第十三話 質問
大手ギルドであれば途中まで仲間と行動を共にし、協力し合うことで万全な態勢でボス戦に挑むことができると考えていた。
それがまさか、「寄せ集め」ともいうべき俺たちパーティーが無傷でボス戦に挑めるとは思わなかった……
りゅう――やはり只者ではない。
「天に愛されし者」――この二つ名は伊達ではないな。
りゅうの活躍……いや、りゅう1人のおかげで俺たちは万全な態勢でダンジョンの最下層に設置された扉の前に立っている。
「これはいけるのではないだろうか」
いや、あえて口には出さないでおこう。
なにしろ、俺にとって――このパーティーにとって初めてのボス戦なのだから。
そして、目の前の扉を開けばまず間違いなくボスとのご対面になるだろう。
油断は禁物だ。気を引き締めなければ。
問題は、ここのダンジョンボスがどんな魔物か……だな。
扉を開くと、そこは無数にある岩の塊を組み合わせて造形された巨大なドーム型の部屋となっていた。
広さを例えるならば、小学校の時に入った体育館の広さを半球体に型どった――と、いったところだろう。
天井の高さまでほぼ同じだ。
――まぁ、あくまで己の記憶が確かだったらの話だけど。10年以上前の記憶である上、数えるほども入っていない。
小学校自体ほとんど登校していなかったのだから、例え話にするなどおこがましいことだ。
話を戻すと、それだけの広さにも関わらず、先程まで通ってきた洞窟に比べ格段に明るい。
これは、足を踏み入れた瞬間にこの部屋が――いや、空間ごと別次元へと移動したことを証明していた。
そして、視線の先には――
黄金色に輝く大きな羽根を広げた、二本脚で立ちつくす「鳥人」ともいえる魔物が待ち構えている。
「あれが、ここのボスか」
部屋の中央に構える魔物。
入り口から魔物までは距離があり、遠くから姿を確認する。
コイツ……以前、暇つぶしに<ディレクション・ポテンシャル>の公式サイトを見ていた時に、魔物図鑑で見たことあったな。
確か……「クランキーコンドル」
名前だけを覚えていても意味がない。
あの時「ダンジョンには行かないし……所詮、関係ない奴だ」と、攻撃スタイルやその他の情報までは見ていなかったのが痛いところだ。
だが――今更そのことを悔やんでも仕方ない。
ぶっつけ本番だが、いくしかない!
「みんな! 戦闘開始だ!」
『えい・えい・おー!』
チビッ子2人は元気よく右腕を掲げる。
「ダルい……」
この女性は放っておこう。
4人全員が部屋に入るのと同時に、その空間全体を包み込むゾーンが発生する。
今までにない規模の大きさゾーンだ。流石はボス戦といったところか。
歩み寄り、クランキーコンドルまでの距離を少しずつ縮めていく。
近付くたびに、その身体の大きさ、そしてプレッシャーがハッキリと伝わってくる。
「これから、こんな奴と戦うのかよ……」
ボンズは少し臆した。
だが、歩み進める足を止めることはもうできない。
そして、とうとう目の前に……
「――よく来たな」
クランキーコンドルが口を開く。
ボス戦特有の「戦闘前の会話」ってやつね……クソッ! 緊張する!
りゅうも驚きを隠せていない。
一瞬後ずさり、硬直しているのが伝わる。
わかるぞ、りゅう。だが、ここでお互い呑まれたら勝つことはできない。
――耐えてくれ。
「鳥がしゃべってる!!」
――驚くところはそこなの!?
