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第十五話 脱走

 

 腹の上が――重い。


 なんだ? まるで何かが乗っかっているようだ。

「――ず」

 ん? 誰か、なにかいったか?

「ぼんずー」

 俺を呼んでいる……あれ? 俺は何をしているんだっけ?

「おきてー」

「おきて……? あぁ、いつの間にか寝ていたのか……ん!?」

 自分が寝ていることを自覚すると共に目を開く――目覚めると云った方が正確な表現だろう。

 目覚めた瞬間目に飛びこんできた光景は、陽の光に照らされた部屋の天井。

 そして、首を持ち上げ視線を腹の方へ移すと、まるでバイクの2人乗りをしているように縦に並んでボンズの腹の上に乗りながらこちらを見ているりゅうとラテっちだった。


「そうか、一緒に寝ていたのか」

 重さの正体が2人だと理解し、再び頭を枕に預ける。

「おはよー」

「起きたか? ボンズ」

「あぁ……」

 寝ぼけながら返事をするボンズ――

「2人はいつも通りだな――いつも通り!?」

 気付いたと同時に完全に目覚める。

 そして、2人を身体から転がり落ちないように両腕で支えながら再び首だけを起こし、子どもたちの姿をもう一度確認した。

 そこには、元気いっぱいの――いつもの2人の笑顔が出迎えてくれた。

「2人とも、もう大丈夫なのか?」

 すぐさま体調を心配する。当然だ。ほぼ1日ベットで寝続けていたのだから。

 だが――

「どういうことだ?」

「りゅう、覚えていないのか?」

「なにが?」

 りゅうは不思議そうに首を横に傾ける。

 今度はラテっちに聞いてみた。

「ラテっち、気分はどうだ?」

 左右にユラユラと身体をすっていたラテっちは一瞬だけ動きを止める。

「そういえばね~」

 やはり、まだ回復していないか……

「しゅっごくおなかしゅいた~!」

「ぼくも! なんでじゃ?」

 2人とも、心配をかけまいと嘘をついている――ようには全く見えない。

 本当に覚えていないようだ。

 ……なんとも不思議だ話だ。

 記憶にないのは突然意識をなくし倒れてしまったということで説明はつくかもしれないが、本当にそれだけなのだろうか。

 それ以前に、そもそも何故体調を崩したのか気になる。

 やはりパチの云う通り「疲労の蓄積」なのだろうか。

 それにラテっち。

 ダメージを負ったとはいえ、疲労が蓄積されていたのだろうか?

 子ども特有の症状? 

 いや――この姿はあくまでゲームのキャラである以上、それは関係ないだろう。

 俺も……いや、他のプレイヤーもいずれ倒れる可能性はあるのか?

 わからないことが多すぎる。

 ボンズがあれこれ考え事をしていると、腹の上から音が鳴る。


 ぐ~! ぎゅるぎゅる~!


「ん? なんだこの音」

「ポンポンのおむしがぎゅーるぎゅるー」

 ラテっちがお腹をパンパンはたいている。

「腹の虫だってさ。ボンズ、ごはんー」

「そうか、おなかすいていたんだったな。ちょっと待ってろよ」

 そういって、ボンズは2人を抱きかかえ身体を起こした。


 ――とりあえず、元気になってよかった……


 考えても結論が出ないことをいつまでも悩んでいたって仕方ない。

 しかし、倒れた理由がわからなければ、もしかしたら再び寝込んでしまう可能性も捨てきれない。

 ――それでも、今は元気な姿を信じよう。

 無責任な考えかもしれない。だけど、無力な俺には信じることしかできない。

 この子たちなら大丈夫――と。


 ガチャッ――

 パチも部屋に入って来る。

「あら、3人ともお目覚めね」

「あぁ、おはよう」

「うん。よかったよかった」

 パチも一安心といった様子だ。

「パチ、あのさ……」

 ボンズがなにやら「いいたげなそぶり」を見せる。

「なによ? ウネウネして気持ち悪い」

「ウネウネはしてない! それに気持ち悪いってのは云い過ぎじゃないか?」

「わかったわよ。で――なに?」

「いや……その……昨日は色々すまなかった」

「別に気にしてないわよ」

「そうか、ありがとな」

 なんだかんだいって、パチも結構いいやつだな。

「まぁ、これからは私をうやまこうべれなさいよ」

「はい。前言撤回!」



 それにしても昨日のパチは別人のようだった。

 もしかすると、あれが本性なのか?

