第十話 言葉
コトコトコトコトコトコト……
『わくわくっ、わくわくっ』
グツグツグツグツグツ……
『そわそわっ、そわそわっ』
クエスト終了の合図まであと数分と迫り、日も暮れ辺りは暗闇に包まれた中でボンズたち3人は未だピンズの街に戻ってはいなかった。
正確には、街から出てすぐ傍のフィールドにいる。深い意味はないのだ。ただ、いつでも街に戻れるようにしておいたほうがよいかと――そう思っただけである。
それに、街に入っても多くのプレイヤーたちでひしめきあっているだろう。
ならば、フィールドにいるほうがいい。
魔物もフィールドで出現するが、街近郊では出現率はかなり下がる。とりあえず「突然襲われる」心配はなかった。
では、何をしているのか――
「もうすぐできるぞ」
『わーい!』
カレーを作っています。
飯ごうでご飯を炊き、鍋でカレーを煮込んでいる最中だ。
そこらへんに転がっている岩でかまどを作り、これまた転がっている岩に座りながら、もうすぐ完成するカレーを3人で囲っていた。
長い期間自宅にて警備を勤めている時に、夜中に腹が減っては簡単な料理を作り、1人で食べていた経験を活かしている。
コンビニに行けば早いし手間もかからないのだけれども、外出を極力避けたかったため家にある材料を使って炒飯やカレーをよく作っていた。
しかもかなりこだって――今回はお子様たちのために香辛料はかなり控えたが、手に入れた材料を元に時間をかけて調理する。
まず肉には塩コショウで下味を整え、柔らかくするためにヨーグルトに漬け込む。
スープはブイヨンベースの洋風出汁と、昆布を使った和風出汁の和洋合わせ出汁にトマトを加えたこだわりスープ。その中にニンジンや玉ねぎ、ジャガイモを入れ、ゆっくりと煮込む。
続いて先程の肉をスープに加え、アクを取りながらさらにコトコト煮込んだあとは、別のフライパンで弱火でじっくりと炒め続けた玉ねぎのみじん切りに、それにバターと小麦粉にカレー粉、少量の香辛料を混ぜ合わせてできたトロみタップリの手作りルーを投入。
仕上げは、コクを出すためにすりおろしたリンゴと甘味をだすハチミツを加え、再び煮込むんで完成となる。
……まぁ、よくこんなに材料があったものだ。
昆布は海で拾ったものを干したのだけれども、鶏ガラやカレー粉まで売っているとは……
ピンズ……あなどれないな。
「いいにおい~! うまそうだな!」
「カレー! カレー!」
おたまでカレーをかき混ぜるボンズを見ながら、りゅうとラテっちは先割れスプーンと空のお皿を持って身体を左右にリズムよく揺らしている。
喜んでくれるのは嬉しいことだが、ボンズにはカレーを作るのには純粋に晩ご飯を作るためだけではなかった。
何か、別のことに集中して、今を忘れたい――そんな思いがあった。
優作たちと別れた後からクエスト期限が近付くにつれ、どうしても考えてしまう。
それは――多分、このクエストが終われば、すぐに次のクエストが始まってしまうということ。
そのことが不安で、考えたくなかった。
正直なところ、料理は現実逃避をする意味もあった。
テロテロリン・テロテロリン
――来た。
クエスト終了を告げる合図であるチャイムが全プレイヤーへと鳴り響いた。
予想通りの時間だった。とはいえ、心の準備ができているわけではない。
さて、街に入る……必要はないか。どうせ、どこでもGMの声は聞こえる。
【アウトオーバー 756】
チャットに表示してあったのは「消滅」したプレイヤー数。
756人――3で割ると「252組」のパーティーが消滅したのか……かなりの数だ。
なんとも胸くその悪いチャットである。
しかし違う見方をするならば、初心者及び低レベルのプレイヤーがそれだけこの世界に引き込まれていたことを証明している。
もしくは、戦闘に最後まで慣れなかった……だ。
アウトオーバー数の表示後、ボンズはおたまの手を少し止める。なにより先にフレンド登録リストを指先で開いた。
「よかった……優作たちの名はある」
せっかく仲良くなった者の名が黒く塗りつぶされるところだけは見たくない。
あれから無事にクエストを達成できたのだと安堵した。
次いで、GMから恒例となった台詞が音声として流れる。
「クエスト達成おめでとうございます」
あいかわらず、最初だけは謙虚な言葉。
しかし、問題はこの後だ。次はどんなことを云いだすのか……
「今残っているプレイヤーの皆さまは、『戦闘』に長けた方々とお見受けします。それでは、次のクエストでは本格的に『ダンジョン攻略』を行って頂きます」
