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凶夢

私がホームズ女史を信じるに至った理由は、ホームズ女史が亡くなった伯母の様相を言い当てただけではなかった。私がホームズ女子と出会った頃、私自身も不思議の近くにいたからだ。まだ、母も伯母も

生きていた頃の話になる。ある日、私は夢を見る。私は下から上を見上げている。5メートルぐらい上に十数人の老若男女が円く輪になって、私をみおろしていた。その老若男女達は不思議なことに皆着物を着ている。なんだろうと訝る私の頭上に墓石があらわれ、それがばらばらと崩れ落ちて、私にふりかかってくるのだ。

「こんな夢を見たのよ、お母さん。やっぱり、気にかかるから家のお墓をみてくるわね」

 母にそう話し、私は先祖からのお墓に向かった。取り立てるほどの家柄もないけれど、家の仏檀には多くの古い位牌があり、無視できなかった。そして、来て見ると、お墓が袈裟がけにスパッと割れていた。

古い墓だから、そういうこともあるのだろうが、その符合には驚いた。さりとて、お墓を建て替えるゆとりはなかった。それで、心を残しながらそのままにしたわけだが、思えばそれが始まりでその年、同居の伯母が亡くなり、同居の兄夫婦が離婚し、父親は入退院を繰り返し、翌年母親が亡くなりと、いい事がなかったのだが。

 そんな状況であったから、日々を過ごすことに私も家族も必死で、当時は二つに割れたお墓のことなど、忘れて生活をしていたものだ。そして、その後ホームズ女史と出会い、彼女は夢説きをしてくれた。

 その話の前に、ホームズ女史が解いた夢の話を一つ紹介しよう。私の友人が見た夢である。昔風の二階家屋で彼女は、階下から二階へと一段一段、上がっていっているのだが、夢の中で彼女は何だか二階が怖くてしょうがないと思っているらしい。でも、1歩また1歩と登るとあがり切った階段の上に何やら揺れているものがある。それは首吊り死体が揺れていたという、恐ろしい夢だった。

「私の友達の夢なのだけれど、何か自分に恐ろしい事が降りかかるのではないかと心配しているの」

すると、ホームズ女史は即座に言ったものだ。

「怖い夢だけれど、何か悪い事を予見する夢じゃないわね。そのお友だちは何かに迷っているか後悔しているのかもしれないわね。その迷っていることが首吊り死体となってでてきているのよ。早くふっきりなさいと言ってあげればどうかしら」

 いわれて見るとなるほどと頷ける解釈だった。それで、私の見た夢もどういう事なのか聞いてみたのだ。

「老若男女が丸くなって、5メートルくらいの高さから貴方を見下ろしているって言ったよね。うん、何か丸いものを感じるね。なんだろう、井戸かな」

 なるほどと思った瞬間、私は驚いた。私が子供の頃、よく母や伯母が話してくれた話と符合する。母と伯母は11人兄弟の長姉と末妹なのだが、その間の兄弟、姉妹は全員、子供の頃に亡くなっている。昔のことだから、栄養状態も悪く子供が育たないことも多かったから、家の場合そういうこともあるのかも知れない。けれど、隣の家でも子供が生まれては亡くなりを繰り返し、その町内では常にどちらかの葬式が行われているのではないかと錯覚されるほど競い合うように葬式をだしていたというのだ。また、母がまだ小さかった頃、母の母親は信心深く、住まいが大きなお寺のすぐ前にあったため、時折修行僧などを泊めていた。母の母親は、その内の一人にどうして家と隣の家ばかりで人が死ぬのか教えてほしいと聞いたのだそうだ。すると、その修行僧は「両家が共同で使っている井戸が悪い」といい、このままでは、私の母親の命もとられるだろうと言ったらしい。

まるで、小説の世界のようになるが、すでに多くの子供を失い伯母と私の母親しかいない状況で、祖母は嘆いた。すると、修行僧は言ったそうだ。

「私には家族もなく、縁者もいない。私が身代わりになるご祈祷をしてみよう」

その修行僧は実際、お墓の前でお経をあげている途中に亡くなったという。そのお陰で母が生きながらえ、お前を産む事もできたのだと、私の母親や伯母は語った。

この話を特に後半の修行僧が身代わりで亡くなったくだりからは子供心に何だか、うそ臭い話で

「その身代わりになった修行僧のお墓はどうなったの。誰か供養をしているの」と、聞くと母親はその又母親を幼くして亡くしていたので、子供の頃母親から聞いた話だから、そのあたりのことは確認していないと話した。

 本当の話ならひどい話で、その修行僧にこそたたられそうな話だと思ったが眉唾と思う気持ちが勝っていた。しかし、家の墓所にはなすび型の上人様用の墓が多く残されていて、その中の一つがそうであるかもしれないとも思った。

