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第九話 葛藤

 

 5日目――は、既に終了してしまった……


 結局、この日はチビッコ2人の押しに負けて1日中縄跳びをするハメになってしまったからである。

 そして、魔物討伐数は38匹のまま……5日目は戦闘すらしなかった。


「どうするんだよ! あと2日しかないよ!」


 子どもに八つ当たりをする大人の図――これほど見苦しいものはない。

「縄跳びは何度も断ったのに、2人がダダをこねるから! どうするんだよ! あと2日しかないよ!」

 さらに云い訳をする大人。

 しかも聞いていない2人を余所に、独り言の如く同じ台詞を幾度と繰り返す。

 なんとも情けない……


 成果があるとすれば、縄跳びが上達したことのみ。

 2本の縄を左右に回したり、上下に振り、縄に波を立てて動かす速度が、2人のジャンプに付き合ったおかげで異様なまでに速くなったことと、チビッコ2人の回す小さな2本の円をメッチャ細かく飛び跳ね続けられるようになったことだけだ。

 ムキになっていた己にかつを入れるため、2日間だけ戻りたい……いや1日だけでもいい!


「はぁ……」

「よし! それじゃ森まで行くぞー!」

 ボンズの深いため息を気に留めることもなく張り切るりゅう。ボンズの見苦しいネガティブ発言などお構いなしの様子だ。

 こうなってしまっては、りゅうにひたすら魔物と戦ってもらう他、術はない。

 結局のところ黙って従うしかなかった。

 幼児に頼る。子どもに従う。これまた情けない……


 だが、全ての面において「自己決定力」に乏しいボンズにはこの方向で歩むしか手段がなかった。

 嫌なことに向き合う度に逃げ続けた結果、現在のボンズが存在する。

 唯一「自ら進んで決めた道」と云える「自宅警備員として<ディレクション・ポテンシャル>でひたすらソロプレイを極める」ことでさえ、このままでは到底不可能だと思い知らされている。

 己の足だけで歩むことのできない己自身に憤りを感じる――いや、もはやそれすらも通り越し、憂鬱になっていた。


 戦闘のできない前衛攻撃型プレイヤーほど、役に立たないものはないからだ。


 そんな者が、自己の意思を決定できるはずもない。

 ボンズのプライドは完全に地に落ちていた――もはや戦闘をする気にもなれないでいる。

 目をそらし続けてきた現実と、なんら変わらないボンズになり始めていた。


 それでも己の存在を守るために、前にだけは進まなくてはならない。

 今までのように逃げることもできない。唯一の手段は「他人任せ」のみ。

 しかし、それには己も共に行動しなければならないことが条件となる……もう役立たずの自分自身など見たくないのに……

 仕方なく森に進み行くと、未だ戦闘をしているパーティーを見かけた。

 戦闘の難しさを感じているのは己だけでなかったことを知り、少しだけ安堵する。


 ――いやいや。

 そんなことを考えている場合ではない。もう今日と、明日の2日間しかないのだ。

 それなのに、残りは70匹以上。他人のことを考えている余裕などない。


 初日同様、他のパーティーがいなさそうな場所を選択し、魔物を探す。

 また戦わなくてはならないのか……ダメだ、緊張する。

 もう、戦闘不能を味わうのはゴメンだ。


 そして――


 ゾーンが発生し、戦闘が開始される。

 魔物は、よりにもよって再びクーガー。

 もはやトラウマになっていた。姿を見ただけで身体が硬直してしまう。コイツによってトドメを刺されたのだから。


 こうなったら予定通り――

「それじゃ、頼んだぞ! りゅう」


 ――言葉を発しようとした時だった。


「ボンズ、もう一回戦ってみて!」


 信じられない台詞が飛びだした。

「待ってくれ! この前コイツにやられたんだぞ……無理に決まっているだろ!」

「だいじょうぶ! この前とは違うから」

「なにが違うんだよ!」

「ボンズがだよ!」

「え……? 俺??」


 訳がわからない。だが、悩んだところでクーガーは当然待ってはくれなかった。

 ボンズにターゲットを絞り、真っ直ぐ突っ込んでくる。

 左前足を大きく振りかぶり、爪で切り裂きに来た。


 身体は未だ硬直状態のまま。

「やられる!」


 覚悟した瞬間だった――



「縄飛び!」


 突然発したりゅうの声に反応し、右手が勝手に円形……いや弧線を描き、クーガーの攻撃を受け止めた。

「……あれ?」

 右手だけでなく、左手まで一緒になって反応し、腕ごと回している……どうして? 