『ダンジョン攻略』――この言葉によって意味することは1つ。
――ボス戦だ。
<ディレクション・ポテンシャル>のダンジョンには、大小関係なく最下層に「ボス」が存在する。
クエストによるダンジョン攻略は、そのボスを倒すことで初めて「達成」されたと見なされるのだ。
「ここピンズより大陸に広がる染められた森を北西に歩んで頂きますと、ちょうどこの大陸の最北端に辿り着きます。そこに存在するダンジョン『金鶏独立』に赴き、攻略して下さい」
最北端――この大陸は図形で云えば長方形のような大陸。その東側海岸……地図で云えば「右はじ」にピンズは存在する。そこから左斜め上を進み「大陸の上部中央」に位置した地点に突起した海岸があり、そこまで行けばダンジョンの入り口がある。
そこでボスと戦え……と、いうことか。
ソロプレイヤーとしてフィールドの魔物を倒しレベル上げをして、コロシアムで戦うことを生業としていたボンズにとって、ダンジョン攻略経験は皆無であり、パーティー攻略がメインのイベントにはまったく興味がなかったので初めて行く場所となる。
ただ、初めてとはいえダンジョンでの戦闘に関しては問題ないだろうと考えていた。
なぜなら、この大陸の魔物のレベルは「中」程度のもの。
転生前のプレイヤーが次の大陸にむけてレベルを上げ、転生できるかどうかという位まで魔物を狩り続ける地域となっている。
そのため、物凄く強い高レベルの魔物は存在しない。
それに対し、こちらにはりゅうがいる。
りゅうの圧倒的攻撃力をもってすれば、例えダンジョンボスでも瞬殺は免れないだろうという余裕からだった。
ラテっちも、まだ未確認だがHP回復スキルを兼ね備えたチートアイテムでもあれば、より安全に戦闘を行うことができる。
もし持っていなくても、普通に回復アイテムを使ってもらえばいいだけのことだ。
もし、不安要素があるとすれば……
先程出てきた「安全に戦う」という単語。
ここではあくまで「ボス戦」での話――問題があるとすればそこまでの「過程」にある。
その「過程」こそが、ボンズがダンジョン経験のない理由でもある「ボスまでの道のり」であった。
長くも短くも、ボスまで辿り着くにはそれなりに道のりがあり、その間必ず魔物との「戦闘」をしなければならない。
ソロプレイでボスのみを倒すのであれば、高レベルのボスでない限りボンズでも可能だ。
だが、それはあくまでも「万全の態勢」での話である。
その態勢を崩すためにダンジョンには「道のり」と「魔物との戦闘」が存在するわけであり、ソロプレイではボスまで辿り着くのにアイテム所有数50個が限度では回復アイテムが足りないのである。
そのために万全の態勢でボスと戦えないので、ボンズはダンジョン攻略をしなかった。
一般的に、このような(ボンズのような)ことがないよう、ダンジョン攻略はパーティーでの攻略が「基本」となっている。
普通に考えれば当然の話なのだが、そこはボッチの性なのであろう。
パーティーすら組んだことのないプレイヤーに、「ダンジョン」など無縁であったのは必然であったであろう。
それでも、今回はりゅうとラテっちが一緒にいてくれるおかげで不安要素も些細なことと思われる。
――だが、他のパーティーはどうなのだろうと、ガラにもないことを考えてしまうボンズがいた。
正確に云えば他のパーティーと云うよりも優作たちのことだが……
3人での……いや1組のパーティーで1回限りのダンジョン攻略は大丈夫なのだろうか……と。
全滅すればそこで終了。それにボス戦まである。
逆を云えば、今回下された「ダンジョン攻略クエスト」――明らかに大手ギルドは有利な仕組みと思われること。
何故かといわれれば、別パーティーといえど、フィールドと同様に戦闘は協力できないが、行動自体は共にできたはずだからだ。
つまり、ダンジョンへはギルド全員で侵入し、最下層にいるボスまでの道のりをギルドで行動すればよいのだ。
別のパーティーでも戦闘時以外は回復など支援を受けることができる。最下層にいるボスのみを個別のパーティーで倒せればいいだけのことである。
つまり、ダンジョン内で回復アイテムなど使う必要も少なく、お互いが助け合いながらダンジョンの最下層まで進み、より万全な態勢でボスと戦うことができる仕組みができあがるはずだ。
さらに、現在は瞬間移動スキルは使えない状態。
フィールドを歩いてダンジョンの入り口に辿り着くまでのことも考慮すれば、この仕組みは単体パーティーと大きく差が生じるだろう。
