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第二十一話 絵図

申し訳ありません! この話を投稿する前に、間違えて過去の話を投稿してしまいました。

あと、長文になってしまいましたが、読んで頂けると幸いです。

 

「それじゃ、早速ピンズへ向かうからな」

 ボンズから3人にむけて次の行動の指示が出る。

「あのさ、なんか機嫌悪くない?」

 パチはボンズの態度に疑問を投げかけた。

「当たり前だろ! なんなの前回のラストは? る気マンマンじゃないか!」

「ヒドい……決死の覚悟で救助したのに。隊員たちよ、不甲斐ない隊長を許してね」

「隊長!」

「たいちょ~!」

『およよよよよよ』

 3人は肩を寄せ合い円陣を組みながら悲しみに暮れる。

「その三文芝居……やめてくれない。決死だったのはこっちだから。『決定的な死』を迎えるところだったから」

「それじゃ、助けないであのまま雪だるまとして一生を過ごしたかったの?」

「んなわけぇねだろ! それに助けてもいないだろうが! ……もういい。ラテっち、空飛ぶタタミは出せるか?」

「だせまちゅ」

 とりあえず、ここまでは一応計画通りだ。もうそうれでいいよ。

「あれでもないこれでもない、あれでもないこれでもない……あった~! 【ぷかぷかたたみ~しかもにじょう(二畳)】」

 カバンから出したタタミに乗り込み、クエストを達成するべくピンズへ向かうボンズたち。

 計画とは多少異なる展開ではあったが、予想以上に時間が余ったのは嬉しい誤算だ。

 ――いや、嬉しくはなかったけど。もう雪山には行けなくなるほどのトラウマだ。

 なにはともあれ、移動時間を入れてもクエスと期限まで充分な時間はある。これなら移動中にチビッ子たちが疲れてしまってもお昼寝タイムをとることができる。それだけでもありがたいことだ。

 雪玉と化したことも無駄ではなかった――と、いうことにしておこう。


 空を飛び始めて数分後――

「それにしても、結局ピンクダイヤは幾つ回収したんだ」

 ラテっちはボンズの問いを聞くなりカバンをゴソゴソと漁り始め、中身を見る。

「んーとね、たくさん!」

「具体的な数を知りたいんだけど……ダイヤをここに出してくれないか」

「できまちぇん」

「なんで?」

「いまは、タタミをだちてまちゅ」

「あ……そうだったな。忘れていた」

「え? どういうこと?」

 話に割り込み、質問を投げかけるパチ。

「そうか、パチは知らなかったな。ラテっちのカバンからアイテムを出せるのは1度に1種類だけで、他のアイテムを出すときは今出しているアイテムをカバンにしまわなければならないんだ。だから、俺たちが乗っているタタミをカバンにしまわないかぎり、カバンの中にあるピンクダイヤを出すことができないんだよ」

「ふーん。『能力制限』があるのね」

 パチの口から『能力制限』という言葉が出てくるとは。天変地異でも起こるかもな。

「――それって、NPCノンプレイヤーキャラクターに渡す時、複数あるダイヤを1度にカバンから出せるの?」

 冷たい汗が流れた。

「……………………ラテっち。出せる……よね?」

 いつも変わらぬにこやかなラテっちの表情は、そのまま変わらずこちらを見つめている。

 何気に話しにくそうに見えるのは気のせいなのだろうか。顔にうっすらと影が見えるのも気のせいだと信じたい。

「……どうなの?」

 ボンズの問いに対し――

「ふくすー?」

 ラテっちは「なにそれ?」と云いたそうに聞き返してきた。

「いっぱいあるダイヤを全部いっぺんに出せるのかってことだよ。……出せる?」

「ダイヤだけならな」

 答えたのはラテっちではなく、りゅうだった。

「拾ったアイテムなら数は関係ない。拾ったアイテムやお店で買ったHP回復アイテムとか、ゲームの中で『たくさんあるもの』はいっぺんに出せるぞ。でも、たとえば『1人だけ回復するHP回復用のドリンク入り小瓶』と、『パーティー全体HP回復用の大瓶』を同時には出せない。あくまで1種類だけだ。それに、たくさん出し入れできるのは『スキルに関係しないアイテム』で、『ラテっちのスキルで出したアイテム』は1個だけしか出せない。出せないというより1個しかないんだけどな」

 代弁したりゅうの話を、パチと2人で聞きいってしまう。

 そんな中、りゅうの説明にパチはある疑問を感じた。

「でもさ、このタタミって『2枚』じゃない。同じアイテムを2個出しているってことでしょ?」

 いわれてみれば確かにそうだ。パチも鋭いところをつくな。

「このタタミは『2枚で1個』なんだよ。ボンズ、タタミを1枚だけ出した時を憶えているか?」

「あ……あぁ、憶えている。確か、俺が乗れなくて2枚にしたんだよな」

「そう。その時、一度タタミをカバンにしまっただろ」

「そういえば……」

「このタタミは1枚と2枚では違うアイテムなんだよ。同じタタミを2枚同時に使っているわけではなく、『タタミ1枚』というアイテムと『タタミ2枚』という別のアイテムが存在するんだ」

「なるほどね。つまり、今私たちが乗っているタタミは『2枚』だけど『1個』のアイテムということでしょ」

「うん。そういうこと」

「考え方としてはタタミ2枚――2畳で『1坪』となったというわけでなく、あくまで別のアイテムということなんだ。それじゃ、タタミを増やしてもっと広いタタミの集まりにすることはできないということになるのよね」

