第三話 方位
ジーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!
りゅうとラテっちはボンズを見つめている。
「……なんだよ……」
「およげなくちゃいけないの?」
ラテっちが首を傾げる。
「グッ! いや……そういうわけではないのだが……」
「それじゃ、なんでボンズはあきらめるんだ? 冒険しようぜ」
りゅうの意見はもっともだ。
今回のクエストは大陸移動――ただ目的地に着くだけでいい。
それなのに、ボンズ1人の意見で「航路」以外の移動手段を模索している。
泳いで渡る手段以外の方法をもし見つけられたとしても、それが実現可能だという確証もまったくない。
そうなれば、より確実に、そして安全を考慮した結果は航路となるだろう。
それにもかかわらず、航路を選択しなくてはならなくなっただけで「あきらめよう」という台詞を出されたら、2人が不思議に思うのも無理はない。
それでもボンズは通常ルートである航路を拒絶する。
こうなっては仕方ない――正直に話そう。
「ボソボソ」
「聞こえないよ」
りゅうは声になっていないボンズを指摘する。
そうだよな……ちゃんと話さなくては。
「……あのな……2人とも、聞いてくれ」
『な~に?』
「……たぶん、これから向かう港には船に乗る人たちであふれ返っていると思う」
『ふむふむ』
「実は……人混みに入ると、発作を起こすんだよな……」
『どんな??』
あれあれ? 一応暗い話のはずなのに、2人はワクワクしながら目を輝かしている。
まぁいい……
「人混み……嫌いなんだ……気分が悪くなって気絶してしまう」
2人の瞳から輝きは消え失せ、表情は変わらないまま――
『すっげーつまんねー』
…………コイツらっ!!
「無理なものは無理なんだ! コロシアムに1万人が集まった時は1時間という短い時間な上、状況は発作を起こしている場合じゃなかったおかげでなんとか助かった……しかし――港では数千人以上のプレイヤーと数日間も一緒にいなくてはならない状況におちいる可能性が高い……絶対ヤダ!」
ボンズは子どもの前で、子どものように地べたに横たわりダダをこねた。
呆れられてもいい。現役自宅警備員の意地をみせてやる!
すると――
「お~よちよち」――ラテっちに頭を撫でられた。
幼児になぐさめられる……思いのほかダメージは大きかった。
警備員の意地も……ここまでか……
静かに立ち上がるも、これからどうするか……やはり港へ行かねばならぬのか。
すると、りゅうから――
「なぁなぁ、それなら誰よりも早く着けばいいんじゃないか?」
シンプルかつ、ナイスな提案だ。
「そうか! 他のパーティーが港へ向かってからまだ数分。今から最短ルートで向かえば、もしかしたら人混みに巻き込まれずにすむかもしれない」
港まで道のりはは何度も行き来したルートだ。もちろん他のプレイヤーも幾度となく通った道であろう。
そして、街から出て通る道では魔物との戦闘は必然となる――港への到着時刻は、出発時刻だけの問題ではなく戦闘にかかる時間も重要となるはずだ。
つまり、短い道のりを誰よりも早く進み、誰よりも早く魔物を倒す必要がある。
そのためには――
「2人とも、レベルと方位を見せてくれないか?」
まずは2人の「強さ」を知る必要があった。
パーティーを組むと、仲間になったプレイヤーのステータスを見ることができたはず。
――仲間のステータスなど見たことはないが……
右手を集中し、タッチパネルをだす。
「あった! パーティーと……プレイヤーと」
1つずつ指先でタッチし、アイコンをひらく。
「りゅう――レベル95の西か。まずまずだな。ラテっちは――レベル75の………………北!!?」
<ディレクション・ポテンシャル>には「職業」という概念は存在しない。
ゲームキャラを作成する際「東・「南」・「西」 と選択する方位によって能力が変化し、己のプレイスタイルを構築する。
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――方位説明――
「北」以外の方位は、100種類を超えるスキルと特殊能力を備えており、その数の多さゆえに最高レベル100になっても全てのスキルは習得できない。
そのかわり、自分の「戦闘スタイル」にあわせて、好きなスキルをレベルの高さに応じて選択することができる。
選択したスキルを「符力」と呼ばれる力を用いて使用できる。
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――「東」――
・肉体を駆使して闘う前衛タイプ
