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第二十四話 抱擁

 

「――ここは、どこだ……宿屋の部屋にいるのか?」


 俺は宿屋ににいる。 

「おかしい……フィールドで魔物と戦っていたはずなのに、なぜ俺は宿屋にいる? ……しかもいつの間に部屋の中に入ったのだ?」


 周りを見渡すと俺だけではない。

 それに――

 周りを見渡すと、部屋の中には俺の他にりゅうとラテっちにパチと、優作、只人、当夜の計7人がいる。

 目を移した先にりゅうとラテっちが並んでいる。窓辺に立ち、外を眺めていた。

「どうした? そんな悲しそうな顔をして……」

 2人とも返事をしない。振り向きもしない。


「あれ? もう1人いるはずの優作の仲間はどこだ? ギルドを結成したんじゃないのか!? それに――なぜ俺がいるのに気付いてくれない?」


 俺はみんなに聞こえるように声をかけるの、誰も反応しない。

 逆にみんなの会話は聞きとることができる。

「これはいったい……ん? 優作たちがなにか話しているようだ」


「2人とも、あれから喋らないな」

「あんなに元気だった子たちが……なぁ優作、どうしたものかな」

「……ボンズさんが決めたことだから」

「でもよ、このままってわけには……見てて辛いよ」

「そう……だね」


「優作たち……どうかしたのか?」


 今度はパチがりゅうとラテっちに話しかけている。

「2人とも……ご飯食べないの? それにあれから寝てないんじゃない?」

『…………』

「ずっと黙っていないで、何か喋ってよ」

「……パチ。……ボンズは、ぼくのこと……きらいになっちゃったのかな……?」

「そ……そんなことあるわけないでしょ!」

「ぼんじゅ……ぼんじゅのつくったごはんがたべたいよ~」

「それは……」

『……………………』


 りゅう、ラテっち、パチ。

「誰が……いったい誰がお前らを苦しめているんだ!」



 その光景が瞼の裏に映し出された途端、ボンズは上半身を飛び上がる勢いで起こした。


「――夢……?」


 気が付いた時には夜中の草原で座っていた。

「そうか……いつの間にか寝ていたのか……」

 ボンズはタッチパネルを開き、今の時刻を確認する。

「久々に寝れたな……3時間くらいか」

 数日ぶりの睡眠――その結果、夢を見ていたようだ。

 妙に鮮明な夢を。



「夜中なのによく襲われなかったな……今なら襲ってきてもかまわないのに」


 それにしても――

「元気……なかったな……」

 いいや、あれは夢だ! 夢の中のことを気にしても仕方ない。


 ボンズは立ちあがり、港へ向かうことにした。


「ピンズに行こう。マンズにいるから変な夢を見るんだ。未練がましい夢を……」

 歩いている最中にも魔物は現れるも瞬殺してしまう。


「この大陸にいてはダメだ! もっと……もっと強い魔物と戦おう。その方が忘れられるかもしれない」

 すぐにその場から立ち去り港まで歩いて行く。

 港までの道中、まだ夜も明けていないためか、プレイヤーは誰もいない。

 到着した港にも――


「あの時のクエストも、これぐらい人がいなければな……いや、そのおかげで空を飛べたんだっけ。――楽しかったな……」


 あの時――りゅうとラテっちと出会ってからのことだ。

「そう、あの時は驚いたな。まさか空を飛ぶとは思わなかった。本当に貴重な体験だったよ。女の子がカバンから色んなアイテムを出して、男の子が伝説級の神具を持っていて……可愛い子どもたちに振り回されて……それがいつの間にか当たり前になって……楽しくなっていた……フッ、空を飛ぶより、誰かと楽しく過ごすことの方が、俺にとっては余程貴重な体験だったな」


 回想し、立ちどまる己の拳を強く握りしめる。

 己自身に憤りを感じる。

「俺から決めておいて、なんだこれ!? もう後悔している。もう逢いたくなっている! なんて情けないんだ……」


 ボンズは立ちどまるのを止め、NPCノンプレイヤーキャラクターからピンズ行きの船へ乗るチケットを購入した。


 その直後だった――

 突然、音声チャットが届いた。

「――まさか!?」

 慌ててタッチパネルを開く。

 期待でもしているのか――そんなはずもないのに。


 送り主は優作からだった。

 なんとなく気が抜けた。やはり期待していたのかもしれない。

 3人からの――りゅうやラテっち、パチからのチャットを。


 そんなわけはない。


 優作のことだから、律儀にギルド結成の報告をしてくれるのかもしれない。

 それと、3人の無事を――

 でも、何故こんな時間に?

