番外編 雛祭
今日はひな祭りですね。
4人はゲームの世界にいますが、また小さなお家にいます。
この番外編も、今日だけのお話です。
ゲームの世界ですが、またまた「とある小さな家」にいます。
「ねぇ、ボンズ。不思議なのよね?」
「……なにが?」
パチはいつも唐突だな。
「今日、雛祭りよね」
「はいはい、そうだな」
ボンズは余所見をしながら空返事で答えた。
ガシッ!!
行動もまた唐突。
パチ、ボンズに対しアイアンクローを仕掛け、片腕で軽々とボンズを持ち上げだした。
「き・い・て・る?」
「聞いてます! 雛祭り!! 聞いています!!」
パチの腕を両手で握りながら必死に訴えるボンズ。
「それでね、もう1度云うけど不思議なのよね」
「なにがでしょう! イタ! はっ、離して……」
「女の子なら、雛祭りなんて行事が近付いてきたら喜ぶよね?」
「あ……意識が……勘弁して……」
「はぁ~」
パチは軽くため息をつきながら、ボンズをようやく解放した。
そして、その場に這いつくばるボンズ。
「……やっぱり、君が前衛をやったら?」
「そんなことはどうでもいいの! それよりもラテっちよ」
「ラテっち? どうかしたのか??」
なにかあったかと気になり、ようやくパチの話に耳を傾ける。
「ラテっちさ、雛祭りなのに喜ぶどころか、なんの反応もないのよ。不思議じゃない?」
「うーん。俺は男だからよくわからない所もあるけど、確かに女の子なら楽しみなイベントだよな」
「でしょ!? まるで雛祭りを知らないみたい」
「まさか――」
ボンズはまさかとは云ったが、正直なところは一瞬そんな予感はあった。
2人と旅をしていて気が付いたこと――変わっているというか……一般的でないと表現すればいいのか、そんな所があのチビッ子2人にはあった。
これは、ボンズが一般的に学生生活を送っていないため、学生であれば誰でもわかることを知らないで育ってきたの。
その経験の無さ故、逆にこういう「一般的ではない事」に対し敏感に感じ取ることができるのである。
「……やってみるか? 雛祭り」
ボンズからの提案に、パチは二つ返事で答えてくれた。
「まぁ、私も女の子だしね」
「え……女の……子?」
パチのアイアンクロー。再び炸裂。
「ほーら、高い高ーい」
「ゴメンナサイ……ギブ……ギブ……」
◎
「雛祭りと云えば……人形か?」
ボンズが思いつくことはそんな所だ。
雛人形を用意したほうがよいのかパチに聞いてみた。
「まぁそんなところでしょうけど、発想が安直ね」
「まぁ一応男なので、そこらへんは勘弁して頂きたい」
「男ね……『ヘタレ』が付くけど」
カチーーン! さっきの仕返しですね。
「うーん、あとね……何かが足りないのよね。それに……」
「それに?」
「雛人形ってさ、すぐ片付けないと『婚期』が遅れるっていうし、雛人形一式を揃えたら持ち切れないわよ」
「そうだな……アイテム所持数を雛人形で埋めるってのも流石に厳しいな」
「でしょ」
「そもそも、人形って一式必要なのか?」
「えっとね、5段のもあれば7段ってのもあるのよ。でも主役はやはり女雛と男雛よね」
「女雛? 男雛??」
「ほら、雛人形の主役よ。一番上の段に座っている人形。お内裏様とお雛様~って歌があるでしょ」
「へぇ~あの2人の人形って、そう呼ぶのか」
流石女性。知識はあるな。
「それにしても5段か……その2人だけじゃダメなのか??」
「そんなことないよ。主役がいれば……って! ボンズ今何て云った?」
「え……2人だけじゃダメ??」
「それよ! その手があった!」
「?? よくわかんないんだけど」
「いいから! 今から私が云う物をすぐ用意して!」
「わかった。ところで……」
「なに? 早くしなさいよね」
「パチは雛人形を片付けていなかっただろうな」
「今、なんて云った!?」
パチ、アイアンクローからネック・ハンギング・ツリーへと移行。
ボンズ、しばし意識を失う。
◎
「用意してきたぞ~」
散々走りまわされて、ようやくパチから頼まれていた物を準備した。
「ご苦労さま。それじゃ、私はラテっちの準備してくるから、ボンズは部屋の用意とりゅうのこと、お願いね」
やけに張り切っているな――まぁ、あの子らにこういう行事の機会に巡り合わせてくれるのは嬉しいし、協力は惜しむつもりもない。
「ところでボンズ。2人はどこ?」
