新しき刃の行方‐2
無事出動命令をこなし終え、件のファイルを抱え自室へ向かう。命令内容こそは簡単なものであったが、これからのことを考えると少し胃が痛む。これからのこと、というのはもちろんシューリのことである。研修を行うのは私ではなくオルガだが、研修終了後の行方を決めるのは団長である私だ。私がシューリぐらいの時はベテラン団員のサポートにつき、多くのことを学んだが、今と昔では勝手が違う。あの頃に比べると現在は悪霊化の数は減っているが、代わりに人間界から出される魂の数は増えつつある。つまり、私たち死神の質が上がってきているのだ。前述通り、魂の数が増えつつある現在ではすぐに人数を増やして一人あたりの負担を減らしたいものだ。
そこまで考えているうちに自室へたどり着いていた。鍵を解き、暗い室内へ踏み込む。施錠し、明かりを点ける。ファイルをベッドの上に放り投げ、マントを脱ぐ。そしてファイルを片手に、ベッドに寝転ぶ。
死神としての実力と素質は研修後オルガから渡される書類を見ない限り分からない。予備部隊から昇格したからと言って優秀な死神になれるわけではない、今まで何人か予備部隊に降格させたこともある。
ファイルを開け、シューリの書類に目を通す。そこに書かれているのは簡単な情報だけ。実力も素質も分かりやしない。
ふぅ、とため息をつき、書類を戻す。団長を務めて数年になるが、どうもこの新人死神の扱いに一向に慣れることが出来ない。その理由は薄々気付いてはいるが、なにせ理由が理由なだけに克服も難しい。半ば自棄で毎回取り組んでいる所為か、胃が痛む。
まあ…、今悩んだところで何の策になるわけではない。もしかしたら予備部隊降格になるかも知れないのだ。なんて、失礼極まりないことを考えていると疲労が睡魔を呼び出してきた。そういえばここ数日十分な睡眠時間を取れていなかったことを思い出した。
シャワーは朝浴びるとして、今は欲のままに寝ようとしよう。ファイルを棚に片付け、明かりを消す。そして、目を閉じると私の意識は夢の中へと飛び立った。
* * *
翌日、いつもより早めに起きた私はさっさとシャワーを浴び、第五師団に当てられた部屋へ向かう。確か、オルガから貰った書類には今日の研修は午後からだと書いてあった。現在午前九時を少し過ぎている。集合時間はこれといって決めているわけではないが、この時間にはほぼ全員は集まるという暗黙の了解が出来ている。いくら入ったばかりの新人とは言え、流石にこの時間には来ているだろうと、扉をくぐった。しかし、そこにシューリの姿は見当たらなかった。近くにいた団員に聞いても、まだ来ていないらしい。
男のオルガと違い女の団長だから舐めているのか、はたまた道にでも迷っているのだろうか。いや、後者は絶対ありえないはずだ。先日の研修ガイダンスでこの城の間取りを学んだ。と、なればやはり前者か…?とにかく今日の務めの割り振りの中にシューリの名前がある以上、彼女を探さなければ私だけでなく他の団員にまで支障を来たしてしまう。厄介な新人が来たものだ、とため息をつきながら再びノブを捻ろうとした瞬間、奥に押そうとした扉が逆にこちら側に押し寄せてきた。咄嗟のことで体は動かず、こちらに押し寄せてくる扉と衝突してしまった。
「ったく、もう迷うなよ」
「ご迷惑おかけしました。ありがとうございます」
「次は案内しないからな、…って開けたときなんか音がしたけど気のせいか?」
いいえ気のせいなんかじゃありませんよ。というか、今目の前で鼻を押さえて悶えている私は見えてないのかよ。地味にものすごく痛いのだぞ。そう顔を顰めていたらようやくオルガは私の存在に気付いた。畜生遅いぞ。
「なにやってるの」
「見て分からない?」
「…ああ、鼻の低さに嘆いているのか」
「あんたが開いた扉にぶつかって低くなりそうなのです」
「それ俺悪いか?」
正直、ただの不慮の事故だからどちらが悪いとかない。そうとは分かってはいても、シューリの遅刻に苛々してしまいオルガに当たってしまう。会話を聞く限り迷っていたらしい。確かに、この城は広いがこの第五師団が使っている部屋は比較的見つけ安いと評判なのだが…。それでも迷ったというなら、方向音痴説の可能性が浮上してくる。…まぁ、初回だから大目に見るとしましょうか。