 もし、そうだとすれば今までの行動は一体……

「それにしても、本当に昨日のパチはしっかりしていたな。戦闘の時もあれくらいしっかりしてくれれば……な」

 仕返しに軽く嫌味を云うボンズ。

 それに対し――

「結局、私って仕事人間だから、患者が目の前にいると人が変わるタイプなのよ。ゲームも仕事の気晴らしでやっていたってところかしらね」

「変わり過ぎじゃね? ボケキャラ固定しろよ」

「黙れ」

 そんな会話のやりとりに、りゅうが割って入ってきた。

「かんじゃ? だれのことだ?」

「あなたたち2人よ。昨日、2人とも倒れたのよ」

「ん? 覚えていないぞ」

「でしょうね。突然のことだったもの。だから、患者は安静にしていなさい」

「かんじゃっていうな!」

 パチの台詞にりゅうが珍しく声を荒立てる。

 普段表情が変わらないだけに、すぐに怒りの表情だと感じ取れた。

 なにより、ギャップが激しい。可愛らしい小さな黒豆の瞳が釣り上がっている。

 りゅうの突然の反応に不審がるパチ。

「なんでよ。いったいどうしたの?」

「いいから! そういう云い方キライだ!」

「わかったわよ。もう云わないから、落ち着きなさい」

「……」

 表情を明らかに曇らせるりゅう。

「ま、まぁ……2人とも元気になってよかったよ! な!」

 部屋の空気の重さに気を遣い出すボンズ。

 りゅうが怒った理由がまったくわからない――

 だが、こんなに怒ったりゅうの表情を初めて見たボンズにとって、この状況は非常にショックであった。

 できることであれば、こんなりゅうを見たくなかったと心から思ったからだ。

 情けなくオロオロとしながら、同時にヘコんでしまうボンズ。

 それでも、この雰囲気だけはどうにかしようとする。

 人に気を遣う生き方をしたことのないボンズだが、この空気を変えれるならどんなにぎこちなくても何でもすると意気込み、話題をそらせてみた。

「そうだ! 2人とも、おなかすいたって云っていたな。ご飯食べるか?」

 ご飯というフレーズにまずパチが反応する。

「そういえば昨日おかゆを作ってもらったけど、もう食べれないわね。また作ってもらいましょうか」

「え~、おかゆきら~い」

「あら。ラテっちはおかゆ嫌いなの?」

「うちゅ」

 ラテっちはコクリと頷く。

「わがままねー。なら何がいいの?」

「ぼんず、つくって~」

「ごはんはボンズの作ったのが食べたい」

 2人の台詞にホッとした――

 いつものりゅうに戻ったか。よかった……

 それに――

「2人とも、俺の作った料理が食べたいのか」

『うん!』

「そうか!」

 揃って頷いてくれることに喜びを隠せないボンズ。

「りゅう、なにかリクエストあるか?」

「うーんとね。なにがいいかな?」

 ボンズの問いにパチが口を出す。

「一応念を押すために云っておくけど、消化にいいものだからね」

「消化にね……よし、わかった! 期待して待ってろよ!」

 そう云ってボンズは駆け足で部屋を出ていった。

「台所でも借りるつもりかしら? ところでラテっちはなんでおかゆ嫌いなのよ」

「あきた~」

「飽きた……ね。そう……」


「出来たぞ~!」

 快心の出来栄えなのだろう。お皿を両手に持ち、足で扉を開け部屋に入ってきたボンズの表情はご満悦だった。

「早すぎない!!?」

 即座にツッコミを入れるパチ。

「なにを作ったんだ?」

 りゅうが興味津津でボンズにメニューを尋ねる。

「ふっふっふ! これはな――『かぼちゃのポタージュスープ』だ。皮まで柔らかく蒸して作ったから栄養満点だぞ!」

「なぜそんな時間のかかるものが数分で出来る!」

 パチは再度ツッコミを入れるが、誰も聞いていない。


 ベットに座りながら食べれるように足の長い横長のテーブルを準備し、その上にスープを並べる。

「これ、食べたことないな」

「そうでちゅね~」

「でもボンズが作ってくれたから、うまいんだろうな」

「そうでちゅね~!」

『いただきまーす』

 2人はスプーンでスープを1口食べてみる。

 感想を云わない2人。しかし、スプーンの動きはみるみる早くなっていった。

 カチャカチャ! ジュジュー! カチャカチャ! ジュジュー!

