第十一話 疑惑
「なに云ってんだ君は……」
あ……ヤベッ! これ、りゅうの台詞だ。
突如暗闇から女性が現れて、這いつくばって、「いただきます」とかヌかしやがったおかげで思わずツッコミを発してしまった。
しかしボンズの発した台詞のことなどお構いなしといった様子でいる謎の女性。
「あの、お皿……足りなくない?」
「どこの皿屋敷だ! 君の分なんか……」
「ねぇよ!」
――と云おうとした時、ラテっちは既に彼女の分のお皿と先割れスプーンを用意してあげていた。
「はい。どーじょ」
「これはどうも」
おっ、今度は会話になっている。なんか……独特というか、不思議な空気を持つ人だな。
……とりあえず幽霊ではなさそうだ。
「ボンズのカレーはスッゴくうまいんだぞ!」
そう云ってくれるのはとても嬉しい。――だが2人とも……少しは「怪しい」と思いましょう。
でもまぁ、りゅうからそんなにほめてくれるのは嬉しいし、まだカレーもある。この人もおなかをすかせているみたいだ……ごちそうしてもいいか。
ラテっちが用意したお皿を渡してもらい、カレーを盛り始める。
「あっ、お肉多めで……」
「……喋るな」
これまた思わず――と云うより、もう反射的にキツイ口調で返してしまった。
俺ってこんな口調で喋るタイプの人間だったのか?
気付かなかった己の一面を垣間見る……いや、見せられてしまうとは……この人はいったい何者?
うーん。まぁそれは後からでもよしとして、先に食事をとってもらおう。
息づかいの荒さが見た目の怪しさを一層際立たせる彼女の姿は、幽霊でなくても充分ホラーだ。子どもの教育によくないし、なにより俺が怖い。
カレーを手渡すと勢い良くガツガツと食べ始める。食べるのはいいけど、余程空腹だったといえ、これが人の食べ方なのか……
まるでアマゾン河に偶然一匹で行動していた時に獣の肉を放りこまれて「超ラッキーじゃね!?」と叫びながら肉を貪り尽くすピラニアのようだ。
――と、遠慮なく俺たちと一緒にかまどを囲んで座って食べている彼女をなんとなく見つめていた。
――よく見ると、この人……
暗闇と長い黒髪に紛れて気付かなかったが、距離が近くなったことに加え、火の明かりに照らされたおかげで初めて気付いた。
その……なんつー恰好をしているのだ。
花魁? 太夫?
そう連想させるような藍色の下地に花弁で豪華に彩られた着物を身に纏っている。
それはいいとして……その……豊満な胸元がそれはもう躊躇なく開けており、ハッキリいって目のやり場に困る。
女性恐怖症というわけではないのだけれども……乱れた髪から見え隠れする顔も、よく見れば色白の肌にチョット垂れた大きな瞳――正直、結構可愛い。
歳も、見る限りでは俺と同じくらいだろう。
ゲームで設定したキャラの姿とはいえ、同世代の女性が近くにいる。
この状況だけでも現実では有り得なかったことなのに、目の前にいるこの女性は刺激が強すぎる。
「エロいんだよ!」
そんな台詞を云う勇気などあるわけもなく、また露出した胸の谷間を凝視する度胸もない。
最後に3次元の女性を直接目で見たのはいつだったかも覚えていない。せいぜいオカンくらいだ。
中学校の時にはすでに不登校だった故に、成長した女性に対する免疫のないボンズにとって未確認動物に遭遇した少年の如き心理状態となっていった。
ちなみに、心理状態とは驚きと未知との恐怖で動揺すること。
興奮して「カメラ! カメラ!」と叫ぶほうではないのでご了承を。
この状況でそんな台詞を云えば職務質問を通り越して現行犯逮捕は確定だろう。
そのおかげで、突如現れた挙句に堂々とパーティーの中に入り込んだプレイヤーに対し、名前や方位を聞くなどといった当たり前の行為すらもできなくなってしまった。
元々そのような行為のできなかったボンズが、りゅうやラテっち、そして優作たちとの出会いによって少しずつ成長していき、ようやく閉鎖的な性格が開かれ始めた時に現れた同世代の女性。
さっきまでツッコミを入れることもできていたはずなのに……
