第二話 双子
1時間以内に1万人の中から3人パーティーを結成。
唐突に告げられたクエスト――失敗は強制ログアウトという名の消滅――
この中の誰かが……確実に1人は1時間後に消えてしまう。
己の存在そのものを賭けた生き残りゲームにも係わらず、序盤は緊迫感は感じられない。
それは――達成者は次々と現れ始めたからだ。
「よかったー! 君もいたんだ!」
「いやー、君がいて助かったよ」
今回のアップデート以前から、既にフレンド登録をしていた者たち。
また、ギルドに所属していた者たちが次々とパーティーを組んでいく。
このようなプレイヤーにとってすれば難易度の低いクエストなのだろう。
彼等に焦りはなかった。
――しかし、彼は違った。
彼にとっては最悪の状況――今まで常に独りでいたのだから、仲間などいるはずもない。
だが、焦ってパニックを起こしてしまえば……そこで全てが終わる。
今できることを考え、打開策を練る。そう自分に言い聞かせていた。
「落ち着け……今、他のプレイヤーは仲間であった者たちを探してパーティーを組んでいる段階にいる。だが、3人で1組――その仲間たちが「3」で割り切れる数字とは限らない。必ずあぶれる者はでてくるはず――そいつらが残り時間が迫るにつれ焦りだし、やがて誰かれ構わず仲間を欲するはず。その時が――勝負だ!」
彼はそう確信していた。そして、このゲームでソロプレイヤーとして動いていたは彼だけではないことも知っている。
彼の狙いはそこにあった。
この思惑は的中していたのかもしれない。しかし――
「まさか、人生で初めて自分から他人へ声をかけることとなるとは……しかもMMORPGの世界で……できるのか?」
そう――彼はこれまで自ら他人への接触を試みたことはない。
計画はあっても、実行できるかは別の問題となる。
残り30分――
プレイヤーリストを見ると、およそ8割のプレイヤーに「クエスト達成」と表記されてあった。
「ここだ! 今が勝負の時」
プレイヤーリストを見ながら、クエストを達成していないプレイヤーを探し出し、声をかけようとする。
――その結果。
「……あっ……あのっ……」
生まれて初めての行為は計画的に行くはずもない。
近づくだけでも身体が震える。――これでも、今の彼にできる精いっぱいの行動だった。
これ以上のことはできない。
この先の言葉など……云えるわけがない。
それでも彼に気付き、逆に声をかけてくれる者もいた。
「君もまだパーティーを組んでいないのか? よかったら俺と……お前はっ!」
プレイヤーリストから彼の名前を見るなり誘ってくれた者の態度は急変する。
「お前からコロシアムでどれだけ大切なものを奪われたと思っている! パーティーなど組めるものか! 近付くんじゃねぇよ!」
あちらから近付いてもらったにもかかわらず、今までの知名度によって接触を拒否されてしまう始末。
「完全に終わった……どうなってしまうんだよ……」
普段の行動が完全に仇となってしまった。
コロシアムで闘った奴のことなど覚えていない。それほど多くのプレイヤーと闘い、そして……あらゆるモノを強奪してきた――チャットで「これだけは勘弁して下さい」と云われても気にも留めずに。
自分は覚えてなくとも、恨みを抱いた者は……その対象者を忘れることはない。
ついに――彼の周りには誰もいなくなった。
ただ、時間だけが刻一刻と過ぎ去っていく。
「俺と組もう!」
「レベル82です」
「うるさい! それどころじゃねぇよ!」
「よろしくね!」
「こちらこそ!」
「もってねーよ!」
「あぶなかったー.もう少しでタイムリミットだったよ」
「全くだよね! お互い助かってよかったよ」
他のプレイヤーの会話が聞こえる。
次々にパーティーを組んでいるようだ。
――そして、残り時間は5分。
残るプレイヤーは10人をきっていた。
状況は、本格的に窮地に立たされてしまった。
それでも他人に話しかけられない。
己の意思を伝えられない。
できたとしても――拒絶される。
どうすればいいのか……もうわからない。
平常心は消え失せ、いよいよパニックを引き起こしかけた。
――その時。
「おやつちょーだい」
この現状にあまりにも似つかわしくない台詞が聞こえた。
「……空耳か? 追い詰められたおかげで幻聴でも聞こえてきたのか?」
グイグイ
今度はズボンを引っ張られる。
――気のせいでも幻でもない。何かが……いる。
しかし、目の前には誰もいない。周りを見回しても近くに人の影は見えない。見えるのは遠く離れた場所でクエスト達成に安堵しているプレイヤーたちだ。
「こっちこっち~」
……声は足元から聞こえる。
下を見ると、ズボンを掴んでいる女の子と、隣に男の子がいた。
「小っさ!」
少年少女どころではない……幼児だ。
3等身……いや、2.5等身位の身長しかない。1mあるのか?