「アイテム1種類につき1個しかないからな。これ以上は無理だ」

「ちなみに『タタミ4枚で1個』のアイテムとかあるの?」

「ないはずだぞ」

「そう。わかったわ。説明ありがとね、りゅう」

「おう」

 りゅうとの会話を終えたパチは、そのままボンズに耳打ちをし始める。

「ねぇボンズ。りゅうって、こんなに喋る子だっけ?」

 そう思うのも無理はない。普段は元気いっぱいの無邪気なチビッ子だ。それに、にこやかな笑顔を保ちながらポケーっと黙っていることも多い。

「たまに――な」

 そう。ボンズは知っている。

 りゅうは、とても子どもらしい一面と、妙に大人っぽい一面の両方を持っていることを。

 そして、改めて思う。

 りゅうはラテっちのことを本当によく理解していることに。

 ある意味ではラテっちよりも、りゅうのほうが不思議な点が多いということに。


「――それで、ダイヤはどれくらいあるんだ?」

 りゅうが話を戻すことでその場の空気が一変し、会話はダイヤの個数について談義されることとなった。

「私が拾った時には40~50個くらいはあったと思ったけど……必要な分は揃っているのは確かよ」

 ソリに乗りながらダイヤを拾っていたパチのいうことなら間違いないだろう。

 クエストを達成できる数は揃っているはずだ。

 ……それより、そんなに拾っていたのかよ。

「余ったピンクダイヤはどうするんだ?」

 りゅうの問いにパチは提案をもちかけた。

「売り払って金貨に換える? ダイヤだし、売値は高いんじゃない」

 それに対しボンズも意見を挙げる。

「だけどさ、こういう『クエスト専用のアイテム』って、物はなんであれNOCノンプレイヤーキャラクターが経営する店に売っても、売値は安くないか? いや、そもそも売ること自体できないことのほうが多いと思うぞ」

「それもそうね。それじゃ、どうしようか」

「人にあげることはできるのかな?」

 そう提案したのはりゅう。

「そうか。クエストアイテムはプレイヤー同士の取引ができるはずだ」

 りゅうの云う通りだ。今回のクエストでは全てのパーティーがダイヤを集める必要はない。

 例えば大手ギルドなら高レベルの強者が集めたダイヤをギルドメンバーで構成したパーティー同士で取引を行い、ダイヤを分配することでギルドメンバー全員がクエストを達成する方法もとることができる。

 プレイヤー同士での譲渡も、そして売買も可能だろう。

「いいところに気が付いたなりゅう。それじゃ、誰かに売るか」

「誰に?」

「え? あ、そうだな……うーん」

 売るにしても、見ず知らずのプレイヤーに話しかけられないのであれば商談などできない。

 ひとまず「売る」方向は後にしよう。

「そうだ! 優作にあげるのはどうだろう?」

「おう! いいなそれ!」

 りゅうの賛同をもらい、タッチパネルを開く。

「ねぇ、優作って誰?」

「あぁ、パチは逢ったことなかったな。以前フレンド登録したプレイヤーなんだよ」

「ボンズに友達なんているの?」

「失礼だな! と……友達くらい、ちゃんといるぞ!」

「極度の対人恐怖症なのに?」

「当然だ!」


 ――やっちゃったー!