彼女の出現により――いや、彼女を「女性」と認識してしまったせいで、ボンズの心理的牙城は大急ぎで以前のように外堀を深く掘り固め、強固な城門を築きあげていった。
なんとも、間の悪い女性である。
だが、なにも彼女だけが悪いわけではない。
もしも、ボンズが例え人間嫌いであってもオープンなスケベ心の持ち主であれば、むしろ女性との出会いは「ウッホホーイ!」と喜ばしいはず。
それに対しボンズは、社会人経験はおろか学生経験すらままならないくせに「女性を見つめるだけでセクハラ」という意味不明な激しい思い込みがあった。
「女性恐怖症というわけではないのだけれども……」と思っておきながら、結局は女性に対して誤解と恐怖心を抱いている始末。
それ以前に対人恐怖症丸出しの男が、女性限定で恐怖心が薄れるほど底の浅いコミュ障ではなかった。
幽霊では? という恐怖心がなくなったかと思えば、今度は女性に対しての誤認が炸裂。
どちらにしてもヘタレにはかわりない。
「早く帰ってくれないかな……」
そう思ったのと同時にあることに、もう1つ気付いたことがあった。
結局……この人だれ??
セクハラで訴えられないように肘をつきながら掌で横顔を覆い被せ、その隙間からチラ見をし、もう1度彼女の様子を探り始める。
本人は気を遣っての行為なのだが、怪しさは倍増されていることに気付いていない。
このような行為を満員電車の中、OLや女子高生が隣に座っている状態で行えば「なにコイツ……気持ち悪い」と思われるのは間違いないだろう。
それすら理解することのできないボンズ。(ゴメンね。こんなキャラ設定で……)
唯一の救いは食事に夢中だったおかげか、それとも素なのか――ボンズの怪しげな行動を彼女は気にも留めていなかったことである。
指の隙間から彼女を見ていると――
……杖を持っている。しかもあれは【錫杖】だ。
修験道の法具の一種で、先端に宝珠をかたどった輪があり、その円に更に6本の輪が通してある杖のことである。
杖は符術を使える「南」特有の装備であり、その中でも錫場は回復符術を使う際、回復量の増加や使用符術減少の効果持つアイテム。
つまり――「回復系の南」である可能性が高い。
ということは――
いや待て! 方位を尋ねる前に、聞かなければならないことがあるだろう。
基本中の基本。
そして、ずっと気になっている「名前」だ。
女性に名前を聞くのってナンパみたいで嫌だけど、ここは勇気を出すんだ。
勇気をだせ……勇気を出すんだ……勇気リンリン!
「そ……そうだ……君の……なっ、名前って……」
「え……おかわりは?」
「もうねぇよ!!」
うわっ! また無意識にツッコんでしまった。
この人が言葉を発した瞬間、女性であることを忘れてしまう。
それにしても、見事に食べつくしやがって……それにやっぱり会話がかみ合ってねぇし!
黙っていれば美人――というヤツか。
うーむ。黙っていれば話しかけにくいし、口を開けばツッコミを入れてしまう。
人間関係とは、やはり難しいものだな。
ポンポン――
「ん?」
なんの前触れもなく、りゅうがいつも通りの悩みのなさそうな表情のまま、何も云わず肩を叩く。
そして、黒豆のような瞳を全く動かすことも無く、何事もなかったかの如く元の位置へと座った。
何!? 人の心を読んだの?? 怖いよ!!
――考え過ぎだよね……
色々あり過ぎて疲れているのだろう。
とりあえず、話を続けよう。
「ところで、君は南か……もしかして回復系?」
「はい。回復符術を主にしています。防御符術も得意です」
お! まともな会話になっているぞ! 腹が満たされて思考回路が戻ったのか!?
「他の仲間は?」
「実は……パーティーから外されてしまいまして……独りぼっちなんです」
なんというか……この人がまともなことを喋ると先程は喜ばしかったのだが、今までが今までだけに奇妙な気分にもなる。
いやいや、それは置いておこう。
そんなことよりも、この世界で……いや、この現状で「回復役」は必須のはず。
それなのに「パーティーから外される」なんてことがあるのだろうか?