「あぁ、お昼寝中だ」
「ふふっ、それはちょうどいい。それじゃ、作戦開始!」
「ほいよ!」
パチがラテっちを抱えて隣の部屋に連れていく。
その隙に俺はりゅうをっと。
――
「おーい。りゅう、起きろー」
「んにゃ、どうしたボンズ。ふぁぁ……ん? なんだ! このヒラヒラ」
寝起きに驚かされるりゅう。
それもそうだ。起きたら装備していた鎧から着物に代わっているのだから。
実は、ボンズはりゅうが寝ている隙にお内裏様の装束を着せていた。
「なんでこんな恰好をしているんだ?」
「まぁまぁ、それじゃここに座ってくれ」
そういってボンズが用意したのは赤い布をかぶせた長椅子だった。
「変なの……よいしょっと」
その頃、隣の部屋――
「んにゅ!? なーに? このヒラヒラ」
ププッ。同じリアクションだよ。
「さぁ、帽子もとって」
「やーよ」
「なんで? 髪の毛結ってあげるわよ」
「これはわたちのチョコレート・バームなのでちゅ」
ラテっち……それは「トレード・マーク」といいたいのかね。
「レー」しかあっていない。しかもお菓子の組み合わせ……
「まぁいいわ。さて、準備完了! そっちはいい?」
「いつでもどうぞ」
「ボンズ。何が始まるんだ?」
「まぁ、見てなって」
部屋のドアが開くと、そこにはお雛様の装束を着たラテっちが。
「おぉ! 似合うじゃないか」
ボンズもその姿に思わず賞賛する。
「でしょ! 私の見る目に狂いはないわ。さぁ、りゅうの隣に座って」
「うちゅ? こうでちゅか?」
赤い布のかぶった長椅子に座ったラテっちとりゅう。
その姿はまさに「女雛」と「男雛」だった。
「おぉ! リアルな雛人形の出来上がりだ」
『ひなにんぎょう?』
やはり知らなかったんだな。
「今日はな、雛祭りと云って『女の子の行く末が幸せに満ちたものであるように』という願いを込めたお祭りなんだぞ」
「ほぇーおんなのこのおまつりなの?」
「そうそう!」
「ぼくは男だぞ」
りゅうのいうことはもっともな意見だ。
だけどな――
「大丈夫! 他にも『子どもを病気や災いから守ってくれる』という意味もあるらしい。まぁ『子ども』みんなのお祭りだ」
「へぇーー知らなかった! それでこんな恰好をしているのか! なんか動きにくいな」
「よく似合っているぞ」
「わたちは?」
「もちろん! 可愛いぞ!」
「テヘッ!」
……あれ? パチは??
「床で寝転んで何をしている?」
「リアル……リアル雛人形がいる!! プハハ! ダメ! ツボった~!!」
足をばたつかせ、更には腹抱えて笑ってやがる。
企画立案者は君だろう!
「それで、つぎはなにするの?」
「おい! 企画者! 出番だぞ」
「はいはい……ップ!」
「笑うのヤメ!」
「すーはー。おっけ!! それじゃ、まず歌からね。せーの!」
「明かりをつけましょボンボリに~」
パチはお雛様の歌を歌い始めた。
「ボンボリってなーに?」
そうたずねるラテっち。すかさずボンズが2人の座っている長椅子の両端にろうそくの灯火を紙で覆った台を用意する。
「これか」
りゅうが「ほうほう」と感心しながら見つめる。
「お花を上げましょ桃の花~」
ボンズ――急いで花瓶を準備し、花の咲いた小さな枝を生けた。
完全に裏方役である。
「おはなだ~きれい」
よし! 喜んでるぞ。
「五人囃子の笛太鼓~」
『5にん?』
ボンズ――用意しておいた和太鼓を首からさげ、それを叩きながら小さな笛を口に咥え、リズムなど無視して吹きまくる。
『ちんどんやーー!!』
よくわからんが、これでいいのか?
2人は喜んでいるみたいだが、本当にいいのか?
ふと、足元に目をやると――
「ダメ……し……死ぬ! プププ……死んじゃうって! クククッ、ちんどんやって……アハハッ!! ちんどんやー!!」
――蹴ってもいいよね?
「はよ続きを歌いなさい! 締まらないだろ!」
「はいはい……プクク! 今日は楽しい雛祭り~」
『おぉ~!!』
パチパチと拍手をするりゅうとラテっち。
なんとか無事に(?)進んでいる。
それではメインを用意しますか。
ボンズは身に着けていた和太鼓を外そうとすると――
「はずしちゃうの? もっとみたい!」
ラテっちからの要望なんだけど、この恰好を続けるのは……
「そうだそうだ! 主役のいうことは聞きなさーい」
パチめ……調子にのりおって!
