第百十四話 嗚呼
ボンズがやられたことで逆上しかけたりゅうを、ボンズ自ら諫める。だがボンズの意識はどんどん薄れていく。
そんな中、りゅうは黄龍に対して威風堂々と立つ。
「ラテっち!」
「うちゅ! てんほーちゃん、ちーほーちゃん。しっかりつかまるでちゅよ!」
突然りゅうは後ろに振り返り、ラテっちを抱きかかえた。
「いってこーい!!」
りゅうはラテっちを空高く放り投げた。
黄龍をも飛び越え、リング中央まで飛ばされながらラテっちはカバンを漁る。
「あれでもない、これでも…………あ、いっぱつででた! 【ウルトラさんりんしゃ】」
闘技場の中央で桃色三輪車をまたがり見事着地。そのまま慣れない操縦で右往左往しはじめた。
キコキコ
「えっほ、えっほ」
キコキコ
「えっほ、えっほ」
…………なんだ、あれは。
絶絶 雅の7人全員がラテっちに注目している。
いや、注目というよりも唯々ラテっちが三輪車を漕ぐ姿を見つめていた。
するとラテっちは三輪車を漕ぐのを止め、キョロキョロと周りを見渡す。
「じょーじゅ?」
『しらねぇよ!!』
絶絶 雅全員が同時にツッコんだ。
―――
――この異様な事態に気づくのにわずか数秒、いや数秒も費やしていた。
何故全員がツッコん…………いや、戦闘中にも関わらず三輪車に乗る「小さな女のコの姿」だけを見つめていたのだと。
ここでようやく術中にはまってしまったのだと。
そう。ウルトラ三輪車の正体とは、対象プレイヤー全員に対して強制的にして絶対不可避の『視線誘導』だったのだ。
「そう――そうだよラテっち。この『数秒』が欲しかった」
りゅうは【九蓮宝燈】を床に放る。
刀身の先から放たれた【九蓮宝燈】は重みと切れ味のみで岩盤を鍔まで貫いた。
そして、岩盤に突き刺さった【九蓮宝燈】を引き抜き刀身を肩にかける。
『まさか!?』
りゅうの一連の動作に、闘技場にいる『とある2人』が過剰な反応を示す。
2人は、りゅうの行動の意味を知る機会を2回とも目の当たりにした。
「りゅう…………?」
ボンズは知らない。
1度目は気絶。
2回目はその場にいなかった。
りゅうは、そのまま突き進む。
黄龍は数秒目を逸らしていたが、すぐにりゅうへ視線を戻し、意味不明なりゅうの行動を最後の悪あがきか、勝機を失った自決と考えた。
「喰らいつけ! 下僕ども!!」
13匹の死霊が口を大きく広げ、りゅうに襲いかかる。
喰われる――はずなのに。
りゅうはまったく攻撃を受けない。
態勢を変えず突き進み、死霊たちは素通りしていった。
「な、なぜだ――」
黄龍は驚愕しながらもりゅうの歩みを許し、ついに真横をも通貨された。
「あ…………温かい…………風?」
りゅうは黄龍の横を通り過ぎると、刀を小手返しで一回転させ切っ先を鞘に納めた。
「ぼくにも咲かせられたよ。ありがとう…………半次郎のおじちゃん」
過剰な反応を示した2人の内の1人、式が思わず声を漏らす。
「………………嶺上開花だ」
りゅうはゆっくりと刀身を鞘に納め鍔が鳴る。
同刻―
絶叫、悲鳴、断末魔――どれにも分類できなき『声』が会場中に響き渡った。
13匹の死霊は数度に渡ってバラバラに斬り刻まれ、術者である黄龍は顔面と胸部に深く大きなX字の斬撃に加え、両腕は――肩から切断されていた。
羽をもがかれた昆虫のように地べたに這いつくばる黄龍。
「う…………うそだ……うそだ、うそだ。うそだ! うそだぁー! われ、わ、ぼくは最強なんだ。ぼくは神に近い…………いや、神と同等! そうでしょ? ねぇ、そうでしょう!!」
切り落とされた己の両腕に号泣しながら必死にすり寄り、何もない空間へ向かって叫び散らす。
この姿を見て、りゅうの行動に過剰な反応を示したもう1人、壱も式と同様に思わずつぶやいた。
「嗚呼……こんなことを思ってもよいのだろうか。黄龍、貴様は強い。紛れもなく『最強』だ。もしかすると本当に神の領域に足を踏み入れ、神々と肩を並べたのかもしれん。そんな貴様が負けた理由はたった一つ。たった一つだけなのだ」
相手が…………悪過ぎただけだ