第十四話 咆哮
4人パーティーを結成。
初のダンジョン攻略――そしてボス戦に勝利したボンズたちパーティー。
予想を大きく外し、残り期間を10日も残してクエストを達成してしまった。
こんなに順調でいいのだろうか……
相変わらずのネガティブ思考を発動させながらも、どこか得意気になっている面もあった。
まず、予想通りこの大陸で存在する魔物は例えダンジョンボスであろうと倒せるということを実証できた安心感。
戦闘による消滅――【アウトオーバー】の心配を現段階ではしなくてもいいのは大きい。
それともう1つ――
ダンジョン攻略後、特にすることもないという結論からピンズの街に戻ることにしたのだが、帰路についた際、フィールドでこれからダンジョンに向かう複数のパーティーを見かけたことだった。
「フフッ俺たちはもう終わったんだぜ!」
――と、思わず云いたくなる。
何もしていないくせに、なんとも図々しい男である。
だが、そんな男に天誅が下る。
すれ違うたびに注目されていることに気付いてしまった。
視線がこちらへと集まっているのがわかり、思わず下を向くボンズ。
視線を浴びる理由は当然1つだけ。
とある面識のない1つのパーティーからの問いかけが決定的となった。
「もしかして、もうクエスト達成したのですか?」
そう思うのも無理はない。
これからクエストを達成しようとするパーティーと、明らかに逆方向の道を歩んでいるのだから。
――そして事実でもある。
あちらにしてみれば興味を持った上での、たわいのない会話なのかもしれない。
いや……己の存在が懸っている現状で「たわいもない」という言葉を選択するのはおかしい。
この人たちも必死なのだ。
生き残るために……
そこまで理解しているのであれば、先程戦ったばかりのクランキーコンドルの特徴他様々な情報を提供しても、なんら問題はない。
それは一般的な行為といえよう。
しかし――そのようなことなどできるわけないのがボンズ。
「うわっ! 初対面なのにいきなり話しかけてきた。チョット、勘弁してくれないかな……」
そんなことを思っていた。
4人で行動はできても、それとこれとは別の話。
パチもいきなり話しかけてきたが、彼女の次々と巻き起こす不審な行動が逆に幸いし、ボンズのコミュニケーション回避スキルは発揮されなかった。
だが、一般人に声をかけられてはそうはいかない。
「パチ……タッチ」
「タッチ!? セクハラ!」
「そうじゃない……話するの交代して」
「はぁ?」
「俺、こういうのダメ」
パチはボンズが極度のコミュ障であることを知らない。
りゅう。そしてラテっちと一緒にいる時のボンズしか見ていないからだ。
ボンズは2人のチビッ子の前でのみ笑顔を見せ、楽しげに会話をする。
その姿しか見てこなかったパチにとって、実はボンズが他人と接することを嫌がる事実を初めて知ることになった。
「あなたって、対人恐怖症なの??」
「恐怖症以前に嫌なものは嫌……ゴメン……吐き気が」
「チョット……それってどんだけヘタレなのよ!」
「ヘタレでいい……もう限界」
ボンズはパチの後ろに隠れ、顔色を瞬時に青ざめながら口に手を当てている。
「しょうがないわねー。りゅう、説明してあげて」
パチはりゅうに話を振ったが――
「ホケーーー」
全く反応を示さないりゅう。
「おーい、返事はー?」
パチの問いかけに、やはり返事をしない。
「もう、りゅうもなの? しょうがないわね」
結局、パチが話しかけてきたパーティーに対応する。
「大きい鳥が羽を飛ばす上に、ボケにも突っ込むわよ」――と。
「他に聞きたいことは?」
「あ……もういいです」
パーティーはそそくさと後にした。
「なにさ、せっかく教えてあげたのに変な顔して。それにお礼くらい云いなさいよね――ところで」
それから、パチは何故ボンズがコミュ障なのかを尋ね続けた。
「そんなんで、よく今までやってこれたわね」
「……なにが? 今までのクエストのことか?」
「ゲームの話もだけど、現実でもよ。話しかけられただけであんな反応をする人初めて見たわ」
「……っせぇな……うるせぇよ! これが俺なんだ! ほっといてくれ!」
突如大声を張り上げるボンズ。
「なにさ、急に怒鳴ることないじゃない!」
しかし、この会話を最後にそれからピンズまでの道中、一言も発する者はいなかった。
ピンズに到着。街中を歩いてみるとプレイヤーの姿もまばらだった。
当然だ。他のプレイヤーはクエスト真っ只中だろう。
今この街にいるのはボンズたちと同じクエスト達成者か、街中で新たな仲間を勧誘しようと待ち構えている者たちだろう。
せっかく無事にクエストを達成して、祝勝会など催すほど喜ばしい状況にいるにも関わらず、パーティー全体の空気が重い。
あいかわらず、誰も――誰にも話しかけようとしない。
パチは先程のボンズの発言にフテくされている。
ボンズは、ネガティブ絶賛発動中だ。
4人は黙々と街を歩き続ける。
――パタン……
「……え?」
突然、ラテっちとりゅうはその場に倒れこんだ。
「何をしているんだ?」
ボンズは一瞬、2人は遊んでいるのか、はたまた己とパチが作り出した険悪な雰囲気にフテくされたのかと思った。
だが、これが「異変」だと即座に判断したのはパチ。