差とは勿論【アウトオーバー】の確率である。
まぁ、考えてもどうしようもない。
大手ギルドに関して云えば羨む以前に羨ましくない。
団体行動ほど嫌なものは――ない。
それに、不安要素はまだある。
今回のクエスト――今のところ、とりあえずは大丈夫であろう。
先程も云ったが、戦闘だけならば問題はない。
問題があるとすれば、残りの不安要素――GMの話がこれだけで終えるとは思えないことだ。
「続きまして――」
GMが話を再開する――ほらキタ! 予想的中だよ。
「今回のクエストでは戦闘に長けた方々に初のボス戦を挑んで頂くことになります。それに伴いまして、戦闘不能時の蘇生回数に制限を設けさせて頂きます。これより、1度の戦闘で2回の戦闘不能は『蘇生不可能』とさせて頂きます」
「そうきたか……」
カレーをかき混ぜながら、一言漏らすボンズ。
「つまり、2度目の戦闘不能はゆっくりと『消滅』されていくのを楽しんで頂きます。ですがご安心ください。2回とはあくまで『1回の戦闘中』であり、戦闘で1回だけ戦闘不能になる分には何度繰り返しても構いません。蘇生符術と蘇生アイテム【祝儀】があればですけど」
街にいなくてよかった。
人混みにいれば今頃驚きの声と罵声の大合唱だったであろう。
正直、もう聞き飽きた。同意見なのだが、あの「限定商品を並んで買おうとしたが、直前で品切れになり暴動を起こす」的な騒ぎには嫌気がさしていた。
それにしても――ザコ敵でもボスでも2回戦闘不能になればアウトってことか。だからボス戦前に仕様を変えていたのだな……いかにも、このGMらしい発想だ。
どちらにしても祝儀の無駄使いはできない。俺は取り合えず1個しか持っていないけど、ラテっちのカバンに何個あるかは未だに疑問だ。
前にりゅうの祝儀を預かっていたから、1プレイヤーに1個しか持てない祝儀を幾つも「持てる」のは確認したが、所有数は聞いていない。
今のところ祝儀の入手手段が不明な状況で「ないよー」と、お悩みゼロのぷっくりニコニコ顔で云われてしまってはお手上げだからだ。
今もカレーを楽しみにしているよ。ニコニコして。
それに、戦闘不能状態から「時を操作」する、なんとかパラソルも多分ボス戦では使えないだろう。
スキル発動にはキャスティングタイム以前の問題だからな……
今更だけど、よく考えてみれば「あれでもない、これでもない」と繰り返し云いながらカバンを漁って、「あったー!」と右腕を高々と上げる決めポーズをとった後にアイテムをセットして、それから2人で使わなければならない……しかも傘に乗るからチビッ子限定――トドメに傘の上を走るって……どんだけ!!
常識以前に、このスキルは本当にゲームの開発者が考えたスキルかどうか疑問に思う。
もしくは――いったい、どのような経緯で開発者がこの発想に行き着いたか正座をさせながら問い詰めたいものだ。
まぁ、1度はそのスキルで助けてもらっている以上、声に出しては云えないが……
そして、GMからさらなる指令が――
「では、最後にもう1つだけ……」
またか……その「最後」って、アテにならないんだよ。それに、その台詞自体、某刑事ドラマのパクリじゃねえか。
「今回、単一な戦闘ではなく長期的な戦闘の繰り返しが予想されます。つまり、本格的な『冒険』が始まるのです――そのために『3人パーティー』から1人加え『4人パーティー』を結成し、行動を共にして頂きます」
1人……加え……か。
「4人1組パーティーで金鶏独立を攻略。これが今回のクエストです。4人パーティーを結成する期限と金鶏独立の攻略の期限は同時刻です――が、3人パーティーによる金鶏独立の攻略は『無効』としますので、パーティー結成はお早めに済ませることをお薦めします。あくまで4人パーティーで攻略して下さい」
予想に反して、取り乱さないボンズ。
勿論、己の周囲に人が増えるのは好ましくない。むしろ嫌悪感しかないのだが<ディレクション・ポテンシャル>でパーティーといえば4人で1組が本来の戦闘スタイルだ。これに関しては妥当な意見であり、いつかはこの状況になることを予想していたからだった。
それに、今回のクエストには気になる箇所が多い。頭を悩ませる材料の多さが、幸か不幸か取り乱さない要因となっていた。
まず、クエストによる【アウトオーバー】
――以前、低レベルのプレイヤーを……そして「ソロプレイヤー」を排除した結果のようだと思っていたが、どうやら違うようだ。
