。できなければ、これからどうなるかわからない。即ち――生き残れるかどうかということだ」
「これからどうなるかわからない? そんなものぼくらで作っていけばいいじゃないか!」
りゅうが再び口を開く。
胸を張って、堂々と。
すると、壱殿は笑いを堪えながら――
「クククッ、やはり強い……身も、心もな」
「うっちゅっちゅ~」
1人会話から外されていたラテっちが、少し寂しそうに身体を横に揺すっている。
「かまって」――というジェスチャーなのか?
踊っているようにも見える。
ボンズは申し訳なさそうにラテっちに近付く。
「ぼんずー。だっこー」
「はいはい」
やはりかまってほしかったようだ。
だっこすると、ラテっちのお腹から音が鳴る。
「おなかすいたー。やきとりー」
その一言で、壱殿以外の4人が「ハッ!」っとなる。
『屋台を片付けないと!』
急いでマンズの街まで戻ることにした。
「そういえば、焼き鳥を売っていたな。続けるのか?」
壱殿の問いに対し――
「いや……屋台は一旦片付ける。そして、これからのことは必ず『なんとかなる!』――そう思っていくと決めたんだ! だから壱殿、これからもアドバイスよろしくな!」
ボンズの言葉に笑みを浮かべる壱殿。
「――あぁ、これから行く末をしっかりと見させてもらう。楽しませてくれよ!」