 思いっきり強がってしまった……パチは俺が対人恐怖症のコミュ障ということは既に知っている。だけど、まだ俺がひきこもりの自宅警備員であることまでは知らないはずだ。

 現実でも情けない醜態を晒して生きていることを彼女には知られたくない。

 いや、今はこうしてフレンド登録をしているプレイヤーもいる。大丈夫のはずだ。

 でも、このパーティーの3人と優作たち3人以外のプレイヤーとは話をできる自信はない。

 ここは優作たちとの会話を見せて信用の回復をしなければ。

 それに、これ以上パチに弱みを見られてしまっては何をされることやら……

「そうだぞ。ボンズはみんなと友達なんだ!」

 りゅうがフォローをしてくれている……なんていい子なんだ。

「ただ人前に出るのが嫌で、たくさんの人に囲まれると変身しちゃう照れ屋さんなだけだ!」

「変身??」

 ナイスフォロー!! ――って、なんて余計なことを……

「い……いや、なんでもないんだ。なぁ、りゅう」

「モガモガモガ」

 ボンズはりゅうの口を両手でしっかりと塞ぐ。

 そんな様子を見ていたパチは――

「そういえば、私と初めて逢った時も挙動不審だったわね。もしかしてボンズって……現実でも人を避けているひきこもりなの??」

「違う!」――なんて云えるわけがない。事実なのだから。

 パチは「ふぅ」と一息だけつく。

「まぁ、そんな感じはしていたわ。以前他人に話しかけられただけで異常な反応をしていたでしょ?」 

「――ギクッ!」

「ひきこもりでもしていなければ、あそこまで過剰反応はしないわよ」

 思いっきりバレているじゃないか。

 ……情けない。今後パチにはどんな対応されるのだろう。

 やっぱりドン引きされて距離を置かれるのかな……

「まぁ、そういう人って少なからずいるわけだし、別にいいんじゃない」

 意外な反応が返っていた。てっきりバカにするものだと思っていたのに……

「それにさ、この子たちの前では平気なんでしょ?」

「まぁ、そうだけど」

「苦手な人……いや、人が苦手なんてよくある話よ。でも、今は独りぼっちじゃないんだから気にすることないわ」


 ――独りぼっちじゃない。


 そうか……今は独りぼっちに見られていないのか。

 独りじゃない。なんか不思議だ……つい数日前まで独りでいたのにな。


「――ところでさ、そろそろ離してあげたら?」

「……なにを?」

 パチはそっとこちらの方を指さす。

 その先には、ボンズにずっと口を塞がれたままジタバタもがいているりゅうがいた。

「あああああ! ごめん!!」

 ボンズはすぐにりゅうを解放する。

 りゅうはなにごともなかったかのような表情でボンズの方へと振り返る。

「りゅう……大丈夫か?」

 怒っていなさそうだけど……

「ビバビバ!!」

 すっげー怒ってる!!