手放す道理はないだろう……
ならばなぜ、この人はパーティーから外されたのだ?
自らの意思からではなく、他者によって排除されるなど有り得ない。
更に――外されたとしても、なぜ独りでいたのだ?
現在進行しているクエスト――「ダンジョン攻略」――そして「4人パーティーの結成」を全プレイヤーが受けている今、引く手数多だろうに。
偶然俺たちが外にいたからとはいえ、「南」が独りでうろついている状況に出くわすなど、出来過ぎている。
――ピキーン!
ボンズはこの瞬間、現実の世界で唯一使えるスキル「ネガティブチェンジ」を発動させた。
これは……罠だ。
内部分裂させるために、GMか……もしくは大手ギルドから送られてきた刺客に違いない!
闇バイト? いや、ガスライティングか?
【闇バイト】
ライバル会社にアルバイトとして入社させ、その会社内で悪質な行為を故意に行わせる。さらにその行為の画像及び映像をネットに掲載することでライバル会社の信用を失墜させ、不利益をもたらすことである。例えば食品会社に入社したての社員が食品の上で寝そべるなど不衛生な行為をし、その画像がネットで炎上する。それが他社による陰謀ではないか――と、云われている。
ようするに、ライバル会社に勝つために足を引っ張る工作員を送り込む――という説。
【ガスライティング】
別名「集団ストーカー」と呼ばれるこの言葉は、標的となる人物に様々な嫌がらせを行うことで、体調不良を引き起こし、標的自身があたかも自滅したかのように見せかけることのできる数々の手口や計画の総称を指す。特に企業が標的を自主退職に追い込む「リストラ工作」が代表例として挙げられる――と、云われている。
ようするに、計画的な集団でのスゲー嫌がらせ――という説。
――間違いない。
コイツは、俺たちパーティーを崩壊させるために派遣されたエージェント。
ならば、今まで発してきた訳のわからん言動にも説明が付く。
「正体見破ったり! この魔女め! 思い通りになどさせるものか!」
ボンズは立ち上り彼女を指さした。
それに対し――
「なに云ってんの、あなた?」
あれ? 台詞取られちゃったぞ。
これは心からそう思っている。
なにせ、表情が残念な人を見る憐れみの顔になっているからだ。
「まぁ、女はみんな魔女ですけどね」
なにやら不思議な台詞まで飛び出てきてしまった。どうしよう……俺が悪いの?
ならば、直接問いただすまでだ。
先程のヘタレっぷりとは対照的に、強気に出るボンズ。
「それじゃ、なんで独りなんだよ」
「おい、ねーちゃん魔女なのか?」
ボンズの話に割り込んできたのはりゅう。
「いや……魔女ってのは……」
たとえ話のはずが、聞いていない。目が輝いている。
「魔女なら魔法を使えるよな? 見せてよ!」
魔女や魔法に対し、やけに喰い付く。
そうか……この<ディレクション・ポテンシャル>に「魔法」という概念はないからだ。
本来「魔法」とも呼べるスキルも、このゲームでは符力を使った「符術」と呼ばれるスキルとして統一されており「魔法」ではない。
スキルは符力という力の『変換』と『組み合わせ』によって「符術」となるのだ。
説明すると、ファンタジーの王道として「魔法スキル」があるとしよう。
それはあくまで「魔法を使うことのできるスキル」であり、習得した魔法のみを使用することである。
――何が違うのか?
「魔法を使うことのできるスキル」と「符術」の違いを説明すると、先程出てきた『変換』と『組み合わせ』の話になる。
簡単に『組み合わせ』の話をすれば「魔法剣」を例にしよう。
「剣を使うことのできるスキル」と「魔法を使うことのできるスキル」の組み合わせにより「魔法剣」という新たなスキルが誕生する。
その組み合わせにより生み出されるスキルも<ディレクション・ポテンシャル>においては組み合わさるスキルに制限はほとんどないのだ。
つまり――プレイヤーの発想次第でスキルを作り上げることが可能なのだ。
ここからの説明は『変換』と同時進行。
1つ例を挙げるとすれば、符術の中に「火を使用する術」がある。
だが、それは「火を召喚する術」に違いないのだが「火属性の魔法」という概念ではないのだ。
符力というエネルギーを「火」及び「炎」として『変換』し、使用することなのである。
それでは魔法とかわらないのでは?