「りゅう……驚くところはそこじゃないわよ」
おぁ、パチ。珍しく同意見じゃないか。
「どうせ今から『お前らのはらわたを喰ってやる』とかベタなこと云うんだから。おとなしく聞いてあげなさい」
「ウキャーーーーー!!」
クランキーコンドルは突如、雄叫びをあげだした。
可哀想に……図星だったのね。
雄叫びと同時に、ゾーン内にBGMが流れだした。
アップテンポのクラシックのような、奮い立たせるようなBGMだ。
――こんなサービスはいるのだろうか……それにしても、なんと緊張感のない残念な戦闘開始となってしまった。
――そんなことを考えている隙をつかれ、クランキーコンドルは翼を広げ出す。
そして、自身の持つ大きな翼から強烈な突風を巻き起こし、ボンズたちをゾーンの端まで吹き飛ばした。
「ふにゅにゅにゅ~」
りゅう、ラテっち。ともにコロコロと転がる。
まるでボールが風で転がっているように、見事に回り続けている。
その姿はいっけん遊んでいるようにも見えるが、それをツッコんでいる場合ではなさそうだ。
すかさず――クランキーコンドルの攻撃。
「羽根満」
羽ばたく翼から無数の羽根が飛び出し、4人に襲いかかる。
1本1本のダメージは大したことないが、数が多すぎる。
それに結構痛い。
この世界では「痛み」自体、現実世界の「数分の1」ほどしかないのだが――
なんと表現して良いのか、例えるなら「大量の爪楊枝で同時に身体をツンツンされる」といった感じだ。
それに、出血箇所も多いのも正直グロテスクだ。
出血はすぐに止まるが、見ていて気分のよいものではない。
一撃の攻撃ならば痛みも出血も一か所で、慣れればそれほど気にはならないが、こうたくさん傷をつけられては精神的にも参ってしまう。
それに、生命の象徴であるHPのゲージが少しずつ失われていく様を見るのも辛い。
だが――それ以上に辛いのは、今しがた見せたクランキーコンドルの一連の動作だ。
これが攻撃パターンだとすれば……
正直……かなりマズい状況だ。
俺は近距離攻撃型。
りゅうも近距離攻撃型。
パチはどこに飛んでいくかわからない。
ラテっちは何が出てくるかわからない。
つまり――確実にダメージを与えられる遠距離型の攻撃スキルを誰も持っていないのだ。
それに対しノックバックからの遠距離攻撃のコンボ――しかも全体範囲とは。
【ノックバック】――攻撃――この場合は突風を叩きこむことで対象を後方に退け反らせ、距離をとる効果のこと。ふっとばされるともいう。
遠距離攻撃を持たないこのパーティーにとって、クランキーコンドルとの相性は最悪だ。
やばいな……いや、とにかく今は回復だ。
「パチ、全体効果の回復符術はあるか?」
「えぇ、もっているわ」
「それじゃ、頼む。術をかけてくれ」
「まかせて!」
珍しく自信満々だ。これなら大丈夫かも。
パチは目を閉じ、「念」を込めるように集中する。
数秒後、錫場を両手で掲げ、スキルを発動させた。
【青洞門】――味方全員のHPを大幅に回復させる符術。
さすがは回復系「南」だ。
パーティー全員のHPが回復していく――あれ?
クランキーコンドルの方を見ると、あちらも回復を意味する表示がハッキリと映し出されている。
ダメージは赤色の数字表示。
回復は青色の数字表示であるのだが、クランキーコンドルの頭上にも青色の数字が出ている。
「全体過ぎだろうが!」
「全体にはかわりないもん!」
「『もん!』じゃねぇよ! 敵まで回復できるのってアリなの? ねぇ、アリなの!」
「注文多いなー」
「注文通りじゃないし! クレームものだから!」
「うわ……クレーマー」
「あぁ、だめだ……」
何度も云うが、彼女には常識は通用しない。
「そういえば、前にいたパーティーでの戦闘中に、間違えて敵を蘇生した時も怒られたわ。全くみんな気が短いんだから!」
「はい。あなたがパーティーから外された理由がよくわかりました!」
そんな悠長な会話をしている間に、再び一連の攻撃受ける。
「どうにかならないのか……このままではジリ貧だ」
――だが、何度かこのコンボを受け続けたおかげで、あることに気付いた。
羽根攻撃がやむと、次の突風まで時間を空けていることに。
そうか、リキャストタイムがあるのか!
コイツを倒す方法――羽根攻撃終了直後に近付くしかない。
「りゅう、リキャストタイムだ! チャンスと思ったらすぐに飛びこめ!」
「わかった!」
返答と同時に三階建てのビルの屋上から鉄筋を落としたような重低音の爆音が鳴り響く。
りゅうは上体を屈み、その小さな身体を強張らせ、周りに小さな砂嵐を巻き起こした。
これは――「西」特有のスキル――【倍プッシュ】だ。
【倍プッシュ】――HPの半分消費する代わりに、1回の攻撃のみ攻撃力を倍にするスキル。ただし、攻撃に移るまで半分になったHPはさらに減り続ける。
りゅうがスキルを使用するなんて……確実に仕留めるつもりだ。
しかもりゅうの1回の攻撃は9撃――その威力をさらに倍にするなど想像もつかないダメージを与えるだろう。
ついに本気になったりゅうを見れる!
