第二十三話 実感
パーティーから離別し、丸1日が経過した。
みんな、怒っているかもしれない――だけど、早く俺のことを忘れてほしい。
そして、優作たちと共に無事に過ごしてほしかった。
ボンズはりゅうとラテっち、パチと別れた後、そのまま眠ることなくひたすら魔物と戦い続けていた。
やることのないボンズにとって「最期の暇つぶし」をしていたのだ。
そんな中、幾度となくタッチパネルを開いている。
チャットが届いているか、見てしまう。
しかし、3人からチャットは届いてはいない。
――期待しているわけではないのだが、身体が勝手に行動を起こしてしまう。
気が付いた時には、手がタッチパネルを開いている。
彼氏からのメールを待ち焦がれている乙女のよう――それは例えがよすぎる。
OLの帰宅を心待ちにしているストーカーのよう――これでは例えが違う気がする。
別れた元彼(女)から「やり直そう」という連絡を待っているかのよう――彼女なんかできたことないので、この例えも却下だ。
それ以上のことはボンズにはよくわからない。
魔物の他に、「何故このような行動を起こしてしまうか」という、これまでの人生で考えたことのない「悩み」とも戦っていた。
人付き合いのしたことないボンズには、その悩みの意味すらわかっていない。
ただ、イライラするだけ。それ以外の感情表現が見つからない。
しかし――この感情が生まれることは、初めての「出会い」によって、ボンズが変わったことを証明している。
だが、ここまで己が変わったことを自覚していない。
「未練」だと――気付いていなかった。
ただ、言葉にできないまま抱いている感情を忘れたい――その思いから、残された時間を戦いの中で過ごすことにした。
それが、最も自分らしいと――
ソロプレイヤーとして過ごしてきた頃に戻っただけ。
それだけだ。
それゆえに、ボンズは魔物と戦い続けた。
<ディレクション・ポテンシャル>の世界に来て、これまで積み重ねてきた経験と、仲間たちのおかげでボンズはほぼゲーム時代のプレイを自分のものにしていた。
今――マンズの大陸でボンズの相手になる魔物など存在しない。
弱い魔物とただひたすら戦い、時間を潰していた。
「本当に弱いのは俺自身なのに――」
唯一理解している己の想い。
心の中で、消えない想いだった。
戦闘中、高速で動くボンズを魔物は捕えることはできない。
触れることさえ叶わない。
逆にボンズの速度はハンドスピードにも現れ、無数に降り注ぐ拳打が一瞬にして魔物を消滅させていった。
絶え間なく戦い続けているため、ボンズの周りには消滅していく魔物の結晶体のようなものが霧散し続けている。
魔物は倒すと死体として残ることはない。
プレイヤーがアウトオーバーするように、ゆっくりと砂が崩れる様に消滅していく。
その砂状の物体が散らばっていく光景が、唯一ボンズの気を紛らわせてくれた。
「もう、これしかやることがない」
ただ速く、より多く魔物を倒し続けることしか――
瞬時に3連続の拳を繰り出す【三連刻】
左右のワン・ツーから左フック、右アッパーと多方向から拳をほぼ同時に叩きこむ【四風連打】
どんなに多くの魔物に囲まれようと、その拳は止まることを知らない。
喧嘩でウサを晴らすかの如く、魔物を殴り続けた。
魔物の姿が見えなくなってきた頃、後ろから人の声が聞こえてきた。
「おい、凄いプレイヤーがいるぞ……」
「あぁ、アイツにしようか」
「……なにやら話しているようだが、俺のことなのか?」
このマンズは低レベルの魔物しかいない「初心者」用のフィールドだ。ここで戦っているのに「凄い」もなにも、ないだろう。
話していたプレイヤーたちがボンズへと近付き、声をかけてきた。
「なぁ君、よかったら仲間に……」
声に反応し、ボンズは振り向いた途端。
「――お前は!?」
以前もいたな……こんな反応したをプレイヤー。
驚いたのか、いや――ドン引きでもしたのかのように後ずさるプレイヤーたち。
そのまま1人のプレイヤーを中心に、残りのプレイヤーが円陣を組むように集まって会議を開きだした。
「この人たちは、もう6人揃えているのか……」
羨ましいのかは、よくわからない。
コイツらが仲間同士でいることもなんとも思わない。感情が全く湧かない。
以前は「パーティー」を見かけるのも嫌だったはずなのに。
ただ、なんとなく懐かしい――
そんな中――
「おい……コイツ確か」
「あぁ、間違いない――」
「…………犯だぞ」
「どうする? やめとくか」
「でも……」
――何を云っているのだ?