 何をやったんだ俺は??

 己のとった行動を理解できない。

 困惑をしていても息つく暇もない。クーガーは攻撃をかわされたことを認識すると、続けざまに大きな口を開いて噛み付いてきた。

 むき出しの牙が襲いかかる。再び硬直し始める――が。


「波!」


 またもや声に反応し、即座に両手を重ね、下から上に手が動く。

 この動きによって両手はクーガーのアゴをとらえ、そのまま大きく跳ね上げた。


 ――これって……縄跳びの動き?


「今だ!」


 今? あ……跳ね上がったアゴから首から下がガラ空きになっている。

 これって……攻撃できる? 

 打ってもいい?? 打っちゃうよ? いいの??

 拳を固めて正拳突きを打ってみた。

 拳は真っ直ぐ走り、クーガーの首に直撃した。

「グガァァァーーー!!」

 攻撃を受けたクーガーは苦しそうな雄たけびをあげる。

「やったーー!」

 喜ぶりゅう――それに対し、ボンズは戸惑いを隠せない。


「この感触……俺がやったのか」


 バクチョウの時とは……いや、今までの戦闘では味わったことのない感触。

 これが「クリティカルヒット」というものなのか。


 思わず己の右拳を凝視する。

「感触が拳に残っている……これが……『戦闘』」

「くるぞ! ボンズ。ちゃんと前を見て!」

 りゅうの声と同時に、今度は身体ごと突進してくるクーガー。

 この巨体を突っ込まれては腕の力だけではさばけない。


「細かくジャンプ!」


 無意識のまま、かけ声に身体ごと反応を示す。

 縄が頭に当たらないように軽い前傾姿勢をとったまま、その場で細かくジャンプを刻む縄跳びの動き。

「なんだ……身体が軽い……それに、これ……ステップ!?」


「よけれるぞ!」


 りゅうの云う通り、確かにそんな気がした。

 襲ってくる魔物の動きはハッキリ見える。

 身体は意思通りに……動く!


