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第二十話 拾得

 

「おーい。見つけたぞ」

 下山を始めてから数十分ほど経過した地点で、りゅうが指さした先に<イエティ>を発見。

「えらいぞりゅう。準備はいいか?」

「いつでもいいぞ」

 すぐさまイエティに歩み寄り、接近したと同時にゾーンが発生する。

 いや、発生はしたというのは変わりないが、発生した後の形態を見ればゾーンと呼ぶには語弊があるかもしれない。

 今まで見てきたゾーンは発生すると即座に広がり、魔物とパーティーを取り囲む出入不可の巨大な空間となっていた。

 それに対し、目の前で発生したゾーンは形成されていく時点で相違点が生じている。形成される途中で空間の膨張が止まり、イエティのみを取り囲んでいたからだ。

 そして、ゾーンは我々を包み込まずに目の前で止まった。ゾーンの壁が4人の出入を遮ったのである。

 同時に4人全員のタッチパネルが自動的に開かれ、文字が浮かび上がる。

 タッチパネルにはこう書かれていた。


【戦闘参加 YES/NO】


 どうやら、この選択を行うことにより戦闘参加プレイヤーを決めるシステムのようだ。

 ボンズは迷わずYESに触れる。

 ――しまった!

 数瞬遅れで、あることに気付いてしまった。

 タッチパネルに触れる前にやらなければならないことがあったことに。


「りゅう! ラテっち!」

「どうした?」

「んちゅ?」

「まだ、パネルに触っていないよな?」

 まさか……こんなありふれた展開などある訳ない。

 りゅうもラテっちもよい子だ。信じているぞ。


「――まだ、さわっていないぞ」

「さわっていないでちゅ」

「よっしゃ!」

 くだらないことかもしれない。だが、2人がまだ何もしていないことに思わずガッツポーズをとるボンズ。

 なにしろ、瞬間的にいだいてしまった疑問を解消せずに放置すれば、取り返しのつかない事態になっていた可能性もあったからだ。


 疑問とは――

「チビッ子2人は英語を読めるのか?」 


 YESとNOの意味を理解しているのか不明だった。

 もし、意味もわからずに「とりあえず、触っちゃえ!」といって「りゅうがNO」そして「ラテっちがYES」を触っていたら計画は台無しになっていた。

 胸をなでおろしつつ、もし理解していたら失礼なので一応確認してみる。

「りゅう、触れるところはどれだかわかるか?」

失敬しっけいだぞボンズ。そんなことがわからないとでも思ったのか?」

「そういうわけでは……いや、理解していればいいんだ。疑ってごめんな。」

「まったく……よくいうだろ。『ノー!』といえる人になれってさ」

「あぶねーー!!」

 半端な理解が大きな誤解を招いていた。

 自信満々のあの態度から察するに完全にNOに触れるつもりだったな。

「りゅう、ちゃんとYESのところを触るんだぞ」

「い、え……?」

「あ……YESは読めないのね。なんでNOだけ知っているんだ? ほら、ここだ」

 ボンズはりゅうのタッチパネルに指さし「YESはこれだぞ」と教え、りゅうはいわれた通りにYESにタッチする。

「ラテっちは、どこを触ればいいかわかるか?」

 ラテっちも自信満々に答える。キリッと真剣な表情を見せながら小さい右手を前に差し出し――

「のー!」

「すぐ影響を受けない! でもNOを触るのは合っている! それじゃ、NOはどっちかわかるのか?」

「のー!!」

「……パチ。教えてあげて」


 戦闘参加プレイヤーの設定が完了すると同時に、ゾーンは再び膨張を始め、イエティ1匹とボンズとりゅうの2人を取り囲んだ。

 ラテっちとパチ――戦闘不参加の2人は発生したゾーンから押し出されるように除外され、空間を遮る壁の外にいる。

 これで完全に支援を受けられない状況となった。


「フリェー・フリェー! ぼ・ん・じゅ! フリェ・フリェ! りゅーう! フリェ・フリェ! んにゃにゃ! ふんにゃーーーー!!」

 戦闘不参加のラテっちはゾーンの外で腕を一生懸命振り回しながら応援をしている。

 そういえば、前にも「フリェー!」と云われことがあったな。なんだか懐かしい。

 かけ声に対して腕の動きはバラバラで正直踊っているようにしか見えないけど、気持ちはとても嬉しい。

 少なくとも、隣で座りながらコーヒーを飲んでいる人よりは断然いいぞ!

