第一話 限定
彼は極度の人間嫌いであった。
小学生の頃から不登校を繰り返し、高校も受験しないまま自宅を警備し続けている。
そして、生まれてから現在に至るまで「友達」というものに出会ったことはない。
彼曰く――
「他人に全く興味が湧かない」
「人付き合いなど、わずらわしいだけで得などない」
このような思考から、自分から誰かと仲良くしようと歩み寄った経験が一度も無いのだ。
集団行動も論外だった。キャンプ等の娯楽どころか鬼ごっこの経験すらない。
人は一人では生きていけないと云われ、過去も現在も親に養ってもらっている以上「一人」ではないだろう。
――しかし、彼が「独り」であるのは間違いなかった。
彼は孤独でいることに不満はなく、苦でもない。多分これからも誰とも接することなく、このまま変わらない生き方を続けながら時が過ぎていくのだろうと思っていた。
――そんな彼の唯一の生きがいは、MMORPGと呼ばれる大規模多人数同時参加型オンラインRPG
<DIRECTION・POTENTIAL=ディレクション・ポテンシャル>
ところが「大規模多人数同時参加型」と称するゲーム内においても、彼に友達や仲間などいなかった。
「パーティー」と呼ばれる戦闘やクエスト等、他のプレイヤーと共通の目的を持ち、行動を共にする複数のプレイヤーの集まりにも一度として参加したことはない。
多人数ではなく独りで遊ぶ「ソロプレイ」を楽しんでいる。
なぜ娯楽に……現実逃避の材料であるゲームにまで人間関係を構築しなければならないのか、彼にはそれが全く理解できなかったからだ。
それならTVゲームという選択肢もあるが、彼はこのMMORPGに出会うまでゲームの類は一切やったことがなかった。
TVゲームの類はいずれ「エンディング」を迎えてしまう。
彼はどんなに素晴らしい結末が待っていようとも「終わり」というものを見たくはない。
ゲーム以外でも、漫画やラノベ、アニメを見て気に入った作品でも、クライマックスを迎えると急に冷めてしまい、最終回を見ることをしなかった。
見なければ永遠に自分の中で物語が終わることはない。自分から離れていくことはない。
あまりにも自分勝手な思い込みをしてしまうほど「終わり」を恐れ、拒絶し続けた。
彼が人間関係を構築しないのは「いずれ別れという終わりが待っている」という先入観も理由になっていたのだろう。
その点オンラインゲームはアップデートを繰り返し、終焉を迎えることはない。
終わりなき世界に、彼はドップリと浸かっていた。
この<ディレクション・ポテンシャル>は世界観こそ剣や魔物などのファンタジーであり、歴史も浅いレベル制RPGだが、一風変わった職業システムとギャンブル要素の充実さから、高額をつぎ込んでゲームのアイテムを「課金」するプレイヤーやRMTと呼ばれるゲーム内の貨幣やアイテムを現実の貨幣で購入するという違法行為を繰り返すプレイヤーが続出するほど人気と知名度を急速に上げたMMORPGである。
プレイヤー数は数百万人を超えるといわれている……らしい。ソロプレイヤーの彼には関係のない数字である。ただゲームが面白ければいい。それだけだった。
このゲームでの遊び方は様々ある。
まずチャットで楽しむ、みんなと戦闘で楽しむといった行為はMMORPGの主流だが、これは彼には全く関係ない。
彼が日常遊んでいるプレイスタイルは次の3種類。
No.1……「クエスト」
ゲームの世界にのみ存在するキャラクター=NPCからお願いされた「依頼」をこなすして報酬を得る。他のゲームでもよく見かけるイベントだ。
依頼をこなすために、遠方に赴き他のNPCに届け物をするといった簡単な「お使いクエスト」もあれば、強い魔物をを倒してほしいといった「討伐クエスト」など、依頼の種類は数多く存在し、依頼を達成した報酬として金やアイテム、経験値などを受け取ることができる。
そして、達成困難な依頼に比例して報酬の価値は上がり、クエストでしか手に入らないレアアイテムも存在する。
無論、難易度の高い依頼を達成するにはそれなりに強くなくてはならない。
特に、達成報酬の価値が高いクエストほど、ダンジョンの構造は複雑で道のりは長く険しい。
そしてダンジョンの最下層に待っているのは「ボス戦」だ。
生半可な強さでは達成不可能と云われている。
そのために、フィールドやダンジョンにいる魔物と戦い、倒すことで経験値を獲得し、レベルを上げていくのが基本スタイルとなる。