 とりあえず優作とチャットをすることにした。

「――どうした?」

「こんな時間にすみません。それがですね……」

「…………なんだよ」

「ボンズさん……そのまま後ろを見てくれませんか?」

「後ろ……?」


 ボンズは後ろを向いた瞬間、驚き身体が硬直する。

 後ろを振り向いた先には、いつの間にかパチが立っていたからだ。

 その両脇に、りゅうとラテっちもいる……俯いたままで。

「なんで……ここに……」

 驚いたのもそうだが、なにより不思議でしかたがない。

 疑問が浮かんだおかげで、身体の硬直も解かれる。なにより優先すべきことがあるからだ。

 それは、言葉として表れる。

「どうしてここにいるんだ!? 優作たちとギルドを結成したんだろ?」

 ボンズの問いにパチは黙って首を横に振る。

 その姿を見たボンズは繰り返し叫んだ。

「どうして!?」――と。

 優作とのチャットなど、既に頭にはなかった。

 ただ、目の前にいる3人に向かって吠えたてる。

「俺だけ抜けて優作に任せれば、みんな助かるんだぞ」

 何も云わず、近付くパチ。

「これしか方法はないだろ!」

 ボンズは喚く。

 言い訳と捉えるか、説得と捉えるか――

 だが、パチは何一つ語らないまま歩み寄る。

 歩み寄りながらパチもまた俯きはじめる――そのままボンズの目の前に立った。

 そして――

「……ねぇ、私たちと一緒にいて、楽しくなかった?」

 ようやく口を開いたパチはボンズに問い詰める。

「それより、どうしてここへ……」

「質問に答えて」

 パチがボンズの言葉を遮り、答えを求める。

「……いいや」

「私たち……邪魔だった?」

「そんなことはない……そんなわけないだろ!」

「それじゃ、なんで逃げたの?」

「逃げた……そうかもしれない」

「……なんで?」

「…………楽しかったからだよ」

 ボンズはパチから視線をそらし、パチと共に俯きだした。

 先程よりはるかに強い力で拳を握りしめながら。

「壊したくなかった……初めての居場所を壊したくなかった! でも、守れない。俺には守れない! だから……だから、これしか方法がなかったんだ!」

 ボンズの咆哮――それに対し、

「わかっている……いえ、わかっていたわ……でもね」

 パチはもう一歩だけボンズに近付く。

 そして――

「なにが……」

 突然ボンズの襟首を掴みあげ、顔を寄せた。

 鋭く、潤んだ瞳で睨みつけながら。

「なにが強くなりたいよ……なにがこの子たちを守りたいよ……アナタを想ってくれている仲間を見捨てて、ボッチ気取って天涯孤独のフリなんてしないでよ!!」」

 パチは顔を上げると襟首を掴んだ手を離し、ボンズの顔に平手打ちをする。

 その手には力など、こもっていない。


「信じちゃってるのよ……アナタのことを」


「俺を……信じて……」

「それなのに……あの子たちを前にして、また同じこと……できるの?」

「りゅう……ラテっち……」

「子どもの時の友達って 大人になってからの友達とは全く違う、特別なものなの。だから、子どもたちにとって信じている人と過ごす時間はすごく大切なのよ。それを……アナタは裏切ろうとしている。許せるわけないじゃない!」