「なに……? その呪文みたいなの……」

「なんでもないよな! な! りゅう!」

「ビバビ……」

 ボンズは慌てて、再びりゅうの口を塞いだ。

「ごめん! 悪かったから許してくれよ」

 ボンズは小声でりゅうの耳元で呟く。りゅうも小声で返してきた。

「今な、この腕時計とお揃いで『正義のヒーロー【銀河ギャラクシー園児・コキャ・コーリャー】』の変身ベルトが新発売されているんだけど――」

「買う! 買うから!!」

「約束だぞ」

 無事に商談は成立した。

 そのやり取りに不信感を抱いた眼差しで見つめるパチ。

「そ……そうだ、早速チャットを送ってみるよ」

 ボンズはパチの気を逸らさんとばかりに、優作に音声チャットを送った。


「――優作!」 

「はい。お久しぶりですボンズさん!」

「あぁ、久しぶり。只人と当夜も元気か?」

「はい。りゅう君とラテっちちゃんも元気ですか?」

「まぁな。それはともかく『さん付け』で呼ばなくてもいいんだぞ」

「いえいえ。そういうわけには参りません」

 優作は何気に俺たちに敬称をつけて呼ぶ。

 そんなに気を遣わなくてもいいのに、律儀な人だ。

「ところでさ、優作たちはピンクダイヤを揃えたのか? 実はダイヤが余っているんだ。よかったら渡そうと思って連絡したんだけど」

「ダイヤが余るなんてすごいですね。どうやったんですか?」

「……きかないで」

「お心遣いありがとうございます。ですが、我々はたった今クエストを達成したばかりなんですよ」

「そうか! いやーおめでとう! それじゃ必要ないな。それはそれでよかったよ!」

 ボンズは素直に喜んだ。ボンズはたまにタッチパネルを開いては優作たちのプレイヤーリストを見て無事を確認している。

 優作たちがピンクダイヤをすでに回収できていたことに、何の不満もない。

「……ボンズさん」

「ん? どうした?」

 優作の声がこころなしか暗くなる。

「我々はなんとかクエストを達成できました。ですが……気をつけて下さい。このクエストは、アイテム回収後からが本当のクエストです」

「本当のクエスト? それはどういう意味なんだ? 優作たちはもう達成しているんだろ?」

「我々が切り抜けた方法は正直お役に立てるかどうかわかりません。どうか……」

「おい。優作?」

 チャットが途中で切れてしまった。

「あれ? もしもし、優作?」

 それから何度か呼びかけるも繋がらない。

 優作が応答しないのではなく、チャット自体が反応しない。

「どうしたんだ優作は?」

「わからん……」

 りゅうは優作とのチャットが途中で切れたことを気にしている。

 いや、りゅうだけではなかった。

「ボンズ、これはチョット良い予感はしないね。休憩はこのクエストが終わってからでもとれるわけだし、このままピンズに向かった方がよさそうよ」

「そのようだな。ラテっちは平気か?」

「だいじょぶ! いけまちゅ」

「わかった。それじゃ、このままピンズまで真っ直ぐ突き進むぞ」

『おー!』 


 それから数時間が経過した――


「――見えてきた」

 目前にはピンズの街――もうすぐ到着するところまで来た時だった。

「おい! あれを見て!」

 上空からりゅうが示した先には、木々の隙間から倒れたプレイヤーたちが見えた。

 見知らぬパーティーの全滅しているようだ。

「――助けようか」

 パチの提案に反対する者はなく、畳を降下させる。

 地上に降り立つと、ラテっちはすぐに畳をカバンにしまった。

 口には出さないが、相当疲れているみたいだ。

 当然だ。いくらチートとはいえ、スキルを数時間持続して発動していたのだから。

 消費符力以前に、精神力を使い果しているはず。

 こんなに小さいこどもなのに……運んでくれて、ありがとうな。


 そんな中、パチが戦闘不能状態のパーティーを見て回っている。

「この人が回復役ね」

 杖を持っているプレイヤーのかたわらに座り込むパチ。

 回復系の『ナン』だと思われるプレイヤーを蘇生するのだろう。

 蘇生符術――【小四喜ショウスウシー】を使用した途端にパチが固まる。

「……あのさ、この世界に来てこの符術はを回だけ使ったんだけどさ」

「そういえば、以前のパーティーで使ったと云っていたな。――それで?」

「その時、何かの間違いかな~と思っていたんだけどさ……やっぱり今回もキャスティングタイムが『20秒』って表示されているんだけど……」

「長っ! なんだそれ!」

「わかんない……ゲームではありえなかった時間だよね」

 これは<ディレクション・ポテンシャル>のプレイヤーなら誰でも驚くことだった。

<ディレクション・ポテンシャル>では、強力な高等符術になると共にキャスティングタイムも比例して長くなり、20秒を越す符術も確かに存在する。

 ――だが、【小四喜】は回復系符術でも中級符術の位置であり、決して「高等」なものではない。

 転生した後、更に高レベルになってからでしか使えない符術ならともかく、【小四喜】は転生前のパチでも使える符術だ。

 転生前のプレイヤーが使える符術に20秒ものキャスティングタイムを消費することなど、今までの<ディレクション・ポテンシャル>ではなかった。

「これも、ゲームの世界が現実となった影響なのか?」

「そうかもね……でも、初めて使うのが戦闘中でなくてよかった」

 確かに――これを知らずにいたら戦況は一変していた。

 高レベルの魔物との戦闘中に1人が戦闘不能。1人が蘇生を行うために20秒も拘束されては致命的な状況になる。

 いや、残り2人で魔物を抑えることは問題ないかもしれない。

 問題なのは、キャスティングタイムの長さを知らずに残った2人が特攻してしまった場合だ。

 もし蘇生するプレイヤーだけが残ってしまった状況になれば、20秒という拘束時間は全滅へのカウントダウンにもなりかねない。


 それにしても、GMはプレイヤーの「蘇生」に対し、なぜこうも「制限」や「仕様変更」を設けるのだ。

 狙いはプレイヤーの全滅? いや、それならば最初から達成不可能な無理難題のクエストをプレイヤーに押しつければいいだけの話だ。

 いや――それ以前に、GMはクエストに失敗したプレイヤーに対し強制的にログアウトさせ「消滅」させる権限を持っている。

 この世界にいるプレイヤーを全滅させることくらい簡単だろう。

 それならば、いったいなぜ……


 そうこう考えている内に20秒が経過し、パチがプレイヤーを蘇生させた。

「大丈夫?」――と聞く前に後ろを振り向くプレイヤー。

 そのまま謝礼の言葉も発さず、無言で他の仲間を蘇生させていった。 

 礼くらい云ってもいいだろうに……

「それじゃ……」

 そう云い残し、ボンズたちはその場を後にする。

 戦闘不能になっていたパーティー全員の蘇生が終わると、そのパーティーがボンズたちを追いかける。

 そして、背後から襲いかかってきた。


「ピンクダイヤをよこせ!」――と叫びながら。


 完全に不意を突かれた。

 予想外の行為を突然背後から受けた上に、プレイヤー同士の戦いではゾーンは発生しない。

「ゾーン発生=戦闘開始」に慣れてしまったため、攻撃を受けることなど毛頭も想定していなかった。

 蘇生した前衛タイプのプレイヤーがパチに向かって斧を振りおろす。

 攻撃を喰らう直前でボンズがパチに向かって飛び付き、抱きかかえたまま間一髪のところで攻撃を避けた。


「ちょっと待って! 助けてあげて襲われるって……いくらなんでも非常識じゃない!」

「感謝してるよ! だからついでにダイヤも置いていけ! もっと感謝してやるぜ!」

「そんなの無茶苦茶だわ!」

 蘇生したパーティーの表情が尋常ではない。

「パチ、ムダだ! 話なんか通じそうにない」

 ゾーンが発生しないのなら逃げれる。

「りゅう! ラテっち! 掴まれ!」

 ボンズはパチを抱きかかえたまま背中にチビッ子2人をしがみ掴ませ、高速移動スキル【特急券】を発動し、その場から逃げ去った。

「なんだったんだ……アイツらは……」

「同感……訳がわからない」

 なんとかそのパーティーから逃げ切り、街に向かって走り続けた。

 ピンズ街の入り口までもう少しという場所まで差し掛かった先では――


「なんだ……これは」

 逃げた先には、戦闘不能になって倒れているプレイヤーであふれている。

 さらに、倒れているプレイヤーを踏み台にして、大勢のプレイヤー同士によるピンクダイヤの奪い合いが行われていた。


「こういうことだったのか……」

 クエスト発生時に感じた違和感の正体が露見した。

 GMゲームマスターは今回のクエスト発生時、いつものように【アウトオーバー】の数を示さなかった。

 戦闘参加プレイヤーによるダイヤの収集数の緩和もそうだ。

 GMが無償でプレイヤーに助け舟など出すわけがなかった。

「まさか、優作との音声チャットが切れたのも、GMが情報を遮断したとでもいうのか? この状況を予見して」

 魔物との戦闘以外で起きる、さらなるプレイヤーの消滅――この状況が証明した。

【アウトオーバー】の数を示さなかった理由を。


 ピンズ街の入り口周辺のフィールドで、大多数のプレイヤーによるPKが行われていた。


 PK――「PLAYER KILL=プレイヤーキル」もしくは「PLAYER KILLER=プレイヤーキラー」・「プレーヤー狩り」とも呼ばれる。プレイヤーが他のプレイヤーを攻撃し、戦闘不能状態にさせる行為、及び行為を行うプレイヤーのことを指す。


<ディレクション・ポテンシャル>ではPKを見る機会は皆無とまではいかないものの、稀であった。

 なぜなら、PKなどしなくてもマンズのコロシアムにおいてプレイヤー同士の1対1の決闘<タイトルマッチ>に勝利することにより、負けたプレイヤーの所持品から好きなアイテムや金貨などを奪い取ることができるからだ。

 ギルド同士による<戦争>でも同様に、強者は他のプレイヤーから「所有物を奪う権利」が正式に認められている。

 ただし、それはあくまで「戦いを好む者同士」による「リスクを承知した者同士」の行為でもある。

 しかし、<タイトルマッチ>・<戦争>の存在があるゆえに、PKなど滅多にお目にかかることなどなかった。

 よほどの酔狂でない限、りPKなどしない。

 する必要もないからだ。

 そもそも、PKによって他者からアイテムを奪えたのか?