 クーガーが飛びかかり、目と鼻の先まで距離を詰めた。

 ――その一瞬でバックステップをする。

 距離を少しだけとった後、すぐさまサイドステップで横にそれる。

 そのままステップインをして前に距離を詰める。


「バック」

「サイド」

「イン」

 3種類の連続ステップ。

 この一連の動作はクーガーがジャンプし、地に足を付ける前のコンマ数秒で行われた。

 目標物が突然消え去る錯覚にでもおちいったのか、確かにクーがーの身体が一瞬硬直するのを視界にとらえた。

 そして――目の前には、未だ宙に浮きつつ身体を伸ばしきっているクーガーの側面部分。

 なんともスローモーな動きだ。

 これなら――


 右拳を固め、脇をしめながら固めた拳を腰の位置まで引く。

 左足を前に出し、膝を曲げ、腰を落とす。

 踏み出した左足に力を込め、その力を連動させるイメージで膝から腰を回す。

 それと同時に左手を引き、その流れのまま肩を回す。

 身体の軸を回転させた勢いで右腕を――肩から肘、拳に至るまで内側に回転を加えながら拳を真っ直ぐ突き進める。

 まるで、身体全体で小さな竜巻を起こすように。


 その拳は、確実に相手を破壊させるものだった。


 クーガーの横腹に右拳が減り込む。

 これこそ、「トン」が最初に覚える、正真正銘の「正拳突き」だった。

 当然喰らった相手は痛みと苦しみに身悶える。

 だが――ボンズの真骨頂は相手が身悶える数瞬の間に、無数とも云える正拳突きを叩きこむ「速度」――そして「連打」にあった。

 右拳から左拳へ……また右拳へと、相手が力尽きるまで繰り返される無情の連打。

 例え標的が力を振り絞り、反撃を繰り出すことができたとしても、その攻撃を嘲笑あざわらうかの如くに避ける……いや、触らせもしない回避能力。


 それが今――現実の世界になった<ディレクション・ポテンシャル>において開花し始めた。



 ボンズは別に喧嘩が好きなわけではない。

 だが、知らぬ間に己の能力を解放できた高揚感で攻撃の手を休めない。

 己の強さを実感しているのである。


 気が付いた時には、ゾーンすら消え去った後だった。



「これが……俺なのか……」



 りゅうが提案した「縄跳び」の正体が、実は「修行」であったと、この時ようやく理解した。

 いや――「修行」と呼ぶにはあまりにも短い期間である。

 しかし……ここはゲームの世界。

 それにボンズは<ディレクション・ポテンシャル>の世界において、既にこれだけの攻防を可能とする強さを身につけていた。


 これだけの身体能力を持っていた状態にも係わらず、今まで魔物とまともに戦えなかったのは「ソロプレイで魔物と戦えない焦り」と「魔物へ向きあう恐怖心」という鎖が身を縛りつけていたからであり、その結果、人が行動を起こすのに最も必要な「自信」を無くしていたからである。

 さらに付け加えれば、他人と接した経験のなかった結果から、ほんの些細な喧嘩すらもしたことのないボンズ自身の「経験値」のせいだったと云える。


 それをりゅうは遊びによって焦りを和ませ、同時に一定の動きを叩きこむことにより「最短」でボンズに経験値を稼がせていたのだ。

 最終的にこの経験値は、ボンズを「ゲーム時の状態に近付かせる」ことに成功し、魔物との戦闘による恐怖心を消し去った。


 結果――鎖は解き放たれたのである。


 ――同時に、りゅうのプレイヤーとしてのレベルやスキルの高さだけでなく、人としての経験値の高さを露呈した。


 やはり――子どもではないのか?

 確かに正確な年齢は聞いたことはなかったが……少しだけ騙された気がしてきた。

 MMORPGの魅力の1つに「もう1人の自分を作り出せる」ことがあげられる。

 容姿・性別・性格・年齢――

 様々なことを偽り……いや、演出するのは快感でもある。

 ボンズも、ゲームでの姿と現実の姿とではまるで違う。

 全くの別人だ。

 己のことを差し置いて、人のことをとやかく云える立場ではないのだが、仲良くなったのは……仲間になったのは小さくて幼い子どもなのだ。

 その子どもならではの無垢さから、これまで少しずつ打ち解けてきたのに……

 騙された気分だ――

 そのせいで、感謝をする前に憤慨してしまうボンズがいた。


「りゅう!」

 声を荒立てるボンズ。

 人として、どれだけの歳月を過ごしてきたかを問いただそうとした。



「ラテっち、コートを着て」

「うちゅ」

「脱いで」

「うちゅ。アチョー!」


「……なにしてるの? あっ! そういえば、こんな映画あったな」

 師匠が弟子に戦いとは関係ない日常の行動を繰り返させる。

 その行動というのが実は「戦いの動作」に関連し、その動作を身体にしみこませていたというアクション映画。

 懐かしいなオイ!


「テレビで見たんだ! 1度やってみたかったんだよね! アチョー!」


 映画の再放送か、レンタルビデオで借りて来たのを見たのか。

 それにしても、まさか、映画と同じ体験をするとは。

 こんなネタ……ありなの??


 いや、それはどうでもいい。

 こんな映画のネタを知っているということは……やはり。

「りゅう。本当の年……」

 問いただす最中に――


「これで、ボンズも戦えるね!」

「え? あ……あぁ」

「よかった! だって、ボンズはずっと落ち込んでいるみたいだったからさ」

 気付いてて……気にかけてくれていたのか。

「それじゃ、今度はみんなで戦おう!」

 嬉しそう――なんていい笑顔をするんだろう。


 ……やめよう……

 りゅうが誰だろうと考えるのはよそう。

 年齢は関係ない。誰であろうと、りゅうは……りゅうだ!