「何をボサッとしてるの! 早く2人を宿まで運びなさい!」
パチの呼びかけにようやく常識的発想に至ることのできたボンズ。
倒れた2人を見ると、いつものにこやかな表情は消え失せている。
楕円形の可愛らしい口元も、細かく刻む息が出入りするだけの通風口と化している。
瞳も閉ざされ、苦しがっていることに今頃気付いた。
「どうして……いや、それどころじゃない!」
ボンズは慌てて2人を担ぎ、宿まで走った。
「宿屋に入り、宿屋のNPCに喰いかかる。
「おい! 空いている部屋はあるか!」
「は……はい。お2階が空いております」
突然の来客――そして客の形相に驚き戸惑うNPC。
ボンズはそのまま2階へと続く階段へと走り出した。
「おっ、お客様! お代を……」
「後でいくらでも払ってやる! 今はそれどころじゃねぇ!」
地味にゲームの理を完全無視するボンズ。
そんなことなど構いもせず、2階へ駆け上り空室へと侵入。そして2人をベットに寝かせた。
2人はベットの上で呼吸を荒立てながら瞳を閉じ、表情も赤く染まっている。
「りゅう、ラテっち。大丈夫か?」
ボンズの問いかけに反応はない。
ただ、苦しそうに横たわる。
「なんだよこれ……風邪なのか? もしや、何か他の病気なんてことは……」
心配するボンズの傍らで、パチが冷静に答えた。
「これは風邪や病気の類ではないわよ」
「どうしてそんなことが云える!?」
ボンズはパチの方を向き、頭ごなしに吐き捨てる。
「少し冷静になりなさい。このゲームを何度もプレイしてきたんでしょ?」
「それとこれと、何の関係があるんだ!」
「あるわよ。 もしこの世界で風邪や病気と云った状態になることをゲームで設定されていれば武器屋や道具屋のような施設が存在するのに『病院』が存在しないのはおかしいもの。見たことある? 『病院』」
「……確かに」
「回復符術にも『毒』などのステータス異常を引き起こす症状はあるけど、それを回復する符術もアイテムも存在する。当然アイテムを扱う店もね。でも『病気』を治す符術もアイテムも店もない。だから風邪はおろか内臓疾患や脳疾患のような『病気』ではないはずよ」
パチがまともなことを……実はコイツも具合悪いのでは?
2人の異変と、パチの異変(?)によって、先程まで口喧嘩をしていたことなど、すでに頭にないボンズ。
「でも、体調不良を起こしているのにはかわりないわ。原因がわかればいいんだけど」
そういってパチは部屋にある時計を見ながら2人の首筋に手をあてる。
「血液検査とかできない状態だし、私は医者ってわけじゃないからハッキリとしたことは云えないけど、発熱に脈拍数の上昇、息切れ等の症状だけの判断でいえばたぶん疲労の蓄積によるものね。それしか説明できないもの」
「なんで? どうしてそう云い切れるんだ!?」
「さっきもいったけど、病院がないということはこの世界では『プレイヤーは病気にはならない設定』なのよ。つまり、疾患を引き起こす『菌』も『ウイルス』も存在しない可能性が高いってわけ」
「な……なるほど……」
「まぁ、ゲームの世界といっても今は現実なんだから、何があってもおかしくはないから油断はできないけどね。それこそ『疲労』だって、ゲームにはなかったでしょ?」
「――パチこそ大丈夫か?」
「なにが? 私は元気だけど」
「いや、随分とまともなことを……」
「あぁ、私、現実では看護師だからね」
「マジ!!?」
「……なによ、そのリアクション」
こんな何をしでかすかわからない人が看護士ッて……
いわゆる「ドジっ子ナース」というやつなのだろうか。
いや、それは2次元での話であって、現実にそんな人種がいたらどれだけハタ迷惑なのだろう。
少なくとも、俺は彼女の勤務する病院には行きたくないぞ。
それにしても――
この世界は現実――普段は疲れなど感じないが、見えないところで身体に影響がでてくるのか。
「りゅう……ラテっち……そんなところ……見せなかったのに……それとも見せたくなかったのか?」
ボンズは2人の掛け布団を肩まで掛け直す。
そのまま振り返らず、パチに問いかける。
「なぁ……俺は、どうすればいい」
「一緒にいてあげなさい」
「え……それだけ?」
思わずパチの方を振り向く。
「子どもってね、弱った時や不安な時って『1番自分のことを思ってくれる人』の傍にいたがるものなのよ。不思議な話だけど、子どもはそういう人は誰なのかちゃんとわかっているのよ――これ以上の説明いる?」
パチの答えに対し、ボンズはただ黙って2人の方へと姿勢を戻す。
ただ、立ちつくし、2人を見つめる――
「それじゃ、私は買い物に行ってくるから、あとお願いね」
「……わかった」
日も暮れ出す頃――
「ただいま。2人の様子は?」
帰ってきて、2人の具合を伺うパチ。
「いや、まだ寝たままだ」
「それじゃ、起きたらこのおかゆ食べさせて」
「パチが作ったのか……ありがとう」
「まさか、この宿のシェフによ」
「NPCに!?」
「えぇ。不味かったから、5回ほど作り直させたわ」
……そういえば、以前にもこのようなことがあったような。
NPC――ゲームのように一定の台詞を喋るだけでなく「感情」も持ち合わせているのだろうか?