 いや、目の前で既に答えは出ている。

 現実となった今では、他者のアイテムポケットからピンクダイヤを取り出しているのだから。

 誰かが思い余った末に実行してしまい、「証明」してしまったのであろう。

 他者からアイテムを強奪できることを――


 今回のクエストは魔物を狩ることから始まり、それでもダイヤを回収できなかったパーティーの最終手段として「PKによるピンクダイヤの強奪」へと変貌し、結果「奪い合い」が行われている。

 いや、「魔物を狩る」より「プレイヤーを狩る」ほうが早いという結論に達したのかもしれない。

 初ダンジョンへ向かう時もそうだったが、魔物は一区域に一定の時間、一定の数しか現れない。

 ピンズの大陸はレベル50以上の魔物の生息する大陸だが、あまりの広大さに「24時間」という短い期間内で戦闘でのドロップ入手が不確定のアイテムを手に入れることは容易ではない。

 それに、移動時間を考えれば広範囲の移動もできない。

 ワープホールがない今、帰りの時間までも考慮しなければならないのだから。

 人混みを避けながら街から遠く離れた場所で魔物を倒し、ようやくアイテムを手に入れてたとしても、帰る時間がなくなってしまえば本末転倒だ。

 だから、他のパーティーは街の近郊で魔物の取り合いをしていた。

 その取り合いが、魔物から「ピンクダイヤを持ったプレイヤー」にスライドしていったのは、必然なのかもしれない。

 それに、魔物との戦闘でピンクダイヤを得られる確率は33%。

 しかし、クエスト開始時点では魔物と戦っていたプレイヤーがピンクダイヤを持っている確率はそれよりも高いはず。

 さらに、魔物がドロップするピンクダイヤは1個だけに対し、PKで得られるダイヤの数は、もしかしたら一気にクエストを達成できる数かもしれない。

 ダイヤの回収を終えてピンズに向かっているパーティーを襲えば、それは高確率で有り得ることなのだから。

 恐らく、これは実際にあったことだろう。

 その光景を見ていた他のパーティーが「魔物と戦うより……」と思い始め、次々にPKが増殖してしまった。

 己が生き残るために。


 最初のクエスト――マンズのコロシアムの中で行われた3人パーティーを組むクエスト。

 それに失敗した唯一のプレイヤーが消滅していく様を、他の9999人のプレイヤーが目撃している。

 その時、みんな思ってしまったはずだ。

「あのようになりたくない」――と。


「だからクエスト開始時に【アウトオーバー】の数を明記しなかったのか……」


 これが今回のクエストの真の意図――

 今までのような「GMゲームマスターによるプレイヤーの選別」ではなく「プレイヤー同士によるプレイヤーの選別」

 ――いや、「殺し合い」だった。

 GMゲームマスターは「PK」により、プレイヤー数が更に減少することを想定していたのだ。



 そして――PKによって戦闘不能となった無惨なプレイヤーたちの末路。

 チャットに浮かび上がるのは、みな同じ台詞だった。


「死にたくない」

「死にたくない……」


『死にたくない!』



 チャットから幾重にも同じ台詞が重なり合う。

 死にゆく亡者がこの世に未練を残し、ただひたすら生への執着を喚くようにも聞こえる。

 自らが招いた結果なのか、はたまた巻きこまれただけの犠牲者なのか。

 どちらにしても、見るに堪えなかった。


「これではまるで、地獄絵図じゃないか……」


 吐き気がこみ上げる。

 手で口を押さえ、嘔吐おうとするのを必死に我慢する。


 そんな中、パチは突然チビッ子2人を風呂敷で包み始めた。

「なんだ? なにするんだ?」

ちゅちゅ()まれりゅ~」

「いいから! おとなしくしていなさい!」


「なにをしているんだ?」

 いや、行動の意図を尋ねる以前にパチは平気なのだろうか?

 他者の「成れの果て」を見慣れているようにも思える。

 意図は不明だが、その冷静な振る舞いから感じ取れた。以前話していた「現実世界では看護師」というのは本当なのだと。


「この子たちには……見せられないわ」

 パチは、子どもたちを包んだ風呂敷をボンズに手渡す。

「アナタがしっかりしないでどうするの? 早く街まで走って!」

「そうだよな……わかった」

 ボンズはパチを再び抱きかかえ、風呂敷を背負いながら屍の上を飛び跳ねながら走り出した。

 りゅうとラテッチにこの光景を見せないように。

 周りではプレイヤー同士の争いと、ボンズを見つけ追いかけてくるプレイヤー。

 街に近付く度に、ピンクダイヤを狙うプレイヤーが増えていく。

「マズいな……このまま街には入れないぞ」


 街の入り口まであと一歩という地点で、ボンズは数人のプレイヤーに囲まれてしまった。

「クソッ! これでは先に進めない……」


「1個でいいんだよ! よこせ!」

 ボンズに群がるプレイヤーがダイヤを要求する。

「ふざけんなよ! PKまでして欲しいのか!」

「あぁ、欲しいさ! それで助かるなら、なんだってやるさ!