この2人はどういう考えでキャラクター設定をしたのだろう……
ズボンを掴んでいる女の子は赤いビー玉を付けたような瞳が特徴的で、頭は白い羽根のついた桜色のニット帽を被り、帽子の横から金髪がたれさがっている。
男の子のほうは、我が国の代表的格闘アニメ「超野菜人」のような金髪をおっ立てた髪形につぶらな……いや黒豆のような瞳。
2人の共通点はまっ白でモチモチしてそうな肌と、まん丸とした顔。
そして、全く緊張感を感じさせない緩やかにUの字を描いた楕円形に開いた口だ。
緊迫した状況なのに……正直、見ているだけで和んでしまう。
ただ、この子らを見ていると、どうも気になる。
それは――装備。
男の子は「黒曜の鎧」と呼ばれる高い防御力を誇る、なかなかレアな装備を身に付けている。
よく手に入れたな。そこそこレベルは高そうだ。いや、それより――
……よくサイズがあったな。
女の子の装備は帽子と調和された白色と桜色とで可愛く彩られたロングコートを着ている。
(背の小ささのせいで「ロング」とは云えないけど……)
――ロングコートだけなら、珍しい装備ではないのだが、まるで園児がお弁当を入れるのに使うような小さな白いかばんを肩からぶらさげている。
……あんなアイテムあったっけ?
つい、2人の装備に目を奪われる。
そんな中――
「ねぇねぇ、おやつちょーだい」
女の子は再び彼にねだり始めた。
――って、おやつ? この非常時に? やはり緊張感が感じられない。
プレイヤー自身も、このキャラクターと同様に子供なのだろうか?
それにしても、おやつか……回復アイテムに板チョコがあったな。別に貴重なアイテムというわけでもないし、あげてもいいか。
「……あげる」
「わーい! ありがとー!」
ニコっと笑う女の子。人形みたいな顔からあふれ出る笑顔はとても可愛かった。
そういや、子供とこうやって話したことないな……あぁ、他人全てだから、大人も子供も関係ないか。
それよりも、今は仲間だ。
早く仲間を集めないと……って! 今、目の前に2人いるじゃねぇか!
この2人に――
「パーティーを組まないか?」
この一言を云うだけでいい。
それなのに……
いざとなったら口から言葉が出てこない。喉で止まってしまう。
ダメだ……云えない
「にーちゃん。仲間はいるのか?」
突然、男の子が問いかけてきた。
この現状では当然と云える質問だった。それでも、まさか再び他者から云われるとは夢にも思わなかった。
もう諦めかけていた……それなのに――唐突かつ想定外の展開に、彼は子どもの前だというにもかかわらず、アタフタと取り乱してしまう。
「いないのか?」
もう一度――問いかけてくれた。
……………………コク。
――黙りながらも、なんとか頷くことだけできた。
これでも……これが今できる精一杯の回答だった。
板チョコを食べ終わり、食べカスを口の周りにベッタリ付けた女の子がこちらを向く。
「なかまいないの? だっちぇー」
かわいくねー! チョコ返せ!
「でも、ひとりぼっちはいやだよね」
嫌……なわけではないのだ。でも今は……
すると、男の子が彼を指さし――
「よし! にーちゃん、なかまになれ!」
「………………えっ?」
「なれー!」
女の子も同意してくれる。
今までパーティーなど組んだことはない。
これからもそのつもりだった。
でも、今は迷っている場合ではない。千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかない。
出ろ! 声よ!
「あ……あぁ。よろしく頼む」
でたよ……やればできるじゃないか!