そして魔物を倒す行為自体にも金やアイテムは手に入る。魔物しか持っていないレアアイテムもだ。
討伐クエストの依頼を受け、その魔物を倒して経験値や金などを得て、さらに達成報酬でさらに経験値や金などを二重取りするのがこのゲームのメインスタイルとなっている。
ちなみに、お使い以外のクエストや魔物との戦闘はパーティーでの攻略が基本となっている。
――彼はパーティーでの戦闘という選択肢は選ばない。
パーティーでの戦闘やクエスト攻略は確かにスムーズに進み、なおかつ仲間と楽しく遊べるだろう。しかし、この行為に彼は「弱者の戯れ」と見下していた。
ただし、ボス戦のみ経験したことはない。さすがにボスはパーティーを組まなくては勝つことはできないからだ。
「パーティーを組むくらいなら、ボス戦などしなくてもいい」
これが彼の自論だ。
それに、ボス戦以外の戦闘およびクエスト攻略は、ソロプレイでもレベルの高さと装備、プレイヤースキル次第で充分可能だ。
人間嫌いの彼にとって、このゲームに<MMORPG=パーティー>という図式を自らの意志と選択で崩すことをできるのが魅力だった。
そして、彼をこのゲームに浸らせた要因――No2……「決闘」
このゲームでは特定の場所でのみ、他プレイヤーとの戦闘をすることが許されている。
魔物を倒すなどの手段で経験値を稼ぎ、レベルを上げたプレイヤー同士が「1対1」で「コロシアム」と呼ばれる闘技場で戦うシステムだ。
このシステムは通称「タイトルマッチ」と呼ばれている。
また「ギルド」と呼ばれる多数のプレイヤー同士が結束し作り上げたチームと、別のギルドと集団で戦う「ギルド戦」も存在する。
これは<ディレクション・ポテンシャル>の運営者が週に一度だけ通常のフィールドとは別の空間を作成し、その空間の中で戦闘を行う。
「ギルド戦」はいつしか「戦争」と呼ばれるようになった。
「タイトルマッチ」
「戦争」
2つの戦いの共通点は「勝者は敗者から1つだけ奪うことができる」システムだ。
この「1つだけ」というのは敗者が現在所持している「全て」のモノから勝者が欲しいモノを自由にそして選択することができる。
敗者がこれまで戦って稼いできた金や装備品・装備品以外の消耗アイテムは勿論、クエスト報酬や一定の経験値、覚えたスキルなども強制的に奪い去ることができる。
敗者の弁など存在しない。
オール・オア・ナッシングだ。
彼はギルド戦には一度として参加したことはないが、タイトルマッチによって多数のプレイヤーから様々なものを強奪し、この戦利品によって今の強さを手に入れたのである。
こうして彼は<ディレクション・ポテンシャル>の世界で知名度を上げることとなり、同時に現実の世界以上に他人から距離を置かれる存在となっていった。
ちなみに、このタイトルマッチはコロシアムで対戦するまで誰と戦うかわからない仕組みとなっており、お互いが対峙して初めて対戦相手を知ることとなる。
そして、コロシアムに入場し相手を認識して戦闘を開始するまで1分間の準備時間を設けている。
本来はこの1分間は自分のステータスや装備を確認するための時間なのだが、 明らかに勝てない相手と対戦することになってしまった場合、戦闘開始前の1分間でのみ「ギブアップ」が認められ、所定の金額を相手に納めることで、無事に退場することができる。
このルールのおかげで、彼はもう長い間タイトルマッチをしていない。
相手は彼と認識すると、すぐにギブアップしてしまうからだ。
それでも彼は満足していた。
人と接するのを極端に嫌う彼が唯一他人と接する場所――コロシアムという場所は他人が自分に年貢を納める城となっていったことに気付いてしまったことに、彼は優越感を覚えたからだ。
最後に――No.3……「ギャンブル」
<ディレクション・ポテンシャル>は仮想世界という娯楽の中に、さらに娯楽施設<賭場>を設けている。
ここではまず、ゲーム内の金を賭場でしか使えないコインに換える。
賭場にはルーレットマシンやスロットマシン、そして「板盤」と呼ばれる9枚の板を手に持ち、テーブルに置かれた多数の板から1枚取り、計10枚にして手役を作るポーカーのようなゲームが用意されており、これらをコインを使ってギャンブルを楽しむのだ。
ちなみに――
ゲーム内で流通している金の単位は全て「金貨」で統一されている。