 もちろん、ラテっちもだ!

 ……ラテっちが大人だったら絶対に「詐欺だ」と凹むけど。

 とりあえず、2人とも「かけ算」もできない子どもだと……そう信じていこう。


 それに――「みんなで戦おう!」――か。

 こんな俺でも戦える――いや、遂に戦うことができたのだ!

 戦いを覚えた瞬間、世界が再び変わった気がした。

 可能性を感じるって、こういうものなのか。

 なにをやってもダメだった俺が、こうして自分の手で築いている。

 人の為になっている。

 それが、こんなにいいものだったなんて……思わなかった。

 これからは、一緒に戦うことができる。

 2人を守ることだってできるんだ!


「おう! みんなで戦うぞ!」

 心は固まった。


 パーティーで協力して――クエストを達成させるぞ!


「フリェー! フリェー!」

「ラテっち……君も戦いなさい」



 それから、魔物討伐の速度は格段に上がった。

 単体の魔物だけでなく、複数で現れる魔物に対しても難なく対応することができ、ことごとく撃破していった。

 その結果――6日目……そして最終日と、順調に魔物100匹討伐クエストを達成することができたのである。


「100匹目……やった……クエストを達成できたぞ!」

「やったな! ボンズ!」

「やった~!」


 仲間と喜びを分かち合う。

 この子たちには、どれだけ教わることが多いのだろう。


「……ありがとな」

「ん? なにか云ったか?」

「べっ、別に何も!」


 面と向かってお礼を云うのは、まだ無理のようだ。

 でも、いずれ……

 

 

 さて、クエスト終了宣告まで、まだ時間はある――だろう。

 この世界に飛ばされて初めてクエストを受けたの時は日が暮れてからだった……それから1時間後に第二のクエストが発生し、1週間後の同じ時間にクエストは終了した。

 そして、同時刻に第3の……つまり、たった今達成したばかりのクエストを受けたのだから、終わる時間もまた同じ時刻だと思われる。

 それまでどうしようか……

 一時はどうなるかと思ったが、今はクエストも達成し心に余裕もできている。

「とりあえず、街にでも戻るか?」

 そう提案した時――

「まって!」

 りゅうが突然ボンズとラテっちを制止させる。

「どうした?」

「アレ見て!」

「アレ?」


 木々の隙間から、他のパーティーの姿が見えた。

 まだ戦っているのか? ――いや、違う。

 よく見ると、立っているパーティーの足元に3人――つまり、2組のパーティーがいて、その足元にもう1組のパーティーが倒れているではないか。


 ……なにをしているんだ?