確かに「火属性の魔法」と酷似しているのは間違いない。
火属性の魔法を使用するのであれば、その「火」を飛ばし敵にぶつけて攻撃するだけである。
『変換』も、このような使い方はもちろんできる。
しかし「魔法」と『変換』の違いは「その先」にある。
ただ単に「火」を生み出すだけではなく「火によって生じるエネルギー」を『変換』し、他の「何か」と『組み合わせ』て全く別のスキルを生み出すことにあるのだ。
火によって生じたエネルギーの使用例を挙げると、「高熱」と「水」との『組み合わせ』により「水蒸気」を作りだし、更に「冷気」と組み合わせることにより「雪」を生成するスキルが発生する。
また「鉄」と「火」と「薬」の3種類のスキルの『組み合わせ』で「爆弾」を作りだすスキルも存在するのだ。
1つのスキルだけに固執せず、これから己は何をしたいか先を見据えてスキルを習得していけば、オリジナルに近い「奥義」の如しスキルを生み出すことができる。
これが、このゲームのスキルの多さの理由となっているのだ。
『変換』には別の使い方もある。
符術は「東」のみ、もしくは「西」のみでは使えない。
(「北」は全く別種であり、固有のスキルなので、あえて除外する)
符術とはそもそも「南」特有のもの。
ボンズは「東」を極めた後に「南」に転生することにより「南」が使用できる「符術の使える東」=「東南」となり、符術を使えるようにした。
逆に、りゅうは「西」を極めた上で、更にもう一度「西」の方位を選択した「W西」なため「西専用のスキル」は使えても「符術」は使えない。
それゆえボンズは符術を使用できるようになった。
そして符術の使用目的として符力を「速度」に『変換』し、攻撃及び移動速度を大幅に上げたのだ。
それだけではない。
以前使用した【三連刻】――あれは1度に攻撃を三回連打するスキルなのだが、あれは打撃攻撃の「単体スキル」ではなく、正確な説明をすると「3連続で同じ攻撃動作を行う符術」なのだ。
つまり、攻撃スキルであれば「拳」であろうと「剣」であろうと、先程の「火を飛ばし敵にぶつける符術」であろうと、制限はない。
「火を飛ばし敵にぶつける符術」に【三連刻】を加えれば、通常1つしか飛ばない火の玉も3つの火の玉がたて続けに飛ぶということになる。
余談だが、この【三連刻】はもう1段階上がある。
だが、あくまで「1段階上」であり、それが連射・倍増スキルの最高峰となる。
故に、りゅうの持つ1振9撃を放つ幻の神具【九蓮宝燈】がいかに強力かつチートだということでもある。
あれはないよなー。
だって、1回の攻撃で同じ攻撃力を持つ斬撃を9本も放つ日本刀って……しかも、りゅう自体完璧な前衛型だから1回のダメージだってデカいのに……詐欺だよなー。
「北」であるラテっちのカバンにはなるべく触れないでおこう。あれはおやつとお弁当の他に夢と何かが詰まっているカバンだ。もうそれでいい!
話を戻すと、符術とは『変換』と『組み合わせ』により云わば無限の可能性となるのだ。
これが、「魔法」と「符術」との違いとなる。
共通点があるとすれば蘇生、回復、防御などの支援に用いる符術。
これは魔法と同じで、使用目的及び効果に差はない。
だが、それはあくまでボンズの知りうる限りの話だ。
無限の可能性――それはプレイヤーの発想やその人物像により、どうなるか誰にもわからない。
ゲームの世界が現実となった今、それは更に不可思議なものとなるやもしれない。
説明が長くなってしまった――
というわけで、りゅうが「魔女=魔法」と勘違いしてしまい、興味をひいてしまったのは当然の話であった。
――って、待ちなさい!