「よろしくな!」
「よろしくー!」
初めて――生まれて初めての仲間。そして初めてパーティーを組むことができた。
幼児2人と。
その時、コロシアムに鐘の音が鳴り響いた。
それと同時に、再びゲームマスターの声が響き渡る。
「残り時間1分です。この鐘の音が鳴り終わった瞬間、クエスト終了とさせて頂きます」
プレイヤーリストを見なくてもわかった。未だクエストを達成できていない――たった1人のプレイヤーを。
「頼む! 仲間にいれてくれ! お願いだ!」
たった独り残されたプレイヤーが周囲に懇願する。
だが、既に固定されたパーティーを崩す勇気のある者は誰もいない。
――いや、もしかしたら「本当に消滅してしまうのか証明するための生贄」にしているのかもしれない
鐘の音がやんだ。
「時間です。これにてクエストを終了させて頂きます――では、残った1名の方にはログアウトして頂きます」
「いやだ! やめてくれ! 死にたくない!!」
泣き叫びながら、そしてゆっくりとプレイヤーの身体は消滅していった。
なんでこんなことに……さすがに今の光景は衝撃を受けた。
周りのプレイヤーの表情も青ざめ、絶句している。
今――初めてこの世界に来たことを恐怖し、後悔している。
自分がこうなっていたのかもしれしなかった……この2人がいなければ……
「あ、ありがとな」
思わず――そして自然と口から言葉が出てきた。
多分、彼にとって生まれて初めての感謝の言葉であっただろう。
そんな初体験に対し――
「自己紹介~ぼくのなっまえはりゅう!」
「わたちのなっまえはラテっち!」
『ふたっりあわっせて………………』
……………………
2人は無言で顔を見合わせる。
『きーみっとぼくとっで………………』
……………………
「決めてねぇなら歌うなよ!! そして一度止まったのに何故続けた!!」
彼の初体験は台無しになった。
先程の衝撃映像を見た直後にこの行動。この2人には緊張の文字はないらしい。
そんなことを思っていた時――
「にーちゃん、なまえは?」
りゅうと名乗った男の子が名前を聞いてきた。
突っ込むことに思わず心を奪われていたせいで忘れていた。自己紹介をしてくれたんだよな。
自己紹介か……
「あぁ、俺の名前は――ボンズ。……ま、まぁ、よろしくな」
「よろしく」という台詞を口にしたのも初めてだろう。勿論自分の名を他人に名乗ったのも――それほどボンズは、生き残れたことに感謝していたのだ――この2人に。
「ボンズだー」
「ぼんずー」
『くそぼんずー』
「くそはいらねーよ! 2人揃ってどさくさにまぎれて変なこと言うんじゃねぇ!」
またしても彼の初体験は台無しに。
でも……会ってからまだ少ししか経過していないのに、自然に会話をしている自分に気付いてもいた。
不思議な子たちだ――
とりあえず、最初にして最難関のクエストは達成できた。
これからどうなるんだ? と――考える暇もなく、ゲームマスターの声が響き渡る。
「クエスト達成おめでとうございます。それでは、最初のクエストを達成できた9999名のプレイヤーに、次のクエストについて説明をします」
またかよ……少しは心に余裕をくれ。
「1週間以内に隣の大陸『ピンズ』まで移動して頂きます。ちなみに――今回のアップデートより瞬間移動スキル【ワープ・ホール】は使用不可とさせて頂きました。残る移動手段は船となります。自力で渡れる方は別ですが、港まで行き、航路で進まれるのが無難かと思われます」
「本当だ!」
「ウソ!? 使えない……」
周りのプレイヤーが騒ぎ出す。
「プレイヤーの方々は当然知っていると思いますが、船は往復時間を含め1時間に2回、24時間で48回出港します。それを7日間ということは336回出港することになります。ですが、ここにお集まり頂きパーティー決めに1時間。私の説明時間を合計して1時間は経過しました。そして港まで最短でも1時間かかりますので、すでに3時間のロスタイムがあると考えて頂きたい。つまり――残りの出港回数は333回となります」
ちょっと待て。それって……
「――お気づきになられましたか? 一回の出港で船に乗れるのは30名。つまり9990人のプレイヤーが次のステップに移動できるのです。取り残された9名……この数字は確定ではありませんが、このクエストに失敗された場合には、先程消滅されたプレイヤーと同様――強制ログアウトをして頂きますのでご了承を。では健闘を祈ります」
会場はさらなる混乱に包まれた。
「急げ!!」
「港まで走るんだ!!」
コロシアムにいた9900人以上のプレイヤーが一斉に飛び出していく。
「どけ!!」
「俺が先だ!」
我先に港へ向かおうとする者たちによって、出口は既に人の山と化していた。
――だが、このクエストにはヒントがあった。
出口を目指していない数名のプレイヤーも気付いているようだ。
「自力」と「数字は確定ではない」
つまり――
船以外、そして【ワープ・ホール】以外のスキル……いや「別の方法」での移動手段もあるということだ。
もしゲームの世界そのままのステータスが適用されるのであれば、体力と速度に自信があれば、あるいは泳いで辿り着くことも、非現実ではあるが不可能ではない。
そもそも、現状が非現実なのだからなおさらだ。プレイヤー次第では可能かもしれない。
泳いで行くことは……予想ではあるが可能かもしれない。
2人はどうだろう? 聞てみるか。
「ラテっちは泳げるか?」
「およぐ? うきわある?」
「……ないよ」
「およげなーい」
「…………りゅうは?」
「鎧が重くて沈む」
「……………………」
「よし! あきらめよう……」
※ラテっちは漢字がつかえないので、ルビが漢字になるときがあります。