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第九十二話 人形③

 

 二人のラテっち。

 どのラテっちが偽物かはわかった。

 あとはお札をを張るのみ。

 だが、偽物の正体はゲーム内最強クラスの魔物『七福星』と呼ばれる七匹の大蛇。いつでも戦闘が可能となるよう準備をするも、本物のラテっちはショックで石のように固まり、ラテっちの正体を見破ったボンズは病み上がりで万全な体調ではない。

 残り五人で倒せるか――



「よし、それじゃ偽物にお札を張るぞ。とっとと正体を現せ」

 式さんが泣いていたラテっちにお札を張ると、ピタリと動きが止まる。

 そして、ラテっちが真っ二つに割れた。


 七体の巨大な大蛇が裂け目から現れる。

 ギルドメンバー全員分の魔物が合体していたかのように――

「この魔物――高レベルダンジョンのボスです……」

 優作がひるむ中、突如叫び声が響き渡った。


「ラ……ラテっちがぁぁ!! うわあああああああ!!」

 りゅうが取り乱す。

 それはもう悲痛な叫びで、涙を流しながら暴れた。

「大丈夫だ! あれは偽物なんだ! だから落ち着くんだ、りゅう!」

 ボンズが抱き締めるも、必死に偽ラテっちに近づこうともがくりゅう。


「騙したんだな――よくも……元気なラテっちが、ラテっちの姿でメチャメチャにしたな。元気なラテっちが増えて、すごく嬉しかったのに……よくも騙したな……信じちゃったじゃないか。よくも……元気なラテっちがもう1人増えたのに……よりにもよってラテっちに化けるなんて。またラテっちを……壊したな」


 ――途端に響く爆裂音。

 りゅうは【九蓮宝燈チューレンポトウ】を抜くと同時に倍プッシュを発動させた。

 さらに――

「2×2で――4倍だー!!」

 再び目にする倍プッシュの倍掛け。

「りゅう! やめろ!! それは使うな!!」

 しかし、ボンズの制止を無視し、りゅうは構えを取った。

 もう二度と使わせるつもりはなかったのに、止めることができなかった。

 そう云いたいボンズだったが、病み上がりのボンズの反応が遅れた。

 クランキーコンドル戦で見せた倍プッシュの倍掛け。

 だが、その後りゅうは倒れている。

 今度は無事に済むかわからないのに……

 そんなボンズの心配をよそに、爆風が押し寄せ、大地が震える。

「――倍プッシュの倍掛けだと!?」

 りゅうがこのスキルを使えるのを知っているのは、本人とラテっちを除けばボンズとパチだけ。

 四人パーティーのクエスト後に加入した三人は知らないスキル。

「まさか……スキルの上書きをしたのか!?」 

 冷静な壱殿ですら、りゅうの姿に唖然としている。

 当然だ。

 こんな技、ゲームでは存在しないのだから。

「風が……逃げていきやがる」

 壱殿が4倍の倍プッシュの凄まじさに驚愕する。

 そしてりゅうは【九蓮宝燈チューレンポトウ】を抜き、刀身をゆっくり反時計回りに振ると、そのまま上に向けた左手に乗せた。


 その瞬間だった。

「式っ! 貴方の爆弾で地面に皆さんが入れる穴をあけて下さい!!」

 突然焦りだしながら意味不明な要求をする優作に対し、式さんは戸惑いながら訳を問いかける。

「急いで!!」

 普段温和で丁寧口調の優作が命令口調に変わったこと。

 そして、真っ青に変わってしまった表情を見て、これ以上詮索している暇はないことを把握した式さんは掌を地面に当てる。

「よくわからんけど、いくぞ!」

 式さんはドラ爆を発動させ、土砂が巻き起こる。

 地面に直径3M、深さ2Mほどの穴をあけた。

「早く! 皆さん飛び込んで!!」

 優作が穴の手前で腕を回しながら叫ぶ。

 まるで、レスキュー隊員が災害時に市民を安全な場所へ避難させる行動にも似た焦り方だった。

 まずは、パチが穴に飛び込み。

「壱さんも、何を呆けているのですか! 早く穴に入って下さい!!」

 優作に引っ張られ続いて壱殿。ボンズは気絶しているラテっちを抱えながら穴にとびこみ、穴をあけた式さんも訳がわからない表情をしながら飛び込み、全員が避難したことを確認した優作が最後に飛び込んだ。