「お願いします! 助けて下さい!」

 どうやら、全滅したパーティーが通りかかった他のパーティーに助けて求めているようだ。

 音声チャットは相手先を指定しなければ、基本的にオープンとなり、近くにいるプレイヤー全員に聞こえるようになっている。

 ボンズたちは盗み聞きをするつもりはなかったが、「なんとなく」――としか云いようがなく、黙って会話を聞いてしまった。

「あのさー、祝儀は貴重なんだぜ。まぁ、コッチには蘇生符術を使える奴もいるけどな」

「それでしたら、なおのことお願いします!」

「まさか、『無料タダ』ってことはないよな?」

 目の当たりにしたのは、戦闘不能になった者を蘇生するかわりに『謝礼』を強要するプレイヤーだった。

 ゲームの時も、蘇生に対してある程度の「交渉」をするのは知ってはいた――だが、現実となった今では「交渉」の重みが違う。

 己の――存在がかかっているのだから。 

「まぁ、祝儀は1つしか持てないから……他のアイテムや装備、金貨など全財産を差し出してもらおうか!」

「それは……そんなに支払っては、この先戦えません!」

「そうか……なら、今死ね!」

「そんな……」


 交渉は決裂したようだ。

 確かに「全財産」など支払えるわけはない。

 そんなことをすれば……それこそ、近い将来に確実な【アウトオーバー】が待っている。

 だからといって、交渉を決裂させたパーティーを欲の張った者達だとは思わない。

 自己の存在を天秤にかければ、妥当な額なのかもしれない……この先のことを考えれば、どんな手段を使ってでも所持品を充実させたい気持ちもわからなくはないからだ。

 ――まさに「現実」というものだ。


 そして――交渉を持ちかけたパーティーは、倒れているパーティーを見捨てて去って行った。



「クソ! 死にたくない……死にたくない!」 

「だめだよ……もうあきらめよう……」  

「嫌だ! 誰か……誰か助けてくれ!」 



 今いる場所から、3人の会話が……音声チャットが聞こえる。




 ボンズはゲーム中、嫌いなやりとりがあった。

南無なむー」――ゲーム時代に戦闘不能のプレイヤーに対して通りかかったプレイヤーが発する常套文句。

南無なむありー」――通りかかったプレイヤーに蘇生してもらったお礼の台詞。


 軽々と他人とやり取りをする行為を目撃するたびに虫酸むしずが走ったものだ。


 なんともウザい。わずらわしい――と。



 そのことを思い出し、倒れている3人を背にする。

 りゅうとラテっちは、何も云わずボンズを見ていた。


 ――他人のことなど気にしない。他人とは接しない。

 それが、俺だ。


 それなのに――


 なんだよ……この気持ちは……

 今、俺は何をしている?

 この子たちに何度も助けてもらって、他人は知らないふりってか。


 ――チクショ! カッコわりぃ……俺は……なんてみっともねぇんだ!!


 独りでは何もできない。

 でも、今は仲間がいる。己ができないことを仲間がしてくれる。

 俺は――何がしたい!?


「ラテっち!」

「ん?」

「俺を助けてくれた、魔法のなんとかパラソルってのを出してくれないか!」

 2人が肩に飛び乗ってきた。

「よくいった! ボンズ!」

「うちゅ~!!」


 倒れている3人の前に立つ。

 でも、決心はついてもボンズから話しかけることはない。

 ただ、立ちつくしているだけ。足を小刻みに震わせ、正直何をしに来たのか理解できない態度をしている。

 別の云い方をするなれば、不審者に近い。

「君は……?」

 倒れているプレイヤーの1人。音声チャットには「優作」という名が表記されている。

 このプレイヤーが声をかけてくれたおかげで、ようやく本題に入るキッカケができた。

「あ……あのな! 俺はなんとも思ってない!」

 違う! それ違うだろ!

 心と口がリンクしていない。

「う……」

「う?」

 優作というプレイヤーが不思議がる。


「う……後ろ! 後ろの2人が……その……どうしても……と……」

 モジモジと話すことしかできないボンズの後ろで――

『ボーンーズーはー、てっれっやっさん! ホイホイ!!』

 すでにパラソルの上を走っているチビッコ2人。

「うるさい! それに、パラソルを回すかけ声テキトーじゃないか!」

『モジモジテレてる! はっずかし~!』

「うるさーーーい!!」


 ラテっちとりゅうは1人ずつ蘇生(正確には蘇生ではないが……)させていく。

 ……なんか、いつもより行動が速くね?

 いつものキャスティングタイムの長さはどこにいった?

「あれでもない、これでもない」と、聞いていないぞ!