これは――「選別」だ。
今回のクエスト――達成条件に「裏切り行為」が必須となっている。
裏切り行為が発生しないと、生き残ることができない。
1人がパーティーを裏切り、3人1組のパーティーに加入するか……
2組のパーティーが1人ずつ……2人を見捨てて新たなパーティーを結成するか……
4人パーティーの結成には様々な状況が発生するであろうが、誰かが犠牲にならない限り成立しない。
明らかにGMがプレイヤーを弄んでいる。
だが――これも大手ギルドにとっては有利となっている。
先程上げた事例も、多人数なら解決の糸口があるからだ。
3人2組のパーティーが1人ずつ……2人を見捨てて新たなパーティーを結成する
それが4組ならば、1人ずつ見捨てたとしても――「(3-2)×4」――その4人で新たなパーティーを組めばいい。
ようは、例えば「12」といった「3」と「4」で割れる人数がいればいいのだから。
まぁ、このクエスト……というより、パーティー作りに付加しているクエスト条件がネックになっているのだけれども。
その条件とは――「ボス戦」
例えば攻撃型の「東」3人のパーティーに、同じタイプの「東」が入っても意味がない。
超攻撃型プラス回復アイテム常備なら、不可能ではないかもしれないが。
逆を云えば回復系専門の「南」だけのパーティー。
攻撃力がないのは明らかに敗北を意味している。
ただ、蘇生アイテム「祝儀」の所持数が1人につきたったの1個しか持てなくなった今、回復系「南」を手放すパーティーがいるとは思えないが……
戦闘におけるパーティー構成が問題点となる。
この世界にどのような割合で「東」「南」「西「北」がいるのか……それが今後の「鍵」となるだろう。
ただ、今回の仕様変更によって回復支援系「南」がより需要が高くなったこと。
そして、前衛系「東」・「西」が思い切った行動がとれなくなったことが一番の気になる箇所だ。
ゲームで前衛型と云えば「戦闘不能になって当たり前」という概念があった。
それが、蘇生符術を持っているプレイヤーがパーティーにいても、蘇生回数まで制限されては、そう簡単に敵の攻撃を受けられない。
攻撃を喰らってもそれほど「痛くはない」が、HPのゲージが減る度に受ける「精神的苦痛」は全く別物となるだろう。
あきらかに、パーティーでの戦闘スタイルに変化が訪れる。
誰も好んで「特攻」などしたくはないだろうからだ。
ボンズが先程つぶやいた「そうきたか……」の意味。それはGMは、プレイヤーにつきまとう「恐怖」を増幅させることに成功したことを瞬時に悟ってしまったことを意味していた。
それに――756名のアウトオーバー。
前回のクエスト開始時には9777名のプレイヤーがいた。
9777-756=「9021」
9021名では「4」で割り切れない数字。
どうあがいても全員は助からない数字だ……
「あと、既にご理解なされているとは思いますが念のため申し上げますと、『4人パーティー結成』されたプレイヤー様方は、その後パーティーを解散した場合やアウトオーバーによるメンバー不足により4人パーティーでいられなくなった時には、1人であろうと、3人であろうと関係なく1時間経過した時点で終了です。必ず4人パーティーでいて下さい。期間は――『2週間』とします。それでは、皆さまのご健闘をお祈りしています」
ほら、やっぱりまだ台詞あるじゃないか。
これにて、GMからのお話は終了ってか。健闘を祈るならアウトオーバーなどさせるなっての。
それにしても――4人パーティーということは1人加えなければならない……
「1人か……3人だったら優作たちを誘うのにな。それに……」
これまでのように取り乱し醜態をさらすことのなかった要因は悩み事の多さによるものにあった。
だが、それだけでは直接の要因にはならない。
これまでのボンズであれば、少なくとも今のように「冷静」ではなかっただろう。
だが――
「とりあえず、ご飯を食べようか」
できあがったご飯とカレーをお皿に盛り、りゅうとラテっちに手渡す。
『やったー! いただきまーす!』
受け取ったカレーをモシャモシャと食べはじめた。
「こりゃうめぇ!」
「うみゃーい!」
本当に美味しそうに食べてくれている。ほっぺたが膨らんで可愛らしい。
2人を見て、思わず言葉が零れ出る。
「このまま……3人でもいいのにな……」
食事を取るのも忘れて、顎に両手を当てながら物思いにふける。
パーティーに1人増えるのは嫌だ。
「己の周りに人が増える」――という理由。