「おい、優作……」

「そんなに慌ててどうしたんだ? どういうことなんだ?」 ――と、式さんは聞きたかったんだろう。

 だが、大七星を目の当たりにしても動じない優作が口に手をあてながら更に表情を青くさせていたこと。

 さらには氷点下で薄着を着ているかのように全身を震えさせている姿に、口を閉ざしたのである。


「自分は……今からりゅう君が発動させるスキルをこの世界に来てから見たことがあります。以前にも話題に出たことですが、このゲームでは味方に対して攻撃が当たることはありません。ですが、この世界では現実。攻撃が当たれば敵、味方など関係ありません。転生した西(シャー)のプレイヤーが使用しただけでも、大変なことになっていました。ですが、りゅう君は強い。【九蓮宝燈チューレンポトウ】の遣い手だけではなく、純粋に強すぎます。更に倍プッシュを二回も使用した状態であのスキルを発動すれば――」

「発動すれば……?」

「この場にいる全てが……消滅します」



「――【大車輪】」


 りゅうの声が、聞こえた。


 次に聞こえたのは断末魔の大合唱だった。

 こんな悲痛な叫びは聞いたことが無い。

 耳が、痛い。





 穴から出ると――


「なんだ……この光景は」


 ここは岩石地帯

 にもかかわらず、高く積み重なった岩石が消え去り、更地となっていた

「どうなっていやがるんだ。岩が一つもなくなってやがる……」

 式さんが驚愕の声を漏らす。

 ボンズは砂煙が治まる前に大きな声でりゅうの名を叫んだが、返事がない。

 すると――

 大車輪を発動したその場で、りゅうがうつ伏せになって倒れていた。

「りゅう!!」

 急いで走り寄るボンズ。

 大七星の姿は既になく、りゅう一人だけがその場で倒れていた。

「りゅう!! しっかりしろ」

 急いで駆け寄り、抱きしめるボンズ。だが、りゅうはグッタリとして意識がない。

「パチ! 回復を」

「ええ! わかったわ!」

 パチが回復符術を発動させると、すぐに術を解いた。

「どうした!? なぜ止める??」

「ボンズ……取り合えずりゅうは気絶しているだけみたい。回復よりも先にまず宿屋で休ませましょう」

「そ……そうか」



 ○



 その日の夜――

 宿屋 りゅうは部屋で寝ている。

「パチ……りゅうの具合は?」

「大丈夫だと思うけど、今は眠らせておきましょう」

 気絶したままのラテっちと一緒にベットで眠るりゅう。

 食事の際に、式さんがはしゃぐ。

「チビがいれば怖いものなしだな! あの技があれば敵なしだろ」

「そうですね。まさかこんなにりゅう君が強いなんて! あの七福星を一撃ですよ!」

 優作も上機嫌だ


 そんな中――


「ボンズ……ちょっと来い!」

「どうしたんだよ? 急に」

「いいから来い!!」


 宿屋の廊下を渡り、突き当りまで進む。

 そして、ボンズと壱殿の二人だけになった。

「――貴様、あの子らが大切なんだよな?」

「当たり前だろ!」

 ――と、壱殿は突然ボンズを殴り飛ばした。

「何しやがる!」

「何しやがる――じゃねぇだろ! 今まで気付かなかったのか?」

「……」

 ボンズは壱殿が何を云いたいのか分かったいた。


「ここはゲームの世界じゃねえ! もはや現実だ! それなのに……考えたこと……なかったのかよ……」

「なにをだ??」

「考えたことなかったかと云っているんだよ!!」

「なんなんだよ! 急に怒鳴って!」

「あの、チューレンのチビッ子のことだよ」

「りゅうが、どうかしたのか?」

 壱殿がボンズの胸ぐらを掴む。

「苦し……」