 そんなやりとりをしながら、倒れていた3人は無事に全員蘇生(……何度も云うことになってしまいますが、正確には蘇生ではないんです)することができた。


「ありがとう! 本当にありがとう!」

 只人と表記されているプレイヤーが何度も頭を下げ、握手を求めてくる。

 一瞬引きかけたが、あまりにも嬉しそうな表情に、思わず差し出してきた手を握る。

「そんな……俺は何も……」

 緊張してはいるが、先程よりテンパっていない。

 初めての体験により、ボンズ自身の中で理解しがたい「よくわからない感情」が慌てふためく感情よりも先行しているからだ。


「人に感謝される」体験のおかげで。


「僕もまだ続けたかった……この恩は忘れません! せめて、何かお礼をさせて下さい」

 当夜と表記されているプレイヤーが謝礼の提案をしてきた。

 余程嬉しかったのだろうな。

 1度断られた直後だもの……同じ立場なら俺だって……

 あ……俺の場合は断られる以前に話しかける自信はないけど。


 とりあえず――

「助けたのはこのラテっちだよ。そういうわけで、なにかほしいものあるか?」

 ……わかっているけど、一応聞いてみる。


「おやつちょーだい!」

 やっぱり……


「おやつ? 本当にそれでいいのですか?」

「うん!」

「おやつ……たしか……」

 優作がアイテムポケットを探りだした。

「感謝の印としては安いけど、受け取って下さい」

 そういって出したのは「デラックスホールケーキ二段重ね」だった。 


「ふにょおおおぉぉぉぉ!!」


 ラテっちは両手でほほを抑え、まぁスゴイ顔してる。

 なんつー喜び方だ。


「うちゅっ! うちゅっ!」

 あわててカバンをあさる。

 あれでもない……よ、いつものセリフではない。

 さっきも思ったけど、実はかなりテキトーなのでは?


「あった~! 【スベスベナイフ~】」

「……なにそれ?」

「ケーキをきってもね、まっしろクリームがつかないすごいナイフでちゅ!」

 うわっ! 役にたたね!

 ……と、いうのはやめてあげよう。


「まぁ、ここだと魔物に遭遇する可能性が高いから、そこの大木の影に隠れよう」

 そう云って大木の裏まで歩み寄ると、木々で造られた天然のトンネルがある。

「うわぁ……」

 すごい風景だった。

 なんとも……流石はファンタジー。

 思わず見惚みとれてしまう。


「アムッ!」

 我慢も限界だったみたいだ。いや、「おあずけ」か?