・速度やHP(生命力)の高さが魅力
・防御力は低いが回避能力の高さで補う
・スキルを使った後、次の行動へ移行するための時間「キャスティングタイム」の短さも特徴
・拳打・蹴り・投げ・締め・極め(関節技)のほか、防御体術・高速移動スキルを持つ
・近距離攻撃専用。遠距離攻撃はない
・攻撃範囲も単体のみ。攻撃力もそこそこ高い。ただし、攻撃スキルと次に繰り出す攻撃スキルを組み合わせた「コンボ」を使いこなせる(キャスティングタイム短縮もスキル)
・唯一の武器として、ナックルガードを装備できる。
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――「南」――
・膨大な符力を備える
・「符術」と呼ばれる呪文を使う唯一の方位
・「攻撃系」・「回復系」・「支援」・「補助系」など、様々な符術を使う遠距離専門タイプ
・符術によって、広範囲の攻撃・回復を可能とするが、キャスティングタイムは長い
・唯一、杖を装備できる(符力増大効果)
・符術での攻撃力は高い
・物理的攻撃は苦手
・防御力・HPは低い
・南もスキルを自由に選択し、攻撃特化・回復特化・支援特化・万能型と様々なタイプが存在する。
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――「西」――
・古今東西、あらゆる武器を装備できる「武器攻撃専門家」
・「剣」や「斧」といった近距離型から「弓」・「銃」といった遠距離型と、使いこなす武器によって攻撃範囲を劇的に変化させる。
・防具も数多く装備することができ、(防具のレベルにもよるが)圧倒的な防御力を誇る。
・力・HP共に非常に高い
・装備している武器によってキャスティングタイムが変化
・基本、速度は遅い
・装備する武器とスキルの組み合わせにより、近距離・遠距離共通に「一撃必殺型」・「連打型」・「範囲型」と分かれる。
・また、唯一「盾」を装備でき、文字通りパーティーの盾となる防御型も存在する。
――だが、武器の大半は「両手」で扱う。盾を装備できるのは片手武器装備のみ。
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――「北」――
・プレイヤーの初期設定……容姿・性別・名前・方位(東・南・西)を決定して、初めてプレイを開始した時、0.099%……約1万分の1で選ばれる特別な方位。
・一説にはゲームのバグによるものだと云われるほどの様々なチート能力を持つプレイヤーも存在する。
・北になりたくて1万……いや、数万回キャラクター設定をするプレイヤーもいるが、北は他の方位と違い、スキルの数は限定されている。――いや、存在自体がスキルそのものであり、スキル性質のに個人差が生じる。
・様々な状況に対応できる万能なスキルを持つ者もいれば、自分以外の存在――敵・味方関係なく動けなくするだけの使えないスキルしか持たない者もいる。
数万回のキャラクター設定の結果がこれでは報われない。
さらに、北は様々なリクスがある。
・武器は装備できない(能力自体に武器が付与されている場合を除く)
・ステータスのパロメーターが他の方位に比べ低い。
・装備の限定されている。(初期装備のみの可能性もある)
・ハッキリ言って死にやすい
・だが「レア」であることにはかわりない。
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「ラテっち。ちょっと、どんな能力なのか見せてくれないか?」
「やーよ」
嫌な顔はしていない――と、いうより表情は変わらないから機嫌を損ねたわけではないと思うのだが……
「どうして?」
「そーれはっ、あとのーっ、おったのっちみー」
さいですか……歌いながらの理由説明おつかれ……
「ボンズは?」
りゅうがタッチパネルをひらく。なんか手慣れているような……
「レベル99の東南か~」
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方位がレベル100に達すると、一度だけ方向転換できる――これを「転生」と呼ぶ。
・ただし「北」だけは転生できない。
・もちろん「北」への転生もできない。
・他の方位は転生可能。ただし完全な形で方向転換できるわけではない。
・例えば東の方位のプレイヤーが南に転生した場合、南の方位になれるわけではなく、南の「スキル」と「特殊能力の一部」を選べるようになる。
