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第百一話 過去編 壱

 

 かつて魔術師と呼ばれた男

 その報酬で眼を買ったと云われている。


 式さんはも優作も壱がりゅうからもらったサングラスを常にかけていたために、両目とも魔眼だとは知らなかった)


 両目とも魔眼など、存在しない……

 魔術師と呼ばれた男は、報酬のチケットでスキルを買った。

「倍プッシュ」そもそも今のようなスキルではなかった。 ボンズなら速度。式なら爆弾の所有限度数を2倍にする効力があるアイテムだったんだ。

 つまり――壱の魔眼は倍プッシュにより両目になったということだった。


 だから、その恐ろしさ、身体にかかる負担もわかっていたのだ。


 過去の一連の壱殿の不可解な行動、言動が、今明らかにされた。



 そして黒コインを集めきった「|the last one party《ザ ラスト ワン パーティー》」は、クエスト攻略後、場所を高級ホテルの最上階ロイヤルスイートへ移していた。

 あまりにも広い部屋へ。


 りゅうとラテっちは、早速ウォーターベットに興味を示した


「なんだこれ? ぷにぷにしてる」

「水が入っているんだよ」

 ボンズが教えると、慌てて一度部屋を飛び出していくチビッ子たち。

 再び部屋に入って来た時には既に水着に着替えていた。


『プール!!』

「違うよー」


 すると壱殿がおもむろに立ち上がり――

「さて、風呂でも入るか」


 ――静寂が流れる。



「このギルドに、彼のような凄い人がいたなんて……」

 優作はまだ萎縮している。

「あーもー! さっきからグダグダ 壱殿は壱殿でいいじゃない! 過去はどうあれ、今は私たちの仲間! それだけでいいじゃないの そんなに気を遣ったら壱殿に、仲間に失礼よ!」

「パチさん……そう、ですね」


「こらー!」


 壱殿の声だ。

「風呂はプールではない! 水着のままで泳ぐな!」

 あ……二人ともいない。

『わーーい!!』

 壱殿の後を追って、風呂に行ったのだな。しかも水着のままで。


「ほら、子どもたちを見習いなさい」

「……はい。申し訳ありませんでした」


「それでは自分も!!」

 優作が水着に

「少しズレているよ!!」

 うわっ、パチが優作にツッコムなんて!

「お背中流しに行ってきます!」

「やめなさい!! 取り合えずやめなさい!!」


 風呂から上がった壱殿に、ボンズと式さんが問いかける。



 一言――「そこまでの高み行けた魔術師の正体」だ。


 すると、意外にもあっさりと壱殿が口を開いた。

「……もう、何十年も前の話だ」




『ギャンブル依存症?』




「あぁ、WHOでも認定されている「病気」だ。

 確かに、ギャンブルで金を稼ぐなどバカにする者もいるだろう。

 だがな、器量も頭も要領も悪い、誰にも認められるスキルなど何一つない。誰からも見捨てられるような人間がこの世でどうやって生きていける?

 会社勤めしても必ず対人関係で揉める

 ……どの道待っているのは解雇だ。

 そんな人間の末路は当然無一文だ。再就職など前職のたれ込みで全て潰される。個人情報だの綺麗事を云えるのは一握りのお偉いさんだけで、下々の者の情報など当たり前のように筒抜けなのが現状だ。そうでなければ、誰でも気軽に転職できる世になる。それができないのがこの世の中だ。

 特にな、介護の世界は悲惨だった」

「そうなのか」

「今、人気職だの就職しやすいだの云われているがな、高齢化社会において人材不足であり離職率も高い職業だ。何故だと思う?」


 ――なんだろう?