金貨の価値をたとえ話で説明するなら、金貨7枚で宿屋に1名宿泊できる額だ。
その金貨からコインに交換するには「レート」が存在し、コイン1枚に対して金貨の枚数が変動する。
レートは4段階存在する。
つまり、コインも4種類に分かれる。
・白コイン1枚=金貨1枚
・銅コイン1枚=金貨5枚
・プラチナコイン1枚=金貨10枚
・黒コイン1枚=金貨50枚
ギャンブルに負ければ当然賭け分は全て失い、勝てばコインの枚数とレートに見合った景品を得る。
レートの変動――コインの色が白から黒へ変わるほどリスクは高くなる。
しかし、リターン――得られる景品の価値も希少。かつ金額に換えるなら莫大なものとなっていくのだ。
景品は倍増された金貨に換金できる他、消耗アイテム・装備品・経験値・スキルなど様々な品が用意されており、黒コインでの景品はプレイヤーが喉から手が出るほどの「レア物」が並ぶ。
ただし、賭場で得られる景品はクエストや決闘などによって得られるアイテムとで、入手方法に一致しない点が存在する。
クエスト達成後・決闘勝利後にはすぐにアイテムを手にすることができるが、賭場で得られる景品はコインからすぐに交換して得られるわけではない。
まずコインの交換品は全て「チケット」と呼ばれる特殊アイテムを渡される。
このチケットが――
「金貨チケット」
「消耗アイテムチケット」
「装備品チケット」
「スキルチケット」
「経験値チケット」……景品と同じ種類用意されている。
つまり、自分が欲しい「景品のチケット」をコインと交換した後に、このチケットをアイテム欄から使用することで初めて景品を入手する2段構えとなっているのだ。
そして、このチケットは他人への譲渡が可能なのだ。
このチケットをネットオークションで販売し、現実世界で収入を得ている者もいる。
逆に、コインを課金によって購入することが認められており、ギャンブルしたさに課金を繰り返す者もいる。
これが、このゲームで課金やRMTを行うプレイヤーが増殖した原因となったシステムだ。
そして――
「クエスト」
「決闘」
「ギャンブル」
3種類すべてに云えるのが、そこでしか手に入らない限定の品が存在することだ。
ギャンブル同様、手に入れた限定の品をRMTを行う。その収入のみで生活をしている強者まで存在する。
実は彼もその内の1人だ。
だが、これは彼にとってはあくまで「ついで」にすぎない。
<ディレクション・ポテンシャル>をプレイするには毎月一定の金額を課金しなければならない。
親がその課金代金を出してくれないので、その「足し」にしているためだけに行っている。
純粋にゲームが楽しくて、このまま続けていけるために。
彼はこうしてゲームをひたすらプレイし続け、寝て起きたらまたログインする毎日。
そんな生活を延々と繰り返していた。
そして明日、<ディレクション・ポテンシャル>では新たなるクエストをひっさげた大型アップデートが行われる。
クリア報酬はかなりのレアらしいのだが、その他の前情報が全くない。
2chでもかなり騒がれているが、アイテムなのか、スキルなのかすら確証を得る情報はUPされない。皆が推測ばかりだ。
彼はネットを見ながら思った。
「このアップデートを機に、ゲームの世界に入りたい」と。
いや、今だけではなく彼は「ゲームのプレイヤーになりたい」と日々妄想にふけっていた。
もう現実の世界に嫌気がさしていた。
……といっても、自ら命を絶つ度胸もない。
いずれ訪れてしまう人生の終焉が一日一日と近づいていくことに苛立ちを感じていたのだ。
そしてアップデートの日。メンテナンスも終了し、早速ログインした。
――淡い期待を込めて。
――そんな夢の様な展開になるハズもなく、彼の身体はPCの前に。
メニュー画面をひらくとゲームマスターより「全てのプレイヤー様へ」とチャットが送られていた。
「アップデートにともないまして、ご用意させて頂いた限定クエストについての説明を致します。このクエストは時間制となっており、これより24時間以内に北の最果てまで赴き、そこに用意した宝箱からアイテムを入手して下さい。さらに、今回は過去最高のレアアイテムとなっているため、1万個しか用意することが出できませんでした。故に、このクエスト達成者は先着1万人までとさせて頂きます。アイテム入手1万人を突破した時点で、制限時間に関係なくクエストを終了させて頂きますので、ご了承ください」
過去最高のレアアイテム!?
