第二十六話 就活
再び「仲間」となったボンズたち一行は、その後みんなで宿屋に泊まった。パチは当然のことながら別室で寝て、ボンズはりゅうとラテっちと共に一緒に寝ていた。
その姿はまるで園児のお昼寝を共にする保育士のように。
この数日の間ほとんど寝ていなかったボンズは部屋に着くと同時に深い眠りにつき、目覚めるとすでに朝を迎えていた。
「むにゃむにゃ~」
「しゅりしゅり~」
目が覚めて見えてきた光景は、ベットで寝ているボンズにりゅうとラテっちが顔をこすりつけてくる姿だった。
まだ寝ていながらも甘えてくる姿は見ていて心が和む。
昨日まで抱え続けていた憤りが嘘のように晴れ上がる。
なによりも――
「また日常に戻れることができたのか……」
ボンズは仲間の危機を救おうとして独りで勝手に飛び出した。
それなのに、また仲間と共に過ごしている。
己の選んだ選択そのものは間違えていたのかもしれない。
でも、何も救えなかったとは思わない。これからは、この子らと共に歩もうと今まで以上に強く決めることができたからだ。
たとえ、どんな道であろうとも。
そう、過去の弱い自分と決別できたかもしれないと、少しだけ思えた――「己自身の弱い心を救済したのかもしれない」と。
それもこれも、今傍らで寝ている仲間のおかげだと、そう思うと以前のように心が温かくなる。
クエスト達成の焦りを、忘れさせてくれる。
さてと――
「2人も気持ちよさそうに寝ているし、別室で寝ているパチはまだ起きていないだろうから、朝ご飯の準備でもするか。宿屋の食事はあまり美味しくないからな」
ふとラテっちの方を見つめて。
「――ホットケーキは、午後になったら作ってあげよう」
すり寄る2人をそっとベットの中央に寄せ、布団をかけ直し、部屋を出る。
「さて、何を作ろう。和風でいってみようかな」
部屋を出たボンズは宿屋の厨房を借りることにした。
許可もなくズカズカと厨房に入り、そして勝手に冷蔵庫を開けた。
「お……お客様」
宿屋の店員であるNPCはボンズの行動に戸惑いを見せる。
それもそのはず。
宿屋の冷蔵庫を勝手に漁る客などいるわけがない。戸惑うのも当然だろう。
「朝飯代金は別払いでいいから、好きにさせてくれ」
ボンズの申し出に、NPCは渋々了承した。
「うーん。材料は……こんなもんか」
冷蔵庫から出した食材を並べ、メニューを決める。
それでは、調理開始。
朝食の献立――
・キノコ(マイタケとしめじ)とタケノコの炊き込みご飯
・豆腐のヘルシーハンバーグ
・鱈のムニエル風炒め
・ホーレン草の胡麻和え
・ふろふき大根の柚子味噌のせ
・油揚げとワカメの定番みそ汁
「……作りすぎたかな?」
ご飯を作るのは今までと変わらない。
――しかし、ここからが問題だ。
「突然行方をくらませた俺を、みんなは許してくれたのだろうか?」
初めて見た子どもたちの泣き顔が忘れられない。
パチの見せた苦悶の表情が今でも目に焼き付いている。
みんなは……今まで通りの対応をしてくれるのだろうか……
部屋に料理を運びながら不安になる。
もし、変わってしまっていたら……と。
己が招いた種のせいでみんなに要らぬ気を遣わせてしまい、その結果「己に対しての反応」が変わってしまうことを恐れていた。
恐る恐る部屋に入ると、テーブルには既に起きていた3人がテーブルに着席している。
そして、りゅうとラテっちが――
『おーなかすいたー! おーなかすいたー! おーなかすいたーぞー!!』
――と、楽しそうに歌っていた。
そして、2人を温かく見守るパチ。
その光景を見た途端、不安は吹き飛んだ。
思わず――「おはよう! そして、お待たせ!」と、にこやかに言葉を交わしながら料理を並べる己がいた。
――嬉しかった。
いつもどおりだ――こんな俺を許してくれて、ありがとう。
「いっぱいありまちゅね」
「どれから食べよう」
チビッ子2人は料理を目の前にして目を輝かせてくれる。
「へぇ~、いいにおい」
パチも喜んでくれている。
「それじゃ、みんな――」
『いたたきまーす!』
基本的に子どもらに好き嫌いはない。
嫌なものがあれば多分口にはしないだろう。だけど、大抵の物は残さず食べる。
いいことだ。
「かわったハンバーグでちゅ。でもおいちい~」
「キノコご飯も美味いな!」
「一見和風と洋風の取り合わせだけど、意外と合うわね」