 話し合いでは解決しそうにない。

 強行突破もできそうにない。

 どうする……


「もらった!」

 背後にまわっていたプレイヤーがすでに攻撃態勢を整えている。

 サーベルを振りかざし、斬り込む寸前だった。


「しまった!」


 思わず目を閉じてしまう。攻撃を喰らうのを覚悟した時――

「…………あれ? 攻撃が……来ない」

 うっすら目を開き背後を見てみると、サーベルを持ったプレイヤーが止まっている。

「なぜだ?」

 ボンズは目を完全に開き、視野を広げる――


「あげりゅ!」


 ラテっちは風呂敷に包まれながらも顔と右腕だけを出し、笑顔でピンクダイヤを差し出していた。

 予想外の行為に驚いたプレイヤーはボンズに攻撃するのを……動きそのものを止めたのだ。

「え……いい……の?」

 数瞬前まで負の感情をむき出しで襲いかかっていたプレイヤーが、ラテっちの思わぬ行為に戸惑いを見せている。

 余程驚いたのだろう。表情がすでに変わりはて、拍子抜けしていた。

 当然だ。ダイヤを奪おうとしている最中に突然、しかも無償で差し出されたのだから。

「ふにゃ? いらないの?」

 ラテっちの言葉が、さらにダイヤを奪おうとしたプレイヤーを困惑させる。

 小さい手に握られたダイヤを「早くー」と云わんばかりに上下に振る。

 呆気にとられながらも手を差し出すプレイヤー。

 その手にラテっちはダイヤをポンとおいた。

「えへへ」

 ラテっちの無邪気な笑顔を見た瞬間、ダイヤを渡されたプレイヤーは無言のまま膝をつく。

 礼を云わない――それは先程とは理由が違う。

 プレイヤーは我に返ってしまったのだ。

 今の己の姿に。


 しかし、その光景に焦り出したのはボンズだった。

「ヤバい! これでは他のプレイヤーがさらに群がる。その前に逃げなくては!」

 ボンズは走り去ろうとする。

 すると、ラテっちが風呂敷から完全に抜け出し、地面に降りてしまった。

「なんで? どうして降りちゃうの??」

 ボンズの問いなどお構いなしに、手を叩いてパンパンと音を鳴らしだした。

「いらっちゃいまちぇー!」

「おい! これ以上他のプレイヤーを呼び込むなー!」

 ボンズが叫ぶと、今度はりゅうも風呂敷から顔を出す。

 そのまま風呂敷の結び目をほどき、ダイヤが詰まった風呂敷と共に地面に降りる。

 広げられた風呂敷には、すでにラテっちのカバンから出された大量のピンクダイヤが撒き散らかった。

 パチは「回収したダイヤは40~50個ほどではないか」と云っていたが、風呂敷ダイヤは少なくともそれ以上ある。

 おそらくは、パチが拾い損なったダイヤをラテっちが拾っていたのだろう。

 しかし――

「こんなの見せたらPKの的だぞ!」

 ボンズが声を荒立て懸念する。

 現状は、ダイヤを欲しているPKに周りを囲っている。

 それを、プレイヤーのアイテムポケットから奪うのではなく「目の前に落ちている」のであれば、的にされるのは必然だからだ。

 しかし――

「そのまま聞いてくれ」

 りゅうがボンズの横に立ち、クエスト達成条件である10個のピンクダイヤをボンズにそっと手渡す。

「ボンズ、このまま街まで走るんだ」

「え? おい、りゅう……」

「ここはぼくたちが残って時間を稼ぐから、今の内に行ってくれ」

「でも、残ってどうするんだよ?」

「きっと大丈夫だから! それより早くクエストを終わらせてくるんだ!」

「そんな……この状況で置いて行けっていうのか!?」

「私も残るから早く行って! ボンズ、頼んだわよ!」

「パチ……わかった。3人とも、絶対に無理はするなよ。イザとなったら逃げるんだぞ!」

 ボンズはその場から離れ、ピンズ街の入り口まで駆け抜けた。


 ピンズ街に到着すると、村人Aの如く何の変哲もない男性のNPCノンプレイヤーキャラクターがボンズの方へと歩み寄り「ピンクダイヤを確認します」とだけ云い、手を差し出してきた。

 りゅうから受け取ったピンクダイヤをNPCに手渡す。

 次にNPCはタッチパネルを出すよう指示し、ボンズはそれに従った。

「何故タッチパネルを出さねばならないのか?」

 そんなことを聞いている暇などない。

 外では仲間が待っているのだから。危険をかえりみないで。

 NPCはボンズの開いたタッチパネルを見ることで、「戦闘参加人数」を確認した。

「おめでとうございます。これにてクエスト達成です」

 NPCの言葉を聞いた瞬間、再びフィールドへ向かおうとした時――


「クエスト達成者はこれよりマンズのコロシアムまで転送を行います。プレイヤーは1名でよろしいですか?」


「…………今、なんて云った?」


 NPCは有り得ない台詞を吐きだした。

「クエストはダイヤをピンズに届けるだけだろ!」

「はい。ですからクエストは達成しました。これから転送を行うのはクエスト達成者にのみ行われる『イベント』と考えて頂きたい」

「何をわけのわからないことを……パーティーはいわば一心同体。離れればアウトオーバーになるだろう!」

「次のクエストは現クエスト終了時点で発生します。現クエストを達成した瞬間から次のクエスト期間内はパーティーの離別を許可されます。つまり、ソロプレイも可能になるということです」