「あなたをぐるりと上から見下ろして、丸く囲んでいる人達ね、たぶん、皆井戸の因縁で亡くなった人達だわ。」

「池で溺れて死んだ伯母さんがいるのだけれど」

「その人も、井戸の因縁でなくなっているような気がする。あの、輪の中にいたわね。」

 それを聞いて何だか、私は怖くなった。母親が話してくれていた因縁のキーワード「井戸」それを、ズバリとホームズ女史は言い当てたのだもの。

 因縁といえば井戸はポピュラーなものかもしれない。ホームズ女史はたまたま一番確立の高い答えを言って実際それが、私の過去にこじつけて当たったように解釈できたのかもしれない。けれど、もう疑いよりも、言い当てられたということは、かえって、その因縁が真実かもしれないと私は見えない世界への危機感を感じたのだ。

「一体井戸に何の因縁があるの」

「そこまでは、わからない。でも、皆、お墓を立ててほしかったようよ」

 そうだ、母親の突然の病気と死。伯母は病気で亡くなった。けれど、私たちはお金にゆとりがなく、それでもお墓を建てなかった。二つに割れたままのお墓だった。それまで元気だった母が突然に死を迎えたのは伯母が亡くなって1年もたっていなかった。私たちはさすがに母親の為に新しい墓を建てた。もちろん先祖代々の墓として。あのお墓のせいで母親の命までとられたのだと、私は確信をもって実感した。


私たちは新しいお墓を作ることにした。その時にも、私はホームズ女史に相談をした。それは占い師に生活すべてを頼る信者のように、ホームズ女史をあがめたからではない。誰も私達が抱える問いに答えてくれる人がいなかったからだ。

 家の墓区画の中には、あの割れたお墓も含め古い墓石が3つ、あとお性根の入った石が1つ、そしてごりんさんが1つあった。問題はごりんさんだった。家の墓には寺内にある石灯篭の傘部分のところをはずしたものを何故だか埋めていて、これを「ごりんさん」と呼んでいた。私は何故このごりんさんが家の墓の中にあるのか伯母や母に尋ねたが、二人ともこのごりんさんのことは、よくわからず私に何を伝える事もできていなかった。ただお墓と同じ扱いで大切にしていたようであった。それで、そのごりんさんを先祖代々の墓と一緒にするわけにもいかず、一体どういうものかわかるかとホームズ女子を頼ったのであった。

「そのごりんさんの中に、何かあるような気がする。」

 ホームズ女史は言った。

「何か分からないけれど、ごりんさんの中に何かがある」

「何もないわよ。実は家のお墓はもともとあった場所から移動しているの。その移動も1回や2回じゃなくて、一番最近の移動などは父親がしたくらいのものよ。もっとも同じ墓地で区画から区画まで、ただ墓石だけを移動したものなのよ。その時お骨とかはどうしたのと母に聞いたことがあるんだけれど、父が捨てたというの。父に本当なのと問いただすと骨壷などなかったと言うのだけれどね。そういう不信心な父なのよ。でも、最後の移動のとき、鏡が1つ出てきたという話を聞いたことがあるから、お性根は鏡に入れて移動させたのかも知れない。でも、それだけなの。骨壷1つない。何もない墓なのよ。」

私はそう言ってホームズ女史の「ごりんさんの中に何かがある」という話を流した。結局このごりんさんは元々がお寺の石灯篭なのだから、お寺の住職に引き取ってもらえるように相談をした。住職にとっては何の興味を引く話でもなかったようで「敷地のどこかに置いておいてくれたらよいから」との話になった。

ご住職がそのような事なんでもないと事だと扱ってくれたことは、「井戸」「墓」と因縁を気にしていた私の心を軽くした。


家のお墓を建てるための予算はわずかな金額だった。けれど、小さなお墓でもいいから新しいのを建てることにしていた。ところが、知人の紹介で、ある石材業者を知り合い「その金額でよいから」とわずかな金額で思わぬ立派なお墓が建てられることになったのだ。

「古いお墓を移動、整地することまでは、石材店ではしません。別途そういう専門の人を頼むかご自身でされるかですが、どうされますか」

結局お墓の移動整地などは、自分達ですることにした。お寺にかえそうという事になっていた。

ごりんさんも含め、墓石をすべて住職様に魂抜きをしてもらう。それから、兄はごりんさんを掘り起こしにかかった。そして兄は霊感もない、そしてたいていの事には動じない性格のきつい男だったが、その時感じるように思ったそうだ。これは素手ではふれたくないと。それで、兄は軍手で作業をしていた。「よいしょ」と、ごりんさんに手を触れ半分掘り起こしたところでその手がとまった。ごりんさんのちょうど中央部のへこみの真下にくるように何か白いものが見えたのだ。「骨か」「違う、杯だ」どうということのない、白い小さな杯。けれど、兄は動けなくなってしまったそうだ。「触ってはいけない」「触りたくない」そればかりを考えたと兄は後で話した。