「はは。ありがとな」
「モグモグ……おかわり!」
「おかわり~!」
勢いよくご飯を口にし、空になった茶碗を差し出してくる。
「慌てて食べなくても、まだいっぱいあるぞ。それにしても、そんなにおなかがすいていたのか?」
ボンズの台詞を聞くなり、パチは箸を一旦置く。
「あのね……ボンズがいなくなってから、2人とも何も口にしていなかったのよ。お腹すいてて当然じゃない」
「え……」
その姿を想像してしまい、萎縮しながら子どもたちの方へと視線を移すと――
「ボンズのご飯じゃないと、食欲がわかないんだな!」
「ぼんずのごはんがいちばんでちゅ!」
やべ……また涙腺が緩んできた。
話題を変えよう。
「そういえばさ、優作たちの『新しい仲間』ってどんな人だった?」
パチが答える。
「そうねぇ……口を利かなかったから、なんともいえないわ。それに、子どもたちが心配で他の人のことなんて気にする余裕なかったわよ」
「そうなのか?」
「それこそ、話しかけられても口を開かない。食事もしない。眠れなくてずっと起きていたわ」
「それを知っているということは……パチも寝てないのか?」
「うるさいわね。そんなのどうでもいいでしょ。それより、本当にもう一回この子たちにあんな顔させるような真似したらタダじゃおかないから覚悟してよね」
「あぁ、絶対にしない。本当に……誓うよ」
『ごちそうさまでした』
食事を終えると同時に、改めて「今後」について話し合うことにした。
今後とは勿論、クエスト達成についての方法である。
「全く、独りで悩んでないで相談すればいいのに……」
話し合いを開始し、最初に出てきた台詞はパチからのダメ出しだった。
だが、これは仕方がない。
「反省してます」
素直に謝る。
「それで、クエスト開始から8日目を迎えたわけだが、これからどうする?? 残りの期間はもう2週間をきったぞ」
「誰のせいで数日無駄にしたの?」
「スミマセン……」
「さくせんかいぎしまちゅ。『バビっと』でちゅ」
「バビっと?」
「らてっち。サミットだよ」
「うっかり~」
「りゅうの解説がなければわからなかったぞ。4文字中2文字不正解――50点だ」
次いで、りゅうから以外な提案が飛び出した。
「それじゃあね。ボンズに焼き鳥屋をやらせて、売るぞ」
「なんでそうなるのっ!?」
すぐさまパチが同意した。
「それはいい案ね!」
「なんで? 仲間集めと関係ないだろ!?」
「そんなことないわよ。お客として来たプレイヤーが、もしも単独行動していたら仲間に誘えるじゃない」
「そんな簡単にいくのか?」
「それじゃ、他に案があるのかしら? 初めて家出をした自宅警備員さん」
「…………くぅ」
ボンズは小動物の鳴き声のような声を出す。
「よし! それでは、ボンズのスーパーネガティブボッチ治し&仲間探しを実行します」
「そうだそうだー!」
「うちゅっ! うっちゅ~!」
「ねぇ……やっぱり怒ってない?」
3人は黙って首を横に振る。しかし、表情を見る限り信用はできない。
あれは悪だくみをしている顔だ。
「そういえば――」
ボンズは、あることに気が付いた。
「これって、俺の初就職じゃね??」
気付くと同時にパチが肩をポンと叩く。
「就職……おめでとう」
「嫌味かっ!?」
「ぼんずも、うっかりおとにゃになって」
「これで世間様に顔向けができるな」
「りゅう、ラテっち。君たちは何様だ!? あとラテっち。『うっかり』ではなく『すっかり』ね」
「およよ~?」
「ごまかさないの!」
ほぼ強引にりゅうの発案は可決され、マンズの街中で焼き鳥を焼いて売ることとなった。
無論「店」などはない。
石畳の街路上で屋台を作ることとなる。
屋台といっても、炭火台に屋根と看板を設置しただけ。屋台というには簡易的な作りだ。
準備も整い、早速営業開始――
「開店! 焼き鳥屋台『バビっと!』」
そう書かれた看板を置き、焼き鳥10本セットを金貨1枚で販売する。
「うまくいくのかな……」
「そんなの、やってみなければわからないでしょ?」
「そうかもしれないけど……」
ボンズは炭火をおこし、焼き鳥を焼き始める。
香ばしい匂いが漂ようも、客は全く来ない。
当然のことだ。プレイヤーが屋台を開いて食べ物を販売するなんて聞いたこともない。
そういえば、屋台を勝手に路上で開いてもいいのか? 場所代金や許可は要らないのだろうか?