「『極めること』が不可能な職種だからだよ。

 成績が無い。労力と成果が伴わない。評価されない。

 どんなに頑張っても、企業や上司によって全て水の泡になる。

 何十年も身体を酷使しても、報われない。

 いずれは、ゴミのように捨てられる。

 それが、どの職種よりも最も多いと云っても過言ではない。

 だから、そうなる前に人が離れていく。それが介護だ。

 ワシのようにな。

 中高齢になれば、職種の選択肢は圧倒的に少なくなる。

 介護職に就けば、他のスキルなど身に付くことはない。

 他の職種への転職もできなくなる。

 同じ職種で違う職場――先程も云ったが、同業者同士の情報漏えいで不可能。いや、それ以前に、心も体もその時にはボロボロになっている。

 ワシもな、椎間板ヘルニアだけではなく、介護によって患者を支え続けた、持ち上げ続けた左肩と左ひざは疲労骨折。力み続けてきたおかげで脳髄膜管に亀裂まで入ってしまった。――パチ、貴様なら理解できるよな」


「えぇ、そういう介護士を何人も見てきたわ。……何もしてあげられなかったけどね」

「いや、それに気付けるだけでも上等だ。並みの人間なら、他人事だと鼻にもかけないからな」



「そして、ワシは一度死んだ――」


『真面目に生きていた……表のワシはいなくなった。


 社会に出て、真面目に働いてわかったことが二つある。

 一つは、己があまりにも無力だということ。

 もう一つは、このままでは社会に殺されるということだ。


 職がなくなれば金も無くなる。そうなると家も無くなり、ついにはその日の食べ物もない。だがな、一番なくなるのは『信用』だ。ローンの話ではないぞ。金がなければ誰も振り向いてなんぞくれなくなる。誰も見てはくれなくなる。――独りになるんだ。そうしてワシは一度死んだんだ。

 そんな者が死んだと覚悟し、たった千円だけの全財産を持ってパチンコ屋に足を運んだ。それがもし千円から三十万に変わったらどうなると思う? 公園の雑草で飢えを凌いでいた者が、その日の晩飯に焼肉と酒を口にできればどうなるか、誰であっても容易に想像がつくはずだ。そして、それで生きていく夢を持って、何が悪い……ギャンブルに命を賭けるようになることの何が悪い。


 それから、ワシは博打で生き抜いてきた。

 そこでもう一つ気付かされたよ。

 表の社会に殺された人間は、裏の社会でのし上がるのに向いているとな。

 なんでもやったよ。野球賭博から、麻雀の代打ちとな。命をチップ代わりにして。

 安いものさ。一度ゴミのように捨てられた命だ。

 二度目が来ることに、なんの躊躇いもなかった。

 その時からだ。相手の眼を見て「あぁ、コイツは命が大切」と思っている人間と、「命をドブに捨てた」人間とを見分けられるようになったのは。

 そして、ワシは抜け出せなくなった。


 このゲームに手を付けたのも金が目的さ。

 合法のギャンブルが仮想世界にあって、違法な手段で金に換えられる。

 しかも、博打の相手も、取引の相手も、命を賭けていない。

 こんなにも楽に稼げる賭場はないと思ったよ。


 ワシにとって、生きているとは「賭け」をしていること。

 博打をしていることなんだ。

 もう、止めることはできない。もはや依存の域を超えている。

 ギャンブル依存症は確かに良くないかも知れん。だがな、そんな者を後ろ指を指しながら罵る真似をする者は、全てを失ったことのない、上流な生き方しかしたことのない優雅で恵まれた者だけが言える詭弁だと……ワシはそう思っている。いや、そんなワシこそが固定概念から抜け切れない詭弁論者というべきなのかな』



 壱殿が話し終わると――



「そんなことないぞ!」

「いちどのは、みーんなをたちゅけてくれまちた」

「かっこよかったぞ! 博徒だって台詞。壱殿はやっぱり渋いぜ!

 しぶいじぇ!」


 黒豆のような瞳と、赤いビー玉のような瞳が、より一層輝かせながら壱殿を見つめた。


「チビッ子たち……ありがとう……」



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