ホームズ女子の話は兄にもしていた。そして兄はこれからどうしょうかと私に電話をかけてきた。ホームズ女史がしきりに言っていた。

 「ごりんさんの中に何かがある気がする」

これだったのだ。私は彼女に至急に連絡をとった。

「素手で触っちゃだめよ。本当はその盃、お兄さんがかかわらず、誰かに割ってもらうのがいいのだけれど」と言う。けれど、墓職人さん達も基本はお墓から出てくるものには触らないのだ。

 「お塩で清めた半紙にくるんで、神社に相談してみましょう」

 兄はそのとおりにして、盃を持って近くの地元では大きな神社へと向かった。しかし、

「そんなものを、持ち込まないでください」

それが、第一声だった。

「神社はお墓からでてきたものは、扱わないのです」

 兄は事の次第を説明した。

「その、彼女とやらに、処分してもらったらいいじゃないですか。確かに、神主の中には、そういった類のものが見えるものがいます。しかし、自分でどうこうできるものでなければ、言わないのです。」

神主さんが言うのは当然な事だ。霊能者がうさんくさく扱われるのもこの点に尽きると思う。自分たちに真偽のわからないことで不安をあおるのだから、その解決まで責任をもちなさいということだ。しかも、お金をつかわずに。それができないのならば、そういう事は黙っているべきなのだ。もともと、次元の違う話なのだから。

 しかし、他の神社では、処分に困った祠や石などを受け入れるところもある。墓から出てきたものは、そんなに忌むものだろうか。神主さんが言うとおり、ホームズ女史に助けてもらえればどんなに助かることだろう。それはできなかった。彼女は感じることはできても祓えないのだ。

ホームズ女子と出会って間もないころのことだった。一緒に食事をしていて彼女の視線がふと、あらぬ方向を向き、つられてそちらの方向を見たことがあった。その時、一瞬の事ながら、生首を見たような気がしたことがあったのだ。見間違い、気のせいと打ち消したが、すかさずホームズ女史は言うのだ。

「いたね」と。

 しかし、彼女は見えるだけで払えないのだという。「だから、怖いわよ」と彼女自身が言うが、それを聞く私もたいがい怖いと思っていた。ホームズ女史にすでに係わり、相談しているのだから。ただ、彼女は解説者であっても、実行者ではないのだから。もし、本当に怖いことに自分が遭遇したらどうすればよいのか問題点としては気づいていたのだ。けれど、今の状況の責任をホームズ女子に持っていくこともできない。彼女は私と友達として接し、私は彼女にお金を渡したりしないし、彼女は霊能者だと名乗ることもない人なのだから。兄は盃を持ったまま神社を後にした。

結局、再び、お寺の住職様にお布施をお渡しして、

「すみません、お墓から出てきたもので、気にかかりますから申し訳ありませんが、割って処分をしていただけませんか」

と、お願いすることにした。今度も住職はお布施をしまいながら「ああ、はいはい」と快く盃を受け取ってくれたのだった。

私がもし、ホームズ女子に出あっていなければ、ごりんさんはどうなっていただろうか。結果としてごりんさんも盃もお寺に収まるべく収まっただろうと思う。「あれはなんだったのだろうな」との疑問を残しながら。見えない世界の事は基本は知らなくてもよい世界のことなのだと思う。けれど、そこに感覚が介入した時が問題なのだろうと思う。兄がこの盃は触れないと感じた感覚。私が死んだ伯母と母を「今は穏やかでいるか」といとおしむ感覚だ。見えない世界のことは誰も教えてくれない。ご住職様だって仏様の話はしても、死者のその後の話はしてくれない。そのような世界はないのだという、実感も誰も与えてくれない。学校だってこんなことは教えてくれないし、教科もない。

 少なくとも私は、この1件があり、ホームズ女子には確かに何か私達とは違う感覚が備わっているのだと

確信した。神主様がいうように、彼女は解決はしてくれない。けれど、見えて、感じて、それを聞いているのは私自身なのだから、私の責任でもって付き合ってゆこうと決意したのだ。

 後日、県外の友人から、戦で死んだ無縁仏を「ごりんさん」と呼んでいるという話を耳にして「家のごりんさんは、例の修行僧かしら」と、思ったことや、ある時ご住職さまがふと、

「ごりんさんの中に何かを埋めると言うことは、その家の繁栄を願ってまま行われることがあった」

と、聞いたことは余談である。見えない世界のことは見えないのだから。


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