それもあるが、なによりボンズはりゅうとラテっちとの「3人」の関係を崩されるのを最も恐れた。
仲間を見つからないことによりアウトバーンの仲間入りをし、消滅してしまうのも怖い。
それよりも、ようやく見つけた新しく仲間がとんでもなく性格の悪く、仕切りたがる奴だったとしたらどうすればいいのか悩んでいた。
そんなプレイヤーが加入してしまったことにより、パーティーを……いや、りゅうとラテっちを利己的な理由で利用されることになったらどうしよう――と。
ボンズは「今」を壊されるのが怖くてたまらなかった。
「――こんなこと、今まで考えたこともなかった……」
こうような考えに至るということは、ここにいるボンズは「現実にいた頃」のボンズではなくなってきていることを意味している。
それはゲームの世界の住人になったと云う意味ではなく「仲間と共に日々を過ごしている」という、かつて1度として体験したことのない生活を送っている「過去とは違う自分」だということである。
このようなことはまさしく初めての体験である。
そして――家の中の自室で独り、漫然と時を過ごしていた頃よりずっと居心地がいいことに気付きだしていた。
その時は、仲間と過ごす生活なんて想像もしていなかった。
仲間など嫌悪感の対象でしかなかった。
それなのに――今は……
「ぼんずーカレーたべないの?」
食事を取らずに下を向き続けるボンズに、ラテっちは食べるのを止め問いかける。
「え? あぁ、食べるよ」
この2人と……か。
「なぁ2人とも……俺の作ったカレーはどうだ?」
『だいすきー!!』
「それはよかった……」
「なんだよボンズ。さっきうまいとほめたぞ。本当にうまいぞ!」
「うみゃいでちゅ!」
ははっ、俺の作ったカレーが美味しいかどうか不安になっていると勘違いしているんだな。
まったく……敵わないな……
「そうか……あのさ、一杯作ったからどんどんおかわりしていいぞ」
『うん! おかわりー!』
「はいよ!」
――ありがとう。
2人のおかげで、上手くいってなかった俺の人生も、ゲームの世界でだけど「なんとかなる人生」に変わってきているようだ。
これからも、2人の笑顔がなんとかしてくれる。
これからも……
さて、俺も食べるとするか。
「…………ぁ」
3人でカレーを食べている時だった。
「あの……」
ん? 今、人の声がしたような……気のせいか?
「きいてますか?」
闇の中、かまどの炎に照らされた女性が背後に立っていた。
「え……どわぁっ!」
ボンズは突然のことに驚き、椅子代わりにしていた岩から転げ落ちる。
幽霊!?
――と思ってしまうような、ブラウン管越しから出てくる長い黒髪の幽霊を彷彿させる女性がいきなり現れたのだ。
「な……ななななっ、何者だ! 名を名乗れ!」
ただ、女性がやってきただけのことなのだが、ボンズにとってはパニックを起こすには充分過ぎる事態だった。
気も動転し、思わずありきたりな台詞を放つボンズ。しかし、転げ落ちた体勢から何を云っても間抜けにしか見えない。
挙句、ラテっちにも負けないほど舌足らずな言葉を発している始末だ。
さっきの冷静さはどこへ?
そんなボンズとは対照的に――
「おねーちゃん、だーれ?」
ラテっちは動揺することもなく女性に話しかける。
いや、ラテっちの方が正常な対応と云えるだろう。
対人関係においては幼児をも下回る……少しずつ人に慣れてきたとはいえ、それは顔見知った者限定でしかない。
コミュニケーション能力の低さと小心者っぷりは、少なくとも幼児以下であることは変わっていなかった。
そんなことなどお構いなしに、女性はこちらに近づいてくる。
「あわわわわ……」
身体を小刻みに震わせ、今にも口から泡を吹き出しそうになるボンズ。
転げ落ち、寝転んだ状態でなんとか手足を使って後ずさり始めた時――
「……いいなぁ」
……え?
俺とラテっちが名前を聞いていたのに、まるで会話が噛みあってない。
「カレーのことか? うまいぞ!」
りゅうがスプーンを掲げ会話に参加する。相変わらずオープンな2人だ。
でも、カレーのことなの? それより何しに来たの? この人?
「…………ぃ」
女性は何かを云おうとした瞬間膝から崩れ落ち、這いつくばりながら手を伸ばし、こちらに近付いてくる。
その姿はホラー映画に出てくる幽霊そのものだった。
うわっ! やっぱり怖い!
「いただきます」
「――はい?」
そう云って、突如現れた女性はそのまま3人の輪の中に入り、両手を合わせだした。