何かを相談しているようだけど、よく聞き取れなかった。
すると、円陣の真ん中に立っていたプレイヤーが下らない会議を一言で閉会させた。
「この際選んでなどいられないだろ」
「……わかりました」
他のプレイヤーが渋々同意する。
コイツがリーダーなのか……くだらない。上下関係はやはり存在したか。
そして、リーダーと思われるプレイヤーがボンズに話しかけた。
「お前を仲間に加えてもやってもいいぞ」――と。
――そういうことだったのか。仲間に誘われたのだな……
これで「2回目」か。
しかし、ボンズは再び後ろへと振り返り、無言のまま立ち去ろうとする。
「おい! 聞いているのか!」
「聞いている。答えたつもりだけど」
「あぁん!?」
「行動ではなく言葉でないとダメか……興味が湧かないから断るよ」
「バカかお前。死ぬんだぞ」
「…………生きていることに、もう興味なんかねぇよ」
そう云い残し、ボンズは立ち去った。
「生きていることに興味があれば、あんな選択はしなかった……俺は生きることを――諦めたんだよ」
呟く独りごと……誰にも聞かれない言葉。
なにもかも放棄した。
仲間も、一緒に歩んでいこうとしたその先も。
全てを失わせたのは、どんな理由があろうとも己自身の選択だ。
あと10日と3日ほど――その期間を過ぎれば、なにも考えなくて済むようになる。
それまでだ。
再び戦闘を始めるボンズ。
今度は8体の魔物に囲まれ、ゾーンが発生した。
「りゅう、左の魔物を頼んだ!」
返事などあるわけもない。
いないのだから。
思わず発した台詞に、ボンズ自身が戸惑ってしまう。
「……癖になっているな」
弱い魔物ながらも8体も相手にすると、それなりにダメージも与えられる。
今日1日で積み重なったダメージを回復しようとHP回復ドリンク小瓶を口にしようとした。
「……こんなもの」
口にしかけた小瓶を地面に叩き付けた。
「こんなもの、もう必要あるわけないだろ!」
ボンズは独りで叫んだ。
己が消滅するのにクエスト期間終了まで待つ必要はない。
魔物にやられてしまえば、それだけのことなのだから。
――日が暮れる。
夜になり、ボンズは一旦戦いをやめた。
理由は特にない。「なんとなく」としかいえなかった。
そのままフィールドで野宿をするボンズ。
「ラテっち。美味しく出来たぞ!」
習慣となっていたのだろう。ボンズは夕食を作ってしまっていた。
そして――当然、返事はない。
「はは……いないんだよな。クリームシチュー……手抜きしても良かったな」
一緒にいた時間は決して長くない。
だが、その時間はボンズが初めて「仲間と共に過ごした」時間であり、今まで過ごしてきた時間とは濃密さがまるで違った。
なによりも濃く、そして深く残ってしまっている。
それも、もう終わったのだ――
これが己が迎えられる最高のハッピーエンドと信じての結果だ。
「終わり」を迎えることを極端に嫌うボンズが、おそらく初めて自己決定で選択した結末。
結局は何も残らないことを改めて自覚していた。
「やはり」――と。
テレビゲームは面白い。だけど必ず終わりがある。
終わりがあるからやらない。
だけど、終わりのないものはない。
そして、今も終わりを迎えようとしている。
「MMORPGを始めたキッカケは『終わり』がないからだったのにな……」
――いや、結局ゲームも現実も同じなのかもしれない。
レベルなどの「数字」によって個々を判断され、それが結果として残る。
命ですらHPという数字で測られている。
この世界に来て、それを実感するとは……な。
それにしても、何故俺はこの世界にいるのだ。
そもそも、何故この世界は存在するのだ。
それすらも、現実と同じだ。
現実世界は何故存在する?
何故、俺はこの世に生まれて来たのだ?
生まれてこなければ嫌なことを味わうことはなかった。
生まれてさえこなければ、生きている意味を考えることも、迷うこともなかったのに。
どちらにしても、現実の世界だろうと、ゲームの世界であろうと、俺の居場所などなかったのかもしれない。
やはり部屋に閉じこもっているのがお似合いなのだ。
世界は――俺には広すぎる。
考え事をしながら、ボンズは独りで食事をとりはじめる。
しかし、シチューを口に運ぶも一口で食べるのをやめてしまった。
「……不味い。チクショウ……あの時の――味がしやがる……」
シチューの入った鍋を投げ捨て、たき火を座りながら見つめる。
独りぼっちで、誰とも喋らず、その場から動かずに。
「これで現実にいた頃と同じになったな。そういえば、この世界に来てから夕食の時は賑やかだったな……パチはおかわりして、りゅうは褒めてくれて、ラテっちは食器をカチャカチャ鳴らして……あぁ、ちゃんと直しておくようにいっていなかったな。もう、遅いか……」
ボンズは懐から1枚の紙を取り出し、眺め始めた。
海で撮ったSSを。
「今まで友達と写真なんて撮ったことなかったな。友達がいなかったのだから当然か。確かにそうだよな……作ろうとしなかったのだから。それなのに、いつの間にか俺には大切な友達ができていたんだな」
ボンズは座ったまま俯き、膝をかかえ身体を丸める。
「チクショウ……もう逢いたくなっていやがる……自分で決めたことなのに……」