・「スキル」といっても南特有の「符術」を単体で使えるわけではなく、東なら「身体」、西なら「武器・防具」に付与することで発動する。これによりプレイヤー次第で攻撃や防御、移動、その他に様々な「幅」を広げる。
・南特有の杖の装備はできない。
・符術を使えても、符術の威力を南以上、もしくは同等にすることはできない。
・この場合、転生した方位は「東南」となる。
・転生は「東」・「南」・「西」の3方位の中から選択する。
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――まぁ、戦闘になれば色々見えてくるだろう。
まず、いつも通り独りで闘ってみて、現実との違いを把握する。
2人の強さはいずれ見せてもらおう。
ラテっちの能力は気になるが、今は港に辿り着くのを優先しよう。
りゅうはただの「西」――その強さは想像できる程度のものだろう。
「よし! 2人とも港を目指すぞ!」
『お~!』
2人そろってガッツポーズをとる。
――そして、背中によじ登ってきた。
「…………何?」
『おんぶ~』
「……まぁ、いいか」
あえてツッコミを入れなかったのには理由があった。
実は、最初から2人を抱えて移動するつもりだったからである。
東南のプレイヤーの多くは、符術の付加によって攻撃範囲を広げる。または攻撃威力を高めることを主流としている。
――それに対してボンズは、符術の付加を移動・攻撃速度増幅に特化させていた。
つまり、3人で走るより、2人を抱えて独りで移動する方がはるかに速いのだ。
それを伝えようと……いや、また言葉に詰まり説明はできなかったであろう。ともかく、意思を伝える前に2人がボンズによじ登ってきたのは好都合だったのだ。
「……偶然だよな……」
「わ~い」
「いけー」
うん。偶然だ。
「いいか。振り落とされるなよ」
右手をかざし、タッチパネルを開く。スキルを選択して――
【特急券】発動。
通常の数倍の速度で移動できるスキル。ボンズがクエストで多用するスキルの1つだ。
「すげー!」
「はやいじぇ~!」
肩越しに2人がはしゃいでいる。子供をあやす保育士みたいな気分だ。
より速く、最短距離で、魔物に出くわさないように移動する。
それにしても「疲れ」を感じない。ゲームのキャラが無尽蔵で行動できるように、この世界にいる限り体力の心配はいらないようだ。
このペースなら、他のプレイヤーに遅れはとらないだろう。
そう思っていたのだが、ゲームの時のように画面越しに全体のフィールドを見れるわけではない。
現実と同様に、目の前の景色しか見ることはできないため最短距離とはいかなかった。
その結果、魔物とも遭遇してしまう。
戦っている暇はない。逃げよう。
しかし――
魔物との距離が一定の範囲に迫ると、自動的に戦闘開始になるのはゲームのままだ。
それなのに、今は魔物と3人を取り囲むようにうっすらと見えるドーム型の壁で作成された空間が発生し、その壁から外に出れなくなっている。
一度戦闘を始めてしまえば、決着をつけるまで戦えということか。
魔物は「バクチョウ」――巨大な蛾のような魔物だが、レベル20程度のザコだ。
このマンズ近辺はレベル1~25程度の魔物しかいない。ゲームでは楽勝だ。
今は時間がおしい。独りで狩るか。
その方が早いと判断したのは、それだけの「自信」があったからだ。
2人を肩から降ろしす。
「ここはまかせろ」
「わかった」
りゅうが答え、ラテっちの手をひっぱり離れる。
「よし、ソロプレイヤーの強さを見せてやるか」
――と云ってみたものの、いざ戦闘になってみるとスキルをどうだすのかまったくわからない。タッチパネルから選ぶのか?
などと悩んでいたらバクチョウは空中で大きな羽をはばたき、身体ごと急降下をしながら突撃してくる。
その攻撃をまともに喰らってしまった。
吹き飛ばされ、地面にたたきつけられた。
「あれ? たいして痛くはない」
だが、HPは減っている。減り方は大したことないが、これって、やはり「0」になると……
考え事をしている内に再度攻撃を喰らう。
まずはこちらも攻撃だ。タッチパネルを開いてスキルを選択――しかし選んでいる間にバクチョウが再び体当たりをしかけてくる。
「あぶねぇ!」
今度はギリギリでかわせた。しかし、ピンチであることにはかわりない。
「――ダメだ。攻撃できねぇ……こんなザコに何やってんだ。せっかく2人にいいところを見せようとして……あれ? 2人は?」
「最近の若者は元気いっぱいじゃのう」
「そうでしゅな~」
2人は座って湯のみでお茶を飲んでいた。
「まかせろ」とはいった……でも「くつろげ」とは云ってないぞ。
……ところで、そのお茶はどっから出した?