「足りない頭を振り絞って考えてみろ!」

「壱殿は何が云いたいんだ? りゅうがどうかしたのか? 確かに倒れてしまったが、そこまで怒ることなのか……?」

「いいか! さっきも云ったがな、ここはゲームの世界ではない! 現実だ!」

「そんなことはわかっている!」

「ならばなぜ、チビッ子に倍プッシュの倍掛けなんて技を使わせた!」

「え……」

「ゲームならHPを引き換えにすればいいだけの技。だが今は現実だ! この意味がわからねぇのか! なんで……何故気付いてやれなかった! 攻撃とは相手にダメージを与える。しかし、少なからず己にも返ってるんだ! 東南の貴様がそのことに気付かないわけないだろ!!」

「…………まさか!?」

「『まさか』じゃねぇよ! あの小さい身体で九連撃を生み出す【九蓮宝燈(チューレンポトウ)】を使うだけじゃない! 倍プッシュの……さらに倍掛けまで使ったらどれだけ身体に負担がかかると思っている!! ……確実に……『命』を削ってやがるんだぞ……」

 怒鳴り声がかすむ。

「なぜ…なぜ、そんなことが云えるんだ。命――だなんて」

「信じられんのならそれでいい。貴様がチビッ子を思う気持ちがその程度だったと諦める」

「そんな……なら、どうしてりゅうは黙っているんだ」

「そんなこともわからないのか! 貴様ら『仲間』のために決まっているだろ!!」

「俺たちの……ため……」

「どうして今まで一緒にいて、そんなことに気付いてやれなかったんだ! 大事な仲間なんじゃないのかよ!? そんなんだから、貴様はボッチなんだよ!!」

 壱殿が掴んでいたボンズの胸ぐらを離す。

「どんなに強くても、まだ子どもなんだぞ……子どもじゃなかったのかよ! 子どもは大人が守ってやらなきゃダメなんだろ……それをワシに教えてくれたのは貴様ではなかったのか!」


 すると――


「壱殿、ボンズを責めないでくれ」

 その時――りゅうはパチと一緒に話を聞いていた。

「りゅう! 起きていたのか」

「ぼくは無理なんかしてないぞ」

「でもな、前に使った時だって倒れただろう」

「あれは、たまたまだったんだよ。もう大丈夫だ」


「りゅう、云う事をきいてくれ! もしもなにかあったら……」

「苦しいと……いったこと、あったか?」

「え?」

「ボンズ。壱殿。ぼくが一度でも『苦しい』と云ったことがあったか?」

「……いや、聞いたことはない」

「それが答えだよ。ぼくは大丈夫だから」


「これは、何を云っても無駄なようだな」

「……」黙り込むしかできないボンズ。

「このチビッ子はな、ボンズ……貴様等を――守りたいんだよ。だがな、それなら一つだけ聞かせろ」


 壱殿の真剣な表情が生み出す重い雰囲気に、思わず息をのむ。


「何故――【純正】を使わない」


「【純正】――?」

「【九蓮宝燈】の真の姿――貴様なら使えるはずだ.。いや、過去に一度だけ使おうとしたことがあったな」

「なんのことだ――さっぱり意味がわからない」

「これなら【倍プッシュ】より身体の負担は少ない。しかも相手を瞬時に虐殺できる威力を持つ。それに話を聞く限り『西』のスキルをほとんど使っていないそうじゃないか。――何故だ?」

「(虐殺……りゅうが? それに、云われてみれば【倍プッシュ】以外のスキルを使っているのを見たことがない。【九蓮宝燈(チューレンポトウ)】を持った圧倒的強さしか目に入っていなかった)」

「この際だからハッキリ云わせてもらうが、【純正】を使いこなせないはずないよな? 貴様の立っている位置はそんなに低くない。【純正】を使って『最強』の二文字を持つことだって可能なはずだ。もう一度問う――何故『最強』にこだわらない?」