いや――それ以前に、俺は「食品管理責任者」の資格を持っていない。
調理師免許すら持っていない。もし持っていたとしても、食品管理責任者がいないと調理した食品を販売できないはずだ。
まったく……現実の世界で、素人が屋台を開くなど有り得ない。ゲームの世界とは、こういう自由もあるのだと思い知らされる。
「あーあ。まったく客が来ないわね」
「だからいっただろう……」
パチとの会話を聞いたりゅうとラテっちが焼き鳥を手に持ち、街路へと飛び出す。
「どうしたんだ?」
「やきとりおいちいでちゅよ~」
「焼き鳥買って~」
突然2人で客寄せを始めだした。
そのコミュ力は子どもながらの純粋さ故か、はたまた生来の性格なのか――どちらにしても羨ましくもある。
しかし、プレイヤーたちは相変わらず素通りする。
すると――
「どうちまちょう……これうれにゃいと、おこられりゅ~」
「寒いな……雪も降ってきた……どうしよう」
「りゅう……寒くないし、雪も降ってないぞ。あと、怒らないからね、ラテっち」
これはもしかして「マッチ売りの少女」の真似なのだろうか?
「ラテらっしゅ……ぼく、もうなんだか疲れたよ」
「なんか混じっている! 犬と横たわるシーンが混じっているよ!」
「もうだめでちゅ……おなかしゅきまちた」
「そうだ、焼き鳥を1本だけ……」
そういうと、2人は手に持っていた焼き鳥を食べだした。
「むしゅむしゃ……うみゃい!」
「食べたかっただけじゃね!?」
『おかわり!』
「1本だけじゃないの!!?」
呼び込みをしていたはずが、いつの間にか店頭に群がるお客と化してしまった。
しかも売上はなし……客ですらない以上、意味ないだろ。
ボンズの思いとは裏腹に、結局その後も子どもたちは美味しそうに店の前で焼き鳥を食べ続けた。
「おいち~ね!」
「やめられない、とまらない~!」
「褒めてくれるのは嬉しいけど、どうせ食べるなら立っていないで椅子に座って食べなさい」
ボンズは木製の長椅子を屋台の前に用意した。
『はーい』
その椅子に座り、美味しそうに焼き鳥を食べるチビッ子2人。
美味しそうに食べている姿を見たおかげか、とある男性プレイヤーが屋台にやってきた。
「随分と美味そうに食べているな――この焼き鳥はいくらだい?」
「わっ! 客が来たよ!」
偶然なのか、客寄せパンダになってくれていたのか。
なんにせよ、初めてのお客が来てくれた。
「あ……あの」
「ほら、しっかりしなさい!」
たじろぐボンズに、パチが後ろから背中を叩く。
「ど……ども……」
パチは我慢できず――
「すみませんお客様――10本で金貨1枚です。塩とタレがありますけど」
「それじゃ、塩を10本くれ」
「あっ……あ……あぷぷにー!」
顔を真っ赤にしてようやく出た言葉も、何を云っているか意味不明な言葉が飛び出してしまう始末。
「うわっ……『ありがとうございます』もロクに云えないの……この人は」
パチが呆れるのも当然だろう。
はっきりいって、それほど情けない姿だった。
この様子を見て「やっぱりいらない」と云わなかったこのお客は、とても良心的といえる。
それに対し――
「ねえねえ、りゅう」
「なんだ、ラテっち」
「あぷぷに~?」
「あぷぷに~」
『あぷぷに~!』
「満面の笑みで真似をしないでもらえますか!」
初のお客であるプレイヤーはどうやらすでにギルドを結成しているらしく、焼き鳥を買うと仲間の方に歩み寄って行った。
1回目で仲間を得られるとは思っていなかったが、残念でもある。
優しそうな人だからだ。すくなくとも呆れたり、からかったりはしなかった。
すると、そのプレイヤーたちが買ってすぐに路上で焼き鳥を食べはじめ「お! これ美味しいな」と云ってくれた。
「これ、本当に美味しい」
「うわー、焼き鳥なんて久々だよ」
「この世界に来てから食べたことないもんな。なぁ、もう少し食べようぜ」
そう云って、今度は塩とタレを10本ずつ買ってくれる。
それがまた宣伝となってくれた。
リピートして買ってくれるプレイヤーの姿と、焼き鳥の匂いに釣られて徐々に他のプレイヤーが来店してくれた。
「これは、ありがたい展開だ。予想以上に早く集客できるなんて」
喜ぶボンズを余所に、チビッコ2人は焼き鳥を買ってくれたお客に「あぷぷに~」とお礼を云う。
そろそろ怒ってもいいだろうか?