 イエティの前に彼女をシバきたい。


 1つわかったのは、戦闘不参加のプレイヤーは「ゾーンの外にいる」というだけで、動きそのものを封じられているわけではなさそうだ。

 戦闘に関すること以外の行動の自由は認められている。

 確かにこれなら、戦闘を終えてゾーンが解除された後にアイテム回収はできる。

 俺たちは戦うことだけに集中すればいい。


 問題があるとすれば、俺たちの方だ。

 雪上での戦闘は砂浜以上に足場が悪過ぎる。

 踏みこむたびに足が雪に埋まるためステップを思う様に踏めず、イエティの攻撃を受けでさばくしかない。

 ゲームの世界では、雪上の戦闘は所詮白く描かれたフィールドであり、戦闘面において影響を受けることなどなかった。

 しかし、現実となったこの世界では、雪という自然の産物の上で動くだけでも悪戦苦闘してしまう。

 登山の時にある程度は理解はしていたが、ここまで動きにくいとは思わなかった。

 ゾーンが発生した時点でもう少し動きやすくなると思ったのがそもそもの間違い。認識の甘さを痛感するボンズ。

 そのため攻撃のテンポが遅れてしまい、想定以上に戦闘に時間を消費してしまう。

 いや、受けによる防御をりゅうたちに教わっていなければ、戦況はもっと悪化していただろう。

 イエティの攻撃をまともに喰らい続け、戦闘不能になっていたかもしれない。

 どちらにしても、このまま後手に回ってしまうほど時間に余裕はない。今は攻めるのみ。

「りゅう、挟み撃ちでいくぞ!」

「ボンズ、待ってくれ!」

 攻撃に転ずるため同時攻撃を提案するも、りゅうはそれを制止する。

「どうした!?」

「埋まった!」

 りゅうの下半身は雪に突き刺さり、スッポリと埋まっていた。

「そのネタは俺が海でやったからいいってば! それにどことなく楽しそうに見えるのはなぜだ?」

「鎧が重いからだな。うん」

 鎧が重いからって……着用している毛皮のコートの下に装備している鎧のせいで埋まってしまったといいたいわけか。


 ゲームの世界では防具の二重装備をすることはできない。だがこの世界では羽織る程度の衣類なら二重に装備する事も可能になっている。

 防寒具として着ている毛皮のコートも「装備品」には違いないが、登山を行う前に試しに着てみたら、なんの問題も無く装備できた。

 寒い場所では重ね着をする現実世界のように。

 いや、二重装備というのは云い方に間違いがある。実際は上着の重ね着ではあるが、装備欄を見てみると「付属品」の項目に毛皮のコートを装備していることになっていた。

 GMゲームマスターからの告知はないが、「付属品」として装備できる幅が広がっているのであろう。

 そして、毛皮のコートを着用することにより「防寒」の役目は果たしているが「重量」はほとんど感じない。

 例えばボンズの場合、速度付加のある革製ジャケットを装備している。

 その着心地や身に纏っている重さを現実世界で例えるならば「ジャージを着ている」感覚によく似ているため、装備の重さについては考えたことはなかった。

 しかし、りゅうも「鎧」という重量のある装備を身に付けているが、鎧自体の重さを感じていないはずだ。

 少なくとも「装備が重い」と連想させる言葉を発したことはない。勿論直接云ったこともない。

 第一、りゅうをだっこした時も大して重さを感じなかった。

 それにもかかわらず、以前は鎧の重さで海に沈んでいたこともあったし、今回は雪に埋まっている。

 これらを見てきた限りでいえば<ディレクション・ポテンシャル>の世界にだけ存在する物質にのみ「重さ」が適用されるということなのだろう。

 プレイヤーには「重み」はほぼ感じない。