 スプーンの音と、スープをすする音だけが部屋中に響く。


「コラ、音をたてない」

 パチがそういうと、2人は顔を見合わせる。

 そして、スプーンを置くとお皿を両手で持った。

『ジュルジュルー』

「お皿で直接飲まない! それに音消えていない!」


「このカリカリもおいちいでちゅ!」

 ラテっちはスープに浮いている四角形の粒を指さした。

「クルトンか。それもお手製なんだぞ」

 得意気に云うボンズ。

「作った時間は!? いや、もういい。ツッコまない……」

 パチ、力尽きる。

「ボンズの作った料理はいつもうまいな!」

「もっとたべたいでちゅ!」

「そうか! うんうん!」

 その台詞にボンズは張り切り、一度部屋を出たかと思った途端、鍋ごと持って部屋に入ってきた。

「まだいっぱいあるからなー!」

「寸胴鍋で作るな!」

 パチ、ツッコミ復活。

『おかわりー!』

「そして全部食べるなー!!」

「さっきからパチがツッコミをいれてるぞ。風邪でもひいたのか?」

「てんぺんちいでちゅ」


「カッチーン」


 パチはそういうと、無言のままでベットの上に乗り、りゅうとラテっちの背後に座る。

 そして、ソっと両手を2人のアゴに添えた。

「タプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプ」

『アブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブ』


 りゅうとラテっちは「アゴ肉タプタプの刑」に処された。

「ふ~……私、こんなにツッコミいれたことないわ……あなたたちのせいだからね」


「それ以前に、パチにツッコミ入れられるとは思わなかったがな!」


 ――と、ボンズも2人と同意見だったが敢えて口には出さなかった。

 子どもには「アゴ肉タプタプの刑」でも、こちらに対してはそんな生易しいものでは済まないだろうからだ。

 何か嫌な記憶が片隅に……気のせいだろう。


「とりあえず、まだ大人しく寝てなさいよ。わかった?」

「えー! やだー」

「や~よ」

「今日だけ、ね!」」

『ぶー!』

 ふてくされる2人。

 でも、今回だけはパチの意見に賛成だ。

「ボンズ、あなたも部屋から出なさい」

「俺も?」

「あなたはこの子たちに甘いんだから、わがまま聞いちゃうでしょ?」

「そんなことねーよ」

「あるっつてんの――吊るすぞ?」

「……はい」

「それに、晩ご飯の支度もお願いね。今度はちゃんと作ってね」

「失敬なヤツだな! さっきもちゃんと作ったろ!」

「『じ・か・ん・か・け・て・!』――時間を無視しないで、しっかりと作ってちょうだい。まったく……常識が通じないんだから」

「符術範囲を無視できる君にだけは云われたくねぇよ!!」



 それからしばらくして――



「ひまでちゅね」

「そうだね」

 ベットに並んで寝ているりゅうとラテっち。

 でも、そろそろ大人しくするのも限界のようだ。


 ベットから飛び降りた2人は、部屋から抜け出すためにドアを開けようとする。

 だが――

 ドアノブは2人の身長のはるか上の高さにある。

 上を見上げながら――

「とどかないでちゅ」

「えっとね、うーん。そうだ!」

 りゅうはラテっちにヒソヒソと耳打ち。

 この部屋には誰もいないのだが……

 りゅうの話を聞いたラテっちは無言で頷く。

 そして、2人揃って親指を立てた右拳を前に突き出し、これまた無言で「イェーイ!」と云わんばかりの満面の笑みでポーズをとった。

 いったい、誰に向かってのポーズなのだろう……

 そして、りゅうの身体にラテっちがよじ登る。

 ようするに、りゅうがラテっちを肩車したのだ。