「なぁ、ボンズ」
「どうした? なにか手伝うことでもあるのか?」
「太郎君は駄菓子屋のおばちゃんから1袋2枚入りのビスケットをもらいました。しかも2袋をもらうと……」
「…………ビスケットは4枚になるな」
「4倍だーーー!!」
「まだ、かけ算覚えてなかったんかいーー!!」
帰ったら、復習だな……こりゃ。
それにしても倍プッシュを更に倍掛けするなんて……ゲームでこんなことできたのか?
現実となった<ディレクション・ポテンシャル>の世界では、パチのようにゲームの常識が通用しないところがある。
それを見て閃いたのか……もしくはりゅうの発想から生まれた「この世界だけ」の独自の必殺技かもしれない。
どちらにしても、この状態で攻撃を当てれば即終わりだ。全く……すごいお子さまだよ。
だが、りゅうのHPはみるみる減っていく。倍プッシュの倍掛けにより、すでに残りは4分の1を切っていた。
「パチ、無駄だと思うけどもう一度回復を頼む!」
「……やらないし」
「やれよ! ラテっちはなんでもいいから役に立つ道具を出してくれ……って。アレ?」
いない……ラテっちは?
――って! クランキーコンドルに向かってピコピコと歩み寄っている!
しかも、どこか楽しそうなんですけど。
「なにをしているのかなーー!!」
思わず叫ぶが、聞いていない。
リキャストタイムもそろそろ切れる。
「危ない!!」
ボンズが叫んだ。その時――
「ねぇねぇ、なんでとりさんなのに、おそらをとばないの?」
………………
「ペンギンだって鳥だけど空飛んでねぇだろうがぁぁぁ!!!!」
うわー、気にしていた! あれは気にしていたぞ。
めっちゃキレてるし……よほどコンプレックスだったのだろうな……
いや、それよりもボスがプレイヤーにツッコミいれるなよ。
あっ! それどころじゃない!
「とりあえず逃げろ!」
ラテっちはアイテムを出そうとカバンを漁りだした。
「あれでもない、これでもない……」
「だから逃げなさいってば!!」
「あった~! 【もくもくけむりだま~】」
そういってカバンから取り出した小さな丸い球を地面に叩きつけると、辺りは大量の煙に包まれた。
しかし、クランキーコンドルが起こす突風によって煙はこちらの方へと飛ばされてしまう。
しかもラテっちごと……
ハッキリいって、まったく意味のないアイテムだった。
煙はまだクランキーコンドルの前に少し残っているとはいえ、こちらにまで影響を及ぼしてどうする!
むしろ不利になってしまっちゃったよ~!
煙により誰がどこにいるのかわからなくなってしまったが、うっすらと影だけは見えるので人のいる位置だけは目視できる。
これでは、有利なのはクランキーコンドルだけだ。
なにしろ、こちらは複数の仲間がいて、煙に写された影の正体が誰なのかわからない。
チビッ子は例外だが……
逆にクランキーコンドルは、自分以外の影に攻撃すればいいだけのこと。この差は大き過ぎる。
無論、クランキーコンドルも同じことを思っていた。
1つの影に向かって攻撃をくわえる。
「喰らえ! 『羽根満・一閃』」
無数の羽根は1つの塊となり、1人の影に直撃する。
煙越しではあったが、誰かが攻撃されたのだけは確認できた。
いや、誰かではない。あの小さな影――
さっき飛ばされた位置から予想できる……ラテっちだ。
「ラテっち! 大丈夫か!?」
ボンズは大声でラテっちの安否を確認したが、返事は返ってこない。
「まさか……おい、ラテっち! 返事をしろ!」
不安を抱えたまま、煙は徐々にはれていった。
ようやく景色がハッキリと見えるようになり、ラテっちに駆け寄る。
――しかし!
「……え?」
攻撃されたと思われていた影――その正体はヌイグルミだった。
「バカな……あの攻撃をかわすとは」
「ふっふっふ」
この声は――ラテっち!