「そ……それでは、お雛様にお内裏様。差し上げたいものがござりまする」
「ござりまする?」
そういってボンズは用意したものは1度部屋を出て、別室から大きなお盆を持ってきた。
その姿は実にシュールである。
ちなみに、そのお盆には――
「三色のひしもちと桜モチのセット」
「ひなあられ」
「しろざけ」
そして「ちらし寿司」が用意されていた。
『なんじゃこりゃー!!』
これらを見た2人の反応は予想以上であり「用意して良かった」と、思わずこちらまで嬉しくなる無邪気さだった。
「2人はそのまま座っているんだぞ。パチ、テーブル出して」
「ほいほい」
「それではまず『ひしもち』ね」
「うわー三つの色がついているぞ! こんなのみたことないなラテっち」
「うん。かわいいでちゅ! なーに、これ?」
「これはな、チョコレートとは違う『和菓子』というものでな」
『わがし?』
「んーと、まぁ食べてみな」
2人はひしもちを手に取り、一口食べてみる。
『んにゃ!』
「どうだ?」
「こんなの食べたことない! うまいぞボンズ!」
「あまーい! もっちもち~」
「あはは、そうだろ!」
ひしもちと云っても色々あるが、ここは「モチ」を強調し、ヨモギの緑とクチナシのピンク、ひしの実で作った白の3種の色のモチで作ってみた。
続いては桜モチ。
「ボンズ、このはっぱも食べるのか?」
「そういえばどうなんだろ? 人それぞれ、好きに食べていいんじゃないのかな? ちなみに俺は『葉っぱは外す派』だぞ」
「そうなのか! どれどれ」
そういってりゅうは、まずラテっちに桜モチの葉っぱを外してあげてから、先に食べさせてあげる。
そして、自分の分の葉っぱを外して口にした。
『あんこだ! あんこがはいってる!』
「あんこは好きか?」
『だいすきー!!』
お次に「ひなあられ」
炊き上げたもち米を乾燥させ、ひしもちと同じ緑や桜色つきの砂糖をまぶしたものだ。
「そういえば、桜色はラテっちの帽子とおそろいだな」
「お~! おそろいだ~!」
「よかったね! ラテっち!」
「うん!」
りゅうは本当にラテっちのことを大切にしているのがよくわかる。
仲の良い2人だ。
そして、ひなあられをポリポリ食べる姿も仲良く一緒だ。
ほっぺたがむにゅむにゅと動いている。
「この歯ごたえがなんともいえないな!」
「うちゅ!」
では、飲み物をいきますか。
「しろざけ」
「おさけはハタチになってからだぞ」
「そういうと思って、かわりに甘酒を用意した。本当は違うものなんだけどさ、同じ白いお酒ってことで、今日はこれな」
「でもおさけなんでしょ?」
「『酒』とはつくけどな、これは『大人になる前に飲んでもいい』というのかな? まぁ、酔っぱらわないから安心して飲んでみな」
アルコールと説明できないところがツライところだ。
早速2人に白いおちょこを渡し、注いであげる。
「ささ、まぁ一杯どうぞ」
2人は1度、お互いの顔を見合わせてから同時に甘酒を飲む。
ぽわ~~ん
緊張感のない表情が更に緩む。
『あったか~い!』
さて、っと――いよいよ出番だ。
メインに用意したのは「ちらし寿司」
大きめのお皿に盛りつけた具だくさんのちらし寿司をみて、2人の興味はいっそう湧いたようだ。
「すげーな! これ、くっていいのか?」
りゅうが驚きながら訪ねてきた。
「もちろんだ! 2人のために用意したんだ。残すなよー」
「おう! なぁなぁラテっち。すげーなこれ!」
「すごいでちゅ! これ、ぼんずがつくったの?」
「まぁな! 初めて作ったからあんまり上手くできなかったかもしれないけどな」
「ぼんずー」
「ん? どうしたラテっち」
「……ありがと。ありがと~!」
ラテっちは椅子から飛び降り、ボンズに抱きついた。
「ぼくも!」
そういって、りゅうもラテっちの後に続き抱きつく。
「おいおい。まだ『いただきます』してないぞ」
やべー……
すっげぇ嬉しい!
顔をこすりつけてくる2人に対して平静を装っているけど……ヤバいって。なんかこうジーンとくるというか……今まで湧いたことのない感情がこみあげてくるよ。
ボンズは己の感情の正体を知らないまま、ただ2人を抱きよせる。
だけど、結びの言葉はもう決まっていた。
「また……お祭りしような」
『うん!!』
雛祭りを知らなかったかどうかなんて、もうどうでもよくなっていた。
ただ「喜んでくれた」――これだけでよかった。
「さぁ、みんなで食べるぞ!」
『お~!!』
これも、企画したパチのおかげだな。
いいとこあるじゃないか、彼女も。
……そういえば、パチはどうしたんだ?
後ろを振り向くと、あちらこちらに徳利が転がっている。
一応用意しておいた本物の白酒を全て飲みほし、泥酔して寝転んでいた。
うわ……だいなし。
まぁ、今回は企画したことに免じて許すとしますか。