「俺が……裏切ろうとしている……?」

「これ以上……子どもたちに傷を負わせないでよ……」

「……子どもたちに傷を……そんな……」

 ずっと俯いていた子どもたちが顔を上げた。

 そして――

「ボンズ……ぼくたち、悪い子だったか?」

「……え?」

 突然のりゅうの台詞にボンズは困惑する。

「これからいい子になるから、これからもずっと……一緒にいてよ」

「りゅう……何をいっているんだ……悪いのは俺なのに」

「ぼんじゅ……はなれたくないでちゅ。ごめんなちゃい」

「ラテっちまで……なんで謝るんだ?」

「……やだ。やだからな。ボンズ」

「ぼんじゅと……いっしょがいいよ~」


 その瞬間――2人の瞳から大粒の涙が零れおちた。

『う……うぇええええん!!』


 大声で泣きじゃくる2人――初めて見る2人の泣き顔。

 あまりにも悲しげで、そして「子どもらしく」泣いている。

 見たことがなかった。見たくなかった。


 俺は、子どもたちが粉々に崩れさる夢を見た。

 それは、GMゲームマスターによって消されることを意味しているものだと思っていたが、どうやら違っていたらしい。

 ――俺が、この子たちを悲しませてしまうことだったのか。


「ねぇボンズ。もうアナタはこの子たちにとって大切な友達なのよ。特別な存在なのよ……わかってあげて」

「パチ……」


 開きっぱなしのチャット先で声が聞こえる――優作たちの声だ。


「ボンズ――さん……自分もパチさんの意見に賛成です。自分たちもまだギルドを結成できていませんが、貴方たちは……そのままの貴方たちでいてほしい」

「ボンズ、子どもを泣かすなよ! こっちまで丸聞こえじゃないか。しっかりしろって」

「只人……いや、その」

「子どもたちさ、ここに来るまで一言も喋らなかったんだ。……見てて辛かったよ。だってさ、初めて逢った時の楽しそうな顔、今でも忘れていないから。りゅうとラテっち。そして君も」

「当夜まで……すまん」

『謝る相手が違うぞ!』

 3人は口を揃える。


 気が付くと、りゅうとラテっちはボンズに近付き、足を抱き締めて離そうとしない。

 顔をすりよせ、涙をボンズのズボンで拭っている。


「ごめんな……本当に……俺ってバカだよな……俺……俺……」

 大きく上を見上げ、こぼれゆく涙を塞き止めようとする。

 そんなことはできないのに……あふれて止まることなどない。

 ボンズはその場に座り込み、2人を力いっぱい抱き締める。

「ごめん……ごめん……ごめん、ごめん! 俺も……俺だって離れたくない! ずっと一緒にいたいんだ!! りゅう! ラテっち! ごめんよ!!」 

 ボンズはかすれかけた声を目いっぱい出し、泣きながら2人に謝り続けた。

 涙は謝罪だけのためではなく、2人の温かさに触れたこと……2人が己を必要とし、追いかけ、そして再び逢ってくれたことに対する感謝でもあった。


 すでに俺は「俺」でなくなっていた。独りぼっちで部屋に閉じこもっていた臆病者の俺ではない。

 俺にはすでに、居場所が出来ていたんだ。

 いや、作ってもらっていたんだ。

 俺を必要としてくれる仲間に。


 ボンズはタッチパネルに向かって――

「優作……只人、当夜。すまないけど、今回の話は……」

 ボンズが云い終える前に優作が答える

「自分は何も聞いていませんよ。少しの間だけ、ボンズさんの大切な仲間をお預かりしただけです」

「でも、優作たちはギルドをこれからどうやって作るつもりなんだ?」

「新しい仲間にフレンド登録しているプレイヤーがいるそうで、その方に頼ることにしています。ですので安心して下さい」

「俺が逢ったことのない人だよな」

「そうです」

「そうか……それならよかったよ」

「ねぇ、ボンズさん」

「なんだ? 優作」

「自分だけじゃなく、只人も当夜も……我々も、貴方を大切に想う『友達』だと勝手ながら思っています……ダメですか?」

「いや……ありがとう。ありがとう! ごめんな、嫌なこと押しつけてしまって」

「なんのことやら記憶にございませんよ。フフッ」

「カッコイイなオイ……マジで尊敬するよ」

「それじゃ、またお会いしましょう。今度は笑ってですよ。それまで壮健で!」

「あぁ! またな!」 


 チャットが切れた途端、不意に昔を振り返る。

 俺が今まで通ってきた道にはどれほど落し物をしてきたのか、わかった気がした。

 そして、今回は仲間がそれを拾ってくれた。

 本当にありがたい。感謝っていうものが理解できたと心から思った。

 仲間に……友達に。


 その後、泣き疲れて眠る2人を背負うボンズ。その横を歩くパチの姿があった。

 どこへ行くかは決めていない。とりあえず歩いていこう。

「ずっと……一緒だからな」

 ボンズの台詞を聞いたパチが一つだけため息をつく。


「気付くのが遅いのよ……バカ」




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