 しかし、その姿は肩車というよりも小さなトーテムポールのようである。

「うんしょ! うんしょ!」

「とどきそう?」

「もうちょい」

 ラテっちは必死に手を伸ばす。

「うにゅ~!」

 そして遂にドアノブに手が届いた。

『やったー!』

 ドアノブを傾け、ようやく部屋の扉を開けることに成功。

 小さな音を立てながら扉はゆっくりと開かれる。


 その先には――


 パチが腕を組み、仁王立ちをしていた。

 下方向を見つめる――子どもたちを睨んでという程でもないが、目元に影が浮き出ていた。

「――どこへ行くのかな?」

 その姿を見て、2人は表情を変えることなく一言だけ発した。


『あっちゃー』


「『あっちゃー』じゃないわよ! おとなしく云うことをききなさーい!」

 りゅうとラテっちはパチからスタコラと逃げ出し、再びベットへ飛び乗りながら寝っ転がった。

「もう……」

 そういって、パチは部屋を後にする。


「怒られちゃったね」

「しっぱいしたでちゅ」

 ……………………

『ひまー』



 またまた、しばらくして――



 ボンズがこっそりと部屋に入ってきた。

『ボンズだー』

「シー。静かに」

 喜ぶ2人に対し、人差し指を口に添える。

 その仕草を2人も真似し、小さな声で「シー」とつぶやいた。


 ボンズは、昨日パチの買ったアイスを持ってきたのだ。

 それを3人でベットに座りながら食べる。

「パチに後でお礼を云うんだぞ」

「うん」

「でも、そしたらボンズがここへ来たのバレるんじゃないのか?」

「ヤベ…………」

 なんとも迂闊な男である。



 そのままベットに座る3人。

 そして、ボンズは唐突に話を切り出した。

「なぁ、りゅう。俺をもっと強くしてくれないか」

「どういうことだ?」

「以前のように――いや、もっと実戦的な稽古をつけてほしいんだ」

 ボンズの願いに、りゅうは一往復だけ顔を横に振る。

「ボンズは充分強いぞ」

「いや……そんなことないよ」

 下を向いて落ち込むボンズ。その姿を見て――

「よし! ぼくと一緒にけいこだ!」

 りゅうは快諾してくれた。

「ありがとな。それじゃ明日から頼む」

「おう! まかしとけ!」

「だからさ、今日はこのまま部屋にいてほしいんだ。ダメかな?」

「しかたないな。ボンズのたのみだ」

「そういうことなら、しかたないでちゅ」

「うんうん。ラテっちも手伝ってくれよな」

「らじゃ!」


「あとな、りゅう」

「なんだ?」

「ヒマなら勉強するぞ! まずはかけ算の復習だ!」

「うひゃー!」

「ぷくく」

「笑っているけど、ラテっちもだぞ!!」

「うひゃ~!」



 ◎




 晩ご飯の時間となりました。



 部屋に食卓テーブルと椅子を用意し、それに座るチビッ子2人とパチ。

 そして、ドア付近で料理を部屋に運ぶ直前のボンズ。

「ちゃんと作ったんでしょうね?」

 パチがボンズを睨みつける。

「ふっ! ぬかりはないぜ! たっぷりと『時間』をかけたからな!!」

 そういって、特大の皿を持ってきた。


「見ろ! 『極上! 骨付きスペアリブベーコンの鉄板焼き!』だ!!」


 それはもう見事にジューシーかつ巨大な焼きたてベーコンの登場だ。

『しゅげーー!!!』

 大喜びでフォークとナイフを持ちながらバンザイをするりゅうとラテっち。

 しかし、黙ってはいられない者1名――もちろんパチである。

「消化にいい物作れっつっただろコノヤロー!」

「だから、ボケキャラ固定しろって」

「ならツッコますなー!!」




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