 この世界に存在する海や雪、岩や砂などの自然の産物。他には建物の屋根や壁など人工物には「重み」は正確に伝わり、現実通りの影響を受ける。

 こういうことだろう。


 とりあえず、今はりゅうの全身が雪に沈んでいないだけよしと考え、助け出すことに集中しよう。

 あれなら引っぱれば、すぐに脱出できるはずだ。

 それにしても、なんとも間抜けな姿だ……いや、その上をいく醜態を晒していた己自身を思い出し、今更ながら恥じ入る。


 ――今は恥ずかしがっている場合ではない。

 まずはイエティの動きを少しでも止め、距離をとるのが先決だ。

 ボンズは襲いかかるイエティが腕を大振りした瞬間を見逃さず、振り回された腕と己の拳を交差させ、イエテェの顔面に左正拳突きを喰らわせた。

 ボンズの攻撃にイエティはよろめく。その隙をつき、りゅうのところまで走った。

 近付くと、見事なほどにりゅうは雪に埋まっていた。そして、やはりどこか楽しそうだ。

「今出してやるからな!」

「ボンズ」

「ん?」

「これで埋まった者同士だな!」

「りゅう……今はそれどころじゃないだろう」

「そうだな。ほい!」

 そういって腕を伸ばし、両手をボンズの前に出すりゅう。

 ボンズはりゅうの手を掴み引っ張る――しかし、意外にも簡単に引き抜くことができない。

「引っ張っても痛くなかったか?」

「大丈夫だ」

「それじゃ、もっと力を入れて引っ張るからな。いくぞ!」

 ボンズは力いっぱいりゅうを引くと、今度は勢い余ってりゅうを宙高く放り投げてしまった挙句に、己までも後方へと転げ回ってしまった。

 その勢いのままボンズは後を追いかけてきたイエティと衝突し、体当たりの如く攻撃する結果となった。

 結果的にはイエティにダメージを与えたが、ボンズにダメージがなかったわけではない。

 ダメージを負った上に、お互い態勢を崩してしまっている。

 そして、再び態勢を立て直すのが早かったのはイエティの方だった。

「ヤバ……」

 焦るボンズの目の前でイエティは攻撃を繰り出す。

 ボンズは攻撃を両腕でガードしようとした時、イエティの頭上に先程放り投げられたりゅうが無言のまま宙から降ってきた。

 落下した勢いによりイエティを押しつぶす。断末魔すら聞くことなく、ゾーンは解除されていった。

「倒しちゃったよ……」

 偶然とは恐ろしい――

 しかし、釈然としない。これを「戦闘」と呼んでもいいものなのか。

「こんな展開でいいのか? そもそも、りゅうは降ってきただけなのに攻撃したことになるの?」――などと思ってしまう点は多々ある。だが、もしも現実で「重い物体」が頭上に落ちてきたらダメージを受けるのも事実。

 ここは素直に納得しておこう。 

「危なかった……りゅうが降ってこなかったらやられていたよ」

「ナイスキックだったろ?」

 雪の上に座った態勢で爽やかに微笑むりゅう。

「キックどころか座りながら降ってこなかったか?」

「細かいことは気にするな」

「細かくない。まぁ無事に倒せたからいいか。それよりダイヤは落ちているか?」

 辺りを見回すがそれらしき物は落ちていない。

「どうやらハズレみたいだ」

「そのようだな。それにしても身体中、雪まみれだよ」

 ボンズは身体に付着した雪を払おうと油断していた。

 突然、背後から強い衝撃を受けたボンズは吹き飛ばされてしまったのだ。

「バカな……ゾーンは解除されているのに魔物がいるわけ……え!?」

 一瞬だけ見ることのできた衝撃の正体は、満面の笑みでソリに乗っているラテっちとパチの姿だった。

 その衝撃により、勢いよく雪山を転がり落ちるボンズ。

「こんな時に遊ぶなー!」

 叫びながら、なおも勢いは止まらない。

 そういえば、確かにソリを持って来てたな。

 だからって、今使うなよ!