 風景のことなどお構いなしのラテっちは手づかみでケーキを一口食べる。


 あ……ジタバタしだした。

 立ち上り、両手を上下にブンブン振る。

「おいちー! みんなたべよー!」

 そういってケーキを6人分に切り取った。

 もちろん、今しがた手づかみで食べた分を「除いて」だけど。

 まぁ、ラテっちのおかげだからな、許すよ。

「うまい!」

 りゅうも絶賛する。

 ほう……この美食家たちの舌を唸らすとは。

「どれどれ……っ! 本当に美味しい!」

 これはなかなかの品だ。現実の世界でもなかなか食べれる味ではない。

「それでは、3人でどうぞ食べて下さい」

 優作はそういうが――

「まぁ、助けた張本人が『みんな』と云っているんだから、食べてくれないか。一緒に食べるのも、この子らにとっては『お礼』になるんだと思うよ」

「そうなんですか。フフ、見た目同様に可愛らしい方たちなんですね」

 堅い印象ながらも丁寧な口調で喋る優作。

 なんとなく上品にも感じられる。

「でもな、このケーキの上に乗っている『板チョコ』だけは食べない方がいいぞ。きっとイジける」

「それは大変!」

『あはは!』

 さっきまでの緊張感はすっかり溶け、座りながら6人みんなでケーキを食べることにした。

 そういえば――発作を起こしていない。

 これ位の人数なら、大丈夫になったんだな。

 初対面の他人と笑いながら語る日がくるとは、<ディレクション・ポテンシャル>の世界に来るまで想像もしなかった。


 ケーキを食べている間、色々と話をした。

 3人の名前は「優作ゆうさく」「只人ただひと」「当夜とうや


 優作は南から東へ転生した南東ナントンの攻撃型符術師。

 ハッキリ云って男か女かわからない顔立ちをしている上にボブカットの髪形が一層性別不明の疑念を強めている。 

 装備は平安京に出てきそうな着物をシンプルに帯で締めた白い法衣を身にまとっていた。

 符力増強の付加がある装備とのこと。


 只人は東から西へ転生した「東西トンシャ」の盾使いの防御型前衛。

 巨大な盾に頑強なブルーメタリックの鎧を装備した短髪で黒髪の男性だ。


 当夜は西から東への転生した「西東シャトン」の鎖鎌使いの遠距離全体攻撃型の武器使い。

 細身に男性で、その身体に意外と似合う野性的な灰色の毛皮セットを装備し、腕に鎖を巻きつけている。


 3人とも転生したばかりでレベルが低かったらしい。

 その上、回復役がいなかった。

 今まではパーティーを組むため、回復役に1人募集をかけて臨時のパーティーを組んでプレイしていたとのことだった。

 ちなみに、どこのギルドにも加入していない。

 3人で楽しくゲームをするために。

 それが、今回の限定クエストにより<ディレクション・ポテンシャル>の世界に引き連りこまれ、そのまま3人でクエストに挑戦した結果だった。


「3人とも、仲がいいんだね」

 ボンズが珍しく話題を振る。

 少し前から見れば、奇跡に近い現象だ。

「僕たち幼馴染で、この春に同じ中学を卒業したばかりなんです」

「それじゃ、今は高校生か」

「それは……ははは。まぁ、今も友達同士ってとこですね」

 当夜が笑いながら話してくれた。


「ところで、自分たちのことより……貴方たちはいったい何者なんですか?」

「何者って?」

「いやだって、そんなアイテム見たこともないですよ」

 あ……やっぱりね。普通はそう思うよな。

「まぁ……変わった『ペー』なんだよ。当人はもっと変わっているけどな」


 そう云いながら――フっと、2人に目をやる。


「りゅう、はんぶんこね」

「このあたりか?」

「なにやってんの……って!!」


「キャーーーーーーーーーー!!」


 突如、ボンズ絶叫。


 りゅうはケーキに乗っている板チョコを、包丁の代わりに【九蓮宝燈チューレンポウトウ】で切ろうとしていた。

「なにやってんの! そういうのダメっていったでしょ!」

「半分に切る!」

「さっきのナイフがあるだろ!」

「あれはまっしろクリームよう()でちゅ!」

「なにそのこだわり!」 

『ケーキについてるチョコはとくべつなの!』


 ボンズは無言で板チョコを取り上げる。

「フン!」

『わっちゃー!!』


 ボンズは手でチョコを割った。

『なんか……はんぶんじゃない……』

 ――と、いいながら2人は渋々チョコを食べた。

 食べた瞬間、美味しさのあまりコロコロ転がっていったが……


「本当に、何者なんでしょうね。貴方たちを見ていると、この恐ろしい世界を少し忘れられます」

「……恐ろしい?」

 そうか……そうだよな。

 ここは、崖っぷちを常に歩いているような世界。恐ろしくて当然なんだ。

 この3人は――恐怖を協力して耐えているんだな。


 仲間……なんだね。


「ところで、フレンド登録しませんか?」

「ええ!?」

 突然のお誘いに戸惑ってしまう。

「ぼくもー」

「わたちもー」

 コロコロ転がりながら登録を求めるりゅうとラテっち。


「まだ転がってるし!」


 ――そういえば……この2人とも「パーティー」として一緒に過ごしているが、フレンド登録はしていなかったな。

『みんなでしよう!』

 りゅうとラテっちの一言で、6人みんなでフレンド登録をすることとなった。

 うおっ! ドキドキする。

 初めてのフレンド登録じゃねぇか!

 

 そうだよな……この2人とも登録しよう。

 仲間としてだけでなく、友達として――

 俺の……初めての友達――

 

 ――――ちなみに、いいかげん転がるのをやめて起きなさい。


「それじゃ、ありがとうございました!」

「また会いましょう!」

 登録後、3人は再び魔物討伐クエストに向かった。


「おう! クエスト頑張れよ!」

「ケーキありがとー」

「おいしかったでちゅ~」



 こういうのも……わるくないな。



 友達同士ってやつを見ると「死ね」とか、よく思っていた。

 いつの間にか……思わなくなっていたんだな……






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