このフレーズには興味を魅かれるが、何か引っかかる。
確かに北の最果ては移動時間はかかるし出てくる敵も強いが辿り着くことはそう難しいことではない。
レアアイテム入手条件にしては難易度が低すぎる。
正直クエスト内容には拍子抜けした。
だが、時間制+数量限定×過去最高のレアアイテムという今までにない条件のおかげで、人がゴミのようにあふれかえっている。
実に不快だ……
しかし、彼はなんだかんだと云いながら結局クエストをアッサリ終了させた。
――問題はクエスト達成報酬。どんなレアアイテムなのか。
アイテムは手紙だった。
「クエスト達成おめでとうございます。報酬として、我が<ディレクション・ポテンシャル>は貴方をこちらの世界へ招待致します」
「はぁ? こちらの世界……まさか! くるのか?」
PC画面がブラックアウトした。そして目の前の世界も。
「あはははははははははははははははははははっあはははははははははあはははっっ!!」
彼は嬉しすぎて笑いが止まらない。
「来たぞ来たぞ! 夢にまで見たゲームの世界に! さらばリアル! 俺はこれからこの世界の住人として一生を過ごすのだ!」
彼がこんなに笑ったのは何年振りか。いや、生まれて初めてかもしれない。
これでもう将来の心配も、わずらわしい人間ともオサラバだと思うと笑わずにはいられなかった。
目の前に広がる見なれた光景。
石造りの壁や床、建物が並び、石の隙間から草木が生い茂っている。
いかにもゲームの世界と云わんばかりの街並み。
街の中央には何度も足を運んだ古代遺跡を連想させるコロシアムが見える。
間違いない――
ここは <ディレクション・ポテンシャル>を初めてプレイする時に誰もが訪れる――始まりと闘いの街「マンズ」
素晴らしい!
生まれて初めて感謝した――誰に感謝していいのかわからないが、嬉しくて、己から湧き上がる感情を抑えきれない。
だが、彼とは対照的に――
すでにこの世界に飛ばされている人間も数多くいるが、パニックを起こしているか悲愴な面持ちをしているプレイヤーばかりだった。
「ここから出してくれ」と泣き叫びながら公衆の面前で醜態をさらす者までいる。
「そんなに現実の方がよいのならゲームなんかするなリア充が」
この世界に飛ばされてこんなにも喜んでいるのは彼だけなのだろう――この光景を見てさらに笑いが止まらなくなる。
「俺は独りでもやっていける! さらに俺はこの状況を長年待ち望んでいた! 他人のことなど知ったことじゃねぇ!! サイコーだ!!!」
そんな中、次々にこの世界にリアルの住人が送り込まれてくる。
「リア充ならぬリア住といったところか。こいつらもさぞ落ち込むだろうな」
他人の不幸をよそに、彼はとりあえずマンズを探索しはじめた。
なにもかもが素晴らしい。
全てがゲーム通りだ。
コンプレックスだったルックスも、キャラクター設定どおり銀色の長髪に鋭い切れ目が目立つ整った容姿に変わっている。
視線の高さも変わったが、ごく稀に外出するときに使用していたシークレットブーツのおかげで全く苦にはならない。
なんて幸せなのだろう。
問題はゲーム通りの強さを持っているかだ。
しかし、どうやってメニュー画面を開けばよいのか、己のステータスを見る方法はわからない。
1つ云えるのは身につけている装備品を見る限り、ゲームの時と近いレベルだと確信できる。
装備は黒い特殊な革製のジャケットとズボンで、上下セットにより速度アップの付加のある。
この装備はレベル85以上でないと装備できない。これを身につけているということは、それなりのレベルなのだろう。
スキルなどは、そのうち戦闘でもすればわかるだろう。
これなら何も急ぐこともない。
余裕の表情を浮かべつつ、彼は木陰で寝っ転がりながら慌てふためいている他人の人間観察を始めた。