こちらの無理をきけるほどの「行動範囲」をこの世界では独自の判断により決定できるのか?
いや、いいや。いずれわかるだろう。
それに、今は……
「そういえば、買い物って何を買ったんだ?」
「アイス……食べるでしょ? 疲れには糖分が一番よ。この子たちが起きたら、食べさせてあげなさい」
「そうか……ありがとな」
「まぁ、呼吸も落ち着いてきているみたいだし、その内起きるわよ」
「あぁ」
――しかし、りゅうとラテっちはこの日のうちに目覚めることはなかった。
◎
深夜のフィールド――
独りで戦闘を繰り返すボンズがいた。
「ハァ……ハァ……次の魔物、早く出てこいよ!」
次々に現れる魔物――それらをことごとく打ち倒し続ける。
殴り続ける。拳を振り続ける。
胸に残る感情をぶつけ続ける。
その感情は、何体の魔物を殴り倒しても薄れることはない。
ただ――苛立ちだけが残る。
「チクショウ……チクショウ!」
殴り続けていたボンズの身体に青い光が包みこむ。
「これって、回復符術……」
いつの間にか、パチが後ろに立っていた。
「呆れた……あなたは一体なにをやってるのかしら」
「放っておいてくれ……パチには関係ない」
「関係ないってことはないでしょ! 同じパーティーなのに、そんなこと云わないでよ!」
しかし、ボンズは全く聞く耳を持たない。
その場にはゾーンが発生し、再び戦闘を繰り返す。
ひたすら魔物を殴り続けるボンズの姿があった。
「いいかげんにしなさい! 一緒にいてあげてって、云ったよね」
パチの怒声にようやく拳をおろす。
だが、視線を合わせようとはしない。
「邪魔すんなよ……弱いくせに」
「ようやく戦いをやめたと思ったら、なにそれ!? あなただって弱いくせに」
「そうだよ……俺が弱いから……だからこんなことに……」
「あ……」
パチは今の発言だけは失言であったことに気付く。
そして、ボンズが何故夜中に戦っていたかも――
「強くなりてぇよ……」
地面に跪く
「俺は……あの子らを守れるくらい、強くなりたいんだよー!!」
両拳を地面に叩きつけ咆哮する。
多分彼にとって初めての……心の底からの咆哮であろう。
「ボンズ……」
パチはボンズにゆっくりと歩み寄る。
「とりあえず、今日は宿に戻って……ね」
「……」
ボンズは下を向き続けながら街へと戻る。
「俺……弱いな……」
りゅうのような攻撃力もない。
範囲攻撃もない。
それでも今まで独りでやってきた。
ゲームをしていた時には、独りの無力さなど考えたこともなかった。
しかし――今はもう独りではこの先へと進むことはできない。
レベル制限は100である以上、レベル99のボンズは今の強さがほぼ限界の位置にいる。
それであれば、現実となっているこの世界で「己自身」が強くなるしかないことを痛感する。
そんなボンズは己の無力さを噛みしめながら宿へと戻って行った。
部屋に入ると2人はベットで寝ていた。
静かな寝息をたてている。
「もう苦しくはなさそうだな。よかった」
その姿を見るだけで、ボンズは少し安心することができた。
「……ぼんずー」
「ラテっち、起きたのか」
思わず近寄るボンズ。だが――
「すぴーすぴー」
「……なんだ、寝言か」
………………
「早く元気になれよ。じゃないと、楽しくないぞ」
2人のほっぺたを指でつつく。
すると2人は同時にボンズの指を掴んだ。
「本当は起きているんじゃないのか? ……はは、小さい手だな」
パチはボンズを宿屋へ向かわせた後、時間を空けて街へ戻っていた。
そして様子を見に、静かに部屋に入る。
すると、ボンズは2人と一緒になってベットで寝ていた。
3人で川の字……いや、「小」の字になって。
「そうそう、それが1番の特効薬なのよ」