しかし、なかなか小人数及びソロで活動しているプレイヤーとは出会えない。
これでは、本当に只の就職になってしまうのではないのだろうか。
しばらくして――
おなかが膨れたせいか、ラテっちが「すこちおねむでちゅ」といい、屋台の裏でお昼寝をしだした。
「りゅうは眠くないか?」
「大丈夫だぞ。ラテっちの分も頑張る!」
「そうか、ありがとな。でも、無理はするなよ」
「おう」
そんな折、後ろに7名のプレイヤーを引き連れた男が焼き鳥を買いに来た。
つばの長い帽子を深く被り、人相はよくわからないロングコートを着こなしたプレイヤーだ。
「塩を20本くれ」
「あぷぷに~!」
「ラテっちの分ってそれのことか! 泣くぞ……」
男は焼き鳥を受け取ると、握りしめた金貨を無言でりゅうに手渡す。だが、金貨の数は10枚ほどあった。
「金貨が多ぞ」とりゅうが云うも、聞こえていないのか、男はそのまま焼き鳥を持って仲間と共に立ち去ってしまった。
「返しに行かないと」
りゅうの意見には賛成だ。
「お金の為じゃないもんな。今なら間に合うだろう」
「待って! みんなで後を追いましょう」
そう提案したのはパチだった。
りゅうに任せてもよかったのだが、単独行動を控えさせる。
何が起こるかわからない今、単独行動の先で「何か」が起こっては大変だからだ。
屋台を一旦放っておいて、みんなで後を追いかけることにした。
「ラテっち、起きなさい」
「ふにゅ~ん」
「ダメそうね。ボンズ、お願い」
起きそうにないので、ラテっちを背負い、追いかけることにした。
そのまま後を追って行くと、大木と岩に囲まれたフィールドに辿り着く。
すると――
「あそこ見て、さっきの人たちが何か話し合っている」
確かに先程の集団がいた。
だが――
「話しあっているというより、揉めているようだぞ」
声を荒立てているのはわかるが、遠くて会話の内容は理解できない。
覗きのようで少々心苦しいが、近付いて様子を見させてもらおう。
「ワシはここで抜けさせてもらう」
「そんな……あなたにはいてもらわないと……」
「飽きたんだ――もう好きにさせてくれ」
どうやら、先程の帽子の男がパーティーの脱退を申し出ているようだ。
なんでだ? なんで今の状況でこんな会話になるんだ……
「これで貴様らは7人になったんだ。ギルドを作って、元気でやれよ」
「待ってくれ!」
仲間の制止も聞かずに、帽子の男はその場から立ち去って行った。
その様子を見て、最初に行動を起こしたのはパチ。
「追いかけるわよ!」
「へ? なんで?」
「気付いてないの? この脳内95%オフ男! プレイヤーが1人脱退したのよ。あの男を仲間に誘えばいいじゃない!」
「あ……そうか」
パチが屋台で「みんなで後を追いましょう」と云った理由は、既に8名のプレイヤーがいたので、この状況を予測していたためでもあったのだ。
それにしても――
「俺の脳って5%しか働いていないのか……」
ボンズたちはコッソリと帽子の男の後をつける。
すると、男は先程まで仲間だったプレイヤーたちから少し離れた木陰まで歩くと突然寝そべり始め、タバコを吸い始めた。
足を組み、右手にタバコを摘む。そして左腕を伸ばしてくつろいでいる。
「どうしてこの人はこんなに余裕なんだ?」
「よくわからないけど、もう少し様子を見ましょうか」
「そのほうがよさそうだ。仲間と離れた直後に声をかけたら後を付けていたのがバレるかもしれないからな」
そのまま男の様子を岩場の影で覗いていると、彼の左手にリスなどの小動物が集まってくるのが見えた。
「クルミを掌にのせて、リスたちにあげているのか。少し大きめの動物までいる……ん??」
気が付くと、今まで寝ていたはずのラテっちが「ここにいてとうぜんでちゅ!」と云わんばかりに、既に帽子の男の傍にとけこんでいた。
「ラテーーっち!」
聞こえない声で叫ぶという器用な行為をするボンズ。
小動物に紛れたラテっちに気付いた帽子の男は、不思議そうにラテっちを抱き上げた。
「なんだこれは? かわった動物だな。クルミ食べるか?」
「うんうん」
「お!? この動物喋るぞ!」
「すみませーん! それウチの子なんです!」
再びボンズは届かない叫び声をあげた。