――――――――
テロテロリン・テロテロリン
いつの間にか寝てしまったらしく、チャットの着信音で目が覚めた。目が覚めてもゲームの世界にいる。
やはり夢ではない。彼は安堵した。
それにしても――
「おかしい……フレンド登録もギルド加入もしていない俺に音声チャットだと? いったい誰がチャットを申し込んできた?」
目の前にタッチパネルのような画面が現れ――
☎
「GM」
このように表記している。
「ゲームマスターからだと?」
ゲームマスター=<ディレクション・ポテンシャル>を管理するゲーム製作者が用意した姿なきNPC……のはずである。
彼は不思議に思った。
恐る恐る画面を触ってみると音声が流れだした。
「お知らせいたします。アップデート開始より24時間を待たずにクエスト達成者1万人を突破しました。これにてクエストを終了させて頂きます」
彼が寝ている間にプレイヤー1万人がこの世界に集まったようだ。
「それでは、見事クエストを達成された皆さまには、これよりマンズ街コロシアムに強制召集させて頂きます」
この世界に飛ばされた時と同様に、目の前がブラックアウトした。
次の瞬間――
「ふざけるな!」
「早く出せー!」
他の奴らは怒号し、泣いている奴までいる。
彼はコロシアムにいた。他の9999人のプレイヤーと共に。
「それにしても……」
醜態をさらすリア住を見ながら再び呆れ返っていた。
こんな楽しい世界、何故出たがるか彼には理解できない。
「お集まり頂きまして、ありがとうございます」
先程のゲームマスターの声だった。
やはり姿は見えない。
しかし、今度は音声チャットではなく、コロシアム全体に響き渡る音声だった。
「では皆さま、右手をかざし集中して下さい。メニュー画面が浮かび上がってくるはずです」
云われるがままに右手をかざすと先程のチャットで出てきた時と同様にタッチパネルが現れた。
メニュー画面が表記され、ステータスや所持金などゲームどおりの項目が並んでいた。
触ってみると、指先で操作できる。
想像通り、お決まりの「ログアウト」はない。彼の口元はますますゆるむ。
そしてありがたいことに、この世界に飛ばされてもレベルは勿論、装備、アイテムも所持金までゲームの時のままだった。
「これなら今まで通りに、独りで充分この世界を楽しめる。グッジョブ! 製作者」
GMは話を続ける。
「そこに<プレイヤーリスト>という項目があります。タッチして下さい」
すると、ここに集まっている1万人のプレイヤーの名前が並んでいた。
――彼の名前も。
「これより、この場にいる1万人の中から1時間以内に己を含む3人で1組のパーティーを結成して下さい」
……なんでそんなことをしなければならない。独りで充分なのに。
「もし時間内にパーティーを結成できなかった方にはペナルティとして<ディレクション・ポテンシャル>の世界だけでなく、現実の世界でも強制終了とさせて頂きます」
「それって……」
――コロシアムがどよめく。
「つまり<消滅>です」
「ちなみに、今パーティーを結成しても、後々パーティーから脱退し、再び独りになってしまった場合には1時間以内に次のパーティーに加入しなければ即終了とさせて頂きます」
1万人は絶句し、ゲームマスターの声だけが空気を支配する。
「付け加えると、一度脱退すれば、同じメンバーと組むことはできません。――では、始めて下さい。これから運命を共にする仲間探しを……己の存在をかけて」
彼は一瞬にして最悪の事態だと把握した。
ここにいるのは1万人。
3人パーティーを作るとして3333組が出来上がり、9999人はクエストを達成できる。
……そして、独りだけ余る。
長年の夢が叶い、希望と歓びに満ち溢れていた時間は僅かであった。
「終わった……」
絶望が……歩み寄ってきた。