「なぜもなにも――ぼくは……ぼくだ」

「……どういうことだ?」

「ゲームは『斬る』ために戦っているんじゃない。みんなと『冒険』をするために刀を振るうんだ。そんなのしらないよ」(これは、倍プッシュの話と矛盾するから、考える=自分を傷めることでラテっちに近付く)

「そうか……それが貴様の答えか」

「斬る」ことを極めた男が、斬ることを追求するのを拒む。

 やはり俺は勘違いばかりだ。

 以前、りゅうに対し「純粋に斬ることを極めてきた」と思っていた。

 でも、そうじゃない。

 ただ、子どもらしく――ただ、「純粋」なだけだった。



「だけどなりゅう。【倍プッシュ】の倍掛けだけはもう二度と使わないでくれないか」

「だから、大丈夫だって、ボンズ」

「りゅう」

 ボンズがりゅうを抱っこする。

「忘れないでくれよ。りゅうは俺にとって仲間だ。そしてな、大切な友達なんだ。心配――なんだよ」

 りゅうはボンズから飛び降り、背を向ける。

「ありがとう……ありがとな、ボンズ。ぼくもボンズやみんなは大切な仲間で友達だ。だからさ、友達を守る時だけでいい。どうしても守りたい時だけ【倍プッシュ】のかけ算を使わせてくれ!」

「……一回だけなら……な」

「わかったよ」

 りゅうはこちらを振り向かず走り去って行った。


 身体が悲鳴を上げ続けたとしても、りゅうは顔にすら出さないだろう。

 なぜそんなに我慢できる。

 なぜ耐えれる――

 これではまるで、自ら望んで己を痛めつけているみたいじゃないか。

 ――まるで自ら傷付くのを望んでいるようだ。


「どれだけ強いんだよ。なにより、あの顔……そんなことおくびにも出さない」

「最強」にこだわっていないりゅうは、すでにこの世界の中で最強なのかもしれない。


 貴様の云う通り、あのチビッ子は強い――桁はずれにな。

 プレイヤーなら誰しも望む高みまで、チビッ子は既に立っているんだよ。


『純正』を1度だけ使おうとしたことがあった――いつだ?

 ラテっち――おチビゃんが誘拐された時だよ


 あの時、りゅうが倍プッシュと純正のコンボを使おうとした。結果的にはボンズがラテっちを救ったから未遂だったけどな




【純正】――

「以前話したよな。【九蓮宝燈チューレンポトウ】とは『能力が具現化された姿』だと。その能力を解放するために、刀と肉体、そして心を同化させるスキル。いや『術』とでもいうべきか」

「あぁ」

「武器とは只の道具ではない。己の身体の一部――いや、武器の主とならねば本当の威力は出せない。それを最も色濃く反映できる武器こそが九蓮宝燈なのだ。肉体で使ったスキルを刀に反映させる。倍プッシュを使った場合、肉体の攻撃力が倍増されるが、純正を使うことにより「刀の持つ攻撃力」も同化され、倍増させる。

 九蓮宝燈の鞘は、加工されても尚成長する樹で出来ているといわれている。

 そして、持ち主と共に成長し、そして、主の力を反映させる。だから、九蓮宝燈は弱いヤツが持っていても意味のない代物だ。強者が主となることで、初めて本当の威力を発揮する。だが、発揮できるかどうかは【九蓮宝燈チューレンポトウ】が持ち主を『主』と認めた時だけと伝えられている。チビッ子は、間違いなく認められているだろう。天に――愛されているのだから。純正の正体――主の力によって高められた鞘によって居合抜く『最強の居合抜き』のことだ」

「そうか……りゅうのヤツ。争いごとの嫌いなりゅうだからこその禁忌なのだろうな」


 この会話を、廊下の片隅で式さんと優作が聞いていた。

「なぁ……優作」

「なんでしょう」

「オレ……弱いな。すっげぇ情けねぇよ。何が怖いものなしだ」

「式……強く、強くなりましょう。お互いに」

「あぁ、絶対強くなってやる!」



遅ばせながら、あけましておめでとうございます。

今年もどうぞ、よろしくお願い致します。

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