第百十六話 切札
絶絶 雅のメンバー。壱を引き留めている十六夜と遊撃手のカオルを除いた、操・神酒・鐵が瀕死の黄龍に集結し、回復を行い始めた。
夜桜がパチの手によってアウトオーバーになり、一人不足している状況になっても黄龍…………いや十三龍門さえ復活すれば勝機はあると祈りにも近い思いで再起を目指す。
十六夜が壱を絶一門で拘束してすでに7分が経過。残り3分で最低でも優位な状況にしなければならない。
符力を回復する能力者である神酒は黄龍の回復で手いっぱいの今、自分に符力を注ぐ暇はない。
符力回復ポットも、使う隙を壱が与えてくれるかわからない。
この3分間は正真正銘の正念場だ。
ゆずれない。ゆずれないのだ。
「フーーー」
十六夜は目の前の光景に数秒間理解が追いつかなかった。
まるで自分の考えを見通し、あざ笑うかのように、壱が絶一門の光の中でタバコに火をつけ、吸い始めたのだった。
「あ…………なっ…………なんで…………どうしてだ! なぜ動ける? 絶一門が解けるまで、あと3分も残っているんだぞ!!」
「先に言っておく。貴様の敗因はその固定概念だ」
「意味が分からん。どういうことだ」
「絶一門という技を信用し過ぎだ。いや、黄龍も含め高いスキルに驕り、あぐらをかいた結果だということだ」
「あぐらだと…………お前、完全に絶一門を克服したとでもいうのか」
「体内はな」
「体内?」
「実に簡単な話だ。絶一門は対象プレイヤーの行動及びスキルを完全に掌握する。しかしそれはこちらから言わせてもらえば所詮は外面にすぎない。呼吸をはじめ心拍、血流、内臓の働きなどは掌握しきれていない。つまり、体内でならばスキルを発動できたという訳だ」
「体内でスキル…………だと?」
「ワシの能力は時間操作。遅らせるのは勿論のこと、進めることも可能だ。この能力を使い循環器・消化器の全てを進ませる。特に心臓の鼓動はより早めることにより絶一門が既定の10分間を経過したと認識した。まぁ結果は今の状況という訳だ」
壱のからくりを耳にした十六夜は一気に青ざめ、息をのむことすら忘れてしまう。
「それじゃ、内臓そのものを捨てた…………のか」
「まぁな」
「ふざけるなよ!! いくらゲームの世界とはいえ確実に代償がくる。アウトオーバーになる前に、死ぬぞ!」
「ワシはな、現実世界ではゲームプレイヤーとしてのこの姿の倍……いや、それ以上に歳を重ねている。今更若さや生に未練などないさ。それよりも若い仲間の将来を摘み取られるほうが余程悔やまれる。――よく聞けよ。今闘っているワシの仲間、なにより小さな2人の親友はな、本当に己を含めみんなが思っている年齢であるならば、ワシの10分の1も生きていないのだ…………たった数年なんだぞ!!」
壱の気迫に完全に押される十六夜。
「一つだけ教えてくれ。アンタは仲間たちの本名を知っているのか?」
「いや、聞いたことのなければ興味もない」
「それじゃなぜ本名すら知らない他人のためにそこまでできるんだ!?」
「名前など所詮は飾り。少なくともワシにはな。名前など知らなくとも一度仲間と認めた者たちにおは命を賭す価値があるのだ――そろそろ話も飽きた。では始めよう」
「時よ、服従しろ」
遂に発揮される両眼魔眼発動。
十六夜をはじめとする絶絶 雅のプレイヤー全員に纏う時の流れが急速に遅れ始めた。
その効力、実に10分の1の速度に。
「く…………ここまでとは」
十六夜が壱の能力に格の違いを思い知らされる。
「さて、と。申し訳ないが貴様はワシの手で片付けるとしよう。奇しくも貴様と同じ考えをしていたとはな」
壱はロングコートの内ポケットからバタフライナイフを取り出し、刃を向けた。
「北でもナイフくらいは持てる。心臓へ一刺しだったな。貴様の持論は。子どもの手前、教育上良くないと思っていたが仕方ない。さらばだ」
壱殿は十六夜の口を左手で塞ぎ、無情にもナイフで胸を刺した。
その状態を数秒続き、ゆっくり冷たくなる十六夜はその場に倒れ、戦闘不能になった。
「後は頼んだぞ。切り札」
次の瞬間――闘技場にバコンッ!! と、とてつもない爆発音が響き渡った。
だが、どこも壊れてなく、煙すら見えない。
なんと、式が両手の間に小さな空間を作り、その空間内で爆弾を爆発させたのだ。その爆発は飛散することなく、エネルギーとして空間にとどまっている。
そして再び爆発音。それが2度、3度…………いや、幾度も繰り返され、そのエネルギーは球体へと姿を変え、まばゆく発光していく。
「みんな無茶しやがって。全く、スゲェ奴らの仲間になっちまったよ。そうだよな、お前らばっかり無茶ばかりさせてらんねぇよな! 限界の一つでも超えてやんねぇとな!!」
爆発音はさらに続く。
「(おさえろ、おさえろ、おさえろ!)」
式の両手に集められたエネルギー球体は離れている優作にすら届く熱を帯びていた。
「式…………耐えられるの!?」
「オレは爆破に全てを注ぎこんできた。行き着いた先は爆破そのものをエネルギーに構築する強烈なイメージだ」
爆発音がドラ爆の容量数値「20」までたどり着く。
絶絶 雅は気づいていなかった。
りゅうや壱の存在の裏で潜む、この闘いを制する死角に。
この闘いのキーパーソンをボンズたち余り物の集いは意図せず隠し続けた。
――しかし。本物の牙は磨き続けていた。
入場の際、二つ名はなかった。
否
この男、二つ名は存在する。
あまりにも有名な
だが、誰もその存在を知らない
なぜなら、その呼び名を知った時
すでに、この世界にはいないのだから
元気を取り戻したりゅうとラテっちが叫んだ。
『いっけーー!!』
「へ、簡単に言ってくれるぜ。技名なんて考えてもいなかったが、ガキンチョたちのために、いっちょ叫んでやるか」
『ファイエル!!』
式の両手から凄まじく巨大なレーザー砲が放たれ、集結していた絶絶 雅のプレイヤーたちに直撃した。
レーザー砲がおさまると、そこには人数分の足首だけを残したまま、すべてが消滅していた。
味方すら唖然とする威力。
式は両手をまじまじと見ながら呟いた。
「ま、こうなるよな」
両手は黒焦げを通り越し、灰と化していた。