第百十七話 本望
弾丸少女―操
堕ちた巫女―神酒
鐵―月城
そして、天に愛されし者にして、神に最も近い男―黄龍
四名―消失。
鉄壁の防御を誇る月城に加え、圧倒的な攻撃力を弾幕によって守備に全振りにした操すらも無視し、断末魔をあげる隙すら与えずに。
わずか数秒の出来事に、闘技場は勿論、会場全体が静寂に包まれた。
味方ですら、もし敵であればこの惨状と恐怖を植え付けられていたかもしれなかったと息をのむ。
一つのことを極限にまで突き詰めた完成形を目の当たりにしたのだ。
この沈黙をパチが破る。
「式さん! 早くこっちに来なさい!」
彼の両手は白く灰化しボロボロと崩れていたからだ。
「そうまくしたてるなよ。まぁヤツらも倒せたし、代償としては安いくらいじゃないか」
「なにバカなこと言ってんのよ! 痛みはある?」
「痛みどころか感覚すらねぇよ。これ、治せるのか? ボンズは大丈夫なのか?」
「ボンズは危機的状況を乗り越えたからもう心配ないわ。二人まとめて面倒みるから両手を出しなさい」
「そうか、それじゃ……」
式は今にも消え去りそうな両手をパチに向ける。
そのまま左手でボンズを、右手で式を同時に治療し始めた。
「スゲェ……これが左手芸ってやつの能力か。まさかパチがまともに回復する日が来るなんて。怪力だけが取り柄の暴力破壊女から卒業だな!」
パチは黙って右拳をひねりまわしながら式の顔面に拳をめり込ませ、鼻と前歯を潰した。
「こっちもちりょーしてくらはい」
「フン!」
一緒にいたりゅうとラテっちにも笑みがこぼれ、壱も駆け寄る。時間操作を解き、ボンズと式の無事(?)な姿を見て安堵する。
優作一人を除いて――
彼女は唯一残ったカオルから視線を逸らさない。
絶絶 雅が戦闘時に描いた、天に愛されし者であるりゅうを全員で闘う構造とは真逆な立場になってしまったカオルは、うろたえるどころか表情一つ変えない。
まるで――いや。
「う…………うん……」
ボンズが目を覚ました。
『ボンズ!!』
りゅうとラテっちも大喜び。
「どうやら一件落着……かな」
「あともう一つのピースが、ね」
ボンズと式が全回復し余り物の集いは再び全員集結した。
しかし、彼らは驚きの行動をとる。
六人が闘技場の端で横並びで正座したのだ。
りゅうに至っては九蓮宝燈を腰から外し、床に置く。完全に闘う姿勢を解いたのだった。
「ここから先は、優作の時間だ」
優作は振り返ることなく、頷くことで応えた。
そして鏡同和で三人に分裂しカオルを取り囲むと三体は両手を天にかざした。
この間。ただカオルは全く抵抗せず……いや、優作の姿を見つめながらなぜか安らかな笑顔を見せた。
肩の荷がおりた――そんな表情を浮かべて。
その男の頭上に、黒色の球体が姿を現す。
「黒一色」
優作が唱えると球体は引力を帯びはじめ、周囲の瓦礫を引き寄せる。
「みんな! 両腕を組め。吸い込まれるぞ!」
式が発した台詞に全員が従うとともに黒色の球体の正体を知った。
ブラックホールだ。
「ようやくここまで来れた…………カオル、当夜と只人にどうか謝ってください」
「これで、これでようやく終われる。優作、最期に一言だけ発することを許してくれ」
「君の手でこの世界から去ることができるのなら――本望だよ」
そう言い残し、カオルはブラックホールへと飲み込まれていった。
これにより闘技場から絶絶 雅のプレイヤーは全員戦闘不能状態となった。
NPCレフリーが叫ぶ。
「余り物の集いの勝利です!」
観客席が沸く中、余り物の集いの7人は微動だにしない。
そして、優作は振り返らない。
「優…………」
「式さん待って。私が――」
パチが優作の後ろに立って「長かったね」と、一言だけ添える。
「また、二人が目の前に現れると思ったんです。仇をとれば、当夜も、只人も、ひょっこり笑顔で自分の元へ帰ってきてくれると思ったんです。そう……ずっと思っていたんです! ばかですよね、そんなことあるわけないのに。絶対あるわけないのに! でも認めたくなかった。二人と引き離された現実がどうしても受け止められなかったんですよ! でも、でも……でも!! 二人は帰ってこない。知っていたはずなのに。やっぱり帰ってこない。もう…………もう……」
優作はその場で大声で泣いた。
パチは後ろから彼女を強く抱きしめる。強く。強く。
大粒の涙を流しながら。