余所見と考え事で、また攻撃を喰らってしまう。
もう、わけがわからん……
その時、りゅうが――
「ボンズ、タッチパネルに頼らず、ゲームの時のようにスキルをイメージして戦うんだ」
「ゲームのイメージと云っても……よくわからねぇよ!」
「さっき、走った時の感覚だ!」
「そりゃ、走るのはできたけど、魔物を目の前にしたらそんな余裕ないって!」
「しかたないな。ラテっち」
「お~まかしぇろ~!」
――そう云ってスクっと立ち上がると、ラテっちは肩からさげている白いカバンの口に両手を突っ込んだ。
「あれでもないこれでもない、あれでもないこれでもない……あった~! 【ネバネバしゅりゅうだん】」
小さなカバンから見たこともないアイテムを出した。
「なんだ? こんなスキル見たことない……」
「ほいっ」
ラテっちが投げた手榴弾を喰らったバクチョウは多量の白い糸に絡めとられ身動きが取れなくなっている。
これで空を飛ぶこともできない。
「今だぞボンズ」
りゅうの呼びかけに、ゲームをイメージする。
スキルのイメージを――こうか!
左右の拳を交互に突き出し、それを高速で連打するイメージ。
【三連刻】
一瞬で攻撃を三連打。これをキャスティングタイムほぼ0の状態でスキルを連続発動し続ける――ゲームのときの必勝パターンだ。
「できたよ……」
ボンズの攻撃で苦しみだすバクチョウ。
「まだ倒れないのか! まだか! まだか!」
幾度もスキルを連発する――もう無我夢中だ。
拳には魔物を殴る感触がリアルに伝わってくる。
そして――
バクチョウはようやく崩れ落ちる――と、同時にドーム型の空間も消滅した。
「――――なるほどね。こう戦うのか」
「やったなボンズ!」
2人が駆け寄る。
りゅうの的確なアドバイス……そして。
「今のがラテっちの能力なのか?」
「うん!」
「カバンからさっきのアイテムを出す能力……つまり、敵の動きを封じる能力者か――」
使える能力ではあるが、正直「北」の能力としては「ハズレ」だと思った。
「うごきをふーじるって、なに?」
「はぁ? 今、見せてくれただろう」
自分が何をしたか理解していないのか? そこまで子供なのか……
「違う。ボンズが勘違いをしている」
「勘違い? りゅう、それはどういうことだ?」
「ラテっちの能力を『敵の動きを封じる』と思っている」
「実際そうだろう。あのアイテムが他の効力も持っているのか?」
「そうではない。ラテっちの能力は手榴弾を使うのではなく、お弁当用カバンから『アイテムを出し入れする能力』なんだ」
「……アイテムを……出し入れ?」
「ボンズは、ラテっちが出せるアイテムを1つだけと思った。でも1つじゃない。飛び出すアイテムの種類は誰にもわからないくらいある」
「………………えっ!?」
「スキルは1つだけ――それが『アイテムを出し入れ』する能力だ。アイテムの数は関係ない」
つまり――
ラテっちの能力=アイテムポケットの究極系
アイテムポケット――装備を10種類・他、回復アイテム等を50種類を持ち運びでき、なおかつ底なしの財布を兼ね備えた冒険初期に渡されるアイテムである。
それを「アイテムの数は関係ない」ということは、無尽蔵にアイテムを保有ことができるのだろう。
さらに――様々なスキルを搭載したアイテムを出すことができる能力者ということか。
――――――って!!
「なにそれ! それじゃまるで、チート青タヌキが使うポケットじゃねぇか!」
「まぁ、そんなもんだ」
「そんなもん……って、チートと云うより無敵だろ」
「まぁ、色々制限はある。これからわかるさ」
バットを振り回すイジメッ子に凹殴りにされるイジメられっ子になった気分だ。おやつ……どら焼きとか好きかな?
とにかく――
「スゴイな! ラテっち!」
「エヘヘ! ほめられちゃった!」
テレてる――可愛いじゃないか。
そして――
再び2人を背負い走り続け、ようやく港に到着。
しかし、時すでに遅し。
――結局、すでに順番待ちのプレイヤーで大混雑を起こしていた。
「あ……死ぬ……死んじゃう……」
意識が遠のいていく……目の前が暗闇に閉ざされた。