「おい……ちょっと待て!」



 ダイヤの数の緩和。

 戦闘参加者の決定。

 パーティーのメンバー全員でなく、1人でもいいからダイヤを目の前にいるNPCに届ければクエスト達成。


 完全に見誤った――

 このクエストの真の意図はPKの続出ではない。

 いや……プレイヤーの選別には違いない。「プレイヤー同士による」――という時点では。

 そもそも「今回のクエスト」からと考え始めた時点で、既に思い違いをしていた。

 GMゲームマスターは全プレイヤーに対して4人パーティーを結成させることから始まり、ダンジョン及びボスの攻略させ、立て続けに時間制限のアイテム回収を行わせた。


 その理由は――

 これまで共に旅をし、クエストをこなしてきた仲間の適性・相性を推し量ること。

 4人パーティー結成から今までのクエストは、それを見定める期間だった。

 つまり――パーティー内でのプレイヤーによるプレイヤーの選別。

 全体のプレイヤーがPKによる【アウトオーバー】を迎えることなど目先の出来事だった。 

 もし見限ったパーティーメンバーをPKが行われているフィールドに残していた場合、戻るメリットはあるのか?

 リスクしかなければ……戻ることはない。

 仲間を見捨てる裏切り行為が発生するだろう。


 そう――考えればわかることだった。

 以前にも思っていたはずだった。


 GMは、プレイヤー同士による「信じている仲間を、見限った仲間が裏切る行為」をさせたいのだ。


 いや……それがわかったところでどうしようもない。

 それを全プレイヤーに伝えることなど不可能だ。


「……ちくしょう! ふざけるな!」

「おめでとう」と云ってきたNPCを殴りたい。

 街の外での惨事を見せられては素直に喜べるわけはない。

 GMの意図を推測だとしても知ってしまった今、PKをしているプレイヤーですらあわれとしか言い表せない。



「どうします? 転送しますか?」

 NPCは再び尋ねてきた。

「俺は……」

「お1人でよろしいですか?」

「俺はな……この街に着いたら仲間に変身ベルトを買ってあげる約束をしているんだ。それに、1人に買ってあげたらホホを膨らませてスネちゃいそうな仲間もいる。その仲間たちを守っている仲間もいるんだ! だから独りぼっちでトンズラするわけにはいかないんだよ!」