ラテっちの「魔法のなんとかパラソル」があるじゃないか!
そっちのほうに驚けってば!
「魔法を見せてほしいのですか……それでは。コホン!」
おいおい、ノリノリじゃないの。
そう云って、彼女は右手を掲げ、その手を符力で光らせてみせた。
「しゅげー!」
「すごいね! ラテッち」
「うん!」
だから、君たちのほうが断然すごいから!
――あれは符力を実体化させただけのもの。
コイツは手を光らせただけ。
君たちはチート。
100人いれば全員、君たちの方がすごいと云うってば。
『もっとみせて!』
あちゃー。2人とも夢中だよ。
「よろしい! それでは、後ろから魔物が追いかけてきているみたいですし、私の実力を見せましょう!」
「魔物って……」
すると、ここで突然ゾーンが発生。
おかしい……こちらから近寄らない限り、街近郊のフィールドではそんなに魔物は出てこないはず……しかも結構な数いるぞ。
「いやー、しつこいですね」
まさか……!
「連れて来たんかい! 悠長にカレー食ってるんじゃねぇよ!」
「いいじゃないですか。おなか減っていたんだし」
「カレーのことじゃねぇよ! 魔物だよ! なんで放っておいたんだよ」
「だって私、攻撃スキルないですし、あとはよろしくね」
「実力見せるんじゃなかったんかい!!」
はぁ……ハイエナの群れだよ。しかたないな。
ゲームでの魔物「ハイエナ」は現実のハイエナと大差はない――ただ凶暴性の増したハイエナといったところだろう。
その魔物たちが一斉に襲ってくる。
俺、ハイエナって嫌いじゃないなんだよな。現実のだけど。
それ以前に、よくゾーンを回避して逃げてこれたな。
魔物が近付くと自動発生するのではないのか?
やはり不思議な人だ。
「私が先に防御符術をかけますので」
「はいはい」
「では、いきます!」
「【十三不塔】」
「ウソ!? そんな高等符術が使えるの??」
【十三不塔】――地中から6本が空に向かい突き出し、そして上空に生み出した7本が地面へと突き刺さり、計13本の巨大な石柱が交互に飛び交うことで巨大な並列の壁となり、あらゆる攻撃を防ぐ高等防御術である。
――そのはずなのだが……
飛び交わる13本の石柱にハイエナたちが巻き込まれ、見るも無残にすり潰されてしまった。
てん・てん・てん
落ち着け……1回だけでいい。落ち着こう。
スー、ハー……よし。
「あの……それ、そもそも防御系符術だよな……なんで攻撃できるの?」
「私の符術……どこに飛んでいくか私にもわからないの」
「はいぃぃ!?」
先程も申しましたが【十三不塔】は防御符術。
攻撃範囲など、どこにも存在しない。
――そのはずだった。
それなのに、このお方には現実となってしまったとはいえ、ゲームの常識が全く通用しないようだ。
いや、確かにエフェクト的には攻撃できそうにも見えるよ。
でもさ、だからといってゲームの法則を無視しちゃダメでしょう。
ゲームの常識としての最後の砦をアッサリと破っちゃったよ……
「防御符術は得意です」という台詞はどこへ行ってしまったのだろう。
「なぁなぁボンズ」
「ん? どうした? りゅう」
「あの中にラテっちも巻き込まれたぞ」
「ふ~ん………………って、なぁぁにぃぃぃぃぃぃぃ!!」
目の前は石柱だらけ。常識としての最後の砦すら軽く超えたいた。それも想像以上に。
ボンズはこの時完全に彼女を「女性として意識する」ことを忘れ去っていた。
ヘタレな感情すらもすでにない。
顔を思いっきり彼女の顔に近付け、ツッコミモード全開となった。
「どゆこと? ねぇ、どゆこと!?」
「ですからー、私にはなんとも」
「味方まで攻撃できる防御符術なんて聞いたこともないんですけど!」
「まぁ、誰しもうっかりミスはあるものですし」
「うっかりってレベルじゃねぇし! これで『うっかり』なら刑務所の職員は全員ニートですから!」
「まぁまぁ、落ち着いて」
「君は少し焦れよ!」
その時――
「ふぃ~びっくり~」
石柱の隙間からヒョッコリとラテっちが出てきた。
「ラテっち! 無事か?」
「お~!」