「かわりみのじゅちゅ」
「なんだと!? どこへいった?」
クランキーコンドルが辺りを見回す。
「確かに……マジでどこにいったんだ? ……ん!?」
――ボンズはあることに気付く。
「あれは確か、ピンズで買ってあげたクマのヌイグルミだよな……」
すると、クマのヌイグルミがモゾモゾと動きだす。
ピコッ!
「あ……立った」
よく見ると――いつの間にかヌイグルミの背中に切れ目が……
スポン!
そこからスポンジまみれのラテっちが出てきた。
「ちょーいたい」
『かわってないし!!』
うわっ! ……ボスとハモるとは思わなかった。
あ、アッチも同じことを考えたな……アタフタと行動が挙動不審だ。
魔物なのに、さらにツッコんじゃったもんなー。そりゃこうなるよねー。
とりあえず、スポンジが少しだけでもダメージを軽減してくれていたのか。よかった。
「あ……クマさんが……」
羽根でボロボロになったヌイグルミを見てウルウルと涙ぐむラテっち。
「せっかく……ぼんずにかってもらったのに……ぐしゅん」
「あーあ、もうすぐ泣きそう」
「いや……それは貴様が……」
「わっ! わっ! ボスがプレイヤーをなぐさめちゃってるよ! 挙動がおかしいですよー」
「許さない」
この時すでに、りゅうがクランキーコンドルの背後に回りこみ、攻撃態勢に入っていた。
そして――九閃!
倍プッシュ×2により攻撃力が4倍になったりゅうの攻撃は、クランキーコンドルを絶命させるのに充分な威力だった。
「なんか……ズルくね?」
「ごめん!」
倒れていくクランキーコンドルに思わず同情して合掌しまう。
でも、最期の言葉が「ズルくね?」って、仮にもダンジョンボスが云っていい台詞ではないだろうに……
最期の言葉としては情けない――だが、全く持って同意である。
一言……申し訳ない!
とりあえず、初のボス戦は勝利に終わった。
無事に終わってよかった――それにしても……
「パチ、結局何もしなかったな。みっともない」
「あなたもね!」
「あ、本当だ……なにもしてない……俺もみっともない!」
「ぶちゅ~」
そんな中、ボロボロのヌイグルミを抱きながら、半べそをかいているラテっち。
ボンズはラテっちの頭をなで、なぐさめる。
「ボロボロになったな。でも、また新しいの買ってやるからさ。もう泣くなよ」
「ううん、これがいいの」
「なんで?」
「はじめてのプレゼント……」
「……そうか」
そういって、ラテっちはヌイグルミを大事にカバンにしまった。
「だっこして」
「おう! さぁ帰るか」
ラテっちをだっこしようとした。その時――
ゾーンが消滅したと思ったら、今度は部屋が崩れ出し、組み立てられている岩のブロックが次々に落下してきた。
「なんだと!?」
なにこの展開! 今時これはないだろう!
どうする? 今はワープホールは使えない。いや、もうそんなこと考えている暇はない。
「みんな、走って逃げろ!」
ボンズは3人に向かって叫んだ。
「まて!」
それを制止したのはりゅう。
「なんだよ。急がないとヤバいぞ!」
「ボンズ、今こそ東南の力を見せる時だ!」
「どゆこと?」
「ラテっち!」
「うちゅ! あれでもないこれでもない……あった~! 【ただのぬのー】」
「……なにそれ?」
「作戦をつたえるぞ!」
りゅうの作戦とは――
・パチを背負う。
・布にくるまったラテっちを首からぶら下げる。
・りゅうを頭にのせる。
ようするに……
「俺がみんなを背負って走れと云いたいのね!!」
「さぁ、走ってくれ!」
「ごー!」
パチを背負っているのだが、その……背中に胸の感触が……これは恥ずかしい。
「ほら早く走れ、馬!」
前言撤回! 約一名降ろしたい
「もうヤケだ! いくぞ!!」
洞窟を走る最中、崩れる岩はりゅうが切り刻む。
「なるほど……だから頭の上か」
――なんとかダンジョンの外へ脱出した4人。
「見事に崩れたわね」
「まぁ、また再生するだろう。他のパーティーも攻略するんだし。とりあえず、これでクエスト達成だな。あー疲れた」
「やったぜー!」
「やったじぇー」
「ふふ。当然ね!」
「あの……はしゃぐのはいいけど……降りてからにしてもらえませんか?」