「そうですか」

「マンズの転送は『クエスト』達成者なんだろ!? だったら今すぐ仲間を連れてくるから待ってろ!!」


 ボンズはNPCの了解も得ずに、街を飛び出した。

「早く戻らなくては。無事でいろよ……」

 街の出て、フィールドで目にした光景は「争い」ではなかった。


「いらっしゃいませー」

「ならんでくだちゃいー」


 ピンズ街の入り口の手前では、他のプレイヤーたちが一列に並んでいる。

 パチが【十三不塔シーサンプトウ】を子どもたちの左右に召喚し、柱を壁代わりにすることによって横からの侵入を阻止している。

 そして、前方のみを通路のように空けることで、そこからしかプレイヤーは入れないようになっていた。

 そして、りゅうとラテっちが他のプレイヤーにダイヤを手渡している。

 何個渡しているかわからない。必要な分を遠慮なく渡していた。

 その順番待ちに、プレイヤーたちが一列に並んでいたのだ。

 まさに、「お店の玄関」となっていた。

 これなら大勢のプレイヤーが固まって侵入することはできない。

 まるで、限定商品を購入するために店頭に並んでいる顧客のように。

 チビッ子2人が売り子役のため、おままごとのお店ゴッコにも見える。だが、集まった人数は「ままごと」の規模ではない。


「すごい……よく思いついたな」

「無茶いってくれるわよ。この子たちは」

 パチは符術を保つために符力を使い続けている。

「はぁ~疲れた。もうダイヤもなくなりそうだけど、クエストは達成できたの?」

「そのことなんだが……みんなで街に入らないとダメなんだ」

「え? 届けるのは1人でいいんじゃないの?」

「……その話は後にさせてくれ。そろそろ逃げる準備をしないとな」

「賛成。――それにしても、あの子たちって本当に不思議な子……」

「だな」

「争うのが、嫌いなのね。誰かなんて関係なく……」

「その結果がアレなんだろうな」

 足りなかったダイヤを安全に受け取り、感謝しながら街に入って行くプレイヤーたち。

 争いを止め、静かにダイヤを受け取る順番を待っているプレイヤーたち。

 先程までの凄惨な光景が嘘のようだ。

「でも、ダイヤがなくなったら……またPKになるのかな」

「わからないわ。それは、この場にいる人たちが決めることよ」

「……そうだよな」

 ボンズは子どもたちの元へと歩み寄る。

「りゅう、ラテっち。ただいま!」」

「ボンズ! 戻ったか!」

「お~ぼんず~!」

「時間稼いでくれてありがとな! そろそろ逃げるぞ」

「わかった。上手くいったな!」

「ま……まぁな」

「ぼんずー。ダイヤもうすこしあるの~」

「置いていってもいいんじゃないか? どうかな?」

「はーい」

「それじゃ、1・2・3で逃げるぞ! 準備はいいか?」

『わかったー!』

「それじゃいくぞ――1……」

『ゴー!』

 りゅうとラテっち。パチまでも走り去って行く。

「2と3はーー!!??」


 4人で街に突入。早速NPCのところに行きたいところだが――

「りゅう。変身ベルト買いに行くぞ!」

「本当か!?」

「あぁ! 約束したじゃないか!」

「やったー!」

 無邪気に喜ぶりゅう。このギャップがりゅうの謎でもある。

 でも、こっちのりゅうの方がボンズは好きだった。

「さて、ふてくされる前にラテっちにも欲しいものを聞かないと……おーい、ラテっち」

 呼んでみると、ラテっちはすでにボロボロのヌイグルミを抱いている。

「あれ? それはクランキーコンドルと戦った時の――」

なおちて(直して)もらうの!」

「そうか――わかったよ! 頼んでみような!」

「うん!」


 おもちゃ屋に到着し、早速りゅうに変身ベルトを買ってあげることにした。

「シャキーン! 変身! コキャ・コーリャー!!」

「よかったな。でも腕時計の時もそうだけど、装備するのは気が早いぞ」

「おう! ボンズ、ありがとな!!」

「約束したからな」

 嬉しそうなのはいいが、鎧といささかミスマッチのような……まぁ、いいか。

「すみません。このヌイグルミを直してもらえませんか?」

 店員のNPCに話すと、意外にも大丈夫とのこと。

「新しいのを買った方がよろしいのでは?」と云われるかと思っていたが、それだとラテっちが嫌がるので正直助かった。

 しかも、直すのは短時間で済むとのこと。

 気になるのは、成人女性が無言で己を指さしていることだ。

 いい歳して、おもちゃをねだるな。


「くまさんなおったー!」

 NPCから元通りに直してもらったヌイグルミを見て喜ぶラテっち。

「てんいんさん。ありがとでちゅ!」――お礼を云われ微笑むNPC。

「ぼんずも、ありがとでちゅ!」

「直してもらってよかったな」

「うん!」

「それじゃ、お金を支払うから一度テーブルに置きなさい」

『はーい』

 会計を済ますと、レジのテーブルに購入した変身ベルトに直してもらったヌイグルミ、お医者さんごっこセットが置かれる。

 ……お医者さんごっこセット?

 それを無言のままパチが受け取った。

「なにしているのかなー!!」

「あら、おもちゃって意外と役に立つものなのよ」

「本当かよ……」


 おもちゃ屋を出て、そのまま真っ直ぐクエスト達成を確認してきたNPCのところまで向かう。

「着いたぞ。これでパーティー全員だ。文句はないよな!」

「勿論。ございません」

「それじゃ、転送してくれ」

「わかりました」


「転送? ねぇ、どういうこと?」

「着いたら話すよ」

 パチの問いを後回しにした。子どもたちの前では、あまり話したくない。

 そして、みんなでマンズのコロシアムへと転送される。

 到着すると、すでにコロシアムにはクエストを達成した大勢のプレイヤーが集まっていた。


「もうこんなにいるのか。――それにしても、懐かしい場所だ」

 このコロシアムはとてつもなく広い。そのため、プレイヤーが多くとも密集することはない。

 最初のクエストも、そのことがボンズに幸いした。あの時点でいつもの発作を起こすことがなかったのだから。

 いや、あの時は慌てふためいて既にパニック状態だった。発作を起こす暇もなく。

「俺を助けてくれたりゅうとラテっち。ここで出会い、仲間になってくれたんだよな」


 ◎



「さて、とりあえず休もう」

 とはいっても、ここは石造りのコロシアム。休める場所なんてない。

 すると、パチは正座し「疲れたでしょ」といって、りゅうとラテっちに膝枕をしてあげた。

「パチ、ありがとね」

「ぱちー。ありがとでちゅ」

「いえいえ」

 りゅうは変身ベルトを装着したままで、ラテっちは直ったクマのヌイグルミを抱きながら寝っ転がる。

 そのまますぐにスヤスヤと眠るチビッ子2人。

「無理させたからな」

 ボンズがポツリと漏らすと、パチはクエストの全容をボンズに尋ねる。

「いったい何があったの? なんでここに転送されたの?」

「あくまで推測の域を出ないが、聞いてくれるか」

 ボンズは事情をパチに説明した。

「多分……ボンズの考えは当たっているわ。いえ、それしか辻褄が合わないわ」

 パチもボンズに同意した。だが――

「だけど、わからない。今度はソロプレイの許可ってなんの意味があるの? これまでパーティーから外れるだけで『消滅』だったのに」

「そこなんだ。わからないのは」

 だが、今はそのことを論議しても仕方ない。

 数時間後には、答えが出る。


 それから、コロシアムにはクエスト達成者が次々に集まってくる。

 しかし、しばらくしてプレイヤーの転送が止んだ。

 同時に、聞きなれた着信音が流れはじめる。――タイムリミットだ。


 チャットはもちろん、GMゲームマスターからだった。



【アウトオーバー 1019】



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