「身体が小さかったおかげで助かったのか……よかった……」
「これで一件落着ですね!」
「……君を脱退させたパーティーの気持ちがよくわかったよ」
ラテっちはまるで何事もなかったかのように、いつも通りりゅうの隣に歩み寄る。
あー、本当に焦った。
安心した所に、彼女はりゅうとラテっちに近付く。
「ところで何? この丸い生き物!?」
なんちゅー云い方! ……あぁ、俺も似たようなこと思ってたな。
「……て、今まで気付かなかったんかい!! さっきまで一緒にいただろ!!」
「まぁまぁ、チョット失礼」
そういうと、彼女はりゅう&ラテっちのアゴ肉を触りだした。
「うわ~スベスベー」
左手にりゅう。右手にラテっちのアゴをさすりだす。
確かに気持ちよさそうだ。それは認めよう。
「それ!」
タプタプタプタプ
『アブブブブブブブ』
今度はアゴ肉を上下に揺らし始めた。
この行為は通称「タプタプする」ともいう。
それにしても、表情の変わらないまま顔が上下に揺れる姿はなんとも愉快だ。
笑ってしまいそう。
1分経過――
タプタプタプタプタプタプタプタプ
『アブブブブブブブブブブブブブ』
5分経過――
タプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプ
『アブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブ』
30分経過――
タプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプ
『アブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブ』
「いつまでやっとんじゃいーー!!」
「もうちょっとだけ! モチモチして気持ちいい!」
「やめてよね! ウチの子たちになにすんの!」
りゅうとラテっちを両腕にかかえ、慌てて取り上げる。
「……オカンか、君は」
はっ! 思わず……
「ウチの子だって。うぷぷ!」
「うぷぷ!」
両手を口に添えて、なぜか嬉しそうに笑うりゅうとラテっち。
とりあえず、長時間のタプタプに怒ってはいないようだ。
「そうそう、私を仲間に入れて下さい」
「このタイミングで!?」
この人の行動と言動とタイミングと……その他色々、そろそろ訳がわからなくなってきたぞ。
「って、話を戻すけど、君はどこかのスパイなんじゃないのか?」
「スパイ? バッカじゃないの? 映画じゃあるまいし、寝言はギャルゲーの選択肢の中だけにしなさいよね!」
「消えろ」
「嘘です! 冗談です! つい本音が出てしまっただけなんです!」
「全然嘘になってないよ! ちゃんとフォローしようよ!!」
全く……でも。
正直「南」は欲しい。
そして、仲間も欲しい!
でも……でも――
「やはり、断るよ」
「なぜですか?? 役に立ちますから!」
「すでに立ってないから! それに」
「それに?」
「それに……女の子と一緒だなんて……」
「……え?」
「女の子と一緒に旅なんかできるか!」
思わず本音を漏らしてしまった。
他人とでさえ数える程度も喋っていないのに、それが女の子となれば喋った回数なんて両手もいらないよ。
それに、これから一緒に行動を共にすると考えたら……やはり無理だ……
「おい、ラテっち」
「なーに、りゅう」
「ボンズは今までラテっちのこと『女の子』と思っていなかったぞ」
「だね」
「さいてーだな」
「さいてーでちゅね」
『せーの! さいてー』
「そういう意味じゃない!」
これは、この女性を「仲間にしろ」と脅迫しているのか? それとも単に本音か?
『もういっかい! さいてー』
そんな、お遊戯の発表会のように2人並んで両手を八の字に広げながらポーズをとらんでもいいだろうに。
まったく――
「わかったよ! 仲間になってもらえばいいんだろ!」
『わーい!』
あ、前者だったか。
大丈夫。ラテっちのことはちゃんと「女の子」とみてたぞ。
ただ「幼児」が付くだけだ。
……ロリコンじゃないぞ。
――あっ!!
結局……この人の名前、まだ聞いてないし!