「これは大変! りゅうもソリに乗って!」

 パチはりゅうをソリに引き込み、ラテっちと3人で転がり落ちていくボンズを追った。

 パチの声を聞いたボンズは安堵した。このまま転がり続ければ漫画のように雪玉になってしまうことを想像していただけに、山の傾斜を転がりゆく己を止めてほしかった。

 すでにボンズの身体は転がる度に雪が付着していき、雪まみれになっている。

 想像通りに雪玉へと変身してしまうのは時間の問題だ。

「パチ。ぼくをボンズのところまで投げてくれ」

「どうするつもりの?」

「なんとかする!」

「よくわからないけど、いくよ!」

 パチはりゅうの身体を槍投げのように放った。


 この時のりゅうの作戦は定かではない。

 何を思ってパチに我が身を「投げてくれ」と云ったのかは謎である。

 只、事実だけを述べるのであれば、りゅうが着地した地点は時すでに遅く雪玉になり果てたボンズの上だった。

「おっとっとー」

 そして、りゅうはそのまま玉乗りの如く雪玉の上を走す結果となった。

「ボンズ。きこえるか?」

「な……なんとか……早く、止めて……」

「ごめん。とまんないや」

「りゅうぅぅぅ!!」

 雪玉と化したボンズは無情にも転がり続け、その上をひたすらりゅうが走り続ける。

 転がりゆく先にはイエティの群れが待ち構えていた。

 しかし! 加速した雪玉は即座にゾーンに囲まれるものの、転がり続けながら徐々に巨大化していった雪玉にイエティは押し潰され、ゾーンは解除された。



 雪玉にりゅうの攻撃力が加わっているとでもいうだろうか。

  結果的に雪玉で押し潰す行為がクリティカルヒットとなり、次々にイエティを瞬殺していく。

「いくらなんでも、今時こんなベタな展開はないだろ! ここは現実となったゲームの世界なんだぞ!」 

 必死の思いで、宛てもないツッコミをするボンズ。それでも転がる度に巨大化する雪玉は止まることをしらない。

 転がる雪玉ごとイエティに接近し、同時にゾーンが発生するも一瞬でイエティを押し潰し倒していってしまう。

 一瞬の戦闘時間のせいで、ゾーンまでもが瞬時に解除されてしまうため、ボンズを巻きこんだ雪玉はゾーンの壁に衝突することなく、ひたすら転がり落ち続ける。

 ラテっちとパチはその後ろをソリに乗りながら追いかけ、次々にイエティからドロップされたピンクダイヤを回収していった。

 パチがダイヤを雪から拾いあげ、ラテっちはカバンへピンクダイヤを入れていく。

「いい調子ね。あ、レベルが上がったわ」

「わたちもー」


 もう現実では……いや、MMORPGを含めたゲームであろうとも有り得ない方向へと突き進むボンズ以外の3人。

 でも楽しそう。


 逆に、経験値の分配もピンクダイヤのことすらも、既にどうでもいいボンズ。

「これはない! これはありえないよ!!」

 雪玉に埋もれ転がり続けるボンズは叫び続けていた。

「えっほ! えっほ!」

 気にせず雪玉の上を爆走するりゅう。やはりどこか楽しそう。

「いいな~! たまのりいいな~!」

「転んじゃったら危ないわよ」

 雪玉の上を走るりゅうを羨ましがるラテっちをなだめるパチ。

「俺の心配をしろー!」

 なおも転がり落ちていくボンズは、いつしか今の状況と己の人生を重ねていた。

 転がりゆく様が、己の人生そのものだと。

「殺せよー! いっそ殺せよー! あははははははっ!」

 思考が完全に危険な方向へ進み、危なげな発言を叫び散らしている。


「もうダイヤの回収も充分ね。さて、あの雪玉をどうにかしないと」

 パチはそういうと、ソリに乗りながら錫杖しゃくじょうを振りかざし【十三不塔シーサンプトウ】を発動させる。


 パチは【十三不塔シーサンプトウ】により召喚した13本の巨大な石柱を雪玉の前方へ設置することで、転がり落ちるのを食い止める予定だったらしいのだが……



 石柱を召喚したことにより雪玉が転がり落ちるのを防いだのは間違いない。

 だが、石柱は見事に雪玉へと突き刺さり、バラバラに砕いた。

「あれ? 刺さっちゃった。でも止まったからいいよね」

 雪片は四方へと吹き飛び、一緒にボンズも紙吹雪のように宙を舞う。

 そのまま地面に叩きつけられたボンズは、虫の息に限りなく近い状態で発見された。

 りゅうは間一髪で雪玉からジャンプし、見事に着地する。

 そのままラテっちと一緒にボンズの傍に駆け寄り、ボンズの無事(?)を確認する。

「隊長! 遭難者を救助したであります!」

 りゅうはパチに向かって敬礼する。

「たいちょー! たすけたでちゅ!」

 ラテっちもりゅうの真似をした。

「うむ。ごくろうであった」


「………………れよ」



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